船旅満喫

 1


「懐かしいなあ、この景色」


 懐かしい——そう思えるほどわたしは、決して長い旅をして来たわけではないけれど、でもこうして海を眺めてみると、色々なことがあったなあ、って気分になっちゃうから不思議だね。


「んだシアノお前、船に乗ったことあんのか?」


「うんあるよ。ナルボリッサは初めてなの?」


「おう! 船旅は初めてだぜ。船に乗るなら自力で海を走った方がダントツにはええかんよ、俺様!」


「そ、そうだね……ナルボリッサ足めちゃくちゃ速いもんね」


 海も走れるんだ……ナルボリッサ。ナルボリッサにとって、海って走る場所なんだ……泳ぐじゃないんだね。


 わたしのパーティ、いつの間にかちょっと……ううん、すごくすごい人ばかりになっちゃってるよお……。


「なんなら俺様がお前担いで走っても良いんだぜ? どーするか選ばせてやんよ、ああぁん?」


「それは、ごめん遠慮したいかな……」


 この港——チーカマコーヒー港に来るまで、散々担がれて来たんだもん……。


 湖の神殿からここまで、ざっくり1800キロはあるんだけど、まさか二日で着くなんて思ってなかったよ。それほどナルボリッサの足が速いってことなんだけど、担がれてたわたしからすれば、もうちょっと遅くても良かったなあ、って思っちゃう。


 夜はプレハブって名前のおうちで休めるから良かったけど、クロエは本当にすごいよ。お夕飯も用意してくれちゃってたし……はあ。


「わたし、いよいよ本当に役立たずだよ……はあ」


 死のっかな……海に飛び込んで沈んじゃおうかな。


 後悔に溺れるって意味なら、残念なことにわたしはずっと溺れているに等しいのかもしれない。ぐぽぽ……。


「おいシアノ、さっさと乗船券の野郎を買っちまおうぜ」


「あ、うん」


 そうだ。わたしにはまだ役割がある。


 お財布という役割があるんだ! がんばろう! おー!


 ってことでお財布という役割を見つけたわたしは、ナルボリッサの分と自分の分、二枚の乗船券を購入して、いざ船旅へ。


 まあ、船旅って言っても、わたしは部屋から出ないけれどね。


 だって部屋から出るには顔を隠さなきゃだし、それに顔を隠していると小さな子供を怖がらせちゃうかもしれないし。


 こうしてお部屋でゆっくりしてるのが一番なの。


 ナルボリッサは甲板に出てるみたい。そろそろ節約しなきゃだから同室だけど、ナルボリッサが同室なら顔を隠す必要なくて楽で良い。ナルボリッサの身分証はクロエから貰ってたみたいで、見た目でバレることはないだろうし、安心していいよね。


「船旅のこのリラックス感、わたし結構好きだ〜」


 快適——と呼ぶにはいささか揺れるけど、まったりと過ごせる空間がわたしは好き。


 勇者って呼ばれるようになってから、公共の交通手段(馬車や船など)を使う時はいつもこうしてるんだ。馬車は個室がないからあまり利用したことはないけど、でもどうしても利用せざるを得ないときは、ずっと顔を隠して乗車してるから、やっぱり変な人に見られてるのかな?


 クウキにもよく言われるもんなあ……どのツラ案件ですよ、って。


 でも実は、どのツラ案件ってどう言う意味なのかわからないんだけど、たぶん変な人、って意味だと勝手に解釈してる。違うのかな?


「ねえトキヨ、どのツラ案件ってどう言う意味なの?」


 気になってしまったので、わたしは背中から外した勇者の剣——驚くことにわたしのご先祖さまだったトキヨに聞いてみた。


「どのツラ案件ねー。わかりやすく言うなら、他人に注意する前に自分を見直せ、って感じかな。たとえば変な格好をした人に変だよ、って言って、でも自分の格好を見てみると自分も大概変で、変って言う資格ないよ、ってな感じだよ」


 あなた変だよ。お前に言われたくないよ。ってね——と。トキヨ。


「あーそういう意味だったかー」


「日本語に興味があるのかい?」


「うん! 結構あるかも!」


「ユーシアノさんは、なかなかに好奇心旺盛だね」


「そうなのかな? でも日本語に興味があるのは、ひょっとしてわたしがトキヨの子孫だからだったりしない? ほら、トキヨってニホンジン、ってことなんでしょう?」


「どうだろう。僕の血縁ってだけでそこまで因果関係が生まれるかは微妙なところだけど、そうだったら少しロマンチックだね」


「ロマンチックかあ……ねえトキヨ、トキヨの旦那さまってどんな人だったの?」


「おや? そういうの興味あるお年頃かい?」


「あ、いやそういうわけじゃないんだ……けど」


「あはは。恥ずかしがることないよ。そういうことに興味があるお年頃ってことだもんね。僕もユーシアノさんの頃はそうだったし」


 何年前のことなんだろう……トキヨがわたしくらいの年って。


 なんか失礼な質問になりそうで聞けないんだよね。年齢の話だもん。デリケートじゃなくて、デリカシーっていうのかな、この場合。


「おっ、朗報だ」


 わたしがトキヨの年齢で考えていると、声を弾ませながらトキヨはそう言った。


「なにかあったの?」


「空姫さん黒絵さんチーム、ミッションコンプリートしたよ」


「おおっ! さすがだねあの二人!」


「だね。まあ……主に働いたのは黒絵さんだけど」


「クウキは何してたの?」


「おせんべいのおかわり探してた」


「…………なにしてんのクウキ……」


 本当になにしてんのクウキ……。


「でもすごいなクウキ……おせんべい探してるだけで、じゃあバニカを助けてくれたんでしょう?」


 向こうチームの作戦内容は、トキヨが渡してくれた紙に書いてあったから知っている。人質にされたわたしの幼馴染を助けてくれた、本当にありがとうだよ。


「そうだね、最終的においしいところを持っていったのは、空姫さんみたいだ」


「不思議な人だよね、クウキって」


 初対面の頃から変わってるなとは思ってたけど。だって下水道から半裸で出てきたんだもん、すごく変わってるよ。


「あのポジティブさには、僕も助けられているよ実際」


「わかる。元気とテンションでなんとかしようとして、なんとかしちゃうよね」


「あはは。たしかに」


「トキヨから話を聞いてさ……わたしのことをわたしに黙って守ってたこと、本当は怒りたかったんだけど、でも怒る立場にないって気づいたから怒れなくなっちゃったもん」


 知らないうちに守られていた——そのことをトキヨに教えてもらったとき、わたしは確かに怒りを感じた。


 でもそれが、わたしのため——わたしのメンタルが弱弱だから黙ってた、って。それを聞いちゃったら怒れないよ。


 だってわたしのせいなんだもん。怒れない怒れない。


 優しさに対して怒るなんて、わたしにはできないよ。


「怒ってもいいと思うけどね、僕は」


「そうかなあ? うーん……ううん、やっぱり怒れないよ。わたしが悪いんだもん」


「あんまり自分を責めるのも褒められたことじゃないよ」


「だよね……だけど、この場合怒るなら、クウキに対してじゃなくてわたしに対して、だよ」


「それも自罰意識だと僕は思うけど——ユーシアノさんが気絶していたのは、僕が原因だったわけだし」


 わたしが魔物や黒ローブの襲撃でいつもいつも気絶していたのは、トキヨがわたしを守るためだったらしい。湖の神殿に封印されてたトキヨの意識とは別に、剣自体にわたしの危機センサーがついてて、それが一定値を超えると魔法が発動してた、と聞いた。


 命の危機にわたしが生き残っていたのは、トキヨがわたしの魔力を使い、こっそり魔法を使っていたんだって。


 それを悟らせないため、わたしが一人旅をしていた頃は、わざと気絶させて、その間に魔物を追い払っていた——と。トキヨはそう話してくれた。クウキたちと旅をしていても気絶が継続していたのは、解除するにはトキヨの意識が剣に宿ることが必要だったんだって。


「わたし……もう少し強くなれるかな?」


 そんな話を聞いちゃったら、さすがに強くなりたい。


 クウキたちみたいな、圧倒的な強さじゃなくて良い。


 せめて自分を守れるくらいに。願わくば、誰かを守れるくらいには強くなりたい。


「強くなりたいのかい?」


「うん……みんなの足を引っ張るばかりは嫌。守られるだけは……守れないのと同じくらい嫌。なんて……わがままかな?」


「そんなことないよ。守られるのも守るのも、守りたいと思い願う心も、全てきみの優しさだからね」


「えへへ、ありがとうトキヨ」


「きみは崇められる勇者になる必要はない。きみはきみがなりたい勇者になれば良い——もちろん勇者が嫌なら、勇者をやらなくても良い」


「クウキみたいなこと言ってる」


「うん、空姫さんの受け売りみたいな言葉だからね」


「わたしは……」


 わたしは——勇者になりたくはなかった。


 でも今は——勇者でも良いかなって思ってる。


 勇者って呼ばれてなかったら、わたしはあの日下水道の出口で、魔法少女に出会うことはなかった。ナルボリッサともクロエとも、ピンボケさんともサカヅキとも——誰一人として会えなかった。トキヨとこうして話せることもなかった。


 そう考えると、勇者も悪くないな、って。


 仲間に会えたきっかけは勇者だったから。


 いつの日か——本当にいつになるかわからないし、そうなれるかもわからないけれど……でもいつかは。


「わたしは勇者だよ、って」


 胸を張って堂々と、言えたら良いな。


 そう言えるくらいには、強くなれたら良いな。

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