4


 教会から退散してお城を出て、王都を後にして、私たちが野宿していた場所まで戻りました。プレハブです。建てっぱなしです。


「こんなところに家があるなんて、アタシ知らなかった」


 と、バニカさん。そりゃそうでしょう。最近建ったばかりですし、たぶん今日消えますもん、この家。


「ささ、どうぞお入りくださいバニカさん」


 驚いているバニカさんをご招待して、プレハブ内にてお話を聞くことにしました。まだ明るい時間なので、ピンボケさんライトは不要です。


「それでバニカさん、魔法少女に会う使命とは?」


「うん、厳密に言うとアタシの一族は、魔法少女を名乗る人間にお会いして、家宝をゆずること——それが一族の悲願なの」


「家宝……え、家宝を私にくれるんですか?」


 家宝。なんだろう家宝。家の宝って書くくらいだから、そりゃ豪華で高価な宝石とかでしょうか???


 チンケな布切れとかじゃないことは確かでしょう。家宝ですもんね。


「てかなんで家宝をくれるんです? なにそれどんな悲願??」


 意味不明過ぎる。唐突過ぎる。理解不能過ぎる。


「どんな悲願って言われても、一族の言い伝えなんだもん。家宝がなんなのか、それすらもアタシは知らないんだ。厳重に保管されてて、鍵がないと開かない箱にしまってあるし、たぶん中身を知ってる人は居ないと思うよ」


 鍵はアタシのお母さんが持ってる——と、バニカさん。


「なるほど」


 なにがなるほどなのか、言ってる自分でもわかりません。


「それも紙に書いてあるんじゃがの……」


「マジですか!?」


 じゃあ、知らないの私だけ?


「わたくしも存じておりましたわ」


 読んでませんよね、って視線を送ったらすぐ返事。


 黒絵さんまで読んでたのか……っ!


 あんな達筆を良くも読む気になったもんです。やれやれ、皆さんモノ好きですねえ。ちなみにピンボケさんも読んでたらしいです。モノ好きですねえ。


「で、その紙にはなんと?」


 もうここまで来たら、自分で読んだりしません。


 読んだ人から聞いた方が早いですもん。効率的。


「刻代さまからの紙には、バニカさまに事情を説明し、しばらく行動を共にしてもらう。それから下水道の魔法をピンボケさんさま、サカヅキさまに強化してもらう——ここから先のことは以上になりますわ」


「ありがとうございます、黒絵さん」


「いえいえ、わたくしは読んでいましたから。うふふ」


 読んでたアピールうぜー。良い子ちゃんしやがって。


 良い子なら胸にタンブラー挟んで隠さねえんですよ。


 ど正論を脳内で呟き、私は話を戻します。


「下水道の魔法って、あの燃えるやつですよね?」


 私の黒セーラー服の墓場でもある下水道。臭い下水道。


「そのようじゃぞ。儂とピンボケさんの紙には、その強化方法——端的に言えば、魔法が書いてあったわい」


 その魔法で下水道の燃えるやつを強化する——と。


「なんのための強化なんです?」


「さあの。それは知らん」


「下水道ですかー。臭いから行きたくないなあ」


「そんなうぬに残念なお知らせじゃが、その魔法、発動するのに二日くらいかかるぞい」


「それを言ったサカヅキさんに残念なお知らせなんですが、私はここに戻りますからね?」


 サカヅキさんとピンボケさんを設置して戻りますよ、そりゃ。


「まあそれでもよいがの。儂もピンボケさんも鼻ないし」


 あっさりと受け入れられると、ちょっと寂しい。どんなに懇願されても下水道に二日は嫌でしたけど、まさかこんなにあっさりと了承されちゃうなんて。


「にしても二日も必要とするなんて、そんなに大層な魔法なんですか?」


「強化とは言ったが、実際は弱体化じゃのう」


「弱くするんですか? なんのために???」


「正確な理由は知らんが、おおかた死なせんためじゃろ。もし儂らが失敗してしまった場合の保険のようなもんじゃな」


 失敗——ですか。確かに確実に戦争を防げる未来に到達出来るかわからない以上、最悪の事態を想定して、事前準備を怠らないことは大事ですね。


 やるじゃないですか刻代さん。結構考えてるんですね。


 私だったら、絶対成功させるから、失敗した場合のことなんて考えませんもん。超前向きなので。


 先のことを考えるのは刻代さんにお任せして、今のことだけを考える私は、ではまずバニカさんに事情を説明するといたしましょう。ご招待したのにだいぶ置いてけぼりししてしまいましたし、かくかくしかじか。


「戦争……そういうことなんだ、だから獣人のアタシが捕まったんだ……はあ、物騒な話だなあ」


 かくかくしかじかではもちろん伝わらないので、きちんとお話をしましたよ、と念のため言っておきます。


「物騒なお話って嫌ですよねえ。私もそう思いますよ」


「だよね。種族が違くたってさ、食べ物とかは同じの食べたりしてるんだし、アタシとシアノみたいに仲良くやれれば良いのにねー、うささ」


「ですねー、言葉が通じるんですから、なおさらですよ」


「クウキやシアノたちみたいな人がたくさんいれば良いのに、って思っちゃうよね」


「逆に獣人さんたちは人間のことどう思ってるんです? あ、もちろんバニカさん以外のですよ」


「うーん、どうなんだろう……アタシ以外は、なんというか人間は怖い種族だと思ってる人が多いのかなあ? アタシは小さい頃からシアノと遊んでたし、そういうのないんだけどさ」


「それを聞きますと、触れ合ってみれば、案外普通に共存できそうな気もしますけどね」


 これは私の甘い考えなのかもしれませんけど。でも、近くにいるか遠くにいるか、それだけで互いの意識って変わると思うんですよね、実際。


「いっそのこと、獣人さんと人間が共に暮らせる国でもありゃ良いのに」


 いや、あるのかもしれませんけども。私、この世界のお国事情とか一切知らないので、既に存在してるかもしれないですけど。


「昔はあったらしいんだよ、そういう国」


 あったにはあったらしい。あった——過去形ですけど。


「昔ってどのくらいなんです?」


「アタシが生まれるよりもずっと前……ってくらいしかわからないけど、でもそういう国があって、その国の国王がシアノの先代——つまり、シアノの前に勇者と呼ばれていた人なんだって」


「ほほう」


 その辺のお話、実は結構興味あるんですよね。


 シアノさんに与えられた勇者という称号——この世界に魔王は居ないし、魔物も弱いし、じゃあ伝承として残っている勇者は果たして何を成して勇者と呼ばれたのか。


 ここまでの話を聞く限りですと、たぶん二種族の和平を結んだ——とかでしょうかね?


 ならひょっとして、この世界での勇者の役割は……求められる救いは……。


「そろそろ下水道に行くぞい」


 私がぼんやりと答えに辿り着くと同時に、サカヅキさんが言いました。


「では下水道まで運搬しますよ」


 私はサカヅキさんを頭に乗せて、ピンボケさんが胸元にいることを確認してから、プレハブを出ました。


 距離は近いので、すぐに到着。サカヅキさんとピンボケさんを光るライン側に設置して、私はプレハブに引き返します。


「…………シアノさんをどうするかで世界の舵が変わる」


 魔法少女神殿でホログラムの刻代さんに言われたことを思い出す。


 どうするか——それを私はデッドオアアライブ的な意味だと思っていましたが、アライブは大前提として語られていたのかもしれませんね。


 生き抜いた先のこと——未来。二種族が共にある未来。


 世界の舵を共存か否か——そう考えると、シアノさんに求められる勇者としての本当の救いは……。


「勇者王再臨——ってところですか」


 決めつけることはできませんけど、しかしそうならば、いよいよ私は、この世界の歴史を学ぶ必要もありそうですね。


 だって——きっと。


 私が想像した歴史だとすると、それを繰り返すことが創造の魔法少女——冥紅さんの狙いでしょうから。


 滅びの歴史——そのきっかけ。


「勇者王の……裏切り、あるいは暴徒化」


 そう考えれば、シアノさんを狙っていたことに辻褄が合います。勇者という単語に人々は歓喜していますが、いささかその勇者にまつわる伝承が少ないのは、いわゆる汚点とも言わざるを得ない負の歴史があるから、だと私は思うんですよ。


 創造魔法という反則技を持っている冥紅さんなら、勇者であるシアノさんを始末したあと、シアノさんのそっくりさんを創造するくらい簡単でしょう。


 黒絵さんの偽物とはまた違った、新しい本物を創り出す。


 だが——問題があるとすれば、ここからですね。


 勇者として認識されているシアノさんですが、現状では勇者ではあるものの勇者王再臨ってわけじゃない。それでもシアノさんを狙って、黒ローブを仕向けて来た——その意図。


 おそらく——捨てゴマってことか。クズめ。


 私の戦力、パーティが増えた今はパーティ戦力を詳しく知るための捨てゴマ。


 私たちの戦力はすでにバレバレでしょう。だから今後、黒ローブよりも強い敵が現れる可能性は高いと見るべきか——だとしても、だとしてもです。


 人間を苦しめるために、人間に復讐するためだけに用意したであろうその筋書きは、この私が阻止します。


 破壊と再生の魔法少女であるこの私が。


 クソシナリオを破壊して——平和を再生する。


 その先にあるハッピーライフを目指しますとも。


「……シアノさんが勇者王になったら、じゃあ私も人々から尊敬の眼差しを頂戴したり……?」


 空姫さま美しい、空姫さま最高、空姫さましか勝たん。


「……うへへ」


 うへへ。ハッピーライフうへへ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る