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「こんなに人がいたんですかここ……」
改めて見渡してみると、人がたくさんでした。倒れてるし。
そもそもここどこなんです? 給仕室に居たはずなのですが、気づけばこの大量殺人現場みたいな場所に強制召喚させられたわけなのでして。
「かくかくしかじか、ですわ」
「なるほど……っておい。それで伝わるって思います? 頭まで偽物なんですかあなた」
「おかしいですわね、わたくしが愛読していた漫画では、説明と言えばこの呪文だったのですが」
「おかしいのはあなたの頭なんですって黒絵さん」
ちょっと乗った私も私ですけども。努力した!
「てかそろそろ殺気解きましょうよ黒絵さん」
ゾワっとするから。あなたの殺気、私に向けて放っていないとわかっていてもゾワっとするから。
「あ、失礼しましたわ」
そう言って黒絵さんは殺気を解除。相変わらず、そのコントロールは見事と言わざるを得ない。
殺気を解いた黒絵さんでしたが、まだなにか気になることでもあるのか、浮かない顔をしています。
「どうされたんですか、黒絵さん?」
「いえ……このクズ共が、わたくしを最初から敵として認識していたことが少々気になりまして」
「そんな殺気ばら撒いたら、誰だって敵だと思って警戒するでしょ普通」
「それだけならよろしい……のですが」
「まあ、気になるなら気にしてください。私は気にしませんけど」
「うふふ。そうさせていただきますわ」
「で、結局この状況のご説明は???」
「あらまあ、すっかり失念しておりました」
はあ、と。私がため息を漏らすと、黒絵さんと行動していたピンボケさんが私の胸元に戻り、かいつまんでわかりやすく説明してくれました。おかえりなさい有能。
「ふむふむ。ではここに倒れている方全員が、戦争を手引きしている人ってことなのですね」
もれなく全員死体みたいな形して倒れてますが、単に気絶しているだけ、と。てかこれを一人でやったのか……よく見れば全員無傷で倒れてますけど、すげーな黒絵さん。
「で、この組織? の、ボスが私に成敗された方ですか」
「お尻で踏み潰しただけですけれど、成敗と言うことでまるで接戦を繰り広げて倒した——みたいに思わせますわね」
「やかましいですよ」
私のおせんべい捜索タイムに強制召喚した人が言えることじゃないです。まあ、おせんべいは見つかりませんでしたけど。
でも最後に目をつけた高いところにある棚に手が届かなかったので落ち込み、膝を抱えていた私が偉いのです。
もし仮に筋トレとかしてたら、その形のまま呼び出されていたわけですもんね。ほら私偉い。MVPコールがあっても良いのではと思えるくらい偉い(えらぁい!)。
「この後どうするんです?」
「全員拘束しまして、拷問でもして脅そうかと思っておりますわ」
「拷問……穏やかじゃないですねえ」
出来ることなら、じゃあ拷問が終わったあとに呼んでほしかった。そうすれば黒絵さんが勝手に拷問して私は知らなかった——という言い訳が成り立つのに、ここで発表されたら私が拷問を容認したと思われちゃうじゃないですか。はた迷惑です。
「ひとまずバニカさんのお手当をしてしまいましょう。話はそれからです」
私は再生魔法を使い、バニカさんを回復。
私の再生は戻すことなので、バニカさんを衰弱する以前の肉体コンディションに戻します。
「助けてくれてありがとう……」
「礼には及びませんよ、バニカさん」
本当に。だって私、おせんべい探してただけなんですもん。
そんな私が受け取れるお礼なんて、とてもありませんもん。
「ねえクウキ……あなた何者なの?」
「ただ可愛いだけの少女ですよ。見えませんか?」
おかしいなー。本当にただ可愛いだけの少女なのに。
「可愛いかどうかは別として、こんな魔法……獣人の里でも見たことないよ」
可愛いかどうかを別にされました。どうして?
「獣人の里? そこは魔法が盛んなのですか?」
「うん、人間の魔法よりは発展してるアタシの故郷……てかシアノから聞いてない? シアノの故郷でもあるんだけど」
「シアノさんの故郷……」
聞いてません。けどそういえば、シアノさんとバニカさんは幼馴染という話でしたね。
確かに言われてみれば、獣人と人間——互いに良く思っていない種族同士が幼馴染というのは、今更ながら不思議に感じる。
「その娘っ子には、うぬのことを話しても平気じゃぞ」
私が思案していると、黒絵さんの胸元から(私より大きいからってそんな場所に隠しやがって!)サカヅキさんの声が聞こえました。
「え、なに今の声!?」
「それはこちらからですわ」
そう言った黒絵さんは、これ見よがしに胸元に手を突っ込みサカヅキさんを取り出す。挟んでやがったんですか卑猥な!
「そ、それ……なに?」
小型化しているから、この世界出身のバニカさんでも帽子とは思わないんですね。
「儂はサカヅキ。奇跡の帽子じゃ」
「だからあなたタンブラーなんですって。気に入ったんですか、その名乗り?」
「ええじゃろーが、ちょっとくらいボケても」
叱られた子供みたいなトーンで言われてもなあ。百歳なんて軽く超えてるくせに。
「奇跡の帽子……ま、まさかび、美術館から消えたってアレのこと!?!?」
「うむ。それのことじゃ。それが儂じゃ」
そう言ったサカヅキさんは、元の大きさ——普通のタンブラーサイズに戻りました。
「どうしてここに!? え、なんで喋るの!?」
「儂が凄いからじゃよ」
「ありがたやーありがたやー」
バニカさん、ノリ良いな……。
いや、これがこの世界に生きる者の正しい反応なのかもしれませんけど。だってサカヅキさん、絵本とかに載ってるらしいですし。
「で、サカヅキさん。話しても平気ってなんでです?」
「うぬも貰っとるじゃろ。刻代からの紙」
「あの達筆過ぎて読みにくいやつですね。読んでませんけど」
「読んどれよ。せっかく渡されたんじゃから読んでやれよ」
「読みにくい紙を渡した刻代さんが悪いです」
せめて活字だったら、読んだかもしれません。
あくまで読んだかも、ですけどね。
「はあ……まあいいわい。その紙に書いてあったんは、バニカという名の娘には協力してもらうことになっとるんじゃよ」
「なるほど。では私の正体を明かしましょう」
明かすと言っても、明かすような正体を持ってませんけど。
魔法少女というジョブの発表くらいしか明かすようなことはありません。異世界から来た、も明かしちゃいましょう。
「異世界から……魔法少女……」
「そうなのです。魔法少女なのです私」
「魔法少女……魔法少女っ!!?」
「おわびっくりしたあ」
急にテンション高くなって、一体どうしたんでしょうか。
「なんですバニカさん、魔法少女に憧れとかあったんですか?」
まさかそれはないですね。この世界には魔法少女というジョブどころか、魔法少女という言葉すら浸透しているわけじゃないですし。
「アタシ、魔法少女知ってる!」
「知ってるんですか!?」
「うん、アタシの一族はみんな知ってる……だって」
「だって?」
「アタシの一族は、魔法少女に会うことが使命だからっ!」
使命——はて。
そんな使命を与えられた、というかそもそも使命を与えたのは誰なんでしょうか。だいたい予想はつきますけど……。
あの剣でしょう、どうせ。
「一度整理して、きちんとお聞かせくださいませんか、バニカさん」
「うん、わかった。うささ」
あー、この人そうだ、笑い声の癖が強かったんだー、って思い出しました。
「じゃあとりあえず場所変えましょう」
こんな大量殺人現場みたいな場所で、ゆっくり話すのもあれですし。
「ではわたくしは、ここに寝ているクズに拷問を。うふふ」
拷問……やはり穏やかじゃないワードは苦手ですね。
仕方ない。ここは賢い空姫ちゃんが、拷問よりはマシな策を授けて差し上げましょう。
「黒絵さん黒絵さん、拷問なんかよりもよっぽど効果的な策があるんですが」
「はい? どのような手段なのでしょうか?」
「そんなことするより、獣人差別感情を持ってるここに倒れてる人全員を、獣人愛丸出しの人間にする——ってのはどうです?」
獣人愛丸出しというか、動物保護する人、みたいな。
つまり愛護団体的な組織にしちゃえば良いんですよ。
「理解しましたわ、なるほど。わたくしの能力を使って、差別意識の偽物で愛護意識を植え付ける——と」
「できます?」
「余裕ですわ」
サクッとやってしまいましょう——と、黒絵さんは言った。
そしてすぐに、終わりましたわ——と、黒絵さんは言った。
全員ぶっ倒れてるし、見た目に変化無しなので、変わったかどうかわかりませんけど、変わったのでしょう。たぶん。
「ついでにもし獣人差別を試みますと、とてもこわーい思いをするようにしておきましたわ」
「どういうことなんですかそれ……」
「うふふ。もし差別、あるいはセクハラをしますと、ついでに植え付けた偽物のトラウマがフラッシュバックするようにしておきましたわ」
その偽物のトラウマが果たしてなんなのか、地味に気になるとこではありますが、聞くの怖いので黙っておきました。
「では、移動しましょう」
こうして私の人生初ワークタイムは、おせんべいを探したのに見つからないという内容で終わったのです。
悲しい職歴ですけど、バニカさんを救えたのですから問題ないですね。いえい。
「あ、そうだ黒絵さん。みんなの記憶、きちんと戻してくださいよね?」
「かしこまりましたわ。ここを出たら、すぐにやっておきますわね」
どうやって戻すのかわからないですけど、まあ植え付けた時と同じようにやるんでしょうね、きっと。
恐ろしい人ですよ、まったく……。
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