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 お城に存在している教会と言いましても、お城のフロア内にあるわけではなく、同じ敷地内にあるのですわ。


「フロアマッピングは……ええ、頭に入りましたわ」


 偽物の目をフル活用し、わたくしは教会内部を脳内で図面にする。


 入り口から通路を進み、大階段。


 上には大聖堂。どうやら一般開放されているようですわね。


 下に進めば、教会員が使う大聖堂。こちらは教会メンバー限定の、言ってしまえばクズの巣窟ですわ。


 内部の造りは単純。ですが細かな椅子などの配置も記憶しましょう。何が役に立つかわかりませんし、別に役に立たなくても構いませんけれど、トラップが設置されているかもしれないリスクを考えた場合、全ての配置は覚えておくに限りますものね。


「問題があるとすれば、そのトラップですわね」


 教会入り口までやって来たわたくしは、一般人に溶け込みまずは二階の大聖堂へ。


 二階に行く必要はありませんが、念のためこの建物の材質を調べたいと思いましたので。あとサカヅキさまは胸元に隠しましたわ。なんでも盗品とお耳にしましたから、バレたらわたくしが捕まってしまいますものね。空姫さまと違ってわたくしの胸はきちんと膨らんでおりますので、小さくなって頂いたサカヅキさまを挟んで隠すくらいは出来ますの。


「トラップは儂とピンボケさんに任せい。普通のトラップならうぬに心配はないじゃろうが、魔法を使っておるなら儂らの察知が役に立つじゃろう」


「ええ、頼りにしていますわ、お二方」


 では参りましょうか。クズの巣窟——地下フロアへ。


「と、その前にご挨拶をしておきましょう。僭越ながら、戦慄を」


 うふふ——と。軽く笑みを浮かべたわたくしは、大階段を地下に進みながら、殺気をばら撒きます。


 この教会内部、全てのフロアに殺気をばら撒き充満させる。


 わたくしの殺気に気づけるレベルか否か——その答えはすぐに判明いたしましたわ。


「へえ、気づける方が居ましたわね」


 これは意外ですわ。この世界に飛ばされてすぐに、城下町に殺気をばら撒きましたが、お気づきになったのは空姫さまとナルボリッサさまだけ。


 もう少し範囲を広げて、この教会まで殺気を飛ばしていたら、わたくしは初めにこちらから足を運んでいたかもしれませんわね。


 そうしなかったわたくしの運が良かったようですわね。そのおかげで、空姫さまたちのパーティに参加させて貰えることになったんですもの。


「まあ、先にこちらに来ていたら、言葉もわからず戸惑ったのでしょうね、わたくし」


 考えれば考えるほど、運が良かったですわ——と、自分の運に感謝しながら階段を下り進み、そして。


「……無駄に大きな扉ですわねえ」


 階段の行き止まりは、巨大な扉。


 この向こうに、わたくしの殺気に気づけるクズがおります。


 さて——どう開けて差し上げましょうか。


「空姫さまならブチ破る一択なのでしょうね」


「たぶん、パンチで開けるかキックで開けるか、イチオウ悩んでから、ブチ破ると思うヨー」


「それは結局どちらでブチ破るのでしょうか?」


「うーん、頭突きかヒップアタック……カナ?」


「なんだか想像出来てしまいますわね」


 選択肢を上げたのに、選択肢以外を選ぶ。


 それが空姫さまらしいと思えるくらいには、空姫さまのことをわかって来たのかもしれませんわ。


 今もずっと、給仕室でおせんべいを探していますわね、空姫さま……全然見つかりませんし、相当お暇なようで。


「ブチ破るのは空姫さまのテリトリーですので、わたくしはわたくしらしくスマートに——いつの間にか侵入してしまいましょう」


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』を使い、地下フロア内部に設置した目を経由して、わたくしは偽物のわたくしを作りました。


 扉の外に居るわたくし——と。内部にある偽物のわたくし。


 位置を交換。空姫さまが言う、瞬間移動での侵入ですわ。


「あらあら、扉がある意味がなかったですわね」


 無事侵入を果たし、わたくしは堂々と祭壇の上に現れました。


 人数は……およそ百人前後ですわね。何人いらっしゃろうと、わたくしから逃れることなど出来ませんけれど。


 わたくしの殺気にお気づきの方は、どうやら一度身を隠したようですわね。無駄なことを。


「貴様……どこから現れた……っ!」


 教会員のお一人が、わたくしに言葉を放ってきました。


「世界の果てから——そう言ったら信じてくださいますの?」


「信じてたまるか、我らが信じるのは、我らの神のみだ!」


「うふふ、くだらない。しかしまあ神様を信じるのは勝手ですが、わたくしの個人的な意見を述べさせていただきますと、本当にくだらないですわ」


「我らを侮辱するか、貴様っ!」


「侮辱と思われたのなら、侮辱で構いませんわ。うふふ、余談ですがわたくしも以前、神と呼ばれたことがございますのよ」


 死神ですけれど——と、呟いたわたくしは、百人前後の教会メンバー全員の足元に、偽物の武器を作りました。


 斧や剣、刀、さらに拳銃——と。どれもしっかりと殺傷能力のある、メイドインわたくしの武器ですわ。


「そちらはささやかなプレゼントですわ。見たところ武器などはお持ちでないようですので、それを使ってわたくしを殺すなりしてごらんなさいまし」


 手に取る者、取らぬ者。さすがに敵から贈られた武器を手にするアホばかりではありませんわね。


 手に取った者は、強制退場ですわ——その武器は、手に取るだけで動けなくなりますのよ。皮膚から侵入する毒たっぷり。


 毒と言いましても、麻痺毒ですけれども。


 しばし大人しく、痺れててくださいませ。


「ひーふーみー、残りはおよそ半分ですか。頭の悪い人たちですわね。プレゼントされた武器をやすやすと手に取るなんて」


 では——ここからは、わたくしが自ら戦闘不能にさせていくとしましょう。


 言葉を省略し能力を発動させるための、丁度良い練習になりますわ。


「あなた方の力量からすれば——およそ四秒」


 それ以上立っていられたら、なかなか上出来ですわよ——と。わたくしは呟き、行動する。


 一秒——わたくしに仕掛けて来た、いわば勇敢な教会員の意識を刈り取る。ワンタッチですわ。


 二秒——魔法を使える者が、わたくしに向かって炎やら氷やらを飛ばして来ましたので、同じことをして相殺し、睡眠弾を撃ち込む。


 三秒——戦意喪失し、逃げ出そうとしている愚か者の足を奪う。具体的に言いますと動けないように、床に粘着性のある絨毯を作りましたわ。害虫ホイホイのような。


 四秒——残ったお方は、既に勝手に気を失っておりましたわ。このレベルでも感じられる殺気を放ち、威圧しましたの。


「うふふ、きっちり四秒でしたわね」


 さあて。さてさて——仕上げといきましょうか。


 わたくしは天井に向かって、偽物の炎弾を打ち上げました。


「天井におられるようですが、わたくしを倒す手段は見つかりましたか?」


 わざわざ、こちらの戦闘スタイルをお見せして差し上げたのですから、それなりの抵抗をして欲しいものですわ。


「見事だ」


 そう言って天井から降りて来たのは、おそらくこの教会のトップですわね。教会のトップをなんとお呼びすれば良いのかわかりませんけど、一人だけ衣装が豪華ですもの。


 呼び名などどうでもいいですわね。小悪党ごとき。


 天井から降りて来たのは、一名。小悪党のボス。


 しかし小ボスは、さすが小ボスであり、やはり小悪党でしたわ。


「これならどうだ」


 意気揚々とわたくしに言った小ボスは、床を強く踏みました。


 すると——魔法なのか仕掛けなのか、どちらか定かではありませんが、光るおりのようなモノが現れ、その中には、


「バニカさま……巻き込まれましたのね、災難でしたわね」


 わたくしの今着ている服を売って下さった、服屋の店員バニカさま。人質のようですわ。


 声を出さないところを見ますと、意識が朦朧もうろうとしているのか、あるいは声も出せないほど衰弱しているのか。意識はあるようですが、どちらにせよ、ベストコンディションとはほど遠い状態ですわね。


「貴様が近づけば、この獣人を殺す」


「ええ、わかりましたわ。近づきませんわよ」


 わざとらしく両手を上げて、パフォーマンスしておきましょう。


「ところで、ひとつご質問してもよろしいですか?」


「断る」


「あらあら、嫌われてしまいましたかね、残念ですわ」


 バニカさまを人質に選んだ理由を聞きたかったのですが——まあ推測はできますわね。


 獣人であるバニカさまを人質にした理由——彼女を引き金にして、戦争を起こすつもりでしょう。小悪党の考えそうなことですわ。


 おそらく、城の内部で誰かを始末して、その罪をバニカさまになすりつける。獣人が人間を殺したと偽り、人々の獣人に対する悪感情をあおり、火をつけるおつもりでしょう。


 さらに獣人への見せしめとして、冤罪バニカさまを処刑すれば、どちらの種族にも戦争の理由が完成いたしますわ。


 犠牲者ゼロじゃなきゃダメ——刻代さまがそうおっしゃっていましたので、このシナリオが本命と見て間違いないでしょう。


 シナリオが小悪党らしくて、実に脅し甲斐がありますわね。


 足の一本や二本切断……いえ、それですと出血死してしまうかもしれませんので、鼻や指をトンカチで殴る——などいかがなモノでしょうかね。うふふ。


 ではその前に——バニカさまを救出せねばなりません。


「……………………」


 さてと——いかがなさいましょうか。


 どのようにバニカさまをお助けするか。


 あの檻——おそらく魔法で作られた檻と判断した方が良さそうですわね。


「ピンボケさんさま、サカヅキさま——」


 わたくしは、口を動かさずにお二方に助言を求めました。口を動かすことなく小声で話せるのは、暗殺者ゆえのスキルにございますわ。


「魔法ダネ」


「魔法じゃな」


 わたくしの求めた助言は、あの檻が魔法か否か。そしてその魔法がどのような効果なのか。それを尋ねました。


 閉じ込めるだけの効果と思いきや、閉じ込めた対象が暴れると爆発する仕組みだとか——うふふ、やることが絵に描いたような小悪党でいささか嬉しくさえ思えてしまいますわ。


 ではここは、閉じ込められたバニカさまを救出するよりも、あの檻魔法の術者である小悪党の小ボスから、片付けてしまいましょう。誰一人殺さないミッションですので、位置交換で救出して万が一檻が爆発してしまったら、檻の側に居る小ボスが死んじゃいますものね。


「……………………」


「動くなっ! 貴様が動けば獣人は死ぬ。大人しくしていろ」


 なるほど。わたくしの些細な動きすら、許すつもりはない、と。肩を少し稼働させただけで、あのように忠告してくるのですから、相当わたくしを危険視しているのでしょう。すぐにわたくしに攻撃してこないところを見ても、相当ビビっていらっしゃる。


 動くことなく、なおかつバニカさまを危険に晒すことなく、そして小ボスを撃破する——容易いことですわ。


 丁度良い形、、、、、をした女神、、、、、が見えるこ、、、、、とですし、、、、——ではその女神さまに助けていただくといたしましょう。


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』——わたくしは、声を出さずに能力を発動。


 小ボスの上、真上、頭上に——女神さまを召喚しましたわ。


 女神さま——給仕室でおせんべいが見つからずに、一番高いところにある棚に目をつけた結果、しかし身長が絶望的に足りず落ち込み、膝を抱えていらっしゃった女神さま。いや。


 女神ではなく魔法少女——でしたわね。


「え、うわっ、なんでなんで!?」


 落ちて来た女神さまもとい空姫さまは、膝を抱えた姿のまま、小ボスの上に落下。


 声すら出す暇もなく、小ボスは倒れ沈黙。


 下敷きですわ。空姫さまの大きなお尻に。


 術者である小ボスが倒れたことにより、魔法の檻は消滅。


 バニカさまは衰弱していて、その場に倒れてしまいました。


「痛いです……え、てあれ! ば、バニカさん!? 大丈夫ですかバニカさん!?」


 倒れたバニカさまに気づいた空姫さまは、辺りを見渡し、そしてわたくしを見つけてこう言いました。


「……うわ、黒絵さん……バニカさんになんてことを……っ!」


「いえいえ、どう考えましても、空姫さまがお尻で踏み潰した奴の仕業でしょう……?」


「踏み潰した……??? あっ」


 自分が小ボスをお尻で気絶させたことにようやく気づいた空姫さま。お尻が大きいから、クッション性能が高過ぎて気づかなかったのでしょうか? うふふ。


「ご、ごめんなさい……知らない人、でも私のお尻に踏み潰されたのなら、逆にラッキーですよね? 意図しないご褒美みたいなモノですよね?」


 気絶した相手に何を言っているのでしょう。わたくしでも正気を疑いますわ。


「てかあそこのアサシンが急に私を召喚したからですし、私のせいではありません。どうか恨むならアサシンの方を」


 図太い。さすが空姫さま図太い。


「魔法少女ってあのくらいツラの皮が厚くなければ、なれないのでしょうか?」


「確かに、ソウかもネー」


 ピンボケさんさまのお返事に小さく笑ったわたくし。あとは空姫さまに事情をご説明すれば、これにてわたくしのミッションはほぼコンプリートですわ。


 残すミッションは脅すだけ。うふふふふふふふふふふ。

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