潜入ぺったんこ

 1


 潜入するにあたって、私に与えられた役割はお給仕として城内に潜り込むことでした。メイドさんです。


 つまりメイド服の空姫ちゃんですよ、ご主人様!


 初めてのお城という場所に、ちょっぴりテンション高めです!


 人生初キャッスル!!! わっほー!!!


「にしても……」


 サクッと潜入に成功しているのがすごい。いやまあ、私がすごいと言うより、黒絵さんがやっぱりすごい。私もすごいですけどね。


「とりあえず空姫さまが完璧に潜入するために、お城の人間全てに、空姫さまはずっとお城で働くメイドだった——という偽物の記憶を植え付けて来ましたわ」


 朝起きたらふらっとプレハブから出て行って、数時間でそのミッションをクリアして戻って来た黒絵さんがさらっと放った言葉がこれですよ。恐ろしいですねあの人……。


「本日の空姫さまは休日ということにしておきましたので、明日からメイドとして潜入してくださいませ。お洋服はわたくしがご用意しますわね、きちんと記憶しておりますので」


 と、言われたのが昨日。


 そして今日になりまして、私はいま人生初お仕事なのです。


 人生初のワークタイムなのに、黒絵さんの裏工作により、ずっと働いていたことになっているお城にやって来て、当たり前のように給仕室というメイドさんの休憩室に居るんです。黒絵さんが用意してくれたメイド服はどこら辺が偽物なのか見た目ではわかりませんけど、黒絵さんいわく、製作者がメイドインわたくしですので、明らかに偽物なのですわ——とのこと。それを偽物と言ったら、なにもかも全部をメイドイン黒絵さんにしてしまえば偽物に出来ちゃうやべえ能力だと再認識しました。


 一体、どのような手段を使えば、ものの数時間でお城の人間全ての記憶を偽造できるのかも私にはわかりません。


 いや、手段は判明してますか。


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』しかありませんもんね。不明なのはその上手な使い方ですよね、能力の。


 私がのんびりと給仕室で休んでいると、ドアがノックされゆっくりと開きました。

 

「クウキ先輩、廊下のお掃除が完了しました」


 ドアを開けたのは、メイドさん。私がずっと前からここで働いていることになっているので、明らかに年上のメイドさんなのですけれど、私の方が先輩という立ち位置になっているのです。


「では次のお仕事に入ってください」


「かしこまりました、失礼します」


 パタン、と。丁寧にドアを閉めたメイドさんは、私の言いつけを素直に聞き入れて、次のお仕事に向かいました。


「あのメイドさんのお名前すら知らないんですけどね私」


 ずっと働いていた、なんて設定にされたから、相手にとっては今更感と言う名の不信感を与えてしまうので、あなたのお名前なんでしたっけ? って聞けないですし。不用意に疑惑の念を抱かせる理由もありませんから、わざわざ聞くメリットありませんしねえ。


 しかもそこそこのキャリアが捏造されているので、私めちゃくちゃ暇なんですけど。メイド長とまではいかなくとも、次期メイド長で二番目くらいのベテランキャリアのメイドさんになっているらしく、私のお仕事が特にないんです。


 後輩メイドさんに指示を与える——が、私のお仕事みたいなんですよ。


「…………あー、暇ですねえ」


 おせんべいみたいなお菓子食べちゃおう。おいしー。


 おせんべいみたいな形してるけど、味はクッキーに近い。ちょーおいしー。


「……………………」


 お城って言っても普通のお部屋に居ますし、そろそろテンションも普通になって来ましたねえ。端的に言うならお城に飽きてきましたねえ……。


 潜入ってワードに、ちょっぴりワクワクしていた一昨日の自分が懐かしい。これじゃあスペシャルサボリ給料泥棒もいいとこですよ。まあお給料貰えないと思いますけども。


 とはいえ、働きたいかと問われたら……素直に頷けませんけどね。


 だって私十四歳ですもん。中二ですもん。日本だとバイトもできない年齢ですもん。


 お仕事するには若過ぎるんですよ私。ぴちぴちですからねじぇーしー。


「……………………」


 おせんべいみたいなお菓子、暇すぎて全部食べちゃった……。


 刻代さんからは好きにしてて良いよ、という言葉を頂戴していますけど、潜入なんてしたことありませんから好きにする、ってどのくらい好きにして良いのかわかりませんし、好きにしている結果、おせんべいみたいなお菓子完食しちゃったんですが、果たしてこれで良いのでしょうか、私。


「とりあえず……おかわり探しますか」


 給仕室内を物色しましょう。暇な今こそお話し相手にピンボケさんが居てくれたらよかったんですけど、ピンボケさんは、魔力察知が出来ない黒絵さんに付き添っているので不在なのですよね。


 サカヅキさんは、気配遮断する魔法が使えるので、同じく黒絵さんに付き添ってますし、いやー、とことん暇ですねえ。


「てか黒絵さん、ちゃんとお仕事してるんでしょうかねえ」


 どんなことをしているのか、私は知りません。私と同じく潜入はしているはずなのですが、何しているのか不明です。


「サボってそうだなあ、黒絵さん」


 なんとなく。なんとなーく、黒絵さんサボってそうだなあ。



 ※※※



「うふふ、もちろんサボっていませんわよ」


 きちんと潜入して、きちんとお仕事をしておりますわ——と、偽物の耳から届いた空姫さまの声に、脳内でお返事を。


 わたくしも潜入して、この時間は誰も来ない宝物庫に隠れておりますわ。


 昨日までに、このお城の全てのお部屋には、わたくしの偽物の目、そして耳の両方を設置しております。


 その手段は単純で、まずお城に入る一人に偽物の目を貼り付けましたの。その目を通じて、わたくしはお城内部でその一人がすれ違う人物、全てに偽物の目をペタペタしました。


 一人から二人、二人から三人——と。拡散させましたのよ。


 あとはそれを繰り返した結果、昨日までにはお城内部、お城に出入りする人間には、偽物の目と耳を設置が完了。人から人へ目を増やし、お部屋にも目と耳をペタペタペタ。絶対に感染するウイルスのように、人から人へ、人からお部屋に——と。


 これで全ての人間、そしてお部屋に設置が完了したのですわ。


 記憶の偽造も、その目を使いましたの。うふふ。


 まあ、空姫さまが居るお部屋(給仕室)に目と耳があることを、空姫さまにはお伝えしておりませんけれど。だってわたくしの悪口とか言っているかもしれませんし、それはぜひ聞いておきたいでしょう?


「さて、わたくしは情報整理ですわね」


 集めた情報——設置した耳を通じて届く声から、どのような些細な情報であれど拾っていきますわ。戦争手引き人をそうやって炙り出して差し上げますのよ。


「国王——シロ」


 国王がクロだったら、それはそれで簡単に終わるのですが、そう簡単には終わらないようですわね。


「騎士隊、衛兵部隊、シロ」


 城入り口の見張りも含めてシロと判断して問題ないでしょう。


「大臣……シロですか」


 意外と言っては失礼にあたいしてしまうのでしょうけれど、この手の手引きなどは国王——もといトップの人物に近しい幹部などが怪しいと相場では決まっているのですが、シロでございますか。


 刻代さまが誰が犯人かを教えてくだされば早いお話なのですが、未来が変わってしまうから——と、そうおっしゃられましたので、甘えるわけにはいきませんわね。


「ちゅーかうぬ、小慣れとるの」


「ええサカヅキさま。わたくしの家業は暗殺でしたが、お金払いの良さで誰でも殺すわけではありませんのよ。クライアントを全面に信用するわけではありませんでしたから」


 暗殺対象は悪人限定。だからこそ、事前調査はきちんとせねばなりません。クライアントが悪人だった——なんてパターンは、何度も経験しておりますからね、わたくし。


「さすがに刻代さまを疑っているわけではありませんけども」


「なるほどの。しかしながら、あやつめの相棒として忠告するならば、あやつめは信用を裏切ることもあるぞい」


「それはおそらく、求める未来に辿り着くために裏切らざるを得ない、なのではありませんか?」


「なんじゃうぬ、冷静じゃのう……つまらんわい」


「うふふ。冷静を保てぬ者に暗殺の資格無し——ですわ」


 これは家訓ですの。わたくしの実家、虞泥くどろ家の家訓であり、虞泥家の人間に生まれましたら、まず最初に叩き込まれる言葉ですのよ。


「それを聞くと黒絵のイエって、結構ダークだよネー」


 付き添ってくださっているピンボケさんさまがそう言いました。ピンボケさんさまは、空姫さまと同じようにわたくしの胸元に居ますのよ。サカヅキさまは頭に乗っていますから、まるで空姫さまのコスプレをしているみたいになっていますわね、わたくし。


「ダークですか、そう言われてしまいますと反論は難しいですわね。暗殺がホワイト企業とは絶対に言えませんもの」


「ダヨネー」


 わたくしの言う家業は、一般的な意味とは違いますもの。


 家のごう。虞泥家に生まれたら必ず背負う業。


 それがわたくし言う家業、なのですわ。


「でも黒絵はイヤじゃなかったのカイ? 暗殺一家の生まれだからとイッテ、暗殺者になることもないんじゃないかなあ、ってボクちゃんは思うワケ」


「プロ野球選手の子供が必ずしもプロ野球を目指すわけじゃない、みたいなお話ですわね。確かに——ええ、悩んだ時期もありましたわ」


「じゃあ、どうして暗殺者になろうとオモッたんダイ?」


「被害者——あるいは犠牲者の無念を晴らすため、ですわ」


 わたくしの親友——その家族が詐欺に遭い、一家心中した。


 その詐欺師を調べ上げると、無罪になっていたことを知る。


 依頼はありませんでしたわ。チンケな詐欺師一人の始末など、虞泥家に来る依頼ではありませんもの。ですがわたくしは許せませんでしたの。


 たった一人の親友が、たった一人の詐欺師により、たった一度の嘘で命を落とした現実を——わたくしは許せませんでしたわ。


 都合良くわたくしの実家は暗殺業でしたので、調査も始末も後始末さえも、なにもかも可能な環境でした。


 つまりきっかけは私情ですわね。最初の一人、その詐欺師をわたくしは間違いなく、個人的な恨み感情で始末しました。


 わたくしの進路はその瞬間に決まったのですわ。


「詐欺師を恨み憎んだわたくしが、偽物という能力を手にしているのは皮肉なのかもしれませんわね」


 あるいはそのおかげで、わたくしは自分の罪から目を逸らすことはありません。どんな理由があれ、命を奪う行為は悪にございます。ですがわたくしは悪人で構わないのですわ。


 プライドはありますが。暗殺者なりのプライド。


「うぬの言う、そのプライドってなんじゃ?」


「プライドと言いましても、そんな大したことではありませんのよ——わたくしは」


 悪人という言葉を絶対に言い訳に使わない。


「自分は悪人だから仕方ない——と。悪人の大半は悪人だからと自分で自分に、自分の罪に対して言い訳に使う生き物なのですわ。わたくしはそんな連中とは違う。悪人だから暗殺をする、ではなく」


 罪を背負う覚悟を決めたから、暗殺をして来た。


「うふふ、なんだか気恥ずかしいですわね、自分のことを語るというのも」


「うぬはなんちゅーか、ミステリアスで嘘つきじゃからの。それくらい教えて貰わんと、仲間として信用できんわい」


「では信用してくださいましたの? サカヅキさま」


「さあの。じゃが話を聞いてみれば、意外ととっつきやすいって感じじゃの」


「嘘かもしれませんわよ? 今までのお話全部」


「どっちでもいいわい。嘘でも真実でも、うぬと話した時間は嘘じゃないからの」


「サカヅキさま、そういえばわたくしと話すタイミング、あまりございませんでしたものね」


「コミュニケーション不足って意味で言っとらんがの」


「うふふ」


 ええ、わかっております。承知しておりますわ。


 嘘も真実も、どちらにせよ話す時間が必要ですものね。


 どうせお話するのなら、仲間とお話をするのであれば、それはもちろん——本音で話したいもの。


 時間は永遠ではございません。つまらない嘘に時間を使うなんて、もったいない。それは贅沢で愚かな時間の使い方ですわ。


「良いものですわね、仲間というのは……うふふ」


 仲間——暗殺者をやっていても、わたくしはソロ活動ばかりでしたから、新鮮です。


 今の環境は、わたくしにとって幸せなのかもしれませんわね。


 ならばこの幸せを大事にいたしましょう。


 暗殺者としてではなく、一人の仲間として。


 この世界に飛ばされたわたくしは、誰も殺しませんわ。


 だって殺してしまったら、仲間に嫌われてしまいますもの。


「うふふ。ではわたくしのお仕事を続けるといたしましょうか」


 話しながらもわたくしは、偽物の耳から届く情報を拾っていました。


 宗教団体さま御一行。お城に存在している教会。


 どうやら国王に近しい幹部が怪しいと睨んだわたくしの目は、偽物ホンモノだったようですわね。


「教会内部——真っ黒ですわ」


 表向きは人種平等な教団と言いつつ、聞こえてくる内容は人種差別発言ばかりですわ。獣人差別と思わしき禁止ワードみたいなお言葉しか聞こえて来ませんもの。


 崇めている神様は、よほど人間さまが大好きなのですわね。


「では参りましょう、敵陣に突撃ですわ」


 一人残らずお掃除してしまいましょう。


 もちろん——誰一人殺さずに。脅しの手段は、そうですわね……。


「拷問なんて久しぶりですわ、うふふ」


 加減を間違わないようにいたしませんと。


「いい加減じゃなくて、イイ加減でダネー」


「……………………」


 ピンボケさんさま……アラサーとはお聞きしていましたが、初めてアラサーっぽさを感じましたわ。


 わたくしを無表情にさせるなんて、やりますわねピンボケさんさま。

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