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壊れたハサミの形をした相棒ヤミオチ——それは、幼い頃に暮らした家、家族があった場所、妹の冥路にとっては実姉の部屋の引き出しにしまわれていた。
姉の暴走に気づいた冥路は、そのヤミオチの力を借りることを決意する。
(素朴な疑問なんですけど、いいです?)
(なんだい空姫さん)
(どうして妹さん、冥路さんは、お姉さんの暴走に気づけたのでしょうか? 偶然って訳でもなさそうですし)
(偶然と言えば偶然だけど、必然と言えば必然かな)
(……もったいぶらないでくれますかね)
(あはは。冥路だけが気づいたのは、彼女が本来なら存在しないはずの人間だったから、だよ。矛盾から生まれた存在ゆえに、矛盾に敏感だった、ってこと)
(重そう……いや重いですね)
(軽くはないよね。でも姉でも兄でも弟でもなく、妹である冥路だけが気づいたのは、おそらくだけど、彼女もまた魔法少女に成れる才能があったから、だと思うよ)
そう——冥路は魔力を感じることが出来た。
だから、ヤミオチの存在にも気づけたのだ。
だけど、冥路は魔法少女にはならなかった。
いや——なれなかった。厳密に言うならなれなかったのだ。
発見したヤミオチの存在理由は姉である冥紅の相棒であり、冥路と契約することは不可能だと断られてしまった。魔法少女と相棒はワンセット。
せっかく見つけ出したヤミオチと契約はできない——ならば、と。契約ではなくヤミオチに取り引きを持ちかける。
「お願いヤミオチ……わたしの生命と引き換えで構わない! お姉ちゃんを助けて……っ!」
だが、具体的な救済プランなど冥路にはわからない。どうすれば姉を救えるのか、そもそもどうすれば姉が救われるのかわからないのだ。
優しかった姉に戻って欲しい。一緒に暮らしていたあの頃の姉に。離ればなれになってしまった家族だけど、離ればなれになっても家族だから。たとえ不仲だとしても家族だった。
家族という事実は消えない。家族という繋がりは切れていないのだから、助けてあげたい——でも。
その思いと同じくらい、罪を償って欲しい気持ちは存在した。
だから彼女は願った——自身の生命と引き換えに、ヤミオチに願った。生命を使う理由は、生命をリソースにしてヤミオチに魔力を与えるためだ。
「わたしの生命を使って、過去にも魔法少女を……世界を救う魔法少女を……願わくば——お姉ちゃんを助けてくれる魔法少女を」
どうか魔法少女を誕生させて欲しい——と。冥路は純粋な気持ちで願う。
「……よかろう。我があるじの実の妹——たとえ偽りの妹だとしても、その願いは聞き入れてやろう」
ヤミオチはそう言って、冥路の願いを受け入れた。
こうして、魔法少女はそれぞれの時代に誕生する。
そこから遥か昔、時代にして最古の魔法少女——それが未来視の魔法少女だった。
※※※
「つまり僕が、時代的にも世代的にも最古の魔法少女ってわけ」
「……………………」
「どうしたんだい、空姫さん?」
「重い…………重いですって」
生命とか。生命と引き換えにとか。
そんなネガティブなワードを聞いた直後に最古の——とか言われても、ポジティブに聞けるわけないでしょう。
「重いですけど、なんとなくわかりましたよ、サカヅキさんがタンブラーの形をしている理由が」
始まりが未来だったから——です。
つまり、遥か未来にリソースがあったから、冥路さんの生命というリソースが
そういうことですね。
「おお、空姫さんやれば出来るじゃん、ウケる」
「ウケねーよ!」
「あはは、まあそうだよね」
まさかピンボケさんたち相棒の誕生にそんなエピソードがあったなんて。
「儂も知らんかったわい……」
「ボクちゃんも同じくビックリ」
相棒であるお二人も知らなかったんですね。じゃあびっくりの衝撃は私と同じみたいです。
「ちなみに——あーいや、ちなんで話して良いことじゃないかもだけど……」
「なんですか刻代さん。この際はっきり全部言ってくださいよ」
「わかった。冥紅を除いてだけど——魔法少女になる人間、魔法少女の才能がある人間は、冥紅が介入して改変したから生まれた少女限定だ」
「うーわ、さらに重ーい」
ちなんで発表されるスケールじゃなーい。
じゃあ私って、冥紅さんが歴史をあちこち
てかそのレベルの話を、ちなんで発表しようとしたのか、刻代さん。デリカシーないですねこの剣。
複雑だなあ……冥紅さんが実質的に私の生まれるきっかけ、ってことは、なんだか複雑です。冥紅さんに会ったことないですけど。
「まあ、生まれたことには感謝しましょう! ポジティブ空姫ちゃんはそう考えることにしました!」
「それがいいね。僕はきみの考え方、素直に好きだよ」
「そりゃどーもですよ、刻代さん」
「続き、聞くかい?」
「続きって言っても、その後魔法少女としてきちんと契約した創造の魔法少女冥紅さんが、この惑星『マーデル』に飛ばされて、この世界『マデューリンド』を創ったんですよね?」
「うん、大まかに言うとその通りだね」
「でもひとつ気になるのは、異能力者の時点でだいぶヤバいチカラ持ってると思うんですが、なぜ異能力者ってだけで飛ばされなかったんですか?」
魔法少女は時代に一人。それが世界に許される魔法少女の上限。黒絵さんという異能力者が飛ばされていることから、異能力者もまた、世界を
「それはね、そのルールを創ったのも、冥紅本人だからだよ」
過去でも適用されるルールを——と、刻代さん。
「え……それじゃあ、冥紅さんは自分の創ったルールで飛ばされたんですか?」
なんか間抜け。アホなのかな……。
「違う違う。飛ばされた——じゃないよ」
飛んだんだ——と、刻代さん。
「飛んだ? 望んで?」
「そうそうその通り」
「ホワイ?」
「なぜって言われても、そうだなあ……自分を嫌う人間しか居なかった世界に、それでも居たいと思えるかい——そう言えば、伝わるよね?」
「…………まあ、はい」
嫌われるきっかけは自分自身だとしても、そこに居たいかと問われれば、私でも首を横に振る。誰だって居たくないと即答するに決まっている。
身勝手で自分勝手な理由で見切りをつけた——ですか。
「なんか、可哀想な人ですね……冥紅さん」
唯一救おうとしてくれたのは、偽りの妹さんだけ。
偽り——私は偽りだとは思いませんけども。
ぶっちゃけ、ガチの妹だとしてもそこまでしないでしょ。姉のために、迷いも躊躇もなく生命を掛ける覚悟があった人間を、私には偽りとするなんてことできない。
冥路さんは妹だった。紛れもなく——嘘偽りなく、本物の妹よりも妹過ぎたのだ。
「優しい妹さんのお気持ち——冥路さんの願い……私は無駄にしませんから……」
これは誓いだ。私の誓い。魔法少女としての私が誕生するきっかけに等しい冥路さんのお気持ちに応えるには、冥紅さんの暴走を止めるしかありません。
「また繰り返すつもりなんですよね……じゃあ、冥紅さんは」
人類滅亡を——同じことを。
「滅亡に近いこと——かな。自分が気に入らない人間という存在を減らすため……というより苦しめるために、冥紅は獣人という種族を創造しておいたわけだからね」
あるいは復讐か。人間に嫌悪して人間から嫌悪されていた冥紅さんの、人類に対する復讐。
「わかりました、刻代さん。話してくれてありがとうございました」
そう言った私は、長い話に固まった背筋を伸ばし、言った。
「戦争を止めましょう。絶対に!」
そして、冥紅さんを一発ぶん殴る。どこに居るのか知りませんけど、絶対にぶん殴ってやります。
「さて、じゃあお風呂に入りながら、戦争をどうやって止めるのか——そのプランを教えてくださいな、刻代さん。やってやろうじゃないですか、私が絶対に冥紅さんのシナリオブレイカーになってやりますよー!」
「うん、だけど……このプランの成功の鍵は、きみじゃなくて黒絵さんなんだけどね……なんかごめんよ張り切ってるところに」
「……………………」
張り切ってるところにその発表は、本当に酷いですからね。
「わたくしがどう役に立ちますの?」
「黒絵さんの得意分野だよ」
「つまり暗殺——ということでよろしいですか?」
穏やかじゃないワードに私はまたもやげんなりしましたが、どうやら成功の鍵は黒絵さんが口にした暗殺ではないようで安心です。
「そっちじゃないよ、潜入さ——王都内部に戦争を望んでいる連中がいる。そいつらを見つけ出して、徹底的に」
脅してやろう——と。刻代さん。
脅すなら、私の出番もありそうですね。重たい話を聞いたことですし、その八つ当たりも
「この戦争を止めるためには、犠牲者ゼロじゃなきゃダメなんだ」
そう呟いた刻代さんの声に、私は心の中で全力で頷きました。
じゃあ絶対に誰も死なせない。殺させない。元々そのつもり。
私は人を守る魔法少女なのですから。そこに種族は関係ありません。人間も、獣人も。
人は人。命は命。意味わからない魔物とかは別として、人の命は守るのです。それが魔法少女空姫ちゃんなのですよ。えっへん。
「ところで、なんで魔物っているんです? この世界」
獣人さんが存在している理由は判明しましたが、魔物が存在している意味がはっきりしませんのでスッキリしません。
その理由はどうせ、スッキリする理由ではないのでしょうけども。
「そりゃあ日常的に恐怖を与えるためだよね。人類に」
あー、なるほど……ほらやっぱりスッキリしない理由でした。納得はできても理解出来ない、モヤっとするやつでしたよ。
性格アルティメット悪いなあ冥紅さん。
「ついでに言うと、この世界の文字や言語が日本語じゃないのは、冥紅が最初から文字言語自体を創造していないからだよ」
「どうしてなんです?」
「人類の争いを対話で終わらせないためだったみたいだけど、そこは冥紅の誤算。人類の進化速度を甘く見過ぎだった、ってわけ」
「うわ、酷い……。でも人類の進化グレートジョブですね」
私の頭より悪いなあ、冥紅さんの性格と
「残念ながら最高のグレートジョブでもなかったんだよね……魔物という生物が創造されてしまったのは、人類が言葉を覚えたことで争わなくなったからであり、言語習得は冥紅にとって面白くない進化だった」
進化により新たな恐怖が生まれてしまった、そういうことですか。
「……魔物を創造して、人々に争いの代わりとなる新たな恐怖を誕生させた——ってことですか……」
「その通りだよ、空姫さん」
やっぱり冥紅さんは、思いっきりぶん殴る必要がありますね!
「空姫さんからすればこの世界の魔物は弱いけれど、この世界に暮らす人間から見れば脅威と言って間違いないんだ。圧倒的に絶望させる恐怖ではなく、じわじわと日常的に、それも生命のリスクが近くに存在する恐怖を与えるために——運がなければ死ぬかもしれないと怯えさせるため。そして、冥紅が
魔物が弱い理由も判明した。笑えない理由でした。
精一杯頑張れば倒せるが、精一杯頑張れなければ死んでしまう。常に最高のパフォーマンスで討伐できる保証はどこにもなく、命がけという大き過ぎるリスクから与えられる恐怖。
そしていつ襲ってきても不思議じゃない不安感を与え続けるためだけに、わざわざ力のセーブをした、頑張ればギリ倒せる強さの魔物という存在を創造した——とのこと。
そりゃ怖いですよね普通に。一般人の方たちにギリ勝てるかもしれない、って思わせるのがえぐい。勝てても怪我して重症なんてのも十分あり得る話ですし、本当に酷い話ですね……。
「日本で
「ベアーフェスって……クマさんで例えられちゃいますと、急に可愛くなって恐怖感がブレるんですけど……」
「ああ……僕が育った日本では、熊ほど恐ろしい獣は居なかったくらいなんだけど、そうか……これがジェネレーションギャップってことなのか」
「……………………」
そりゃ、百年以上も昔から見れば、そうなんでしょうね……。
私と刻代さんの世代が離れ過ぎてて、ジェネレーションギャップと言われても感が否めない。明確な年数は聞いてませんけど、百年以上のスケールで離れてたら、ギャップって言うよりもエラーですよもはや。
ジェネレーションエラーですよ。あるいは単なる時代遅れ。
「私の時代ですと、クマさんは可愛い代表みたいな生き物でしたけどね」
とりあえずそう言っておきましょう。時代遅れって素直な気持ちを言ったら、流石に可哀想ですもんね。
魔法少女である私から見れば、クマさんは可愛い生き物ですし。ここだけの話ですが私、魔法少女になってからクマさんモフりに山に潜ったことあるくらいクマさん好きなんですよね。もふもふもふもふ。めっちゃ噛まれたけど、魔法少女の防御力なら余裕で甘噛みでしたからねーもふもふ。
冬眠してるクマさんと添い寝したあの冬は最高だったなあ。
「うふふ。じゃあ可愛くない悪人で例えますと、責任能力のない気分屋の通り魔殺人鬼が、どこを歩いても当たり前のようにうろついている、って感じですわね?」
「黒絵さんの例えウルトラ怖いじゃないですか! 邪悪!」
冬毛もふもふマイメモリーを思い出して癒されてたのに、なんてこと言いやがるんですかこの邪悪なアサシン!?
「コンビニに向かう途中に通り魔とすれ違ったり、コンビニの店内でも別の通り魔が立ち読みをしていたり、ですわ」
「やだ超怖いその世界……魔法少女でも引きこもります」
なぜ悪人で例えた……その例え、バチクソ怖いんですけど!
にしても、雑魚魔物ばっかりだなあ、とは思っていましたけれど、まさかそんな理由で魔物が雑魚だったとは……いやはや。
「やっぱり相当なクズ野郎でクズっ子ですね冥紅さんっ!!?」
「どうやらそのようですわね、うふふ」
「あなたも十分邪悪ですけどね!??」
ともあれ、潜入ミッションスタートです。
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