3


 姉、そして兄。さらに妹と弟。


 一夜にして、釻理崖つくりがけ冥紅めいくの家族は四人増えた。


 賢く美人な姉。優しく誠実な兄。


 可愛い妹。生意気な弟——と。それぞれが増えた。


 大好きな両親と合わせて七人家族になった釻理崖一家だったが、残念なことに問題がある。問題と言うにはいささか神経質な部分ではあるが、それを問題と言ってしまうほど、冥紅の心はデリケートだったのだろう。


 それに気づいたのは、あるいはそのことを気にし出したのは、彼女が十三になったばかりの頃だった。


「……姉さんも兄さんも、冥紅と全然似てない」


 妹と弟も同じく——顔が似ていない。


 それは、彼女が彼女の能力で改変したことで生まれた、血の繋がりこそあれど、見た目までは上手く介入出来なかった証拠である。


 十三歳——そのころの彼女は、もう自分が他の人とは違うことを完全に認識している。自分は特別だ。自分は選ばれた。


 その特別感、他者とは違う優越感を覚えてしまった彼女は、じゃあ完璧にしなきゃ——と、自分を追い込む。


 完璧に。誰が見ても兄姉だと——誰が見ても弟妹だと、一目でわかるように、完璧に。


「『鑑賞し干渉ルールする改変の改革者クリエイター』」


 呟くように、能力を発動させた。


(質問よろしいですか? 刻代さま?)


(なにかな、黒絵さん)


(冥紅さまも、わたくしと同じく能力を言葉にして発動するタイプなのでしょうか?)


(そういうわけじゃないんだけど、これは憶測になるけども、彼女なりのルールなんだと思うよ)


(ルールですの?)


(あるいはルーティンって言うのかな。どのような精神状態であっても、確実に能力を発動させるためのルーティンって言った方が正しいのかもね)


(なるほど……失礼いたしました、続きをお願いしますわ)


 完璧を目指した彼女は、自身の能力を使い——家族の顔を変えた。過去に介入し改変し、自分をベースにした顔立ちへと変えさせた。


「これで完璧だ……冥紅の家族はみんな冥紅に似てる仲良し家族なんだもん」


 顔を変えた——そのおこないこそ、完璧を目指した彼女の理想だった。


 誰が見ても、家族。そっくりな家族——だった。過去形。


 そう。唯一理想と違っていたことは——仲良し。問題点。


(悪かったんですか? 家族仲?)


(それはね……悪くはなかったよ)


(なんか引っ掛かる言い方ですね)


(悪くはなかったが、悪くなった)


 悪くはなかった——元々は仲良し家族で間違いない。


 しかし、顔を変えたことにより、突如不仲になった。


 歴史に介入して改変する能力——その強制的な修正に対して、様々な矛盾が一気に押し寄せてしまったのだ。


 家族は不仲になり、一家は離散。


 顔の似た人間がバラバラになった——家族じゃなくなった。


 その頃には、彼女は十五になっていた。だけど、家族が離散したことを、自分のせいだ——と、受け入れることが出来ない少女になっていた。


 同時に、彼女を見る目もあからさまに変化する。


 今までも良く見られることは少なかったが、それでも悪い視線ばかりではなかった。悪魔と呼ばれていても、逆に神童と呼ぶ者だって存在はした。だけど残念ながら、少女を見る目は悪い目ばかりになってしまった。


 様々な矛盾が、彼女を完全に悪魔と呼ばせるまでに成長するのには、時間は必要ない。


 悪魔。悪魔悪魔。悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔。


 すれ違いざま。学校の教室。一人暮らす部屋。


 その全ての場所で、悪魔という言葉が聞こえてくる。


(完全に病んでますって……)


(そうだね。精神状態が良いとは言えないね)


(自業自得と言えば自業自得ですけども)


(あるいは因果応報とも言えるかな)


(灯台下暗しとは?)


(全然、絶対に言えないよ)


 言えるのは自業自得と因果応報。彼女自身がばら撒いた種が、彼女自身に牙を向いた——それだけのこと。


 だが、完璧主義者の彼女は絶対に認めない。


 人間を認めない。自分も人間であることを忘れたかのように、彼女は人間を嫌悪した。心の底から人間を嫌った。


 特別な自分を認めない人間を、愚かな目で見下すことさえ出来ない程に、嫌悪した。


 気に入らない人間は、過去を改変して存在から消す。


 それが出来るのが自分だと——それが許されるのが自分だと。


 そう信じていた。そう信じていたからこそ、彼女は——。


「……人間、滅んじゃった……あは、あはは、はははは!」


 誰一人、誰一人すらも存在しない世界にて、人類を滅亡させた世界にて、彼女は狂ったように笑う——否。


 狂っていたから、笑ったのだ。


 既にどうしようもなく——狂い尽くしていた。


 笑えないことに。



 ※※※



「……え、大人しく聞いてたら人類滅んだんですけど?」


「さほど大人しく、とは言えなかったけどね、空姫さん」


「いやそこは良いでしょう、スルーで」


 スルーできないのは、人類滅亡の件です。


 スルーできるスケールの話じゃないです。


「え、じゃあ私たちはなんなんですか?」


「人間だよ。どこからどう見ても」


「いやいや違いますって刻代さん、滅んだのに生きてた私たちのことを不思議に思ってるんですよ。ホワイなのですよ」


「なにもいきなり滅んだわけじゃないからね。徐々に減っていき、最終的に——釻理崖つくりがけ冥紅めいくの時代になると、滅んでいた、ってこと」


 ゆっくり滅亡したんだよ——と、刻代さん。


「わかりやすく言いますと、せんを抜いた湯船のように、あるいは蒸発する水のように、じわじわと減少した結果の最終地点が人類滅亡——ということですわね?」


「そそ。賢いね、黒絵さん」


「うふふ、それほどでもありませんわ」


 まるで私が賢くないみたいな扱いに不満はありますが、黒絵さんの説明は結構わかりやすかったので、不満と文句は呑み込んで差し上げます。ごっくん。


「で、刻代さん。サカヅキさんがタンブラーの理由ってどこなのです?」


 確かその話を——とかなんとか言ってから、続きがスタートしたはずなのですが。


「そだね、そこに触れようか」


 その前に——と。刻代さん。


「黒絵さん、ちょっとお願いなんだけど、ユーシアノさんとナルボリッサさんの方にも、プレハブをお願いしてもいいかな?」


「わかりましたわ。お二人にはわたくしの偽物の目をお持ちいただいておりますので、ではサクッと建ててしまいますわね。えい」


 えい——って。今までそんなこと言ってなかったじゃないですか。なに可愛こぶってんですか、今更。


「出来ますわね……うふふ」


「なに一人で笑ってんですか、気持ち悪いですよ黒絵さん」


「失礼しましたわ。冥紅さまの能力発動条件を参考に、わたくしも出来るかと思いまして試してみましたの。出来ましたわ」


「??? なにがです???」


「言葉の省略ですわ」


「…………っあ」


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』って言ってない!


 言ってないのに、別行動してる二人のところへプレハブを出した!


「いよいよ反則でしょ黒絵さん……それ」


 実はこっそり立ててた黒絵さん対策として、声を封じるとか考えていたのに、それすらも通じなくなっちゃった……。


 あーあ、私絶対勝てないじゃんこの人に。いつか絶対に泣かせてやる、って密かに誓っていましたのに、あーあ台無しですよ私の予定が台無し。


「とりあえず向こうもプレハブ出したなら、刻代さん続き続きー、続きいきましょうよ」


「めちゃくちゃ投げやりになってるけど、どうしたんだい?」


「わかってるんでしょ、どうせ」


「あはは、成長するって素晴らしいよ空姫さん」


「馬鹿にしてますよね……?」


「あははははははははははははははははははは!」


 めちゃくちゃ笑われた。不自然過ぎるくらいめちゃくちゃ笑われました。くそう。


「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 貴様ああああああっ!!! なぜ貴様も笑ったんだあ!?


 どうしてあなたも笑うんだ黒絵さん——とは言ってやりません。絶対に言ってやるもんか! ツッコミ待ち、みたいな顔してやがるのでこれはもう意地です!


「さて——笑ったし、続きでも話そうね」


「……………………」


 この人——というかこの剣。私よりおふざけがお好きなのでは、とさえ思い始めました。思い始めただけですがね。


「人類滅亡にいち早く気づいた人間が居たんだ。世界がおかしなことになっていると気づいた人間が居たんだよ。滅びゆく人類に違和感を覚え、滅びる直前に行動を起こした人物が存在したのさ」


「誰なんです?」


釻理崖つくりがけ冥路めいろ——冥紅が望んで誕生した、実の妹だ」


 しかし妹の冥路は異能力者ではない——と、刻代さん。


「だから探したんだ、姉の暴走に対抗できる能力者をね」


「じゃあ見つかった、ってことなんですか?」


「いいや、見つからないよ」


「はい?」


「完全な対抗手段は見つからなかった——けど」


 不完全な対抗手段なら見つけたのさ——と。刻代さんは言いました。


「不完全……ですか?」


「そう、不完全。あらゆる歴史改変を繰り返した姉に対抗する手段は、奇しくも姉が生み出した存在だと目をつけたってわけ」


「その不完全な対抗手段とは?」


「魔力。もっと言えば、魔法少女——厳密に言えば相棒」


 魔法少女の相棒さ——そう言った刻代さんは、さらに言葉を続けます。


「魔法少女が居ればいいなあ——と、女の子なら誰しもが憧れた存在の魔法少女」


 当然冥紅も憧れていた——と、刻代さん。


「冥紅が幼い頃に思い描いた理想は、本人すら意図せずままに現実となっていたんだ。無意識の改変により誕生していた、それこそが人類初の魔法少女になる釻理崖冥紅の相棒、壊れたハサミの形をした相棒、ヤミオチ」


 そこから物語は始まった——と、刻代さんは言葉を紡ぐのでした。


「ここから魔法少女の誕生物語が開幕だよ」

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