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 少女は物心ついたときから、悪魔と呼ばれていた。


 悪魔の子——ではなく。悪魔そのもの。


 それが始まりの魔法少女——最後の異能力者、釻理崖つくりがけ冥紅めいくである。


 これは冥紅が、悪魔と囁かれ始めた日の出来事だ。


(待ってください刻代さん)


(なんだい空姫さん?)


(異能力者……? 魔法少女なのに?)


(まだ魔法少女じゃあないけどねー)


(……………………)


(まあとりあえず最後まで聞いてよ)


 冥紅が自身の能力をぼんやりと自覚したのは、五歳の誕生日だった。


 五歳の誕生日——彼女は両親から誕生日プレゼントに何が欲しいか尋ねられ、こう答えた。


「冥紅ね冥紅ね、妹と弟が欲しい!」


(それはまた無茶振りですわね)


(ご両親、困るでしょうね……)


(空姫さまは一人っ子ですの?)


(そうですよ。黒絵さんは?)


(わたくしも一人っ子ですのよ)


(ねえ二人とも、聞く気ある?)


(あ、はい。聞きます聞きます)

(聞きますわ聞きますわうふふ)


 妹と弟が欲しい——娘からそう言われた両親は、さすがに子供の前では困惑の表情を隠せなかった。誕生日に贈れるプレゼントではなかったのだから、当然だろう。


 が、彼女のリクエストは、それだけではなかったのだ。


 困惑した表情を見せた両親に向かって、しかし五歳だった彼女は大人の顔色をうかがう目はまだ持っていない。だから彼女は、こう続けた。


「あとねあとね、お姉ちゃんとお兄ちゃんも欲しい!」


(本当に無茶振り過ぎるでしょ、さすがに)


(うふふ、ですわね。でも五歳の少女なら言えてしまうのかもしれませんわね)


(ですねえ。あ、続きお願いします刻代さん)


 両親は苦笑した。妹と弟なら叶えてやれる可能性はある。たとえすぐには無理だとしても可能性は十分に存在した——が、さすがに姉や兄は不可能と言わざるを得ない。もちろん可能性はゼロではない。養子を招き入れ、義姉や義兄ならば叶えられる可能性はあるが、しかしそれはあくまで義理の、という前提である。


 が、翌朝になると彼女は——妹になっ、、、、ていた、、、


 妹になっていて——同時に姉、、、、にもなっていた、、、、、、、


 それは義理の姉でも義理の兄でもなく、正真正銘の血縁者であり、遺伝子情報も間違いなく彼女の姉であり、兄が居た。


 妹と弟も同じく存在していた。


(空姫さん、なぜだかわかるかい?)


(創造……ですか?)


(違うんだよね、これが)


 彼女は生まれながらにして異能力者だった。


 人類最後の異能力者であり——あらゆる過去の歴史、あらゆる過去の出来事に干渉し、介入も改変も自由自在に可能な能力の持ち主。


鑑賞し干渉ルールする改変の改革者クリエイター』——それが人類最後の異能力者である釻理崖冥紅の能力だ。


 この日が初めて能力を使った日だった。無意識に。


 そして同時に悪魔と囁かれ始めた日だ。無自覚に。



 ※※※



「そろそろオウト付近に到着するヨー!」


 刻代さんのお話は途中ですが、目的地である王都付近、私たちの野宿するプレハブまで戻ってきたので、一時中断して、ピンボケさんライドを終了させることにしました。


「あらあら、ドアが壊れていますわ」


「あー、犯人はピンボケさんですよ」


 嘘ではない。私も共犯といえば共犯ですけど、あの時の私の立場で共犯だって認めたくないので、ピンボケさんに罪をなすりつけます。


「構いませんわよ、ちょっとリフォームしちゃいますわね」


 そう言った黒絵さんは、元々あったプレハブを消して、新しいプレハブを出した。リフォームというより建て替えですね。


 相変わらず一部屋オンリーの造りですが、内装がちょっぴりリニューアルされていて、ピンボケさんを引っ掛ける天井が少しばかり豪華になり、テーブルにはサカヅキさんを置くスペースがありました。


 ベッドも四つから二つになってます。


 まだ寝るには早いですし、ご飯でも食べながら刻代さんのお話の続きとでも(青ライスとターコイズブルーカレー、ワニみたいな色した福神漬けを添えて……)。


「異能力者——最後の異能力者ですか……なんか格好良くていいなあ、その呼ばれ方」


 変な色したご飯を食べながら、私は言いました。もう晩御飯のカラーリングについては触れません。謎の触れたら負け、みたいな雰囲気あるので。


 最後の異能力者で、しかものちに、最初の魔法少女になるんでしょう——って、あれ?


「最初の魔法少女なのに、未来……?」


 ふと私は疑問を呟きました。疑問に思わないわけがない。


「おー気づいたね、空姫さん。気づけたね空姫さん」


「刻代さん、あなた私のことハイパー馬鹿だと思ってません?」


「やだなー、心外だよ。極馬鹿くらいにしか思ってないよ」


「ハイパー超えてるでしょ……極みって」


 どう考えてもハイパー超えてるでしょ。アルティメットじゃないですか。


 どこが心外だ。人外になってるくせに。


「そもそも——」


 私が人外ソードに内心文句を言っていると、その人外ソードは言いました。


「そもそもなんだけど、サカヅキがどうしてタンブラーの姿をしているか、考えたことはあるかい?」


「考えて出せる答えなんですか、それ?」


 考えたことはありません。でも素直にないと認めるのが悔しいので、アルティメット馬鹿なりに賢そうな返事をしてみました。


 だってわかりませんもん。本来ならタンブラーが存在しない刻代さんが魔法少女やっていた時代に、なぜタンブラーの姿をしたサカヅキさんが居たのか——なんて。


 わかるわけないでしょう、普通に。


 世界一有名な名探偵シャーロック・ホームズさんでも推理不可能だと思いますよ、たぶんですけど。


「まあ空姫さんが考えてないことは、僕は知ってるんだけど」


「性格悪いって言われません?」


 じゃあわざわざ聞くな、って心底思います。トーク下手っぴめ!


「言ってくれる相手はいなかったかな。あはは、今風に言うならぼっちだったもん僕。ウケるでしょ」


「ぼっち発表よりも、今風って言われると、どの時代を軸にした今風なのか、って思っちゃいますよ、私は」


 ただでさえ時間軸うんぬんはわかりにくいんですから。


 実は私、ほぼ理解してませんからね、時間軸うんぬん。


 なあなあで今を全力生活、活動をしている私なのです。


「そりゃきみたちの時代だよ。空姫さんと黒絵さんのね」


「私と黒絵さんって同じ時代出身だったんですか?」


 はつみみー。黒絵さんとその辺のお話をしていませんから、はうみみー。てか異能力者と魔法少女って同じ時代に存在するのアリなんだー、ってことに驚きます。


 つーか今更ですけど、異能力者って何者なんだよ感はずっとあるんですが……話をブレさせると面倒ですし、刻代さんはトーク下手なので自重します。


「その辺の話は、時間があれば話すよ」


 今は冥紅のことから——と。刻代さんは言いました。


 あと私は、ターコイズブルーカレーを完食しました。


「さっきの続きから、順を追って話すねー」


 では、そのお話とやらを聞くといたしましょうかね。


 最後の異能力者の物語——その続きを。

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