3


「う、うわあ……四本足だあ……っ!」


 物陰に隠れて、わたしはイッヌーコをまじまじと観察した。


 四足歩行で、二頭を持つ魔物。ツケモノカプチーノ港から少し離れた砂浜で、その魔物は浜辺に打ち上げられた貝を食べていた。


「うわ本当に犬と猫の頭なんだねー、あはは。現物は初めて見たけど、ちょっと可愛いねえ」


 可愛い……? あんな恐ろしい見た目をした魔物が可愛い?


「どこが可愛いの……?」


「うーん。顔?」


「おっかない顔してるのに……っ!?」


「あのふたつの頭は、日本では愛らしい動物なんだよ」


 ニホン怖い。あれを愛らしい動物と呼べてしまうなんて、ニホンは恐ろしいところだったんだ……っ!


「さて、ユーシアノさん。早速斬りかかってみようかレッツゴー」


「ちょっと待って、雑すぎるよ……!」


「そう言われてもねえ、だってユーシアノさんに出来ることって、現状だとそれしかないだろう?」


「うっ……」


 確かにその通りだ。


 わたしには、クウキのような圧倒的なゴリ押しパワーもないし、ナルボリッサみたいな暴力的パワーもないし、クロエのようにスマートな戦闘も出来ない。


「今更だけど、いきなりイッヌーコは強すぎないかなあ……まずはバクテンブタあたりから慣れる選択肢はなかったの?」


「バクテンブタかー、懐かしい。あのバクテンしたりしなかったりする、二足歩行のブタだよね」


「うん、バクテンブタじゃダメなの?」


 わたしの実力的には、バクテンブタも十分に強い。


「バクテンブタじゃ弱過ぎて訓練にならないからね」


 お金を稼ぐことが主体の目的だったはずだけど、あくまでトキヨはわたしに訓練させるつもりだったことがさらっと判明した。


 訓練——訓練か。


「弱いままのわたしじゃ……ダメだもんね」


 弱いままじゃダメだ。わたしが一番そう感じている。


 だけどわたしの言葉に、トキヨは言った。


 弱いままでも良いんだ——と、そう言って言葉を続けた。


「ユーシアノさんに必要なことは、物理的な強さじゃない」


「じゃあ……わたしは強くなれないの?」


「違う違う。そうだなあ、ちょっとややこしいことになるけど、きみは既にだいぶ強い。そして強くなろうとしている時点で、心の強さもある」


「……………………っ?」


 トキヨの言っていることが、よくわからない。


 いや——言っていることはわかる。だけど、伝えようとしている意図が読めない。言葉が通じても、わたしに何を求めているのか、わたしは何を求められているのか、それが全然わからない。


「強さっていうのは、ひとつじゃないんだ」


「それはなんとなくわかるかな」


 たとえば、クウキのように物理的な強さ、クロエのように相手をあざ笑うかのような強さ、ナルボリッサのように勇敢に立ち向かう強さ——ひとことに強さと言っても、種類はたくさんある。


「だからユーシアノさん。きみの強さを見つけるべきだ」


 この訓練はきみだけの強さを探す道しるべさ——と。トキヨは優しい声でわたしに言った。


「わたしだけの……強さ」


 果たしてそれがどのようなモノなのか——現状のわたしにはわからないままだ。


 でも——だとしても、あくまで現状のわたしには、である。


「トキヨ……ご指導ご鞭撻べんたつ、お願いしますっ」


「口下手な僕で良ければ、任せて。一緒に強さを見つけよう」


 わたしは、物陰に隠れることをやめて、イッヌーコに姿を晒した——二頭を持つ恐ろしい魔物がわたしを見つけた。


 右の頭部は「シャー!」と警告を鳴らし、左の頭部は「ガルルル!」と威嚇を飛ばしてくる。


 全長およそ3メートルはあろう巨体をこちらに向けた、言わばわたしという餌を前にしたイッヌーコに向かって、言い放つ。


「わたしはユーシアノ・ケンヌ・ケェル——あなたの餌になってあげるつもりは……ないっ!」


 鞘から抜刀したトキヨを構え、わたしは言い放った。声は震えているし、同じように足も震えている。


 が、息を深く吐き出して、わたしは安堵した。


「……ふう……良かった」


 震えているのが、声と足だけで良かったから。


 心まで恐怖に震えなくて——本当に良かった。


「軽く斬りかかって挑発してご覧。まずはイッヌーコの攻撃を避ける特訓から始めるよ」


「は、はい、よろしくお願いします師匠せんせいっ!」



 ※※※



 やはり——見当たりませんわね。


 プレハブにてわたくしは、この世界の歴史書を繰り返し読み漁りましたわ。


 しかし残念ながら、わたくしが求めるモノはどの歴史書にも記載されておりませんでした。


「……………………」


 ではなぜ——あの方たちは、、、、、、……。


「ねえ帽子さま、実際のところシアノってみんなの迷惑になってない?」


「なんじゃいな、藪から棒に質問しよって」


「だってシアノって……戦闘に向かないでしょ?」


 お二方のお話が耳に入り、わたくしは何度も読み終えた歴史書を閉じ、バニカさまに言いました。


「確かに戦闘に向いている性格ではありませんけれど、シアノさまは強いですわよ」


 お世辞ではありませんわ。もちろん嘘でもありません。


 そもそも戦闘に向いている性格が本当に存在しているのか、そちらの方が疑わしいと言えます。わたくしだって戦闘に向いているかと問われれば、首を横に振りますもの——嘘をつかなければ、ですけれども。


「シアノって、剣術の練習は小さい頃からしてたけど、でも優しいからさ……そんなシアノが戦えるのかな、って、アタシは思っちゃうんだよね」


「なるほどですわ、お優しいですものねシアノさま。うふふ」


 そういえば、シアノさまとバニカさまは幼馴染というお話でしたわね。ならばシアノさまが黒ローブとの戦闘で見せた剣術は、全て刻代さまのアシストというわけではなかったのですわね。


 いささか真っ直ぐ過ぎて、暗殺向きの剣ではありませんでしたけど。うふふ。


 さてと——シアノさまが戦えるか否か。


 バニカさまからの問いへの答えは、とても簡単なモノと言えましょう。


「戦えますわ——でも」


「でも?」


「シアノさまは、戦わないも選べますのよ」


 これはわたくし——あるいは空姫さまにも選べない選択肢ですわ。なぜなら、わたくしや空姫さまは、常に相手を倒す手段から模索してしまうから。


 戦闘経験があればあるほど、相手を倒し無力化するすべから思考が始まります。相手との実力差を計算、あるいは感覚で導き出し、倒すことを前提に脳が働いてしまう。


 無論、その結果——戦わないを選ぶことは可能です。


 が——それでは遅い判断だと言わざるを得ないのですわ。特に戦闘では油断とさえ呼べる、タイムロスに直結する致命的な時間。


「最初から倒す前提で考えるわたくしや空姫さまと違い、考えの出発点が異なるシアノさまは、生き残ることを主体に動けますのよ」


 結果的に生き残るわたくしたちと異なる部分。


 悪人を断罪して来たわたくし、そして現れた敵を倒して来た魔法少女の空姫さまでは、まず生き残ることに重きを置く——という思考は真っ先に動きません。ナルボリッサさまはどうだかわかりませんが。ナルボリッサさまの戦闘をじっくりと拝見したことがございませんので、ご愛嬌ですわ。


 ですが、一度お手合わせをしている空姫さまのことはわかります。


 そして、黒ローブとの戦闘をじっくりと観戦させていただきましたので、シアノさまのこともわかりますわ。


「シアノさまは、考えられるお方だと——わたくしは見ていますわ」


「考えられる? うささどういうこと?」


「観察力と言った方がわかりやすいかもしれませんわね」


 相手の動きひとつから、次の行動を予測する。


 空姫さまがサカヅキさまと一緒にやっていることを、シアノさまならばそれに近い次元のレベルで、お一人でこなせるはずですわ。


 もちろん、空姫さまの擬似的な未来視とは違い、シアノさまに可能なのは、敵の動きを観察し、分析し、そこから予測した幾つかの選択肢に確率を立てて——と。


 とまあ、細かく言うことは可能なのですが、しかしこういう説明をバニカさまにしてもいささか伝わりにくいでしょう。


 ですので、ここはこのように言っておくといたしますわ。


「頭を使った丁寧な立ち回り——それがシアノさまには出来るはずですのよ」


「おお……な、なるほどお……そういやシアノって、ああ見えて頭良いんだった……っ!」


「ご理解いただけたようで、わたくしも満足ですわ」


「うん、アタシ理解した! うさっと理解した!」


 うさっと。それはサクッと、みたいな解釈で宜しいのでしょうか?


 うさっと、というワードは後ほど勉強させて頂くとしまして、


「バニカさまがご心配しているのであれば、ではシアノさまの戦闘を鑑賞しちゃいましょうか?」


 丁度リアルタイムで戦闘中の様にございますから——と。


 わたくしは能力を使い、シアノさまがお持ちになっている偽物の目を経由して、現在のシアノさまが立っているフィールド(砂浜)にも目をこっそりと作りました。丁度魔物と戦闘しているみたいなので、視界に入って邪魔にならぬ様に。


 その目を使い、フィールドからシアノさまを偽物の目で追う。


 そして——


「こちらをご覧くださいまし」


 と、わたくしはテーブルの上に、モニターのようなモノを作りました。


「おわ! シアノが映ってる!? ウッサウサウサ凄い!」


 ウッサウサウサ凄い。謎のお言葉を頂戴いたしましたわ。


「こちらは現在のシアノさまと、えーと……」


「あれは……イッヌーコだねっ!」


 魔物のお名前に勉強不足なわたくしに、バニカさまが教えてくださりました。犬と猫の二頭を持つ、日本で例えるならケルベロスのような魔物でしょうか。少し愛らしいですわ。


「うぬ、家電は出せんのじゃなかったんか?」


 サカヅキさまからのご質問。確かにわたくしが出したモニターは、家電のような形をしております。


「形だけ、なのですわサカヅキさま。電気は使っておりませんので、これはモニターの形をした、偽物の目から送られてくる映像を映し出す鏡——そう解釈してくださいまし」


「便利な能力じゃよなあ……まったく」


「使い方次第ですわ、うふふ」


「ちゅーか異能力ってなんじゃよ? いやまあ儂みたいな魔法少女の相棒が言うんもあれじゃし、今更聞くのも遅すぎると言わざるを得んのじゃが、異能力ってなんなんじゃ?」


「申し訳ありません。わたくしも異能力についての知識はございませんの」


「本当かのう?」


「うふふ、残念ながら本当にございます」


 本当に。わたくしも知りませんもの。


 異能力とはなにか——という問いに答えは持ち合わせておりません。


 しかし、異能力がどのような条件で発現するのかよりも、今わたくしはそれ以上に、もっとも懸念していることがございます。


 懸念事項は異能力のルーツではなく——異能力者の存在。


 具体的にはわたくし以外の異能力者の存在——ですわね。


 敵側に居る——はずなのです。


 だってわたくしが潰した宗教団体——その組員のクズ共。


 この世界に存在した記録が残っていない、拳銃——わたくしが作り出し、あの方たちにプレゼントした銃。それをあのクズ共は手に取ったのです。


 どの歴史書にも記されていない武器を、武器と認識して手にしていた——これはまず間違いありません。確定証拠が残ったまま、あのクズ共は麻痺しておりましたもの。


 銃を武器と判断できなければ、そして銃と判断できなければ、セーフティを解除しようとしませんものね普通。


 それを実行しようとした——ということは、わたくし以外に武器を生み出せる能力者が敵側に居る、あるいは武器の知識を与えているわたくしや空姫さまのように、飛ばされた人物が敵側に存在しているということ。


 情報を与えた人物が冥紅さまという線は薄いでしょう。


 薄いどころか、ゼロだと完全否定も出来てしまいます。


 もし冥紅さまが銃を手駒に与えているのなら、既に使っているはずですもの。あんなに簡単に人間を殺せる凶器を、それこそ冥紅さまの立場なら、人類が言葉を覚えた時点で流通させない理由が見当たりません。ばら撒いていたのなら、必ず歴史には残りますわよね、当然。


 ですが、歴史書には銃の存在はひとつもありませんでした。


 そうなりますと残るは——わたくし以外の異能力者の存在。


 この仮説に行き着くしかないのですわ。


 うふふ。さて——この推測の真相は、シアノさまたちと合流してから、刻代さまにきちんとお伺いすることに致しましょう。

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