5


「ふふ……空姫さまはいささかピンチのようですわ」


 なにもない場所——広さもよくわからない場所。


 存在しているのは、自身と敵。


 眼前の黒ローブを前にし、それでもわたくしは慌てることもなければ焦りを見せることすらもありませんでした。


「余裕だね? こちらとしてはきみの能力を封じる場所を用意したつもりなんだが」


「ここがですの? こんなよくわからないサイバー空間みたいな場所でわたくしの能力が封じれるとでも?」


「きみに全開で能力を使われると勝ち目がないからね。これでも苦肉の策で精一杯の対策なんだよ」


「全開ですか……ふふ、まるでわたくしの全開をご存知のように言ってくれますわね」


 わたくしでも知らないのに——と。わたくしは微笑んだ。


「きみの能力は偽物を無限に作り出すことが出来る能力だろう。だからこの場所は、自分ときみ——この二人しか存在できない場所にした」


 その言葉に、では試しに——と。


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』を使用して、偽物の銃を作ろうとした——が。


 銃は現れなかった。


「なるほど。そういうことですのね」


 存在が許されるのは、二名のみ。だからこの場所には何もなく、わたくしたち二人しか居ない。


「うふふ……なーんだ、これっぽっちが苦肉の策ですか、ふふふふふ」


 偽物が作れない——およそ不利としか言いようがない状況下にありながら、しかしだからと言って、わたくしが負ける要素にはなり得ませんわ。


「うふふ。これっぽっちでわたくしに勝てる——と」


 ふふ。うふふ。ふふふふ。うふふふふふ——と。わたくしは笑う。残酷な笑みを浮かべ続ける。


「さあ、偽物が作れないこの場所できみはどう戦うか——それを見る前に倒してみせよう」


「あなた——お名前は?」


「コスタリィル・キャニング。一番目さ」


「一番目——ではあなたが一番お強いのですわね?」


「生まれた順番だから強さは関係ないけど、ある程度はやれる方だと自覚しているよ」


「ではその自覚とやらが偽物だったと知ることになりますわね」


「そうはさせないさ——っ!」


 そう言ったコスタリィルさまは、残像を残しながら接近してくる。


 わたくしの目の前まで一瞬で距離を詰め、残像を残す蹴りを放つ——が。


「肉弾戦なら勝てると?」


 わたくしは涼しい顔をして、その蹴りを受け止めましたの。


「なっ……!」


「驚かれていますわね。わたくしの能力——つまり戦力は、偽物を出せなければ雑魚に等しい、と」


 そう考えていらっしゃったのですわね——と。掴んだ足から手を離す。


「わたくしの能力は思いのほか万能なんですわよ」


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』は応用の効く能力だ——そのことを一番知っているのはわたくし自身である。そしてわたくしは、つい最近——その応用が効き万能な能力のさらなる可能性に気がついてしまった。


 そもそも——そもそもなのですが。


 機械人形だったヤゥトゥマさまに憑依されたわたくしでしたが、それはわたくしがあえて憑依させたに等しいのですわ。


 拒絶することは可能だった。わざわざ空姫さまのファーストキスを頂戴せずとも、自力でどうにかできましたの。うふふ。


 わたくしがそれをしなかったのは、単純に面白いと思ったからであり、憑依してきたヤゥトゥマさまが果たして自分の能力をどのように使用するのか興味があったから、ですわ。


 端的に言えば泳がせましたのよ。自身を餌にして、自分の能力の可能性を探りたかったから。


「ヤゥトゥマさまは、非常に有意義なことを教えてくれましたわ」


 本物の存在があやふやである記憶というモノを偽造し、魔力というわたくしにとっては意味不明な概念まで、偽造してみせた。


 記憶の偽造は経験不足のヤゥトゥマさまには使いこなせていませんでしたが、概念の偽造はとても参考になりましたわ。


 偽物は作るだけじゃない。偽造は偽造だが、やり方を応用すれば、出来ることの幅は格段に広がった。存在があやふやでも偽造ができる——なら当然可能なのは偽装である。


 偽造——ではなく。偽装——ですわ。


 嘘を纏い、嘘を装備。自身を嘘でコーティングしますの。


「きさま……なにをしたっ!?」


「嘘をついただけですわよ」


「嘘……だとっ?」


「うふふ、ええ、その通りですわ」


 わたくしの身体能力は、およそ平均的な十四歳の少女である。


 ずば抜けた筋力もずば抜けた攻撃力もずば抜けた防御力も、一切ない——ただの少女である。


 だからわたくしは嘘をつく。ごく普通の少女だから嘘をつく。


「わたくしは肉弾戦なら最弱——その通りですわよ、はい」


 ですが——と。わたくしは涼しい顔をして握り込んだ拳をコスタリィルさまに向けて打ち込んだ。


「ぐっ……!」


 威力は最強。最強の腹パン。それを食らったコスタリィルさまは、魔法で高めた防御力のおかげで腹部を貫通することはなかったが、たった一撃で膝をつき——倒れた。


 倒れた瞬間、サイバー空間のようだったフィールドが変化。


 なんの変哲もない、ただの草原地帯に変わりました。


「わたくしの最弱を最強に偽装したのですわ」


 倒れたコスタリィルさまにタネを明かす。その声はコスタリィルさまには届いていないとわかっていながら。


 最弱の身体能力を最強に偽装——その言葉通り、わたくしは自身の身体能力を最強レベルまで高めたのですわ。


「貧弱なわたくしの身体能力の偽物は、最強の身体能力を持つわたくし自身——というわけですのよ。うふふ」


 元々存在しているわたくし自身の身体能力に嘘をついただけ——なので、偽物を出したわけではない。フィールド効果で偽物が出せなくとも、最初からわたくし自身の存在は認められていましたから、コスタリィルさまの敗因はわたくしの存在をフィールドに許したこと、ですわね。


本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』は偽物を作り出す能力だけにあらず。


 真の能力、あるいは能力の真髄は——


「偽物に見せること——偽物を魅せること」


 なのですわ——と。時間にして二分の戦闘は、こうしてわたくしの圧勝に終わりました。


「さて——わたくしはどうしましょうか?」


 呟きながら、わたくしはその場に腰をおろしましたわ。


「フィールドチェンジしたようですので、偽物を作ることが出来ますでしょうか?」


 ふと気になったのでやってみました。普通にできましたわ。


 おそらく、先程のサイバー空間のようなフィールドごとコスタリィルさまの魔法だったのでしょう。コスタリィルさまが気絶したことで、強制解除されたのかと。


 せっかくですので、ヤゥトゥマさまがわたくしの体内でやっていたことの応用でもして、コスタリィルさまを閉じ込めておきましょう。虹色の箱にいたしましょうかね。


「閉じ込め〜、ですわ」


 箱をノリノリで落としました。勝ちましたので気分が良くてついついご機嫌になってしまいましたわ、うふふ。


 あらかじめパーティメンバー全員に忍ばせておいた偽物の目を通じて、わたくしは全ての戦況を把握している。ついでに耳も忍ばせたので声も聞こえる。


「偽物の目と耳を通じて、視覚と聴覚を偽造し移動させる——この使い方に気づけたのも、ヤゥトゥマさまがわたくしに憑依してくださったおかげですわ」


 感謝感謝——と。ひとまずその場で戦況を見つめる。


 やはり空姫さまの状況が良くない。おそらく敗北し死亡する——そう気づいたわたくしは、空姫さまに借りがあることだし、この辺でその借りを返すべく立ち上がった。


 が——予期せぬ声により、わたくしにストップが掛かる。


「ちょっと待ってね、黒絵さん」


 と。あらかじめ忍ばせた偽物の目——そして偽物の耳。


 偽物の耳からわたくしの耳へと届いた声。わたくしに向かって声を掛けたのは、喋る剣だったのですわ。


「えーと、たしか刻代さまでしたわね?」


「そうそう。空姫さんを助けるのはエヌジー」


「ダメなんですの?」


「うん。彼女のピンチは彼女が乗り切らないとダメなんだ。同じ理由で今はまだナルボリッサさんの助太刀もエヌジーね」


「よくわかりませんが、ではあなたの方は大丈夫ですの? 苦戦しているのかちょっとわかりませんけれど、ピンチでしたらお助けしますわよ?」


「あはは。その心配は無用だよ。これでも僕はこの世界最強の魔法剣みたいなモノだからね。きみはそこで、空姫さんが勝ち残れたら空姫さんとナルボリッサさんを拾って僕たちのところに合流して欲しい。空姫さんをナルボリッサさんのところに送ってからなら、空姫さんの助太刀オッケー。それまではゆっくりしててよ」


「ではお言葉に甘えさせて頂いて——わたくしはしばらくのんびりしていますわ」


 その最強と言った実力を見せていただきますわね——と。


 わたくしはその場でシアノさま、刻代さま、二名の戦闘に目をやることにした——にしても。


「わたくしが目を忍ばせたこと、よくお気づきになりましたわね?」


 あの不思議な剣——と。独り言を呟き、退屈そうにあくびをしましたの。ふぁーあ。

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