2


「よっと!」


「ちょこまかと避けるじゃないか」


「痛いの嫌なんです!」


 砂粒をわすのにも、いくらか慣れてきた。


 残念ながら、完璧に躱わすことは出来ていないが、それでもダメージと呼べるほどのダメージは食らっていない。私偉い。


「でも、このまま避け避け戦法じゃあ……」


 勝てない。私の勝利条件は、ウリルさんの無力化だ。


 目的は戦闘不能にすること——殺すことじゃあない。


 とはいえ、むしろ今の私にウリルさんを殺すほどの魔法が使えるかと言われたら、首を横に振るしかありませんが。


 避ける一択しか選べない私。攻撃手段が見当たらない。


 近づこうにも砂が邪魔して接近できない。砂うぜえです。


「……いっそ砂を破壊してやりますか…………」


 言ってみましたが、言ってみただけです。全力全開の私なら、この砂浜の砂を丸ごと破壊することも可能だと思うんですけど、流石に現状の私には無理だ。


 そこまでする魔力がない。詠唱する時間をくれそうにないですし、詠唱して使う魔法を発動させることも出来ない。


「まあまあ詰んでません……?」


 まあまあ——あるいは結構絶望的だ。


 思考加速があるから、砂を避けつつ考えられるのはありがたいですけど、これはこれで疲労感も半端ない。動きによる疲労よりも、脳が疲れる方がしんどい。今すぐチョコとか食べたい。


 このまま、避け続けて助けを待つべきか——いや。


 助けが来ると思わない方がいい。それぞれがそれぞれ、私みたいに知らない場所に飛ばされたと考えるなら、どこに誰が居るのかもわからない。


 私が唯一わかるとすれば、ボロさんくらいです。ボロさんと私は魔力のパスで繋がっているので、ボロさんだけは居場所がわかります。


 わかったところで、めちゃくちゃ遠そうなんですけども。


 たぶん、私が日本に居るとしたら、ボロさんはブラジルに居るくらい離れている。遠すぎる。


 やはり助けは期待できない——ならば結局、私のピンチは私が乗り切るしかないようだ。


「再生とはなにか……っ」


 砂を避けながら、呟く——再生とはなにか。


 私が現状を乗り切るために与えられたヒントはそれだけ。


 頭のサカヅキさんもそれ以上のヒントを教えてくれませんし、自力でなんとかしないと未来が変わってしまうんでしょうね。


 全く……厄介ですよ本当に。


 仲間に未来視という、もはやネタバレみたいな魔法を使える人(見た目剣ですけど)が居ると、楽できるよりも試練が増えるみたいです。


「再生……再生再生再生……さいせい」


 再生とはなにか——再生ってなに!?


 字を分解してみると、再び生まれると書いて再生になりますけれど、それを考えても『だからなに?』としか思えない。


 いやなんで分解したんだ私。冷静に考えてみた結果、変な方向に考え出してしまった、反省です。


 おそらく、与えられたヒントは、一般的な再生という意味じゃないはず。


 破壊と再生の魔法少女である私の属性として、考える必要があるのでしょう。


 破壊——文字通り破壊。じゃあ再生は?


 私の破壊は文字通り破壊です。私の再生はじゃあなんです?


「思い出せ思い出せ思い出せ思い出せっ!」


 再生の魔法で出来ること——美術館を元に戻したり、トンボコロシを相手に破壊と再生を繰り返したり。


 戻したり……? 繰り返したり…………?


「……………………っ?」


 辿り着いた可能性に、ちょっと混乱。え、まさかコレ?


 再生——私の再生。私が使える再生とは。


 いやまさか……それが出来たら、私明らかに最強ですけど。


 最強過ぎますけど。インフレってレベルじゃないくらいヤバい存在になりますけど?


「良いんですか? 私、あり得ないくらいインフレしますよ?」


 パーティ最弱から、パーティ最強クラスに。


 たぶん世界最強クラスに。


「可能性があるならやってみろ、そろそろマズいぞい」


 そう言ってきた頭のサカヅキさんに、私は小さく頷く。


 マズイのは私よりもボロさんだ。さっきからボロさんの魔力が弱まっている。まさかとは思いますが、柄にも無く私を生かそうとしているのかもしれない。


「ではお言葉に甘えて。魔法少女空姫ちゃん、最強になることにします」


 そして私は最強になる——ボロさんは絶対に死なせません。


「再生——それはつまり、戻すこと」


 私の再生とは——戻し繰り返すこと。それが私が辿り着いた、最強になるための可能性なのでした。



 ※※※



 悪くねえ人生——いや、魔法生だった。


 そう思うには、俺様は若過ぎるかもしれねえけど。生まれて数ヶ月の赤ん坊みてえな魔法である俺様が、生きた経験に満足するにゃあ、いささか若過ぎるってもんだ。


「…………よお、セスタの姉貴。ヤゥトゥマの姉貴はどうしたよこら」


 ズタボロにされちまった俺様だが、まだ諦めるわけにはいかねえのよ。


 三番目の姉貴——俺様が記憶しているヤゥトゥマ・ペラーザの名前は、俺様が死んだら同じく死ぬ。


「きみが知る必要はないよ」


「冥土の土産もくれねえのかよ、冷てえ姉貴だぜ……」


 まあ、てめえを道具だと思って疑わねえ姉貴たちが冷てえことは知っていたがよ。


 俺様の相手は、四番目の姉貴であるセスタ・レンフロー。


 一番下の妹——六番目だった俺様からすりゃあ、どの姉貴もみんな強えことは知ってた。


 だけど,まさか……こんなにも差があるとはよ。


 ズタボロにも程があんだろ、俺様。四肢がもがれちまった。


 背中が痒くても肩ごとなくなっちまった。声を出すしか出来ねえぜ。


 もうじき、俺様は死ぬ。セスタの姉貴に殺されるかもしれねえし、その前に勝手に死ぬかもしれねえ。どちらにせよ死ぬことには変わりはねえ。


「ああ……でもよお……」


 姉貴に殺されるのは納得できねえけど、こうして見ると、姉貴みてえにならなくて良かったぜ——と。今更ながら俺様は思っちまう。


 もしも俺様が裏切ってなかったら、いずれは俺様も姉貴たちみてえに道具として生きるしかなかったんだろうな。


 そう考えると、俺様は幸運だぜ。道具としての運命から解放されて自由になれたんだからよお。


 自由を知れて自由を楽しめた。ならここで死んでも不満はねえ。


「……………………っ」


 ダメだな……不満はねえけど、死にたくねえや。


 でも結局は死にたくねえけど——死ぬしかねえ。


 俺様が死ねば、俺様に使っている魔力を空姫が使えるようになる。


 あいつが死ぬのも寝覚めがわりい。俺様はもう覚めることもねえ眠りに入るけど、あんなんでも俺様の術者様だからよお。


 俺様が足を引っ張ってあいつが死んだら、意味ねえもんな。共倒れなんて御免だぜ。


「いま……おれさま……の、まりょく……かえ、すぜ」


 どうせ死ぬ。遅かれ早かれ死ぬ。じゃあ今すぐ死んじまった方がいい。その方があいつも戦闘が楽になるだろうからよ。


 俺様は、今できる最高の自殺を決意する。


 人間みてえなナリしてやがるから、人間みてえな死にかたが出来るのは楽だぜ。舌を噛みちぎれば、人間は死ぬだろう。


 じゃあ俺様も舌を噛みちぎれば死ぬはずだ——その前に。


 感謝の言葉くれえ言わせてくれや。


「ありがとよお…………くう、き。てめえがくれたじ、ゆうは、たのしかったぜ……じゃ、ぁ、な」


 わりいな、ヤゥトゥマの姉貴。でも俺様が姉貴の名前を持ったまま死んでやるから、許してくれや。


 俺様は舌を噛んだ。


「……………………?」


 噛みちぎるために思いっきり噛んだ——が、俺様の舌は噛みちぎれなかった。残念ながら俺様には、舌を噛みちぎる力が残っていなかった。


 残念ながら——ちげえな。幸運にも、だ。


「勝手に死のうとしないでくれませんかね? あなたを解除する気も死なせるつもりも、私には毛頭ありませんから」


「て、てめ……え」


「今再生します。大人しく休んでてください」


 俺様に再生の魔法を掛けた空姫は、セスタの姉貴と対峙する。


 どうなってやがる……っ? 空姫の魔力がやべえ。


 つーかどっから現れやがった……? 急に出現しやがったくせに、さも当然の権利のように俺様の目の前に現れやがったが、空姫にそんな魔法は使えねえはずだ。


「ど、どうなってやがる、てめえ……」


「まだ喋らない方が良いですよ、ボロさん」


 再生されていく肉体——再生していく四肢。


 このレベルの再生をする魔力など、空姫にあるわけがねえ。俺様を発動しっぱなしでできることじゃねえし、俺様を発動していなくても出来るとは言えねえ芸当だ。


 生命の再生に等しい行為——それはもう、魔法を超えているとさえ言えやがる。


「な、なにがありやがった……?」


 俺様の言葉に空姫は言った。言いやがった。


 ふふん——と。自慢げに鼻を鳴らし、俺様に言いやがった。


「ちょっとインフレしまして、ちょっと最強になりました」


 それはおよそ、ちょっと——なんてレベルではねえことは、頭の足りねえ俺様でもすぐにわかることだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る