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「術者権限を奪うなどと簡単に言っとるが、それがどれほどのことかわかっとるんか?」


「もちろんわかってますよ。美術館からタンブラーを盗むよりは簡単でしょう?」


 私の軽口ジョークにサカヅキさんは少しだけ、本当に少しだけど笑った気がした。


「要は上書きですよね。ボロさんの支配権を私に上書きすれば良いってことですもんね」


「そんな魔力、うぬにあるわけなかろう。どんだけの魔力を消費すると思っとるんじゃ。現実的じゃないわいアホ」


「魔力なら心当たりがあります——というか、そこで寝てますし」


 私がそう言うと、ピンボケさんが小さく「なるほど」と頷き、言った。


「シアノの魔力を借りる。そうだネ? 空姫?」


「はい。丁度爆睡していますし、ちょっと魔力を拝借しちゃいましょうよ」


 まったくこの勇者は無防備に寝ちゃってるんですから。同人誌だったらゴブリンとかオークとか触手に『見せられないよ!』って案件になっても文句言えないくらい爆睡してますもん。


 勇者の魔力は本物の無限——その事実を知らないのか、サカヅキさんは私が何をするつもりなのかわかっておらず、いささかソワソワしているように思えた。


 説明は手間なので、サカヅキさんには後でお話ししましょう。


 その辺の説明くらいA子さんがしておいて欲しかったですけどね。


 とりあえず寝ているシアノさんの手を取り、私はシアノさんの魔力を強引に自分へと流し込んでみる。


「どうダイ?」


「全然匙加減がわからないですね……なにせ無限に流れてくるので」


 元々魔力量の調節は苦手分野ですからねえ、私。


 でも、魔力を頂戴することは可能だ。


 問題なのはその量。少なければ奪えない。多ければ魔法が暴走してしまう。この場合の暴走は、ボロさん自体の暴走になってしまい、リスクが大きい。


 無限に流れてくる魔力を必要な分だけ拝借する。それは私には出来ません。


 魔法の威力を制御するために『魔法真名おなまえ』で縛りを作っているようなことをしている私一人では不可能です。


「じゃあ、魔力量の調節はボクちゃんにマカセテ」


 一人では不可能ですが、私には相棒が居ます。ピンボケさんが居ます。私自身の魔力を使っている戦闘だとこの方法は使えませんが、今回はシアノさんから流れてくる魔力量を制御してもらう中継役をしてもらいます。


「ええ、お任せしますよピンボケさん」


「ボクちゃん頑張っちゃうヨー!」


 頼りになる唯一無二の相棒との会話を終え、私はボロさんに向かって言います。


「ボロさん、今からあなたに対する術者権限を私に上書きします。出来るだけで構いません、話せることだけで構いません。あなたのことを教えてください」


 術者権限を乗っ取るには、まずその魔法について知っている必要がある。今回のケースは、魔法そのものであるボロさんが自我をお持ちなので、直接ヒアリングできることは聞いてしまえばいい。


「……やめとけ。俺様にだってわかる。無理だろやめとけや」


「やってみなきゃわかりません」


「話せることなんかねえんだよ。俺様はまだ、生まれたばかりの魔法だ。自分のことなんざ、俺様だってわかってねえんだわ」


 生まれたばかり——その言葉を聞いて、ボロさんが同い年に見えるのに、しかし赤子のようにも思えた私の直感も大したものですねと自画自賛。


 そしてボロさんの言葉には、どこか諦めの気持ちが強く込められてる気がする。


「大体よお、俺様は魔法だぜ。てめえが命掛ける意味ねえだろ」


「そうかもしれませんね」


「わかったならやめとけ。正直、今の俺様はてめえらと殺し合いたくねえ……だから殺してくれ。頼む」


「お断りします」


「俺様を救うと思って殺せ。魔法少女は正義の味方なんだろ。正義のために俺様を殺してくれや」


 魔法少女は正義の味方——ですか。


「そんなわけないでしょう。私が正義? ちゃんちゃらおかしい。私は世界を救う力を持っていたとしても、世界を救わないタイプの魔法少女ですよ」


 そうだ。私は世界を救う魔法少女じゃあない。


 そういえばA子さんも勘違いしていましたね。あるいは求める未来のルート分岐のために、わざと勘違いしたフリをしていたのかもしれませんけど、私は世界なんて救いませんよ。


 救うのなら世界じゃない——私が救うのは……。


「私は世界なんかより、人を救います。世界の危機をシカトして人を救います」


 結果的に世界も救えたなら儲けもん——なのですよ。


「俺様は魔法だっつってんだろうが」


「人です。私の認識では人です」


 大体、人の定義なんて曖昧なんですよ。


 魔法とか言われても、ボロさんの見た目は人ですし、会話できますし、分かり合えるんです。


「会話が成立すれば人と呼ぶんです、私の常識ではね」


「非常識な野郎だぜ、狂ってやがる」


「褒め言葉として頂戴いたしますね」


「バカだぜ、お前……ははっ!」


 ボロさんの言葉に込められていた諦めの気持ちが晴れた、気がします。


「わかった……わかったよ。失敗して俺様がてめえを殺しちまっても文句言うんじゃねえぜ?」


「おあいにく、たとえ暴走したとしてもあなたに負ける気はしませんねえ」


「言ってやがれ、後悔すんなよ」


「あなたこそ、後悔させないでくださいよ」


 では始めます——と。私はそう宣言をし、術者権限の乗っ取り行為、もとい魔法の支配権の上書きを開始した。


 簡単ではない。わかっている。


 魔力量の調節はピンボケさんが担当してくださりますが、それ以外にも特に魔力操作が難しい。細かい操作が必要とされ、わかりやすく言うなら、針の穴に糸を通しながらサーフィンするくらいの難易度だ。今回はボロさんの名前しか判明していないので、さらに難易度は高いと言える。


 つまり激ムズなのですよ。普通に考えればね。


 でも私はやり遂げてみせますし、自信があります。


 その自信は根拠のない自信ではなく——経験から生まれる自信です。簡単ではありませんけれど慣れっこなのですよ、魔力操作での強奪に。


 私が日本で戦っていた組織、夢喰いナイトメア機関。


 やつらは、人間の夢を喰らい、本来夢があった心のスペースに巣食うクズ組織。


 喰われた夢を取り戻すため、私は夢喰いナイトメア機関を倒すたびに、緻密な魔力操作を繰り返し、夢を奪い返して来たキャリアがあるんです。


 まあ夢を奪い返すのに魔力量の調節は必要ありませんでしたので細かい部分に違いはありますけれど、しかしそうは言っても問題とするほどではありません。


 だって信頼できる私の相棒——ピンボケさんのアシストがありますからね。


 だからたとえ、針の穴に糸を通しながらサーフィンするような難易度だとしても——そう、私なら、私とピンボケさんならば……可能なのです。


「最後の仕上げです、ピンボケさん!」


「マッカセテー!」


「不可能に近い難易度は、不可能じゃねえんですよ……っ!」


「その通りサ! ボクちゃんたちで証明してヤロウ!」


「もちろんですとも!」


 証明完了まで、もう少しだ——もうちょっと。


 あと少し。あと少し。あと少しあと少し……よしっ!


「ふう……終わりました……成功です」


 このように、完璧にやり遂げることができるのです。


 緻密な魔力操作に疲労がないと言えば嘘になりますが、ここは根性で疲れていないように振る舞いました。強がり見栄を張った私は、ボロさんに言います。


「ボロさん。あなたの術者はたった今から私になりました。文句があるならお聞きしますよ?」


「じゃあせっかくだし、一言だけ言わせてもらうわ……」


「はいどうぞどうぞ」


「……ありがとうよ」


「ええ、どういたしまして」


 さて——さてさて。


 ボロさんが本来の術者から解放されましたから、言ったらペナルティというパワハラからも解放されたので、さっそく敵さんの情報——まずはお名前を教えてもらうとしましょうかね。


 私がボロさんにそのことをお伝えしますと、ボロさんは、


「……わかった」


 と——重たい口を開き、私の敵の名を口にしました。


母様かあさまの名は——釻理崖つくりがけ冥紅めいく


 それがお前らが言う創造の魔法少女の名前だ——と。


 ボロさんはそう言ったのでした。お名前が判明しましたし、ここいらで、ずっと気になっていたことを確認するとしますかね。


「ところで……私からサカヅキさんに質問なのですけれど」


「なんじゃよ、改まって?」


「サカヅキさんって大きさ自由自在じゃないですか? じゃあこういう形になれたりします?」


 私は地面に指を走らせ、しばしのお絵かきタイム。


「なれるぞい」


「ちょっとなってみてくださいな」


 仕方ないやつじゃの——と、そう言いながら、私のリクエストした形に変形してくれたサカヅキさん。


「か……完璧じゃないですか……」


 私は、その見事なフォルムに感動さえ覚えた。


 リクエストした形は、子供用のビニールプールみたいな形です。形はビニールプールでも、タンブラーという性質なので、保温性に優れた——そうです。


 これはもう……湯船です!


 持ち運べる湯船……最高じゃないですか本当に。


「美術館からパクって来た甲斐かいがありました!」


「うぬはなんというか……憎めないタイプの悪よなあ」


「結局そういうタイプが一番可愛いんですよ。えへへ」


 平和は守りますけれど、自分を正義だと思ったことはありませんからね。面倒なので適当に発言したことはあるかもしれませんが(いちいち自分の発言を覚えてませんので、ご愛嬌です)。


 思いのほかサイズは大きめですけれど、この大きさなら全員で浸かれますね、ナイスですサカヅキさん。


「シアノさんを叩き起こして水場を探してもらって、お話の続きはお風呂に浸かりながら、ってことにしませんか???」


 疲れたので、お風呂にゆっくり浸かりたいのです。


「おっふろーおっふろーバスタイムおっふろー風呂!」


 お風呂が楽しみ過ぎて、オリコン一位をぶっちぎり独走で狙える曲が完成してしまいました。


 マイソング独走、バスタイム浴槽、FOO YEAH!


 上げてこーう、テンション青天井、ここお外でガチNO天井。


「HIGH LOW! おっけー入ろーう! FLOW! お外に設置、どこでも浴室、明日は翌日、ならば朝風呂、パンチはブロー、おーいえす正論、おー風呂ーう!」


 ベリークールでファンキーなラップパートまで完成してしまいました。これは間違いなくオリコン一位ですね間違いない。


 やれやれ自分の才能が恐ろしいですよ、本当に。


 心なしかボロさんとサカヅキさんが引いている気がしますが、きっと気のせいか、あるいは私の才能に嫉妬しているのでしょう。まったく、嫉妬なんて器量の狭い人たちですねえ。


「そんなお二人にSit! だYO!」


「やかましいっちゅーんじゃアホ!」


「よよよ……」


「嘘泣き過ぎじゃろ!」

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