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美術館に残っていたら言い訳が思いつかないくらい怪しまれると思いましたので、私たちは拘束したボロさんを連れて、一度ハマグリスイカタウンから外へ出ました。
「ファンブル美術館の屋根からジャンプしたので、バレないでしょうたぶん」
「う、うぬ……見た目とは裏腹にワイルドじゃな」
「時には大胆であることが、レディの秘訣です」
「大胆過ぎるじゃろ。儂を持ち出したことで、言い逃れできぬレベルでうぬ泥棒じゃからな?」
「友達を連れ出しただけですよ、私は」
「良い感じに噛み砕いて自己解釈し過ぎじゃろ。いつ儂とうぬは友達になったんじゃよ」
「友達になった瞬間なんて、誰がわかるんですかって話です。今から友達ね、オッケー、って口約束してから友達にならないでしょう常識的に」
「なんじゃろな……うぬに常識を語ってほしくないわい」
「私だってタンブラーに言われたくない台詞ですよそれ」
「それもそうじゃの。うははははっ!」
ご機嫌ですねサカヅキさん。百年振りくらいのお外にテンション上がってるのかもしれませんね。
「ちゅーか、うぬはワイルドじゃが、そっちでぶっ倒れとる勇者は情け無いのお」
移動したので、気絶したままのシアノさんは地面にそっと寝かせておきました。
「おいっ! なぜ俺様を殺さねえっ!」
「対してこやつはタフじゃのう。一撃で気絶させられたっちゅーのに、よう吠える元気があるもんじゃわ」
「んだとああぁん! てめえに聞いてねえ黙ってろ!」
拘束したボロさんは意識を戻し、サカヅキさんに噛みついてます。いえ、ふっかけたのはサカヅキさんの方ですけど。
てか美術館に落ちてたロープを魔力で強化しただけですけど、拘束できるくらいに丈夫で良かったあ。
「あなたを殺すメリットなんて私にないからですよ、ボロさん。私があなたに殺意を抱く理由ないでしょう」
そもそも私は、異世界に来ちゃったからといって、軽々しく人の命を奪うようなことをするつもりありませんし。
「おい魔法少女、てめえ、どうやって俺様にダメージを与えやがった! 答えろやクソボケ野郎が!」
「人にモノを尋ねる態度が悪過ぎるでしょう。でもまあ、特別に教えてあげますよ。私は心が広いですからね」
ボロさんの防御力が高いという情報は、一戦目でわかっていました。だから私は、ボロさんが一番無防備な瞬間だけを狙ったのです。
「自らの攻撃がヒットした——と。ボロさんの攻撃をギリギリまで引きつけることで、あなたがそう確信した瞬間に死角からこめかみを打ち抜いたんですよ」
意識外からの強烈な打撃、しかもそれをカウンターで打ち込んだのですから、そりゃ気絶くらいしてもらわないと困るって話です。いくら肉体を硬化したところで、頭に打撃を喰らわせれば脳は揺れますからね。
「とはいえ、こんなにも早くお目覚めになるとまでは思ってませんでしたけども」
頑丈過ぎるでしょボロさん。常人なら首から上が飛び散っているレベルの打撃を喰らわせたのに、しっかりと五体満足で生き残っていることの方が、もはや不思議ですよ。
まあ、その頑丈さを信頼して、私は思い切りぶん殴ることにしたんですけどね。殺したいわけじゃないので。
「……あの一瞬でてめえはそれをやり遂げた……と?」
「はい。完遂したのです」
「……そうか、わかった……強えじゃねえかてめえ」
「納得していただき、どうもです」
「だけどなぜ俺様を殺さねえ? 俺様はてめえの敵だろうが」
「だからあ! 敵だからと言っても、わざわざ私が手を汚すメリットがないんですってば。二回も言わせないでくださいよ。生きててラッキーくらいに思えないんですか? まったく、クソエイムだけじゃなくバカですね」
「んだとこら、もういっぺん言ってみやがれ!」
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ」
「誰が十三回も言えって言ったんだこらあ!」
「ええ……数えてたんですか……? そんなヤンキー漫画のヤンキーくらいしか使っていなさそうな、いにしえテイストの乱暴な言葉遣いしてる癖に、意外と細かい性格してるんですね……」
なんだかちょっぴり引いちゃいました。
「ヤンキィ? んだそりゃ? 俺様の知らねえ単語使ってんじゃねえぞてめえ!」
「ヤンキーって言うのは……あれ?」
ヤンキーを知らない? 魔法少女なのに? その口調で?
魔法少女ということは、私と同じ境遇のはずですけど。
あ、いや——よく考えてみたら、ボロさんのネーミング的に、出身は日本ではありませんよね。ついつい言葉が通じるから、その辺の認識があやふやになってしまいますねえ。
「ボロさん、ご出身はどちらなのですか?」
こうして知り合えたのも何かの縁ですし、魔法少女と直接対面してお話しするなんて機会、本来なら絶対にありませんから、なんと言いますか親近感めいたものを感じてしまう。
が——私の質問に対するボロさんの答えは、予想していない台詞でした。
「出身なんかねえよ。言っただろうが、俺様は魔法少女じゃねえ、魔法そのものだってよ」
「それどういう意味なんですか……良いんですよ正直に言ってくだされば。あなたがどこどこの出身だろうと、私に差別意識とかありませんし」
「だから、何度も言わせんじゃねえよ! 俺様は魔法そのものだって言ってんだろうが!」
人間じゃねえんだよ——と。ボロさんは寂しそうに言った。
「いえいえ、どこからどう見ても人間でしょうよ」
「あーもう面倒くせえな! いいかよく聞けよ、俺様は人間の生まれ方をしてねえ、言っちまえば造られた存在なんだよ」
「……………………?」
強く殴ったから、頭おかしくなっちゃったのかな……?
そう思っていたら、私と交代してピンボケさんが会話を試みました。
「誰かのクローンってことカイ?」
「いいや
「じゃあ……ヒョっとシテ」
「構わねえ言えよ」
「…………魔法で造られた——ということカイ?」
「ああそうだ。ご名答だ」
若干の沈黙。いまいち理解の追いつかない私以外、重たい雰囲気が
「どういうことなんですか? ピンボケさん?」
「ウン……つまり彼女は、ダレかの魔法によってゼロベースから造られた存在——彼女という存在自体が魔法で、魔法ソノモノ、ってワケ」
「あり得ないですよ……それは無理があります」
魔法がこうして自我を持ち、単体で活動しているなんて。
それはもう魔法を超えている。魔法以上の異常だ。
「あり得ない話ではないのう」
と、サカヅキさん。
「なにかご存知なのですか、サカヅキさん?」
「知っとるわけじゃないが、心当たりならある」
そう言ったサカヅキさんは、タンブラーなので目はありませんが、しかしボロさんに視線を向けたかのような間を置き、続けた。
「創造の魔法少女が生きとるっちゅーことか?」
「俺様からはなにも言えねえ。わりいな」
「よい。おおかた、口を割ったらペナルティでもあるんじゃろうて」
サカヅキさんはそう言って、今度は私に向かって言葉を続けた。
「空姫——どうやら敵のボスは判明したぞい」
「その創造の魔法少女って人ですか?」
「うむ。おそらく——いや、自我を持つ魔法なぞ、歴代全ての魔法少女でも創造の魔法少女しか使えるはずがないからの、確定で間違いあるまいよ」
「何者なんですか、その創造の魔法少女って?」
「創造の魔法少女——始まりの魔法少女とも呼ばれとるそやつは」
サカヅキさんはそう言いました。
「空姫、うぬには辛い役目を負わせてしまうがのう……」
「なんですか?」
「敵の正体が判明した以上……こやつは今ここで始末しておくべきじゃ」
「ボロさんを……始末?」
「……うむ」
「嫌ですお断りです」
お断りしますとも。どんな理由があろうと、私はボロさんを殺しません。
「理由も聞かずに即答とはの」
「理由を聞く理由がないですからね」
「なら無理やり聞かせちゃる。こやつを今始末せねば、儂らは負けるぞい」
「負けませんし。私、強いですから」
「次元が違うんじゃよ……うぬと創造の魔法少女では、強さの次元が異なるんじゃ……」
「サカヅキさん、ずいぶんとその創造の魔法少女にお詳しそうですね?」
「詳しいとは言えんが、儂はその力を知識として知っておる」
「変な言い方ですがどういうことです?」
「儂の相棒——A子が知識として儂に教えてくれたことじゃ……今思えば……」
あやつめが儂に教えたのは、こうなることがわかっておったのか——と、小さく呟いたサカヅキさんは、ため息をついた。
「創造の魔法少女——人類初の魔法少女であるそやつは、魔法少女として契約した瞬間に、この惑星『マーデル』に飛ばされたバケモノじゃよ……A子から聞いた限りの話じゃがの」
「契約した瞬間……」
それはつまり、魔法少女として君臨した瞬間に世界の上限を超えてしまったということだ。
「じゃあ飛ばされて——さっき言ってたように、この世界を創造したと?」
「然り。何もなかった『マーデル』という誕生したばかりの無人惑星に、この世界『マデューリンド』を創造したんじゃ」
「もはや神じゃないですかそれ」
信じられないことではありますが、納得してしまう部分もある。
A子さんが言っていたことで地味に腑に落ちない部分——以前ピンボケさんが気にしていたことだ。
この惑星『マーデル』の年齢が五百歳ほど、という言葉に対する疑問。
じゃあこの世界は、五百年ほどで発展したことになる。
世界が五百歳ならば、人類誕生からの年月も当然浅い。
五百年。人類進化の速度で考えますと早すぎますよね。
そんなスピードで、しかもゼロベースから世界としてここまで発展するのかとピンボケさんが疑問に感じていましたが(私は考えるのが面倒で脳みそ停止していましたけどね)、そのお話を聞くと納得できてしまう。
魔法少女が創造した世界だから、食料や調味料に共通点があったということか。じゃあ町の名前が食べ物の名前を並べてるのも、偶然ではなかったのかもしれない。
魔物のネーミングもそうだ。聞き覚えがある単語が多かった。
文字と言語が違うのは……それはなぜだかわからないですけど、確かに魔法少女が創造したと言われても、得心がいくだけの材料を私は持っている。
「わかったじゃろう、うぬにもヤバさが伝わったじゃろう?」
「……たしかにヤバそうですね。でもだからと言って、ボロさんを始末するしないの話になるのは、理解できません」
「A子が言っとったんじゃ。創造の魔法少女の魔法は無限の創造から始まり、有限の創造に終わる。創造されたモノはなんであれ、消しておくに限る。無限に思えた創造は、しかし有限であり、一度創造したモノは二度と創造できんとな」
攻略法としては、地道にひとつひとつ、創造された存在を消し去ることで創造という手札ストックをゼロにする。そういうことですか。
単純でわかりやすい攻略法ですし、おそらくそれが一番勝率が高いのでしょう——けれど。
ですがそれを聞いてしまえば、余計に私はボロさんを殺せない。殺すわけにはいかない。
「じゃあボロさんは唯一無二ってことじゃないですか。そんなボロさんを始末するなんて私は絶対にしません」
「んなこと言っとったらうぬが死ぬぞい」
「……………………」
我が身が一番かわいい。それが私のスタンスです。
私の命とボロさんの命——たとえ今すぐに私が死ぬことがなくとも、近い将来に殺される可能性があるなら、私は……。
「…………いえ、それでも私は殺しません」
「このわからず屋めが!」
「決めたんです。ボロさんは殺しません」
「……あほうが。うぬが死んでも儂は責任とらんぞ。そやつは創造の魔法少女から生まれた魔法じゃ。たとえ自我を持っておっても、支配権は術者にあるんじゃぞ」
「……ならば、その支配権を私が奪えばいいんですよね?」
魔法の支配権——術者権限を強引に奪い取ればいい。
そうすれば、ボロさんは自由になる。自由になれる。
自由にできれば私たちが得られる情報が増えますし、メリットだらけじゃあないですか。
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