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「で、サカヅキさん。私とシアノさんの存在感を消した理由と手段をお伺いしても?」


「ピンボケさんのも消しとるがの。消したのは存在感だけじゃあないぞい、うぬらの声も周りの客には聞こえとらん。存在感はうぬらの気配を遮断し、逆に儂の存在感を高めただけじゃ。声の方は、儂も含めうぬらから発生する振動を一定範囲内で止めさせて貰ったんじゃよ。理由は言わずもがなじゃろ」


 周りに声が聞こえていたら、タンブラーに話しかけるヤバい奴と思われちゃいますし、そもそもタンブラーが喋っている時点で、普通に騒がれちゃいますもんね。


 なるほど。理由も理解できましたし、魔法の原理もおおよそわかりました。


 まあ、私が使えるような魔法ではありませんけど。


「てか……相棒なのに魔法使えるんですか……?」


「相棒が魔法を使えないと誰か言っとったか?」


 言われてないですけど、ピンボケさんが魔法を使ったことありませんし。


「じゃあピンボケさんも使えるんです?」


「普段、周辺のサーチとかしてるじゃナイかボクちゃん」


「えっ……あれ魔法だったんですか」


 言われてみれば、確かに魔法ではあるのかもしれませんが、なんと言いますか……こう言っちゃあ悪いですけど、魔法と呼ぶにはいささかショボい。


「さて。儂の話すターンで良いかのう?」


「ええどうぞ。なにをお話しするのか知りませんけど」


「うむ。久方ぶりじゃのう、人と話すのは」


 少し楽しそうな声に感じる。百年スケールの長さで展示されていたっぽいですし、無理もありませんね。


「ちゅーかうぬら、この世界についてどこまで理解しとるんじゃ?」


「どこまでと言われたら、魔物がいるくらいの知識ですね」

 

「えぐいレベルで無知じゃの!?」


「仕方ないでしょう、レクチャーしてくれる都合の良い便利なお助けキャラとの遭遇とかありませんでしたし」


「あやつめ……A子はなんと言っとったんじゃ?」


「ご存知じゃないんですか?」


「知らん。メッセージを残したことは知っとったが、内容までは聞いとらん。もし儂が聞いておったら、未来が変わってうぬとこのタイミングで会えんと言われたからのう、録画しとるタイミングで儂は席を外しておったよ」


 うぬらの外見的特徴と名前は聞いておった——と、サカヅキさん。


「ちょっとした事での変化とか、そういうことも気にしなきゃならないんですか……未来が見えるのも結構面倒なのですね」


 ということは、A子さんは私に限られた情報しか教えてないのでしょう。さらに言うなら、求める未来に辿り着くために、真実とは異なった情報——言い換えれば、私たちを導くための嘘を話している可能性もあるってことですか。真実はA子さんしか知らない、と。


 ふむふむ。未来を読めると言うのも、難しい能力なのですね。


「確定した未来はひとつもないからのう。あやつめが読んでおったのは、複数存在しちょる未来の可能性じゃよ」


「じゃあこうしてここでお会いできたのも、複数の可能性から正解を選べた、ってことなのですかね」


「さて、それはどうかのう。果たしてこれが正解になるかは、儂にもうぬにも、ましてやあやつめもわかっとらんじゃろう」


 正解にするのは、うぬら次第じゃよ——と、サカヅキさん。


「まあよい。あやつめの残した言葉は後にするとして、儂の役目としては、うぬらにある程度の情報提供、あとはあれかのう」


「あれとは?」


「うぬ——魔法少女として完成しとらんのじゃろ?」


 魔法少女として完成していない? 私が?


「どういう意味ですか、それ」


「そのまんまの意味じゃ。たしか変身すらできんのじゃろ」


「し、してますし……見た目に変化ないだけで」


 スパッツ穿いてますもん。黒ローブがいつ仕掛けて来るかわからないから、最近はずっと穿いてますもん(ちゃんと清潔にしてますよ?)。言ってる自分ですら、虚しい変身ですけど。


「あーいや……まずはそこからかのう。魔法少女の変身について儂がレクチャーしちゃる」


「まるで私が出来損ないみたいに言ってくれますね」


「まるでっちゅーか、現状のうぬは出来損ないじゃよ、間違いなくのう」


「失礼な」


「仕方ないっちゃ仕方ないんじゃがの。うぬの相棒、ピンボケさんがまだ幼いから仕方ないんじゃよ」


「アラサーって幼いんですか?」


「赤子じゃろ、三十路なんぞは」


 その言葉にチラッとピンボケさんに目を向けてみると、「バブバブ」と言ってきたので無視しました。


「まあピンボケさんが若いだけじゃないそれ以上の理由もあるがのう——うぬの変身はまだ途中なんじゃよ」


「途中?」


 途中——途中?


 途中!?!?!


「スパッツの先があると!?」


 聞き捨てならない、聞き捨ててなるものか、って言葉に私は身を乗り出して反応。


「ちゅーか、おかしいと思わんのか? 常識的に考えて、魔法少女の変身がスパッツ一枚で終わっとる時点で疑問に思うじゃろ普通」


「疑問に思った回数で言えば、呼吸よりは少ないですけど疑問には思ってますよ」


 魔法少女の常識って言われても感は否めないけど。


 魔法少女の常識ってなんだって感じですよ。魔法少女にもわからないことです。


「呼吸より多かったら、儂も驚くところじゃったわ」


「で、私の変身が途中とは!?」


 スパッツの先がある——それはつまり、幼少期に憧れたヘアスタイルが変化したり、ドレスを着たりできるかもしれない。


 めっちゃ知りたい。早く言えサカヅキさん。


「早く早く早く早く早く教えてくださいな!」


「めっちゃ食いついとるのう……なんじゃうぬ、したかったんか? 変身」


「あ、いや……」


 そう言われると、私が子供みたいで恥ずかしい。


 でも、私の立場になって考えて欲しいものです。


 考えてみて欲しいものですよ本当に。スパッツ穿くだけで服装の変化ゼロ。そんな状況で絶妙に長い詠唱をしなきゃならない私の気持ち。


 ほら恥ずかしい。めちゃくちゃ痛い子っぽくて可哀想でしょう。開き直ってノリノリでやらないと落ち込みメンタルになるんですから……あれ。


「と、ともかく! 焦らさずに教えてくださいよ!」


「儂を被れ」


「……………………はっ?」


「じゃから、儂を被るんじゃよ。頭に」


「だってあなたタンブラーでしょ。帽子として飾られてるからって、私にまで帽子として認識させようとしないでもらえます?」


 長く展示されているせいで、心から帽子の気持ちになってしまったのでしょうか。それはそれで可哀想……。


「見た目タンブラーなのは、儂もわかっとるわアホ。どっからどう見てもタンブラーじゃからのう。まあ儂が現役の頃はタンブラーなんぞなかったがのう」


「百年以上も昔でしたもんね、確か」


 そう考えると、その当時のサカヅキさんは最新のコップだったんですねえ。


「おい。儂を哀れむような目で見るな」


「あ、失礼しました」


 時代を先取り、時代に追いつかれて、別に珍しくなくなったサカヅキさんをちょっぴり哀れんでいたことが、視線でバレました。


「えっと……で、なぜサカヅキさんを被るという発想に至るのですか?」


 話題を戻しましょう。無駄話をしても構いませんけれど、正直立ち話に疲れて来ました。だって私、ずっとシアノさんをおんぶしてるんですもん。存在感が消えてるとはいえ、美術館の床に寝かせるのもあんまりですからね、私やさしーい。


「ピンボケさんが幼いぶんを儂が補うんじゃよ。強化パーツみたいなもんじゃ」


「ええ……強化パーツがタンブラァァァ……」


「めっちゃ嫌そうに言いやがるのう」


「だってタンブラーを被るって。それもうビジュアルは大道芸人じゃないですか」


「芸をしろとは言わんし、ちゃんと被れるサイズになってやるから安心せえ」


「大きくなれるんですか?」


「小さくもなれるぞい」


 ほれ見ておれ——と。サカヅキさんは言いながら、自身のサイズを小さくしました。うわすげー。一瞬でペットボトルサイズのタンブラーから、ツナ缶くらいの大きさになりました。まじすげー。


「てか、人目の多い場所で大きさ変わっちゃって平気なんですか?」


「その辺はしっかり配慮しとる。うぬら以外には儂はずっと同じ大きさに見えちょるよ」


「幻を見せる魔法って感じですか?」


「いいや、光の屈折をちょいとイジっとるだけじゃから、幻じゃなくて錯覚じゃのう」


「なら遠近法ですね」


「微妙に違うが、まあそれで良いわい」


 説明が面倒になったのか、はたまた私の頭が呆れられたのか。どうでも良い話題なんでどっちでも良いですけどね。


 今はそんなことよりも、優先せざるを得ない聞きたいことがあるので。


「ところで——サカヅキさんを被ったら、私は綺麗なドレスにお着替えしたり、ヘアスタイルが変化したり、マジカルなシューズを履いたりするんですか?」


「めちゃくちゃファンシーな変身願望あるのう……うぬ」


「やかましいです。女の子はみんな変身願望あるんですよ」


 じゃなきゃ、誰もわざわざ時間を使ってまで、面倒くさい化粧なんてしないでしょう。私は元が良いのですっぴんでも可愛いですけどね。


「残念じゃが、うぬが想像しとるファンシーな変身は出来ん。今はの」


「なんだ……できないのか」


 ん? 今は?


「今は、って言いました?」


「言ったがなんじゃ?」


「なんで偉そうなんですか、いつならできるんです?」


「百年後くらいかのう」


「死んでる死んでる死んでる」


 奇跡的に生きてても百十四歳って。そんなの魔法少女じゃなくて魔ババアでしかない。


 あーあ。なんだよもー。期待だけさせやがって。


「なんか一気にテンション下がりましたよ、あーあ」


「うぬはわかりやすいの。好感が持てるわい」


「そりゃどーもです」


 私としても、サカヅキさんは話しやすいですけどね。


 夢を壊されたから、言ってやりませんけども。ちっ。


「空姫……っ!」


 私が不貞腐れていると、今まで黙っていたピンボケさんが、私を呼んだ。


 センサーとして、本当に優秀な私の相棒ですね。


 シアノさんをおんぶしていて良かった。


 もし、降ろしていたら——そう考えると、おんぶし続けた私のファインプレイです。お陰で天井をブチ破ってきた不意打ち攻撃を回避することができました。


 さらに優秀な私は、落下してくる天井の残骸によりお客さんが怪我をしないよう、無詠唱で『魔法障壁展開コッチきちゃダメー!』を発動させた。


「いきなり仕掛けてくるんですねえ」


 天井を打ち抜き、頭上から現れた果たして敵に、私は言いました。


 敵——また黒ローブですか。格好良いと思ってるんですかねえ黒ローブが。


 美術館のお客さんへの被害も気にせずに仕掛けて来ましたか。


 やれやれ。シアノさんの憧れていた場所だったのに、ひどく壊してくれちゃいましたねえ。


「この代償はしっかり払っていただきますよ」


「ああいいぜ。この間の続きをやろうじゃねえか」


「なんだ、あなたでしたか」


 黒ローブ——ナルボリッサ・ナルボロッソ。略称ボロさん(呼んでるの私だけ)は、フードを脱ぎ、私を見た。


 やはり歳は私と同じくらいだ——が。


 なぜだろうか……外見、顔立ちからは同い年くらいと感じるのに、どこか私よりも遥かに年下にも思えてしまう。


 それこそ、赤子のような。


「早速ですがサカヅキさん。お力をお借りしても?」


「うむ。やっと儂を被る気になったか」


「できればサイズはそのままでお願いします」


 大きいタンブラーを被るより、小さいタンブラーをちょこんと乗せる方がかわいい。


 小さいハット型の髪飾りっぽく斜めに乗せれば、たぶんかわいい。はず。


 私は、サカヅキさんを逆さまのまま、ちょこんと頭に乗せました。ちょっぴり斜めに乗せても落ちることがないのは、どうやらサカヅキさんが踏ん張ってくれているようです。ナイス。


「ああぁん? なんだなんだてめえ——相棒の野郎が二体いやがるのか?」


「ええ。厳密に言うならサカヅキさんは協力者ですがね」


 契約しているのはピンボケさんだけ。私の相棒はピンボケさんだけです。


 しかし相棒——相棒と言いましたね。ピンボケさんの存在も感知しているところを見ると、やはり。


「やはりあなたも魔法少女なのですね、ボロさん」


「はっ! 俺様が魔法少女? いーや違うね」


 俺様は魔法そのものだ——と。ボロさんは、意味不明なことを言った。理解に苦しむことを言われちゃいました。


 てか。こっちはこっちで、別の意味でも理解に苦しんでいる。


 だって……おい。おいおいおい。変身の話はどこいった?


 変わらないじゃないか私の見た目。話が違うじゃないか。


 完璧な変身はできないってことでしたが、ならスパッツ以外の変化が少しくらいあると思っていましたのに……くそう。


「おら、いくぜ——っ!」


 そう気合いを口にしたボロさんは、私目掛け、突っ込んで来た。


 その速度は音速を超えたのか、自身に炎を纏い——私に接近してきて、そして。


「死ねや」


 と。私に拳を突き刺したのでした。


「ふふ。ふふふ。なるほどです」


 なるほど。理解しました理解できました、実感しました。


 自身を強化パーツと言っていたサカヅキさんを被ったことで得られる恩恵——これは間違いない。


 いわゆるこれは——思考加速だ。


 加速した思考能力で、私は自分が燃える拳で貫かれると判断ができた——これは未来をたのではなく、未来を予測したのだ。


 今も迫ってくる炎がしょうじる速度を前に、考える余裕がある。


 擬似的な未来視。未来を本にして読めたA子さんとは違った、別アプローチの未来視だ。


 これは便利だ。使える。かなり使える。


「死ねや」


 言葉まで完璧に予測できている。アホみたいに棒立ちしていたら貫かれますが、そのレベルでの予測が可能ならば、無論——回避なんて容易い。


「遅いですね」


 私は、身体を少しズラすことで燃える拳をわした。


 こんなに余裕で回避行動を可能にしてくれるのは助かる。


「ちっ、上手く避けたじゃねえか、ああぁん!?」


「次はもっとしっかりと狙ってくださいな」


「いいぜいいぜ、いいぜてめえ面白えよ……たまんねえな、オイッ!」


「私は退屈ですがね」


「言ってくれるじゃねえか、はっはー!」


 じゃあこいつならどうだ——と。ボロさんは無詠唱で両手に火の弾を生み出した。


 それを人差し指に移動させ、両の手をピストルの形に。


「今度はかわせると思うなよ!」


 手で作ったピストルで、放たれた炎の弾丸二発。


 先ほどの突進より速い——が、遅い。今の私に触れることはない。


「こっちはシアノさんを背負っているというのに、やれやれ——ヒットしそうにありませんねえ、残念ですねえ、クソエイムですねえ」


 雑魚なんですかあ——と。私はわざと挑発する。


「オイオイオイ、言ってくれるじゃねえかよオイ……!」


「言わせてくれたあなたに感謝します。サンキューです」


 言いながら私はボロさんに歩みで近づく。考える速度は上昇した私ですが、実際の移動スピードが上昇したわけではありません。


 ですが——相手の動きが予測できる今なら。ふふ。


 挑発が面白いようにハマってくれますねえ。予測した未来に私は笑みさえ溢れる。


 二秒後——ボロさんは私に向かって再度突っ込んでくる。


 二・一秒後——私はそれをギリギリで躱わす。


 二・二秒後——私に攻撃がヒットしたと確信したボロさんに、死角からこめかみへと意識を刈り取る一撃を喰らわす。


 そして——現在。


「私はボロさんを無力化させている」


 シナリオ通りの進行ご苦労様でした、ボロさん。


 あなたには聞きたいことが山ほどありますので、このまま拘束させていただきますよ。

 

「おっと、これだけは忘れてはいけませんね」


 ボロさんを無力化し拘束した私は、左手に魔力を込める。


「これくらいの再生のみなら、無詠唱でいけますね」


 そう呟き、ボロさんが散々破壊しやがった美術館を元通りに再生する。シアノさんが目覚めて美術館がぐちゃぐちゃになっていたら、悲しませてしまいますからね。


 死人は——なし。よし。お客さんは迅速に避難してくれたみたいですね。良かったです。


「魔法少女空姫ちゃん、これにてお勤め終了のお時間です」


 ではまた来週、このお時間にお会いしましょう。


 魔法少女空姫ちゃんとの約束です——なんてね。


 約束破ったら針五千兆本呑んでください。えへ。

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