銀ピカの帽子? いや帽子じゃない!
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トマトトナスから二日ほど歩き、私たちは目的地であるハマグリスイカタウンに辿り着くことができました。
トマトトナスよりも都会っぽい街並みです。
都会といってもビルが建ち並ぶ東京みたいな都会ではなく、あくまでトマトトナスのど田舎雰囲気丸出しとは違っているという意味で、商業施設が多い観光地、みたいな感じです。
美術館目当てに訪れる人も少なくないようで、全体的に人は多い。
「情報屋さんはどこにあるんですかね?」
辺りを見渡してみても、情報屋——って感じの建物は見当たりません。日本では情報屋なんてお店を見かけたことがないので、外観から判断できないことで見落としているのかもしれませんが、隣を歩いているシアノさんも見つけていないようなので、ひょっとしたら俗に言う裏社会、ってやつなのかもしれませんね。
「見て見てクウキっ! 美術館あっちだって!」
シアノさんが探していたのは情報屋さんではなく、美術館だったらしい。真面目にやれ。
珍しく私が真面目にやっていますのに。
「シアノさん……情報屋さんは?」
「情報屋さんは夜しかやってないの。言ってなかったっけ?」
「初耳ですが」
「ご、ごめんね。わたし、美術館のことで頭いっぱいみたい」
顔面に布ぐるぐる巻いて隠しているから表情はわかりませんが、きっとイイ感じの照れ笑いしているんでしょうねえ。男が堕ちるタイプのあざとい照れ笑いしてそーう。
しかし情報屋さんは夜からなのですか。裏社会という私の想像が合っていたのかもですね、さっすが私てんさーい。
「クウキ……どうしたの……? 気味の悪い笑顔してるけど?」
想像の中のシアノさんに対抗して、あざとい笑みを浮かべたつもりでしたのに、私の顔は気味が悪いらしいです。ちょっと悔しい。
「…………とりあえず、じゃあ夜になるまで暇ですし、まず美術館にカチコミますか?」
悔しさを噛み殺した私は、シアノさんにそう提案。
提案を受けたシアノさんは、それはもう弾んだ声で、知り合ってから聞いたことのない元気な声で言いました。
「カチ込むう!」
では、いいお返事を頂戴しましたことですので、いざカチ込むう——としましょう。
街の入り口から、大通りを進み中央通りに出ると、ひときわ大きな建物がドーンと建っていました。
デカい建物の周りには人も多く、外観にアートっぽさはないシンプルな造り。
看板が立っているので読んでみますと、やはりここがシアノさんのお目当ての美術館みたいです。
「ファンブル美術館……ですか」
相変わらず知らない文字を読める感覚には慣れませんが、実は野球好きの私からすると不吉なネーミングしてるなあ、と思っちゃいます。だってエラーの申し子みたいな名前してますもん。
推しチームがノーヒットで失点した時の切なさを思い出して、ちょっぴり複雑……。
「どうしたのクウキ? テンション低いよ???」
「あなたこそどうしたんですかシアノさん。テンション高いですよ」
「だって美術館だよ美術館、ファンブル美術館っ! ああ……人生で一番いい日かもしれない……ううん、人生で一番いい日に決まってるよ、うん、わたしこの日のために生きて来たんだ……良かったあ、今日まで生きてて」
日頃自殺したい自殺したいと口癖のように言っている人間の言葉とは思えないくらいテンションが高い。
新鮮な反応にこちらも笑顔になってしまいますね。えへへ。
常にこれくらいポジティブなら良いのに。
「早く中入ろうよ、クウキ!」
「はいはい、わかりましたよ」
私は、シアノさんに手を引っ張られながら、ファンブル美術館に足を踏み入れた。入館料1000ペイズ。高いのか安いのか全然わからない。
いい加減、この世界のお金の価値を学んだ方が良いですよね私。でもそれはわかってますけれど、日頃お金を使わない生活をしているので、生活しながら学べる機会が皆無であり、仕方ないのです。
入館したシアノさんは、歩幅が小さくなって、ひとつひとつの展示品に足を止めて、じっくりと目を輝かせて見つめながら、時折小声で唸ったりして、本当に楽しそう。
私は芸術に興味がなさすぎて、超暇です。
ツボとか絵とか見ても、だからなに? としか思えないですよ。
ひと通りぐるっと一周。建物は二階建てで、どうやらシアノさんのお目当て、銀ピカの帽子とやらはそっちにあるみたいで、階段を進む足取りも浮かれているようです。
「いよいよ……観れるんだあ」
「楽しそうですねえ。そんなに観たかったんですか?」
「うん、子供の頃に絵本で読んでから、ずっっっと直接観たいって思ってたんだもん」
「絵本とかあるんですか、この世界に」
絵本文化は異世界でもあるんですね。何気に日本と共通している文化あるんですよね、この世界。
調味料とか、日本でも日常的に使っているものがありますし、食材だって、お野菜とか見た目も味も似ていたりしますし。
なにか因果関係でもあるのでしょうか?
A子さんが言っていた地球の後継惑星だから、って理由で片付けるのは難しいですね、うーむ。
「……………………」
まあ、わかりませんね。ちょっと考えただけでわかるような問題じゃあないですし、私の頭が弱いわけではないです。
「あった……あったよっ……!」
ぼんやりと思考しながらシアノさんに着いて行ったら、お目当ての帽子を発見したらしく、感動している小さな声が聞こえたので、私も展示されている帽子に目をやります。
「…………帽子?」
帽子……いや、これは帽子じゃない。
私はこの展示品がなんなのか、なんという名称なのか知っている。
銀色——事前情報通り、銀色でした。
が——帽子じゃない。これを帽子と呼ぶことは、私の常識が許さない。
これは——そう。
「タンブラーです……」
タンブラー。つまりコップです。
保温性が高そうなタンブラー。日本ですと、そこそこイイお値段で売っている、ドリンク用のコップ。氷を入れても結露せず、お湯を注いでも周りが熱くならない、あれです。
「タンブラー? ってなに?」
知らないシアノさんが私の言葉に首を傾げている。
その疑問に答えてあげたいとは思いますが、頭の切り替えができない。なぜここにタンブラーが、なぜタンブラーが美術館に展示されている?
この世界ではタンブラーは帽子なのか……?
いやいや、まさかあ。だって形的に帽子だと思わないでしょ普通。
「……………………」
いいや——知らない人が見たら、飲み物を注ぐ器だと判断できない……のか?
確かに上下逆さにして展示されているし、タンブラーに全く知識がない人が見れば、帽子に見えなくもないのか?
ううん、違う違う。タンブラーが帽子として認識されている違和感よりも、タンブラーが存在していることに一番の違和感を禁じ得ない。
地球じゃない場所——地球の後継惑星という、この世界。
そこにタンブラーが当たり前のように帽子として展示されている。しかもシアノさんが言うには、絵本に載っているほど昔から。
おかしい。絶対おかしい。
「……ピンボケさん」
私は、この不可解な現実に答えを求めて、胸元のピンボケさんに問い掛けました。
「空姫……あれ、帽子じゃナイ」
「いやわかりますよそれくらい」
見ればわかる。何度見ても、タンブラーなのですもん。
千度見してもタンブラーです。千度も見てませんけど。
「チガウ、空姫。そうじゃナイんだヨ」
「は? どういうことです?」
「それは……それハ……」
タンブラーですらナイ——と。ピンボケさんは言いました。
「いやタンブラーでしょう……千度見してもタンブラーでしょうよ?」
私が言うと、不可思議な現象が起こりました。
他のお客さんの動きが一瞬だけピタッと停止。
一瞬なのですぐに動き出しましたが、しかし。
「なにかおかしいです……っ!」
「なに……え、なに……っ!?」
私とシアノさんに変化はない——が。
「さっき、魔法の気配がありました」
おそらくその一瞬で、私たちに魔法が掛けられた。
「誰ですかー! 私たちに失礼なことをしやがったのは!?」
「ちょっ、クウキ、大きな声はダメだよ……って、あれ?」
「大丈夫みたいですね」
大きな声を上げた私に、誰も注目しない。美術館で大声を上げるというマナー違反をしでかした私を責める視線も、つまみ出そうとする警備員もやって来ない。
「存在感……を消されましたか……っ?」
どういう原理でそんな魔法が使えるのかわかりませんし、どういう理由でそんな魔法を使われたのかもわからない。
だがわかるのは、敵意を感じないということ。
言ってしまえば、嫌がらせに近い気がします。
黒ローブの気配はない。黒ローブの気配があれば、私もピンボケさんも気づくことができる。
だからこれは、シアノさんを狙った
「く、クウキ……どうしよう……どうなってるの……」
不安を感じたのか、さっきまでご機嫌だったシアノさんの声色が怯えているのが伝わってくる。
「大丈夫ですよシアノさん。怖いことはなにもありません」
「う、うん……え、本当に?」
「はい、大丈夫大丈夫。犯人に検討つきましたから」
嘘ですけど。敵意がないことはわかりましたけど、犯人の検討なんてありません。
こうでも言っておかないと、シアノさんがビビって気絶とかしても面倒ですからね。私の気遣いってやつです。
「ピンボケさん、なにかわかりましたか?」
シアノさんの不安を少しでも払拭し、私は再度ピンボケさんに問いかける——と。
「目の前に答えがアル」
ピンボケさんは一言、そう言いました。
目の前。目の前には、タンブラー。これが犯人?
「やっと気づきおったか。やれやれよな」
「うわあびっくりしたあ!」
タンブラーが喋った! タンブラーが喋ったあ!
思わず声を出してびっくりしちゃいましたが、タンブラーが喋ったことで、シアノさんは驚き失神しちゃいました。せっかく私が気絶しないように気遣いをしたのに、タンブラーのくせに余計なことをしてくれましたね……。
仕方なく倒れたシアノさんをおんぶしてから、私は喋ったタンブラーに言います。喋る安全ピンを相棒に持つ私は、喋るタンブラーに問い掛けます。
「ひょっとして…………あなたがA子さんの相棒ですか?」
少しの沈黙。タンブラーに顔はないが、小さく笑顔を見せたかのような間を置き、そして私の問いに対して答えを声にした。
「A子……か。まったくあやつめ、そう名乗りおったのか、呆れたやつじゃのう」
答えはイエスじゃ——と。タンブラーは気だるそうに言って、さらに続けた。
「
かなり前からずっとのお——と。タンブラーのサカヅキさんはそう言って、笑い声を上げたのでした。
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