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「クウキ、クウキ、朝だよ起きてー?」
「……あと二十四時間」
「今日全部寝るつもりじゃないの! だめ起きて!」
「…………じゃああと二時間」
「それもだめ! 立場を利用して図々しく長居するんだ
泣きそうな声でシアノさんにそう言われては、起きるしかないみたいです。さようならベッド。
私は眠い目を擦りながら、久しぶりに快眠させてくれた愛しいベッドに別れを告げました。
「せめてマットレスだけでも持ち運べないでしょうか……」
未練たらたらですが。だって野宿って背中痛いんですもん。
思いっきり圧縮して鞄に詰め込めれば、なんとかなるかも——とか思いながらベッドから体を起こして、立ち上がりました。
「おはようございます、シアノさん」
「おはようクウキ。ピンボケさんも」
その言葉にピンボケさんも朝の挨拶で応答すると、シアノさんはゴソゴソと衣服のポケットから何かを取り出して、私に渡しました。
「なんです?」
謎のカードみたいなやつ。はてなんぞな?
「それに魔力を流してみて」
リクエストにお応えして、私は受け取ったカード(?)に魔力を流しました。
すると、カードに私の名前が浮かび上がりました。
文字は日本語ではなくこの世界『マデューリンド』(でしたっけ?)の文字で、フルネームではなく『クウキ』と表示されています。
「それが前に話した身分証だよ。朝イチで町長さんがわたしに届けてくれたの」
「おおこれが例の!」
ニュースが見れるというあれですか。
板みたいなやつ、ってシアノさんの事前情報で、勝手なイメージで分厚い下敷きみたいな感じだと思っていたのに、思ってたよりもコンパクトですし、カードっぽい。
ちょっとスマホみたい。スマホよりだいぶ薄いですけど。
「そういや私、町長さんにお名前を名乗りましたっけ?」
覚えていない。剣精霊としか言ってないかもしれない。
「登録名はわたしが入力しておいたの。クウキ、この世界の文字は読めても書けないでしょ」
「おー、ウルトラ助かります」
そう言われると、いずれは文字も書けるようにならないとなあって思いますが……やだなあ勉強。
「これどうやってニュース見るんです?」
文字学習は後回しにして、とりあえずこの身分証の機能を堪能したいです。
「それは後で教えてあげる。早く出発しよ」
「どんだけ勇者として認識されるの嫌なんですか」
そんなに急かさなくても、とは思いますが、ここはシアノさんのメンタルが自殺願望に切り替わる前に、出発するのが懸命な判断ですかね。あんな勇者の姿は町の人に見せられませんし。
そうと決まれば、私の行動はマッハです。
マッハで身支度を済ませて、マッハでお世話になった町長さんにご挨拶して、マッハで町を出ました。めっちゃ見送りされましたけど。町民総出で花吹雪やらファンファーレやらで演出された、猛烈なお見送りをされましたけど。
「そういえば、報酬はちゃんと貰ったんです?」
見送りをされたシアノさんがずっと泣きそうな顔をしているところ悪いのですが、確認せねばなりません。
マッハ出発過ぎて忘れてましたけど、シアノさんは受け取ったのでしょうか。
「うん、きちんと貰ったよ。でも350000ペイズは多過ぎるから、情報を買うのに必要な金額だけね。とりあえず20000ペイズだけ受け取って、残りはトンボコロシの被害に遭った森に使ってもらおうと思って」
元の金額がどれくらい多いのかわからない。日本円でおいくらになるのか例えて欲しいですけど、シアノさんは日本円をご存知ないので、残念ながら無理ですね。
「性格は本当に勇者なんですよねシアノさんって」
これで戦えたら、マジもんの勇者なのに。
でも戦えたら私の役割消えるので、震えてるの希望ですが。
トマトトナスを後にして、そこからしばらく歩きながら、私は身分証カードの使い方を学びました。どうやらこれでニュースを見るには、カードを持って調べたいことを思い浮かべるだけで良いみたいです。
自動で検索してくれるみたいで、早速私はその機能を試すがてら、A子さんの相棒について何か情報がないか探してみました。
「ヒット件数、ぜーろー」
まあ、期待してませんでしたけどね。どうせそうだろうと思ってましたとも。
「てか、今更ですけどシアノさん。トマトトナスで情報を買わなくって良かったんです?」
「買いたかったけど、町長さんに聞いてみたら、トマトトナスに情報屋さんがなかったの」
なるほど。それじゃ買えませんね。
トマトトナス町。名前は町でしたけど、雰囲気は村でしたし、ぶっちゃけ、ど田舎みたいな感じでしたもんねえ。
「でもじゃあどうするんです、情報を得るアテはあるんですか」
「なくはないよ。次の町までそう遠くないから、そこならあると思う」
「……前から思ってましたけど、シアノさんって世界地図暗記してるんですか?」
「うん。え、クウキのいた世界は地図を暗記しないの?」
「暗記してる人は多くないと思いますよ」
テストに出ませんもん。世界地図を書け——なんて問題出されたら、私はその問題どころかテスト自体をシカトしてすぐ寝ます。
こちとらマイアミすらどこにあるかわかっていないっての。
世界地図どころか、日本地図も書けるか怪しいレベルです。
リアス式海岸、って単語と意味は知ってますよ。えっへん。
でも、リアス式海岸がどこにあるのか知りません。えへへ。
何気にシアノさんって、頭良いんですねえ。ビビリなのに。
食べられる草とか詳しいですし。てか地図を暗記してるから、野宿する場所選びで毎日水場が近くにあるんですね。今更ながらすごい。ウルトラ優秀。
「ところで次の町のお名前はなんて言うんです?」
「ハマグリスイカタウンだよ」
この世界の町の名前って、食べ物の名前を並べるだけって法則でもあるんだろうか……いや、町のお名前を知るのは二件目なので、確証はまったくありませんけど。
「行ったことはないけど、美術館がある有名な町でね、すっごく綺麗な帽子が飾られてるんだよ、すごくない!?」
あー、たまにある好奇心旺盛モードのシアノさんになってますねえ。すごく行きたそう。
「芸術とか私わからないタイプなんですよね」
「帽子ピカピカらしいよ」
「それ王冠とかなんじゃないですか」
「金ピカじゃなくて銀ピカなの。観たことないから観たいなあ」
別に王冠ってゴールド指定とかないでしょう。シルバーな王冠もありますし。
でも、この世界でシルバー王冠があるのか不明なので、日本の常識で語るのは辞めておきますがね。
「小さい頃からずっと観てみたいって思ってたんだあ」
チラチラと私の方を見てくる。観に行こうよーという視線がちくちく飛んでくる。
「まあ、シアノさんが観たいのなら、私もお付き合いしますけど」
「ほんとに!? じゃあじゃあ美術館に行ってもいい!?」
「構いませんよー。でも情報買ってからですからね?」
そもそも、私の了解を得る必要はないんですけどね。
パーティリーダーはシアノさんなのですが、でもきっと優しさなのでしょうね。
「やったあ……やったー!」
なにが嬉しいんだか。金ピカだろうと銀ピカだろうと、帽子を見てなにが面白いのかわからない。
が——シアノさんが楽しそうならそれはそれで良い。
こうして二人で旅をするのも、それはそれで気楽で楽しいですからね。この日常を守るために、私はシアノさんをお守りする決意を固めたと言っても過言ではないのですから。
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