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「いやあ、めでたい! まさか我々の町に勇者様がいらしてくださっていたとはっ!」
トンボコロシ討伐により、私とシアノさんは町長の家に招待されて、豪華なディナーをご馳走になることになりました。
「……ね、ねえクウキ……どうしてこうなったの……っ?」
気まずそうに顔色を悪くしながら、シアノさんが小声で聞いてきました。さっきまで気絶していたので、シアノさんはことの経緯を知らないのです。
「それはですねー」
トンボコロシを討伐した証拠を見せるために、気絶したシアノさんをおんぶして一度町に戻ったのです。依頼主を探していたら、その依頼主が町長さんだったので、討伐を証明するために一緒に森へと引き返した。
「私が倒したと言っても信じて貰えなかったので、仕方なく気絶かましてるシアノさんのツラを公開したのですよ」
「なにしてくれてんの……っ!?」
「仕方ないでしょう。あのままだと報酬が貰えない可能性だってあったんですから……」
それどころか、嘘つき呼ばわりされて衛兵を呼ばれそうにすらなってたんですから……。
「まあシアノさんが勇者を隠したいのはわかってますよ。でも私、ちゃんと聞きましたよね?」
「何を?」
「トンボコロシを倒す前に確認取ったじゃないですか。今からトンボコロシをぶちのめしますけど構いませんね? って」
「……言ってた……けど、それとこれになんの関係が!?」
「私は勇者の
「ず、ズルい……卑怯だ」
「天才と言ってください」
どうせ気絶するだろうなあ、って思ってたから、あらかじめ言質を取ったんですもん。賢いなあ私。
「まあまあ良いじゃないですか、たまには。あと私、勇者の剣に宿る精霊って設定になってるので、合わせてくださいね」
「それこそどうしてそうなったの……?」
シアノさんがぶっ倒れていたから——とは、言えませんね。
勇者であるシアノさんがぶっ倒れて、単なるパーティメンバーの私がピンピンしてたら不自然ですし、咄嗟にそう嘘をついたのです。
必要な嘘でした。反省はしてません。
その辺のシアノさんへの説明は、私の都合でカットしまして、もちろん勇者の剣に宿る精霊という設定には、メリットもあるのですよ。
「町長さん、身分証の発行はどうなりました?」
「もちろん、全速力でやらせていただいております、剣精霊さま」
どうせ嘘をついたのですし、この嘘を利用して私はちゃっかりこの世界での身分証を——ニュースが見れるというやつ——発行してくれるように、町長に頼んでみたのです。
町長ならそういう発行とかしてくれるかもと思って聞いてみたら上手くいっちゃったってやつですねえ。ラッキーです。
もちろんなんの説明もなしに交付してくれることはなかったので、それっぽい言い訳を用意しましたがね。ピンボケさんが。
なぜ身分証が欲しいのか——そう問われた私は、その理由を町長にこう説明しました。
勇者の身はまだ幼く、力を使い過ぎると疲労で倒れてしまう。その場合私が勇者の足となり移動をせねばならない。だが、身分証を持っていなければ、身分確認が必要な地などへ立ち寄ることも困難なのです——と。
その説明をしましたら、迅速に発行してくれることになりました。チョロい町長で助かりましたね本当に。
この嘘の責任は、嘘プランを考えたピンボケさんにありますので、私の心が痛まないのも最高ですね。
心が痛まない私と勇者として扱われることに複雑な顔をしているシアノさんは、ご馳走をいただいた後、お風呂まで用意してもらって、さらに町長のご厚意により一晩泊めてもらえることになりました。
なんと個室ですよ個室。なんというか、剣精霊って設定にしたことで、私は伝説の武器に宿る精霊、って町長さんの認識が私の身分をめちゃくちゃ高貴な存在だと思わせてしまったみたいで、まさか個室を用意してくれるとは……。
この世界に来てから初めてきちんとした部屋です。
「ベッドあるー!」
やったー! いつもいつもテントで野宿だったから、日本では当たり前だったベッドひとつでテンションも上がってしまいます。わっふー!
「ご馳走も美味しかったですし、今日は至れり尽くせりでした」
「お風呂も久しぶりダッタもんネエ」
「ですねえ」
普段はシアノさんが持って来た水で濡らしたタオルで体を拭いたり、水浴びくらいしか出来ませんからねえ……。
「お風呂が持ち運べたら良いのに……」
「うーん。お湯を沸かすくらいなら、空姫の魔法でできるとオモウけれド」
「問題は湯船ですよね湯船」
「空姫がドラム缶を背負って旅すれば余裕ジャないカイ?」
「ドラム缶を背負って旅をする余裕がないですよ」
いや体力的には余裕ですけど、単純にドラム缶を背負って旅する魔法少女になりたくないです。
そもそもドラム缶がこの世界に存在してるのか不明ですし。
「しかし私、この世界について知らないことだらけですよね……」
それも仕方ないと言えば仕方ないのですが。いきなり飛ばされた世界のことなんて、知っている方が難しい。
「わかったコトもあるケドネ〜」
「ですね」
わかったこと——この世界の上限の有無。
私がこの世界に来ることになった、世界の上限。
おそらくこの世界に上限は存在していない可能性が高い。
なぜなら、『
日本では『
だけどあくまで可能性であり確定と言い切れないのは、この世界の上限が私の生まれた世界よりもリミットが高く設定されているから——という可能性も否定できないからである。
だが、まあ——その可能性は低いと思える。
なにせ無限に魔力を作れちゃうシアノさんが弾かれていないわけですし。
逆に言うなら、シアノさんほどのバランスブレイカーを容認している時点で、この世界には上限なんて存在しないとも考えられます。
どちらにせよ、確定したわけではありませんし、あくまで仮説レベルの話ですが。
「上限の他にわかったことってなにかあります? ピンボケさん」
「わかったコトと言うか——こっちも仮説の話にナッチャウんだケレド」
「なんです?」
「……うーん、たぶんなんだケレド……シアノを狙っているクロローブ」
「あの黒ローブについて、何かしらわかったんです?」
ほほう。黒ローブについて何かしらの解析分析ができたということですか。やるじゃないですかピンボケさん。さすが私の相棒です。
見直しましたよ。何度見直しても安全ピンですけどね。
「仮説の話になるって言ったデショウ。だからこれはあくまで仮説ダヨ、確定じゃナイ」
「わかってますよ。焦らさないで教えてくださいよ」
「魔法少女神殿に現れたクロローブも、今日トンボコロシの中から現れたクロローブもひょっとしたら——」
魔法少女の可能性が高い——と。
ピンボケさんはそう言ったのでした。
「あり得るんでしょうか?」
シアノさんを狙っている黒ローブが魔法少女の可能性があるとして、果たして可能性とはいえ、それはあり得るのか。
「だってピンボケさん。私たちはお二人の黒ローブと遭遇しましたけれど、でもどちらとも、私とそんなに年齢は変わらない感じでしたよ?」
もし黒ローブが魔法少女だと仮定するなら、両者とも私の前任ということになる。だけど私の前任はピンボケさんの年齢(アラサー)よりも昔に存在したはず。
「さすがに若作りにも程があり過ぎませんか?」
ロリババア——と言えるかは微妙ですし、お顔を拝見したわけではありませんが、声帯年齢も体格も、アラサー以上とは思えませんでした。特にトンボコロシの中から出て来た方の黒ローブは、身のこなしと言葉遣いからアラサー以上とは思えません。
あんなアラサー、あるいはアラフォー嫌です。個人的に絶対嫌です。
てかアラサーあるいはアラフォーだったら少女ですらない。ただの魔女だ。
「空姫の疑問にもイチリあるケド、でも考えてミテ。そもそもこの世界——もといこの時代に飛ばされた魔法少女の年代が違う可能性も否定できないワケ」
「どゆこと?」
「つまり簡単に言うと、空姫やボクちゃんたちからミレバ過去の魔法少女だろうと、この時代に飛ばされた可能性も否定できないってコト」
「……ややこしいですね」
過去であろうと現代(私の時代)であろうと、同じ時間軸に飛ばされた——ということですか。
「その可能性を考慮した場合、私の後釜——いわゆる未来の魔法少女であろうと上限を超えたら、この時間軸に飛ばされる可能性も浮上しますよね」
可能性ばかりが浮上して来て鬱陶しい。明確な答えがひとつもないことがもどかしい。
「推理小説とか大嫌いな私には、考える気力すら失せる話です」
「以前自分で、名探偵空姫ちゃん、とか言ってナカッタ?」
「ダンマリ決め込んでたくせに聞いていたんですね……」
そしてなぜ覚えているんですか。安全ピンのどこに記憶は蓄積されているんだ。
「少なくとも可能性のハナシだから、難しく考える必要はナイヨー」
「ですね」
可能性の話を難しく考え出したらキリがありません。真実に辿り着く前に疲れてしまうくらいなら、考えるだけ無駄無駄。
「どうであろうと、私の敵という事実だけは明確みたいですし」
シアノさんを狙っているイコール私の敵です。
それだけは間違いありません。
「デモ、どうしてシアノを狙うのダロウ?」
「そりゃ、魔力を無限に作れるからじゃないんですか」
「用途が不明なんだヨー。仮にシアノを捕獲しても、魔力の活用法がワカラナイ」
「単純にもっと魔法を連発したいとかじゃないんです?」
「単にエネルギーとしてシアノを求めているのなら、一人ずつ空姫の前に現れる理由がナイ」
「うーむ。あとこちらの行動が筒抜けになってる気がします」
偶然遭遇した——とは思えないタイミングで現れていますし。
とはいえ、魔法少女として活動している経験上、向こうから現れてくれた方が、楽は楽だ。わざわざこちらから探し回るなんて面倒以外のなにものでもないのですもん。
「私の力を警戒しているから、個別に様子見……とか?」
いや、そんなことに時間を使うなら、数で攻めてくればいい。何人いるのか不明ですが、少なくとも二人は居るわけですし、あのレベルの敵を複数相手にするのは私も正直キツい。
魔法少女神殿に現れた黒ローブの力量は不明のままですが、トンボコロシの中から出て来た黒ローブの防御力は脅威に思える。
「ナニカ別の理由があると見るべきカモネー」
「その辺の考察は、ピンボケさんにお任せしますね」
「今ある情報で考えられるのは、組織として機能しているワケじゃナイとかカナ」
「ああ……なるほどです。それありそう」
それぞれがそれぞれの目的のため、シアノさんを狙っている。
そう仮定すれば、辻褄は合う。だが目的に辻褄を合わせても、黒ローブというファッションが同じなのは偶然とは言い難い。
「あーもう混乱! めんどいっ!」
「だろうネー。その辺の考察はボクちゃんの担当だから、空姫は自分のやりたいようにやりナヨ」
「そうさせていただくことにします」
「考えることがいっぱいダヨー。この惑星が五百歳ってことにも疑問ダシ」
「私はもう色々考えるのを辞めました。考えるの面倒ですし疲れましたし、シアノさんをお守りするってわかりやすい目的にだけ集中させてもらいますね」
五百歳のどこが疑問なのかもわかりません。脳停止してます。
私のやることはひとつ。シアノさんをなんとしてもお守りするんです。この世界で困り果てていた私を救ってくれたのは、紛れもなくシアノさんなのですから。
これでも私、きちんと恩は返すのです。
それに——魔法少女神殿でA子さんが言っていたことも気になりますし。
シアノさんをどうするかで、世界の舵は大きく変わる——と。
A子さんはそう言っていました。どうするかの『どう』の部分は目下不明ですが、仮にデッドオアアライブ的な意味だとすれば、私の選ぶ舵はシアノさんのアライブ一択です。
「どうするにもとりあえず、状況の把握は必要ですよね……」
一方的に理由不明で狙われるのは、いい気分とはいえません。
理由が判明しても、いい気分と言えるかはわかりませんがね。
「そうだネ。ひとまず優先したいのは、A子が言っていた、彼女の相棒を探すべきだとボクちゃんは思うワケ」
A子さんの相棒。それはつまり、私にとってのピンボケさんと等しい存在で、魔法少女としての契約を持ち掛けたマスコット的なパートナー。
「未来を読める魔法少女の相棒ですから、本みたいな形してるんですかね?」
「それはワカラナイ」
「まあそれを言ったら、私の相棒が安全ピンという意味も不明になって来ちゃいますからねえ」
いや本当になんでなんだ。なんで私の相棒は安全ピンなんだ。
人生で一番わからない問題ですよ。たかだか十四年しか人生やってませんけれども。
「とりあえず今日はもう休モウ」
「わかりました」
「オヤスミ」
「はい、おやすみなさい」
せっかくのベッドですしね。久しぶりに爆睡してやりますよ。
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