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早速トンボコロシの目撃があった場所——トマトトナス町の畑から、少し離れた森の中に向かうと、そいつは居ました。
「おっきくて、ツノ生えてて、目がたくさん……ある」
木の影に隠れて様子を伺いながら、私(と、もう見ることを辞めたシアノさん)は、トンボコロシに気づかれないように呟きました。
シアノさんからの事前情報をわざわざ口にしてしまいましたが、なるほど。
確かにその通りですね……いや、想像とかなり違う感じなんですけれど。
大きさ——うん、本当におっきいです。
ツノ——生えてます生えてます。一本。
「……ピンボケさん、あいつの大きさってどのくらいです?」
「うーん、あくまで目算だけレド、ざっと25メートルってトコロだと思うヨ〜」
普段の私なら、ピンボケさんの言葉に『目なんてないくせに目算できるんですね』とか軽口をリターンするところなのですが——いやはやそんな軽口を返している気分じゃないですね。
だってプールくらいあるんです。しかも横に。
「……………………」
そう——横なのだ。縦じゃなくて横なのです。
おっきい——そう言われていたから、てっきり縦のサイズが大きい魔物を想像していたのですよ、私は。
なのにいざ姿を拝見しますと、まさか横幅とは……。
大きいというより、広いと言った方がいいかもです。
端的に言いますと長い。ビヨビヨーンって感じです。
縦もそこそこありますけれど、横幅に比べたらカワイイもんですよ。たぶん2メートルくらいですかね、縦幅。
「まあ、サイズ
目がたくさん——この情報すらも、想像と違ってくるとは。
だって普通、目がたくさんって言われたら、目が百個あるとかなのかなあ、って思うじゃないですか……。
「なんですか、あのキモいやつ……」
仮に目が百個あってもキモいですけれど、眼前のあれはあれでマジキモい。
眼球の中に眼球。目の中に目。鏡を二枚合わせて、あわせ鏡を覗いたように、目の中に続く目。
デカい一つの目ん玉の中に、無限に続く目ん玉。ほらキモい。
「目薬さすの大変そう。どうなるんですかね目薬垂らしたら」
「あんな目だとはネー。目の付け所がチガうよネ〜、さすがイセカイ」
「目のないピンボケさんが言う台詞ですかそれ」
目の付け所が違うってそう言う意味じゃないんだよなあ感が否めない。正しい意味を知りませんけれど、私は天才肌なので違うってことだけは、なんとなーくわかります。つーか。
キモいなあ、とにかくキモい。平べったいしスーパーキモい。ついでに何色なんですかあのグロ色。
目はあるけれど、口はない。足もない。手もない。
ざっくり言うなら蛇に近い。やたら平べったい蛇。口ないですけど。
「さて……あれをどうやってぶちのめしますか……」
「とか言って空姫、ブン殴る以外にあるノー?」
「なくはないですよ。知ってるじゃないですかピンボケさん」
「エッ…………まさか、ぶっ放すつもりカイ?」
その言葉に私は、ニヤッと口元を吊り上げた。
「『
『
もちろんシアノさんのように、魔力を無限に生成できるわけではありませんが、魔力をスタミナとするなら、私の場合はスタミナ回復力が高いのです。
あるいは、肺活量が強い——って、感じですかねー。
そして肺活量のお仕事は——吸い込むだけじゃない。
吐き出す力——すなわち、魔力放出力も高いのです。
「普段——もとい、日本では周辺被害を恐れて使えませんでしたけれど、ここなら使っても問題ないでしょう」
周辺は森——距離も十分トマトトナスから確保出来ている。
あのキモい魔物トンボコロシが、周囲の樹々を枯らしてしまっている。やつが通った場所は、もれなく枯れ木だらけ。
「どうせ枯れ木だらけですし、もはや死んだ森です」
なら、手っ取り早く魔法で
木を植えるのはしませんけどね。面倒なので。
「マァ、そう言われるとウィンウィンになるカモ」
「でしょ。よおーし『
『
普段の私は魔法の名前を雑なネーミングにして、さらに詠唱を省略することで、威力を制限する制約をしているのですが、それからの解放です。
「問題は……恥ずかしい詠唱なのですが」
まあ、ここは恥ずかしがると余計に恥ずかしいので、いっそノリノリでやってみましょうかね。開き直ることも大切です。
「よっこいしょ」
私は、トンボコロシにビビっているシアノさんを無理矢理おんぶして、言いました。
「シアノさん、今からあのトンボコロシをぶちのめしますけれど、構いませんね?」
「え、あ……うん、なんで聞くの?」
「念のためですよ」
「念のためって……あとどうしてわたしはおんぶされたの?」
「それはもちろんジャンプするためです」
本当は下に放置しておきたいのですが、今からやる魔法に巻き込んでしまったら寝覚めが悪いですからね。巻き込まないように——なんて配慮、私にできるなら縛りなんて必要ないですし、シアノさんの安全のために、おんぶしてジャンプが最善策なのです。
「え、また……またジャンプなの……?」
「せーのっ!」
「ぎゃあああああああっ!!!!!!」
耳元で叫ばれるとウルトラうるさいです——でも、トンボコロシの姿もはるか上空から見ればカワイイもんですね。キモさ緩和です。
最高高度に到達した私は——詠唱を開始。
右腕を横に広げ、スペルを紡ぐ。
「我が右手に宿りし魔は破壊の
右手に魔力が高まる感覚を維持したまま、さらに左腕も広げる。
「我が左手に宿りし魔は再生の
二つの魔力——破壊と再生。それらを正面で手を合わせて、混ぜる。
「
破壊と再生の融合——すなわちカオス。
「我が両の手に宿りしカオスよ、
混ざり合ったカオスを球体にし、さらに圧縮。それを、眼下にいるトンボコロシに向け——放つ。
「我が敵の活動を永久停止させよ『
トンボコロシを目掛けて放った魔法は、見事命中。
半径およそ200メートルの範囲で破壊と再生が繰り返される。
音もなく——無音の混沌が鳴り広がった。
トンボコロシは再生したまま動くことはなくなった。当然だ。
何度も続いた破壊と再生により絶命したことは、わかりきっている。使ったことはありませんでしたが、これはそういう魔法なのだから。
そしてトンボコロシの周辺——死んだ森の樹々。そちらは再生ではなく破壊で魔法が終わったことで、枯れた樹々は根っこからチリと化し、地面は程よく耕しているように仕上がった。
「シュタッ! 着地成功です」
討伐も成功です。いえい。
「シアノさーん、生きてますかー?」
まあ生きていることはわかっているのですが。息してますし。
「……………………」
「あ、ダメだ、超気絶してますねー」
仕方ないのでシアノさんを背中から下ろして、私はトンボコロシに目をやる。
「動かなくなってもキモいですねえ……」
「食べられるのカナ?」
「私は嫌です」
「ちょっとオサシミで食べてみてヨー」
「嫌ですってば!」
自分に口がないからって、私で試そうとしないで欲しい。
しかもお刺身って。たとえハンバーグにしても食べたくないのにお刺身って。
「……ッ! 空姫!」
突然ピンボケさんがシリアス口調で声を荒げ、そう私を呼んだ。
「ええ、わかってますよピンボケさん」
『
やれやれ——どうやら連戦のようですね。
「隠れても無駄ですよ。出て来てくださいな」
私は、動かなくなったトンボコロシに向かって言いました。
トンボコロシがまだ生きていたなんてことは、もちろんありません——具体的に言うなら死んだトンボコロシの中に向かって言ったのです。
中——体内に向かって。
「出て来ないのでしたら、さっきより強烈な一撃をぶっ放してもいいんですよー?」
よろしいですか——と。私が言いますと動きがありました。
生き絶えたトンボコロシを突き破り、そいつは現れた。
「はっ! てめえが言ってやがるさっきの一撃とやらが、どんな一撃なのか知らねえけど、まあどうせ俺様には効かねえよ」
体内から現れたそいつは、強気にも私を挑発。
体内から現れた——果たして黒ローブ。
「あなたは……この前の人とは違いますよね?」
黒ローブという外見的特徴は一致しているが、口調がずいぶん違っている。魔法少女神殿に現れた黒ローブも眼前に姿を見せた黒ローブも、偉そうな態度というところは一致していますが。
「ああぁん? 誰のこと言ってんのか知らねえけど、俺様とてめえは初対面だろうが。頭わりいなてめえ」
「ぶちのめしますよ?」
「その上話も聞きやがらねえとくりゃ、いよいよクソ頭わりいじゃねえか、あっはっは!」
なんかうぜえ。なんだこいつ生理的にうぜえです。
「……で、じゃあご用件はなんですか」
即ぶん殴ってボコボコにしてご用件をお伺いする——という選択肢もありましたが、私はクレバーな魔法少女ですのでそれは自重しますとも。
「用件つってもてめえに用事はねえんだわ。そっちで気い失ってやがる勇者にしかねえわけ。てめえはすっこんでろ」
「すっこんでる理由が見当たりませんので、抵抗しますがよろしいですね?」
「おお構わねえぜ、どこからでもかかって来やがれ。この俺様——ナルボリッサ・ナルボロッソ様が相手してやんよ」
「その前にひとつ確認です」
「ああぁん!? んだよ?」
「あなた、女性ですよね?」
「見てわかんねえのか、ゴリラが」
「わからないでしょう。フード被ってる黒ローブですし」
さーて。イライラして来ましたー。誰がゴリラだこら。
えーと、ナルボリッサ・ナルボロッソさんでしたか??
じゃあ略してボロさんですね決定です。
「ボロ雑巾よりボロボロにしてやりますよ」
「どっからでも打ち込んできやがれってんだ、雑魚が」
では——お言葉に甘えましょうか。
とは言え、詠唱をする時間をくれるかまではわかりませんし、ならばここは——ぶっ飛ばす一択ですね。
私は、右拳に魔力を込める。ボロさんの命を刈り取るつもりはないので、今ならまださっきの魔法で魔力が回復してませんし、手加減には丁度良いですね。
踏み込む両足にも同じくらいの魔力を込めて——解放する。
「行きますよ——えいやっ!」
鋭く踏み込み、勢いを殺さないように右拳をボロさんの腹部に打ち込んだ——が。魔法で強化された腹筋で止められた。
「効かねえ効かねえ!」
私の一撃が弱すぎたわけではありません。ダメージは与えるつもりでしたけど、私のプランではボロさんの強制退場が目的なので、仮にノーダメだったとしても問題はない。
「別に絶命させようとしてませんからね」
受け止められた拳をそこから更に、私は強引に振り抜いた。
私の狙いは、ボロさんがこの場から去ってくれること。
最初からこの場から居なくなってくれることを優先した攻撃なのです。
端的な結果を述べますと——つまり、私のパンチによりボロさんは遥か遠くまで吹っ飛んでいきましたとさ。
めでたしめでたし。
「飛んだネー」
「飛びましたねー。でも、なかなかの防御力でした……」
殴った感触でわかる。腹部を殴ったというのに、まるでダイヤでも殴ったのかと錯覚するほど右拳が痛む。
魔力を込めていなければ、私の右手は粉砕骨折していたかもしれません。
「まあ、ずいぶん遠くまで吹っ飛んだみたいですが、どうせまたそのうち現れるでしょう」
シアノさんを狙っていると言っていましたし。
今はボロさんよりも、トンボコロシの報酬を受け取るのが先です。ボロさんのことはどうでもいいのです。私をゴリラと呼んだ後悔は、次の機会にさせるといたしましょう。徹底的に。
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