カネが……カネが……っ!

 1


 それは突然の発表でした。


 魔法少女神殿をあとにした私たちは、次なる聖地の情報を得るために、一番近くの町に向かっていた、その途中のこと。


「ど、どどどうしよう……わたし、お財布なくしたっぽい」


 お財布なくした。しかしそんな発表を顔面蒼白でされましても、私は冷静さをなくしたりはしませんでした——だって。


「ほとんどお金使ってないじゃないですか」


 なんですもん。魔法少女神殿に向かう途中だって、食料も水もシアノさんによる現地調達でしたし、もはや無一文でも問題ないとさえ思うのです。


 あっても困りませんけれど、なくても困らないという、日本ではあり得ないほど、シアノさんは現地調達の達人なのです。勇者よりよっぽど向いてますよ、現地調達サバイバー。


「で、でも……次の町で情報買うために必要だし」


「情報屋さんって、勇者に金払わせるんですか?」


 なんたる守銭奴か。そりゃあ情報屋さんにも生活があるのかもしれませんけれど、自分の生活どころか人生を犠牲にして勇者活動なんてやらされているシアノさんを相手に金を払わせる——と?


 なんてひどいやつなんだ情報屋さん。


 人の心がなさすぎる。金の亡者めっ。


「仕方ないでしょ。普段情報屋を頼るときは、勇者だとバレないように顔隠して利用してるんだもん」


「なるほど」


 情報屋さんごめんなさい。私のはやとちりでした。


「なら勇者丸出しで行けばタダなんです?」


「勇者丸出しって……そんなことしたことないからわからないけれど、たぶん……でもタダで貰ったらわたし死ぬ」


「死なれたら困りますけど、最悪、緊急事態ならそうせざるを得ないのでは?」


「ええ……むり。わたし、そんなオラオラ系じゃないもん」


 オラオラ系って久しぶりに聞いたなー。


 まさか異世界で聞くとはなー、オラオラ系。


「じゃあどうします? そもそもこの世界でお金を稼ぐ手段ってどのような物があるんですか?」


 今更それ聞く——と、自分でも思っちゃいますけれど、なにぶんこの世界に来てからシアノさん頼りの生活なので。


「えっと……魔物を倒したり、農業したり、商売したり」


 うーむ。その選択肢のなかで、一番手っ取り早く稼げそうなのは魔物討伐ですかねえ。


「ならサクッと魔物討伐しちゃいましょうよ、シアノさん」


「え、でもクウキに働かせちゃうし」


「そんなこと気にしないでください」


 私こそ、普段シアノさんのヒモみたいな日常を送っているので、正直シアノさんを働かせ過ぎだよなあ——って思ってたくらいですし、ここいらできちんと働いておかないと、あだ名がマジカルヒモ女になってしまいます。


「魔物討伐って、どの魔物を討伐するんです?」


「それは町に着いてからじゃないとわからないの。町によって魔物被害って違ってくるから」


「まあ、どんな魔物でも問題ないでしょう」


 この世界の魔物は弱っちいやつばかりですし。


 むしろそろそろ、強い魔物と対峙してみたいとさえ思います。


「クウキ、ほんとにいいの……?」


「はい。てか私が無理と言ったら、逆にどうやって稼ぐつもりなんですか?」


「そ、それは……商売とか」


「何を売るつもりなんですか。内臓でも売るつもりなんですかー」


「内臓って売れるの……?」


「私のいた世界では売れましたよ」


「うわ……こわっ」


 どこでどうやって売るのかまでは知りませんけどね。中学生が知ってるわけないでしょう、内臓売買のスタートラインなんて。


 にしても、そうか。日本では医療目的で売れる内臓も、この世界だと売るような物ではないのですね。


 異世界ギャップって感じでしょうか。


「とりあえず町に向かいましょうよ」


 討伐すべき魔物を知らなければならないので。


「そうだね。じゃあクウキ、魔物討伐でお願い」


「了解です」


 ということで、しばらく歩き町に着きました。


 この世界に来て、まず最初に不法侵入した城下町とは違って、いたって普通の町。小さな川が流れていて、畑なども多く見られる。


 なんか田舎っぽくていい。生まれからずっと都内暮らしだった私には、とても新鮮な光景です。


 シアノさんは勇者バレを防ぐため、顔面に布を巻いているんですが、なんか強盗みたいなファッションになってますね、シアノさん……勇者の剣の持ち手にもグルグル布を巻いて隠してますし。


「町の名前は……あれですかね?」


 入り口に立ててある看板によると、町の名前はトマトトナス。


 トマトとナス——ではなく、トマトトナス。


 いや胸中でカタカナに変換しましたけど、どうやら発音はトマトとナス、じゃなくて、流れるようにトマトトナス。


 わかりやすく言うなら、棒読みチックにカマトトブスって発音と完全一致です。


 ……我ながら、わかりやすいか微妙ですが……。


「クウキ、あっちの掲示板に魔物被害の情報が載ってるみたい」


「掲示板なんですね」


 なんだかレトロ——まあ、異世界と考えるなら普通な気もしますけれど、シアノさんの顔が世界中に知られていると思うと、レトロな雰囲気と思わざるを得ません。


「そういえばお聞きしてませんでしたが、どうやってシアノさんのツラは広まっちゃったんです?」


 今までは気にしていませんでしたし、正直日本に帰ることが目的でしたから、この世界に興味がなかったのですが——残念ながら強制退場させられた私は日本に帰れないらしいので、そうなればこの世界のことを知っておくべきでしょう。


 魔物被害の掲示板に向かいながら、シアノさんは答えてくれました。


「魔法でニュースを見れる道具があってね、世界中のあらゆるニュースを速報する板みたいのなんだけど——どの家庭にも一人一つ支給されているから、みんな持ってるの」


 要はニュース専門の通信機器みたいなものらしいです。


 雑に理解するとネットニュースっぽいイメージですか。


「でもそれですと、仮に家がない人間は見れないのでは?」


 私のように。いや日本ではホームレスではなかったですよ。


「そういう人にも、きちんと支給されてるの。一般市民には持っていることが身分証にもなるんだよ」


 あとで見せるね——と、シアノさん。


「私持ってないんですけど」


「だ、だよね……機会があったら、発行して貰いたいけれど、どうだろう……その歳まで持ってないと色々面倒な手続きとか必要になっちゃう……かも」


「まあ、ちょっとくらい面倒でも必要なら仕方ありませんよ。あとで発行してくれる場所まで案内お願いします」


「うん、任せて」


 なるべく面倒な手続きはご遠慮願いたいですし、万が一貰えない可能性も考慮しておく必要はありますがね。その辺のことはあとで考えるとしましょう。


 と。そんな話をしながら、私たちは魔物被害掲示板前に到着しました。


 文字はピンボケさんのアシストで読めますけれど、知らない文字が読めるって、案外変な感覚ですね……。


「えーっと……」


 とりあえず、貰える報酬が多いやつから見ていくとします。


 トンボコロシ——350000ペイズ。


 カミキリカブト——1250ペイズ。


 ヨワムシイビリ——1050ペイズ。


 ブチギレワニ——1000ペイズ。


「……………………」


 ほんとーに、今更ですけれど……、この世界のお金の単位ってペイズだったんですねえ。


 あと掲示板には文字しか書いてないので、魔物の名前を読んでも姿が想像できない……。ついでにお金の単位が判明しても、価値がわからないので、果たして一番高額な350000ペイズがどの程度の金額なのかはっきりしませんね。


 てかトンボコロシだけ桁が違い過ぎるでしょ……。


 ひとまず1000ペイズを超える依頼をチェックしましたけれど、名前のニュアンス的にそこそこ強そうなブチギレワニが安くて、ネーミング的に弱そうなトンボコロシが一番高額って。


 どんな姿なのか知らないので、トンボコロシがドラゴン的な魔物だったら笑えますけどね、あはは。


「トンボコロシ……出るんだ、この辺……」


「なんです? シアノさんご存じなのですか? このトンボコロシって名前のやつ」


「うん、知ってるよ……すごくすごく凶悪な魔物でね……」


「スーパー弱そうな名前してますけどね」


「いや、この名前を弱そうって言えるのクウキだけだと思うよ」


「どんな魔物なんです?」


「おっきくて、ツノ生えてて、目がたくさんあって……ああっ、想像するのも恐ろしい……っ!」


「大きくてツノ生えてて目がたくさんある……」


 なにその魔物キモい。


「ど、どうする……? 違う町に行く?」


「どのくらい強いのかわかりませんけれど、この世界の強いと呼ばれる魔物と戦っておきたいと思いますので、じゃあトンボコロシをぶちのめしましょうよ」


「ゆ、勇敢だなあ……わたし、なにもできないよ?」


「構いませんよ。でもどれがトンボコロシなのかわからないので、教える担当としてご同行お願いしますね」


「う、うん…………うわあ、もう怖い……っ」


 シアノさんを戦力として期待はしていませんので、本音を言うならこの町で待機してもらって、周辺の魔物を手当たり次第ぶん殴って報酬ウハウハが理想といえば理想なのです——が。


 謎の黒ローブの件もありますし、なるべく別行動は避けねばなりません。シアノさんを震えさせるのは心苦しくありますが、効率と安全面を両方とも重視するなら、同行を願う一択になります。


「ちなみにシアノさん。情報屋さんにお支払いする金額はいくらほどになるんです?」


「うーん……求める情報によって値段が違うからなんとも……」


「つまりお金はいくらあっても困らないということですね」


「そ、そうだけど……でも無理しないでよ?」


「お任せくださいな。あなたの剣は、それなりに強いですよ」


 それに、こっそり試したいことがある。


 世界の上限を超えたことによって、私はこの世界に飛ばされた——ならば。


 この世界でも上限を超えたらどうなるのか?


 そもそも、この世界に上限なんてものが存在しているのか。


 それを確かめられるくらいには、ガチでやりましょうかね。


 元の世界で上限を超えてしまった魔法——とは違いますが、せっかくなので使ってみたい魔法もありますのでね。


 使ったことありませんけれど、威力は相当な魔法なので——威力は相当の魔法なはずなので——、日本と同じリミットなら、またどこかに飛ばされるのでしょうか。わかりませんけど、試す価値はありそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る