5


「シアノさーん! そろそろお顔をあげて大丈夫ですよー?」


 黒ローブが去ったので、私はずっと塞ぎ込んで震えてるシアノさんに声を掛けました——が、耳も塞いでいるので聞こえていません。


「ていっ!」


 仕方なく私は、シアノさんを横に押しました。亀みたいに丸まっていたので、そのままの形でゴロン——と。ひっくり返った亀みたいになりまして、


「あ、れ…………?」


 と。ようやく目を開いたシアノさんは、天井が無くなっている事態に気づいたようで、空を眺めたまま固まってしまいました。


「大丈夫ですか? シアノさん?」


「あ……うん。あれ? 空が見えるよ……?」


「神殿が崩壊しましたからねえ」


「はい……? え、神殿が崩壊……?」


「はい、崩壊です。見渡してご覧ください、見事に崩壊してますから」


 両手を広げて、私はくるんと回りました。


「え、ええ……えええっ!! く、くくくくクウキ、神殿壊したらダメだよお……っ!?」


「いや私が犯人じゃあないですよ」


「嘘でしょ!? さっきどう考えても『私がやりました』みたいにくるっと回ったじゃないの!?」


 確かにそう言われてみると、私が壊したっぽいですね。てへ。


「とりあえずシアノさん、いつまでひっくり返っているんですか。そろそろ起きてくださいよ」


 ほら——と。私はシアノさんに手を差し伸べる。


「ひっくり返したのクウキじゃないの、もー」


 そう言いながら、私の手を取るシアノさんを起こして——さて。


 さてさて、どうするべきか。


 ここで起こったこと——そしてシアノさんが狙われていること。それを話すべきか否か。


 うーん。悩みますねえ。


 ここで起こったことを話すのは構わないのですが、シアノさんが狙われていることを話すべきか——それが私の頭を悩ませます。


 ただでさえビビリのシアノさんに、狙われてると告げた場合、果たしてメンタルが無事でいられるかどうかわかりませんからねえ。


「まあ、いいでしょう」


 そちらは黙っておきますか。今のところ。


 ですが話しておくこともあります。私のこと。


「いいよね、ピンボケさん?」


 私は胸元の安全ピンに語りかけます。ピンボケさんは何も言いませんでしたが、小さな光を放ちました。なので勝手な解釈でオッケーということにしまして、私はシアノさんに私のことを話しました。


「魔法少女……? クウキが?」


「ええそうなのです」


「異世界……から来た……?」


「はい、その通りです。ですから私、シアノさんに結構嘘ついてて……ごめんなさい!」


「あ、うん、それは気にしてないかな」


「ええ……」


 気にしてないのか……私はめちゃくちゃ気にしていたのに。


「にしても故郷が異世界かあ。異世界なんてあるんだ、すごい」


「私も同じ意見でしたよ、この世界に来るまでは」


 異世界というか、A子さんの証言によるとタイムリープらしいのですが、まあどちらにせよ世界が異なっていることに違いはありませんからね。言葉の違いはあれど、私の立場からすればどちらも同じ意味に等しい。


「で、この魔法少女神殿に来て判明しましたのは、どうやら私は元の世界に帰れないみたいってことなのですよ」


「え……つらい」


「あはは、そう言われるほど、別に私自身がつらいと思ってないのですけども」


 帰ってもまた魔法少女として戦う日々でしょうし。


 こちらの世界でも結局それは変わりませんからね。


「だから私は決めたのです。どうせ帰れないのでしたら、シアノさん。私はあなたの剣になります」


「……ん?」


「勇者を守る剣って意味です。まあ戦闘手段が基本格闘なので、ケンはケンでも拳と書いてケンになりますけど」


「なにそれどういう意味? 拳と書いたらコブシとしか読めないでしょ」


「あー、なるほど。私の生まれた国では、拳と書いてケンと読めるんですよ」


 ピンボケさんの言語理解アシストがあれど、元々共通ではない文字の読みまでは伝わらないんですね。新発見です。


「へえ、すごいね、クウキの故郷!」


「そうですかね? でも覚えること多くて嫌になりますよ」


「わたし、そういうの好きなんだよね。知らないことを知るって、楽しくてしょうがないの」


「うわあ、主人公みたーい」


 その好奇心がありながら、生粋のビビリ体質。やっぱり主人公ではないですね。訂正です。


 脳内訂正を済ませ、私は胸元の安全ピンを紹介することにしました。ピンボケさんを手に取り、シアノさんに向けます。


「この安全ピンは、私の相棒ピンボケさんです。ほらピンボケさん、ダンマリしてないで自己紹介してくださいな」


 私が言うと、若干間を置いたピンボケさんが、やっと声を発しました。


「初めまして勇者の子。ボクちゃんはピンボケさん。初めましてと言っテモ、ボクちゃんはずっと知っていたんだけどネ、黙っててごめんヨ」


「えっ……うわあ喋ったあああっ!!! てかその声さっき聞いたオバケの声だー!!?」


「あハハ、良いリアクションするネー」


「え……? すごい喋るけどどこから声出てるの……?」


「その質問はセクハラだヨ、勇者の子」


「あ、ごめんなさい」


 セクハラだったのか、その質問。私も地味に気になっていたのに。


「えっと、勇者の子って呼ぶのは勘弁してピンボケさん……そう呼ばれると呼ばれるたびに責任に押し殺されそうになって自殺したくなる自殺したい……」


「わわっ、死んじゃダメだヨー。リョーカイリョーカイ、じゃあボクちゃんも空姫と同じくシアノ、って呼ぶケレド、それでいいカイ?」


「うん、それがいい!」


「では、改めてよろしくシアノ」


「よろしく、ピンボケさん」


 ピンボケさんと握手をしようとシアノさんは手を出しましたが、ピンボケさんは安全ピンなので握手はできません。


 若干困った顔をしたシアノさんは、小指でピンボケさんをタッチ。それを握手代わりにして、お二人——いえ、一人と一個の自己紹介の交換が終わりました。


「さて、お二方の面会も終わりましたので、そろそろ下に降りますかね」


「おり……え、どうやって……?」


「そりゃもちろん、飛び降りるんですよ、シアノさん」


「自殺行為だよ!?」


 したかったんでしょう、自殺——とは言わずに、私はニヒルな笑みを浮かべ、シアノさんに言いました。


「飛び降りるなんてこと、私クラスになりますと自殺行為に当たらないのですよ」


 そう言って、怖がり嫌がるシアノさんを無理やりおんぶ。


 お姫様抱っこですと、万が一落としちゃうかもしれないので。


 シアノさんを背中に乗せて、私は雲の端まで移動。


「ごめんネ……空姫」


 さて飛び降りるぞ——というタイミングで、ピンボケさんが小さな声で、私に言いました。


「なぜ謝るのですか?」


「ボクちゃんと契約したカラ……こんなことにナッテ」


 ああ、なるほど。だからA子さんのお話を聞いてからずっと、気まずそうな雰囲気をしていたのですね、ピンボケさん。


「構いませんよ。私が選んだことです」


 魔法少女になると決めたのは私です。


 契約を持ち掛けたピンボケさんに、責任はありません。


「それに、私は感謝しているのですよ、ピンボケさん」


 ただの女の子だった私を、特別な女の子にしてくれた。


 平凡な自分を変えてくれた。『平凡』を嫌っていた私を変えてくれた。


「あなたがいなかったら、シアノさんじゃないですけど、私こそ自殺していたかもしれませんからね」


 今こうして生きているのは、ピンボケさんがいたからです。


 平凡——良くも悪くもない、全てのステータスがごく普通。


 私はそれを心底嫌っていた。残念ながら、平凡を受け入れられる環境ではなかったのですよ、私の家庭ってやつは。


「だから、謝罪なんて不要です」


「アリガトウ……空姫」


「どういたしまして。では飛び降りますので、舌を噛まないようにしてくださいね」


「でもボクちゃん噛む舌がないケドネ〜」


 そうそう。そういうウザったい返しをしてくるのが、あなたにはお似合いですよ——と。その言葉を飲み込んだ私は、ピンボケさんの言葉に小さく笑ってから、地上に向かってダイブ。


 あ、一応言っておきますと、シアノさんは雲の端っこに移動した時点で、すぐに気絶したようなので、舌を噛む心配はないです。

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