5


「空姫さま……いえやはりここは、お姉様と呼ぶべきなのでしょうか?」


「やめてください。私にそういう趣味ありませんから」


「わたくしの初めてを、あんなにも熱烈に激しく、荒々しさをぶつけて来て乱暴に奪ったのに——ですか?」


「そうですよ。その通りですよ」


「舌ドリルまでして来たのにですか?」


「……そうですよ」


「次はキスより苦い作戦を持ってきてくださいね——格好良い捨て台詞でしたわ〜」


「……………………」


 やめてほしい。本当に。


 忘れたい。永遠に。


 だって仕方ないじゃないですか。サカヅキさんがくれた手段が、私の魔力を直接ぶち込めって方法だったんですから。これが憑依とかじゃなくて、ただの洗脳とかなら別の手段もあったはずなんですけどね!


 魔力を唾液に染み込ませて、強引に流し込むしかないって言われたんですから……そりゃ舌ドリルするしかないでしょ……。


「はあ……大きな損失感と喪失感」


 二つの感情を抱きながら、私たちは湖の底に沈む神殿を進んでいます。


「ボロさん、記憶は戻りましたか?」


 少し前をガニ股で歩くボロさんに訊ねます。リフレッシュ目的ですね。


「おう、スッキリしてやがるわ」


「それは良かったです」


 どうやらヤゥトゥマ・ペラーザさんは、去り際にボロさんの記憶を返してくれたようです。良かった良かった。


「この神殿、どのくらい歩けば奥なんですかね?」


「憑依されている時の記憶がございますので、たしかもうすぐ奥に着きますわよ、お姉様」


「次お姉様って言ったら、私拗ねて泣きますからね?」


「かしこまりましたわ、お姉様」


「なんで言うんですかあっ!?!」


「拗ねて泣くお姉様……失礼こほんお姉様を見てみたいという好奇心が抑えられずに……ふふ」


「それ言われたら絶対泣いてやりませんからね!」


 流れるような咳払いしやがって。しかも訂正になってないじゃないですか。


「お姉様可愛いですわお姉様」


「……………………」


 くそう。自分からネタにしていじらせない作戦を取ることもできない。性格が悪い黒絵さん相手に自分からネタにする戦法は悪手になるでしょうね……。


 ノリノリでいじってきますよ絶対この人……性格の悪さだけは本物です。


 談笑と言う名のいじめに遭いながら進むこと数分——広い部屋に到着。私は強い女の子なので泣きませんでした。偉い。


「シアノさん!」


 広い部屋のど真ん中で倒れてたシアノさんを発見しました。


「すぴーすぴーすぴー」


「うーわ、超寝てますよこの人」


 人がやりたくなかった舌ドリルまでして助けに来たのに。


 ちょっとした床の段差を枕にして寝てやがりますよ……。


「空姫さま、舌ドリルチャンスですわよ」


「そのネタでいじるのもう辞めません?」


「うふふ、面白くてつい」


「あなたこそそういう趣味持ってるんじゃないですよね……?」


「さあ? わたくしがなにを話そうと偽物ですわよ?」


「助けてあげたのに、可愛げのない人ですねえ」


「信じていましたもの。命の恩人であられます空姫さまを」


「そりゃどーもです」


「二度も救われてしまいましたね。この借りは必ずお返ししますわ」


「では、二億倍返しを期待して待ってますよ」


 さてと。とりあえずシアノさんは放置しても問題なさそうですので、この神殿をちょっくら調べますかね。


「ピンボケさん、サカヅキさん、なにかギミックとかあったら教えてくださいな」


 胸元と頭部の無機物ボディのお二人にそう言ってから、私は広い部屋をぐるっと一周。


 にしても湖の底にある神殿なのに、やたらと明るいです。


 陽光ではありませんが、陽光が差し込むかのように壁一面が光ってるんですよね。ふしぎー。


 よく見ると壁に、薄らと文字っぽいものが見えるんですけど、光が強くて見続けるのがキツいから解読出来ません。


「うーむ」


 私が壁に興味を示していると、頭部のサカヅキさんが唸るように声を上げた。


「どうしたんです? サカヅキさん」


「いや……なんちゅーか、儂この壁知っとる気がするんじゃよな」


「おお本当ですか?」


「たぶんなんじゃが……いや壁じゃなかった気がするんじゃが……なんじゃったか……うーむ。ダメじゃ思い出せんわ」


「頑張ってお婆ちゃん!」


「誰が美魔女じゃって?」


「幻聴にも程があります」


 お婆ちゃんを美魔女と変換するのは、ツラの皮が厚すぎるでしょ。タンブラーなのでツラも皮もありませんけど、そこそこ厚さはありますしね。


「幻聴なぞ聞こえとらん。儂に耳なぞないしのう、タンブラーじゃぞ」


「見ればわかります」


 タンブラーに耳があったら、普通に気持ち悪いので引きちぎってます。


「壁じゃなかった気がするんじゃが……気のせいなんかのお」


 どうやらずいぶんと考え込んでいるようです。思い出せそうで思い出せない——それはもう絶対に今思い出せないやつですね。


「思い出そう思い出そうとすると、逆に思い出せないものですよサカヅキさん」


「そうなんじゃが……そうなんじゃが」


「一旦思考を切り替えてはどうです——ということで、前々から普通に気になっていたことを質問しても良いですか?」


「えーえ、いまあ……?」


「なんでちょっと口調若返ってるんですか」


「それこそ気持ちの切り替え、気分じゃよ、気分」


「じゃあその軽い気分でさくっと教えてください——A子さんのお名前なんて言うんです?」


「いや……言わんじゃろ」


「なせです?」


「あやつめの名前は、あやつめが名乗った名前。それが儂とあやつめの約束じゃもん」


「いやでも実際A子さんもうすでにレッツゴーあの世してるわけじゃないですか。なら言ってもいいのでは?」


「そう言われるとそうなんじゃが……でものお、約束は破りたくないしのう……」


「ほらほら、知りたい知りたい知りたいなー」


「知りたがっとるようには見えんがの、うぬ」


「ぶっちゃけますと、知りたい半分どうでもいい半分です」


「よくもうぬ、仮にも人の名前のことをそこまできっぱりと、どうでもいいとか言えるの……」


 そう言われても……としか思えないですね。


「だってA子さんの本名が仮にB子さんだったとしても、私の中の評価点が変わるわけでもありませんし、興味はありますがあり過ぎるわけでもないのですよ、ぶっちゃけ」


「ぶっちゃけ過ぎじゃろ——いつか教えちゃる日が来るかもしれんが、今言う気にはなれん」


「まあA子さんなら、まだいくつかの遺品を残しているかもしれませんし——ではもし遺品を見つけて、それでもお名前が判明しなかったら教えてくださいね」


「んなもんがあったら、の」


 私とサカヅキさんが談笑していると、


「すぴー……ん、っ…………ん?」


 と、どうやらシアノさんが目を覚ましたようで、ゆっくりと体を起こしてキョロキョロと辺りを見渡し混乱している様子です。


「おはようございます、シアノさん」


「おはようクウキ……おはよう??」


「いささか寝過ぎたから時間感覚が変になってるんですね、たぶん」


 時間感覚といっても、私はこの世界の時間すら把握しておりませんけど。


 まだ寝ぼけているシアノさんに現在地の発表をしましたら、


「え、わたしそんなに寝過ぎたの? うそ……クウキより寝過ぎるなんて……あーあ、もうダメだわたしもうダメだ……常日頃からダメだけど、クウキより寝過ぎるなんて本当にダメだ」


 と、私より寝過ぎたことが凄くショックだったみたいです。


「私のことなんだと思ってるんですか」


 イバラ姫だとでも思っているんですかね。まったく。


 私は空の姫と書いて空姫ですけど薔薇の姫ではありません。


「まあ、お姫さまっぽいと思われるのは悪い気はしませんが。えへへ」


「お姫様というよりお姉様ですけども、うふふ」


「黒絵さん、口を塞いでください」


「えっ……わたくしの唇で?」


「蛇口でも出して食っててくれません?」


 ダメだこの人、なにがあろうともしばらくはそのネタで私をイジる気だ。無視しよーっと。


「おや?」


 ふと、シアノさんが枕にしていたショボい段差に視線を落とすと、そこには僅かな隙間がありました。


 隙間というか、みぞ


 何か刺さってたのか、あるいは鍵的ななにかを差し込むのか?


「……………………っ!?」


 私は、シアノさんの頭が置いてあった位置に立ち、周りを見渡した。壁一面に陽光が差しているかのように光る壁。


 その光が集まる場所——中心部。


「これ、じゃあやっぱり鍵穴?」


 呟き、溝的な隙間を覗き込む。大して深くないが暗い。


 奥までは見えない。だけど、これが鍵穴だとして、じゃあどこかで鍵を入手する必要があるってことだ。


 鍵——勇者にまつわるモノ。なるほどなるほど。


「シアノさん、なにか鍵的なモノ持ってませんか?」


「え、鍵……えっと、そんなの持ってないよわたし」


 ふむ。まあそう答えるだろうなー、とは思いましたよ。思いましたと言うか、予測してましたよ。


 では——シアノさんの持っていないという言葉に、ここにいる全員でツッコミをかましましょう。せーの。


「剣あるでしょう!」

「剣でしょうヨー!」

「剣じゃろうがっ!」

「剣だろクソボケ!」

「剣ですわ背中の!」


「あ、これかあ……本当だ、わたしずっと持ってたんだあ」


 呑気か!


「よいしょっと。えっと、ここに差し込むんだよね?」


 剣を抜いたシアノさん。そこそこの時間をご一緒していますけど、シアノさんが抜刀したの初めて見たかもしれない。


 恐る恐る剣を、ショボい段差の溝に差し込む——と。


「く、クウキ……何も起きないよ?」


「でもすっごいピッタリフィットしてません?」


「うん、まるでこの剣を置くための場所みたいにジャストフィットしてる」


「それがわかっただけでも良しとしましょう!」


「……全然良くないよね?」


 はあ——と。ため息を吐きながら、シアノさんは剣を抜こうとした。


「…………抜けなくなっちゃった……」


 抜けなくなったみたいです。あちゃー。


「じゃあ置いてっちゃいます? 使わないですし?」


「えっ…………でも」


「それ手離せばシアノさん、勇者辞めれるんじゃないです?」


「ええ……そう言われると置いて行きたいけど、でも……」


 迷っている。何を迷う必要があるのか——押し付けられた勇者という役割、称号。勇者にうんざりしているのは、他の誰よりもシアノさん自身でしょうに。


「これ置いてったらわたし、みんなと旅する理由なくなっちゃう……それはツラい」


 どうやらシアノさんは、このわけのわからないパーティでするわけのわからない旅を結構気に入ってくれているようです。


「それ持ってなくても、私たちは置いてったりしませんけどね」


 私の言葉に皆さんがそれぞれ頷く。


「みんな……ありがとう」


 嬉しそうに微笑んだシアノさん。シアノさんは知らないことですけど、私の立場的にパーティから離脱されると守る側として非常に面倒ですし、私の生活のためにずっとそばに居てくれるとありがたいです。


「てかそれ本当に抜けないんです?」


 言いながら私は、剣の持ち手を握り、引き抜け——ない。


「ガチで抜けないですね」


 私のパワーでも抜けないなら、もう抜けませんよこれ。


「俺様がぶっこ抜いてやんよ、貸してみ!」


 指を鳴らしながら、挑んだボロさん。


「こりゃ無理だな! 俺様が抜けねーんじゃ無理だわ!」


 ではわたくしも——と、お祭り感覚で挑戦した黒絵さん。


 当然無理でした。


「じゃあボクちゃんもやっトクー?」


 自力で浮遊して剣に近づくピンボケさんでしたが、残念ながら手がないので剣の周りをふわふわするだけで私の胸元に戻って来ました。


「流れ的にサカヅキさんも行っときます?」


「いや儂飛べんし」


「え、そうなんですか?」


「そうじゃよ。ちゅーか儂が飛べたら、うぬに運搬されてないじゃろ」


「それもそうですね」


 てっきりピンボケさんが浮けるからサカヅキさんも浮けるかと思ってたのに。


「じゃあ仕方ないので一旦剣は放置して外出ます?」


 私が言うと、他の誰よりも素早く言葉を出したのは、サカヅキさんだった。


「儂もチャレンジしたいんじゃが!!?」


 ちょっと意外。意外というか、みんながやったからやってみたくなっちゃったんですねきっと。


「仕方ないですねー。ではとりあえず被せますよー」


 やれやれ、と。最年長のくせにみんなと同じことをしたいなんて、結構可愛らしいところあるじゃないですか、って感じでサカヅキさんを剣の持ち手に被せた。


 すると——


「くっ……はは。ははは。うははは。うははははは!」


 サカヅキさん、抜けなくて爆笑。


「なに笑ってんですか……抜けないからって笑うことないでしょ」


「違うわアホ。儂が笑ったのは、抜けないからじゃないわい」


「じゃあなんで笑うんですか?」


「面白かったからじゃよ——決まっておろう」


「箸が転がっても面白い年齢ってわけでもないでしょうに」


「だいぶババアみたいに言ってくれるのお、うぬ」


「実際そうでしょう、サカヅキさんって」


「あーあ、そんなこと言われてしもうたら、せっかくうぬが知りたがってたこと教えてやろうと思ったのにのう」


「私が知りたがってたことですか?」


 なんだろう。私が知りたがってたこと。


「果たしてサカヅキさんが、なん度のお湯までなら注いでも平気なのか……ですか?」


「んなもん気にしとったんかいなうぬ!? ちゃうわい」


「えっ……じゃあもう私に知りたがることないんですけど」


「あーもういいわい! 名前じゃよ名前!」


「お名前? 誰の?」


「……もういいわい……」


 まったくもう——と。ぶつくさ文句を言いながら、サカヅキさんはその名を呼んだ。


先視せんしとき


 これでええんじゃろ——と。サカヅキさんはそう続けた。


 剣は抜けなかった——が、壁。


 陽光が差し込んでいるかのような壁——の光。


 部屋の全ての壁、そこから差し込む光。それらが全て、抜けなくなった剣に集まる。


 集束して——収束した。剣は壁の光全てを吸収した。


「うわ……真っ暗」


 辺りは一瞬で暗闇。そこで活躍するのは私の相棒ピンボケさん。


 おっきくなって、発光。暗くなった部屋を再び明るく照らす。


「ありがとうございます、ピンボケさん」


「活躍の場所を見逃すボクちゃんじゃナイのサ」


 ピンボケさんいい活躍の場所を見つけたなあ、と思いながら、私はサカヅキさんに言う。


「どうなってるんです?」


「それは儂じゃなくこやつめに聞け」


「どやつめですか?」


「うぬの目の前におるじゃろ」


「サカヅキさん?」


 私の目の前にはサカヅキさんが居るだけだ。シアノさんは私の背後ですし、ボロさんと黒絵さんはそれぞれ左右にいる。


「うぬもそろそろ声出したらどうじゃ」


 のう刻代——と。サカヅキさんは、長年の親友を呼ぶかのように、あるいは最高の相棒を呼ぶかのように、言った。


「はは。久しぶりだよねー、サカヅキ」


 ……………………おおっ!


「剣が喋りましたよ……」


 シアノさんが気絶しちゃうじゃないですか!?


 急いで振り返る——って、あれ?


「シアノさん、気絶しないんです?」


 シアノさんが気絶していない。なんてことだ。


「わたし……あれ、わたしって、あれ?」


「どうされたんです?」


 驚き過ぎて変になっちゃったのかもしれない。大変だ!


「ユーシアノさんが気絶していたのは、僕が原因だったからね」


「あなたが!? いや待って……あなたって……」


「うん、空姫さん。きみの想像通りの人物だよ」


 想像通りの人物だった剣だよ——と。剣は言いました。


「A子さん……ですよね?」


「ごめーとーう! その通り僕はA子。元未来視の魔法少女であり、現勇者の剣になった剣だよ。あははウケるでしょ」


「……………………」


 いやウケねーよ。って思いました。私のツボがそんなに浅くてたまるかって話ですよ。


「え、どうやって剣になったんです……?」


「魔法さ」


 おい。色々おい。


 もっと言葉を尽くして丁寧に説明をして欲しい。魔法って言葉を都合の悪い場面で便利な逃げのワードとして使わないで欲しい……。


「言葉を尽くして説明するのは、時間があるときにさせてもらうよ」


 よっと——と、自力で抜けた勇者の剣さん。


 そのまま、サカヅキさんを私の頭に置くように落とし、シアノさんの手に収まった。


「さて、サカヅキ——伝わっているよね?」


「うむ。わかっとる」


 サカヅキさんが頷くように応えると、


「せっかくの再会だし、積もる話もあるけれど、そんな時間はないんだ——残念なお知らせだけど、これからみんなバラバラの場所に飛ばされる。どうか全員生き残ってくれ」


 僕たちからか——そうA子さんもとい刻代さんソードが呟くと同時に、シアノさんが光に包まれた。


「ちょっとシアノさん!?」


「空姫さん。ユーシアノさんは僕に任せて。きみはきみの生き残りに全力を尽くしてくれ」


 この戦いで死ぬ可能性が一番高いのはきみだ——と。その言葉を聞くと同時に私も光に包まれたのでした。

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