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「油断したっ!」
四つあるベッドの内、二つがもぬけのから。
黒絵さんとシアノさんが居なくなった。
「すまねえ……俺様も油断しちまった」
「油断した……油断だったんですかね」
冷静になろう。一度冷静に。
「仮に私とボロさんが油断したとしても、ピンボケさんサカヅキさんが気づかないのはおかしいです」
「ボクちゃん天井から見ていたケレド、気づいた時にはベッドはカラだったヨ」
儂もじゃ——と。テーブルに置かれたサカヅキさんも頷きました。
「ピンボケさん……お二人のお布団の膨らみがなくなったのは、いつくらいかわかりますか?」
「えっと、空姫を起こす直前ダッタ」
「膨らみは急になくなりましたか?」
「うん間違いナイ!」
「……………………」
考えられるのは、『
「くそ!」
油断だ。これは私の油断だ。
黒絵さんの瞬間移動は、黒絵さんだけが使えるモノだと思い込んでいた。
「自分以外にも使えるのか……っ!」
ではおそらく、偽物を仕込んだのは昨晩。黒絵さんとシアノさんが外で作業をしていた時だろう。
そのタイミングで、黒絵さんは黒絵さんとシアノさん、二人の偽物を目のつかない場所に出現させて、私たちが寝たのを確認してから、位置を交換した。私はその能力を知っていた——が、先程も言ったように、私はその位置交換の対象を黒絵さんだけだと決めつけていた。
思い込みによる失態——私のミスだ。完全に。
「おいどういうことだ、俺様にも話せ」
「黒絵さんは偽物と本物の位置を瞬間で交換することができるんです」
「…………まじかよ、そりゃ」
「ええ。私は一度それで爆破されてます」
その爆破があったから、私はその位置交換が黒絵さんだけにしか発動しないと決めつけてしまった。今思えば、位置交換の説明の仕方も、そう思わせるためだったのかもしれない。
だって能力を説明するのなら、私と偽物の位置を入れ替える方が伝わりやすかったはずだ……あーもう!
「ピンボケさん魔力サーチお願いします! サカヅキさん、ちょっと被ります」
ピンボケさんにシアノさんの魔力を追ってもらい、私は思考加速。
考えろ考えろ考えろ考えろ。思考思考思考思考思考思考。
黒絵さんはなぜこのプレハブを爆破しなかった……?
私が部屋を調べると確信していたのか——いや、そうは思えない。私、あるいはボロさんを始末するつもりはないのかもしれない。
そもそも私を始末するつもりならば、手合わせをした時点で本気を出していたはず。手を抜いてくれなければ、私は確実にあの場面で殺されていた。
私を殺すことになにか、デメリットでもあるのか?
わからない。じゃあ逆アプローチで私を殺すメリットを考える。
シアノさんを守っている私を始末するメリット——シアノさんを狙っている黒ローブにとって、私の死はそのまま当然のメリットとしか思えない。
ボロさんを奪い返すつもりか——いいや、ない。
断言できる。はっきりとない。
ボロさんを取り戻すということは、支配権を取り戻し術者権限を復活させるってことだ。黒絵さんには魔力がない以上、その目的を果たせる人材ではない。
役不足——じゃなくって、不足役。
黒絵さんはその役に相応しくない。
いや——待て待て。たとえばの話になってしまうが……。
仮にもし……魔力の偽物を生成できるとするならば……?
「見つケタ!」
ピンボケさんの言葉に思考中断。
「どこですか!?」
「説明する時間がオシイ、空姫、ボクちゃんに乗っテ!」
「…………えっ?」
「ボクちゃんに跨がっテ空姫の体格にしてはイガイとしっかり太い太ももでボクちゃんをギュッとシテ!」
「いや言葉が通じてなかったから聞き返したんじゃなくて、その真意が不明だから聞き返したんですよ?」
なぜ変態的な言い回しをしたんですか。アラサーめ。
私の太ももが実は太いとかバラさないで欲しかった。
「いいから、ホラ!」
そう言ったピンボケさんは、天井から自力でふわりと降りて来て、
「お、うわあ!」
私の両脚の中心にスッと入り込んできた。そこから上昇。
私は——おそらく世界初の安全ピンに跨がる魔法少女になった。なってしまった。
「トバスヨー!」
「え、ちょまっ」
巨大化してるといっても元が安全ピンだから細くてお尻痛い!
おっきくなっても鉛筆くらいの細さ!
絶望的に食い込んで痛い!!!!!!
「俺様はお前の魔力を追い掛ける、先に行け!」
「オッケー、ボクちゃんフルバーストでいっくヨー!」
「…………いっ……たいってば……っ!」
体勢を少しでも食い込まないように変えようとした——が。
「バッビューーーーーーーーーーン!」
「ピンボケさんのばかあっ!!!!!」
体勢を変える時間をくれなかったピンボケさんは、玄関をぶち破り、音を置き去りにして、超加速。
速すぎて私の服がちょっと焦げた。いや、ちょっと焦げたところで私が魔法障壁を纏って自分を守りました。
おそらく世界初の安全ピンに跨がった魔法少女になってしまった私は、あやうく世界初の空を翔ける安全ピンに跨がって空中ファイヤーストリップをする露出系魔法少女にならずに済みました。
また手ぶらスパッツにならずに安堵——からの急停止。
「うおおお……おっぅ」
「ここに居るミタイ!」
やっと安全ピンライドから解放された私は、めちゃくちゃお尻が痛いです。私が降りると、ピンボケさんはノーマル安全ピンに戻り、私の胸元にくっついた。
「大丈夫カイ?」
「衝撃的な痛さだったんですけど……」
降りても痛い。痛すぎて怒る気にもなれない。
なんだろう……女の子として大切なモノを失った気がする。
魔法少女としての尊厳とか失った気がする。気のせいかな?
てか、ピンボケさん……あんな速度出せたんですね。
事前に教えて欲しかったな……本当に。一年以上の付き合いあるんだから言っといて欲しかったな……。
「ここどこなんですか……?」
お尻の痛みを堪えて、私は辺りを見渡します。
「湖……ですか?」
湖——まさかここって、ボロさんが言っていた勇者にまつわる湖ですかね?
「ようこそいらっしゃいましたわね、空姫さま」
と。湖の底からの声。水が避けるように作った道を歩き、湖の底から姿を見せた——黒絵さんの声。
「来てやりましたよ、黒絵さん」
お尻の代償払わせますからね。八つ当たり。
「思いのほか、お速いご到着にわたくしも驚きましたわ、ふふ」
「ならもっとリアクションして欲しいですね。目ん玉飛び出すとか」
「ではリクエストにお答えしますわ。偽物ですけど」
そう言った黒絵さんは、わざとらしく眼球に指を突っ込んだ。
「どうですか? これでよろしくて?」
握りしめた偽物の眼球を、私に投げてくる。
足下に転がってきた。キモいので蹴り飛ばしました。
「空姫、聞いてないフリしてキイテ」
胸元のピンボケさんからの言葉に、私は無反応で対応。
「黒絵にヨクわからない魔力らしき反応があるヨ」
わかりました——と。胸に秘めたお返事をして、私は黒絵さんに問い掛けながら、思考加速で頭をフル回転させる。
魔力反応らしき、なるほどですねえ。
「さてと。あなたの目的を聞かせてくれますかね、黒絵さん?」
「目的……ですか。うふふ。なにをお話すれば本物に聞こえますでしょう? 悩んでしまいますわ」
「なにを話してもどう話しても、本物には聞こえませんよ。ご安心して嘘をついてください」
これは時間稼ぎだ——ボロさんが到着するまでの時間稼ぎ。
残念ながら、今の私では黒絵さんと戦って勝つことは不可能。
たとえベストコンディション——ボロさんを発動していない私だったとしても不可能と言っていい。
そのくらい黒絵さんはヤバい。一度手合わせしていることでヤバさが痛いほどわかってしまう。
素直に認めるのは
「わたくしの目的は、空姫さま。空姫さまと全力で戦いたいのですわ」
そう言ったら信じてくれますか——と。黒絵さん。
「信じるも信じないもどっちでも良いんですよ。私の敵になったのなら、どちらにせよ本気でぶつかるしかないんですからね」
「うふふ……嬉しいですわ、嬉しいですわ嬉しいですわ」
「喜ぶのは勝手ですけど、シアノさんはどこですか?」
「シアノさまは、湖の底——神殿の最奥で眠っておりますわ。昨夜の睡眠薬が良く効きすぎたようで」
「やっぱり一服盛りやがったんですね」
寝起きの悪い私はともかく、ボロさんまで爆睡してましたからね。
「おやおや、お気づきになっていて、あえて口にしてくださったのですか?」
「はい——って言ったら信じてくれますか?」
「信じますわよ、わたくしは。空姫さまは信用できるお方だと、こうして対峙していてもその信頼は揺るぎませんわ」
「やれやれ、もっと人を疑った方が良いですよ」
「お互いさまですわね、うふふ」
そろそろ時間稼ぎも難しいか——仕方ないですね。
これが最後の質問にしますか。
「黒絵さん——あなたは偽物ですか?」
私の問い、私の質問、これが最後の時間稼ぎ。
どうやら間に合いそうですね、ボロさん。
「いいえ——
「そう……ですか。良かったです」
一戦目とこれから始まる二戦目。アドバンテージが私にあるとすれば、それは情報だ。
一戦目は能力不明だったので使えませんでしたが、今の私は能力を知っている。擬似的な未来視である程度の予測は可能だ。
その予測をフル回転。
導き出せ私。見つけろ——答えを。
「サカヅキさん……」
私は、黒絵さんに気づかれないようにサカヅキさんに問い掛けた。導き出した答えに対し、実行して成功する確率を割り出してもらうために。
「やり方次第じゃが、百に近いぞい」
なら、やるしかないでしょう。
ボロさんが来るまで、あと十秒。
「方法は?」
あと八秒。
「…………するんじゃ」
「…………え」
あと七秒——え?
「じゃから……を、するんじゃ」
「それ以外」
「ないわい」
あと三秒——二秒。
「あーもう、じゃあやりますよ!」
あと一秒——ゼロ。カウントを終えると同時に、ボロさんが目では追えないスピードで私の横を過ぎ去る。
私はそのタイミング——ボロさんが横を通過する瞬間に、ボロさんに向かって耳打ちしました。
「捕らえて」
「おっしゃああああああ!!!!」
ちゃんと聞こえたか、あるいはちゃんと伝わるか不安はありましたが、ボロさんは見事に私のメッセージを受け取り、黒絵さんを捕まえた。
そして——私は振り向く。
そう、そこには——位置交換を発動する為に必要な偽物の黒絵さんが立っているのですから。背後に来るとわかっていれば、対処は楽勝。
私は背後に現れていた、まだ位置交換前の黒絵さん人形に向かって、荒々しく言いました。言い終わる頃には位置交換が終わっていると予測して。
「くれてやりますよ、ありがたく受け取りやがれ!」
ハグ。からのー。背伸び。からのー。
「な……っん、ん、んん、はっ、んんんんん、ぁ……」
くれてやりましたよ。私の大切なモノを。
失いましたよ。私の大切な大切な——大切な。
十四年間、人生でずっと守ってきた——大切なモノ。
「はぁ空姫……さま……ハァハァ、激しいです……わよ」
「大人のキスです。良かったですね黒絵さん。私みたいな美少女とキス出来て」
「光栄……ですわ、うふふ」
さてと。この八つ当たりは、あちらの方にしますかね。
「お会いするのは二度目になりますよね?」
私のキスで、黒絵さんの体内から分離した——黒ローブ。
「よく……見抜けたな。なぜ……だ?」
この黒ローブは、黒絵さんと一戦目の途中で現れた黒ローブだ。あの機械人形だった黒ローブ。
黒絵さんが瞬殺した黒ローブでしたが、いささか弱過ぎたことが疑問だったんですよね。一番幼いというボロさんですら、かなりの強さなのに、あまりにも弱過ぎたことに違和感を禁じ得なかった。
弱いなら、弱いだけの理由がある。単独で戦場に足を運ぶ以上、弱さをデメリットにしないメリットが存在するものです。
微かな魔力で動いていた黒ローブ人形。じゃあその微かな魔力はどこに消えたのか——その答えが、はっきりとしましたね。
黒絵さんの肉体に溶け込ませ、肉体を支配し意識を操っていた。こちらが黒絵さんと面識が浅いぶん、彼女に対する違和感なんて抱きようがないことも計算済みだったのでしょう。
憑依したのに魔力を感じなかったのは、奪った黒絵さんの能力を使ったのでしょうね。
『
魔力の偽物は魔力ではありませんからね。私たちが誰も見抜けなかったのも無理はありません。直前でピンボケさんが魔力らしきモノと言ってくれたことでこの未来に辿り着くことができました。
もちろん、偽物の魔力を使ってボロさんを取り戻す可能性もありました——が。
私が黒絵さんにした最後の質問で、その可能性はゼロになりました。
その答えが決め手です。私の思考加速による未来予測で、どうしても確定と決めつけるために必要だったワードを口にしたことが、黒ローブの敗因です。
浅い人間関係だとしても、手合わせをしていたことで私は確信していたのです。
黒絵さんなら、虞泥黒絵という少女ならば——必ずこう答えたのですよ。
偽物ですか——に対して。はい——偽物ですわ、と。
本物と語った時点で黒絵さんではないと白状しているに等しいのです——が、素直に黒ローブに教えてやる義理はありません。
だから私は言いました。私の魔力をぶち込まれ、今も苦しそうにしている黒ローブに向かって、決め台詞のように。
「乙女の秘密です」
少し可哀想ですので、黒ローブの目的を当てて差し上げましょうかね。
「あなたの目的は、黒絵さんを殺すこと——ですね?」
「…………貴様、なぜだ……」
「あなたが言ったんですよ? 忘れちゃったんですか?」
イレギュラーは排除する、って。
そう言って隕石落として来たのはあなたじゃないですか。
「馬鹿ですねえ」
「なる……ほど。ナル、ボリッサの記憶を入れ替えたときに、こちらにも支障があったのか……不覚」
「やっぱりそれもあなたでしたか」
創造の魔法少女がボロさんの記憶を創り直したわけじゃなかった。真相はこの黒ローブがボロさんの記憶を偽造したんです。
偽物と本物の位置交換。それは記憶にさえ有効だった。
だからボロさんは、ところどころ記憶が抜けたのです。
それもこれも、私たちに黒絵さんを創造の魔法少女だと思い込ませるため——潰し合わせるため。
「作戦が甘かったですね。そんなちっぽけな作戦では、私たちには勝てませんよ。次はキスより苦い作戦を持ってきてくださいね」
そう言った私は、私の魔力——破壊の魔力で苦しんでいる黒ローブに向かって、再生の魔法を使用した。キスの件は自分からネタにしていじらせない作戦にしました。ヤケクソです。
「おい、なにしてやがる!?」
「見てわかりませんかボロさん。再生してるんです」
「敵だぞ!」
「殺す理由になりますか?」
「…………たくっ、甘ちゃんだなてめえはよ」
「良かったですね、ボロさん。私が甘ちゃんで」
「はっ! まったくだぜ!」
笑い飛ばしたボロさんは、動けるようになった黒ローブに向かって言いました。
「おうてめえ、帰る前に名乗ってけや」
「偉そうだな。一番下の癖に」
「当たり
「ふっ。羨ましいと言うべきなのだろうな。それすらもわからないが」
「ならわかってる名前くらい置いてけ。てめえの名は俺様が覚えてやるからよ」
「ヤゥトゥマ・ペラーザ——三番目だ」
「わかった。気いつけて帰れや。じゃあな姉貴」
ボロさんの言葉を聞き終えた黒ローブ——ヤゥトゥマ・ペラーザさんは、今度こそ誰に憑依することなく、消えていきました。
私は彼女を生かしましたが、もう会える日は来ないのでしょう。そう予測してしまうと、やっぱりどこか悲しく切ないですね。
私にもっと力があれば——もっとボロさんクラスの魔力を消費することが可能ならば……あるいは。
「……ちくしょうですっ……!」
あるいはこの予測とは違った未来が視れたのかもしれなかった。
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