3


「ひとまずこのお話は、私とボロさん——あと天井から照らしてくれているピンボケさんだけで共有しておきましょう」


 黒絵さんはシロか否か——手持ちのピースでシロと判断できない以上、現状の私たちからおこなえるアプローチは多くありません。


「警戒はしていてください。ボロさん、ピンボケさん」


 もちろん私も。気づいてしまった可能性が存在している以上、気を抜くことはできません。


「ボロさん、とりあえずお外に向かってください。私は念のため、この部屋をひと通り調べてから行きます」


「おう」


 この情報はサカヅキさんにも共有していただきましょう。


 同時に考えなければならないのは、もし黒絵さんが創造の魔法少女本人、あるいは敵側の人間だった場合、じゃあ彼女の狙いはなんだ?


 シアノさんを狙うのなら、昼間の戦闘で私を殺していたはず。


 ボロさんの奪還……いや、それならばもっと強引にやれる手段はいくらでもある。スマートにやる手段だって同じくらい存在する。


 黒絵さんが敵だった場合、敵さんのメリットが見当たらない。


 見落としているだけかもしれない——が、黒絵さんが全力で隠蔽したら見つけることは困難ですね。


 偽物から真実を見つける——そんなの探偵の役目です。


 魔法少女には無理無理。なにもわからないまま、知らないまま、ちゃっかり上手くやれちゃっていた私には到底無理ゲーに等しい。


「私はやれることからやりましょうかね」


「空気が苦手な分野はボクちゃんにお任せダヨー」


「お願いしますよ、相棒」


 難しいことを考えるのは私のキャラじゃないです。


 そういうのは、ピンボケさんにお任せしますとも。


 私は、ボロさんに言った通り部屋を調べました。


 といっても調べられるような場所は、テーブルの裏、ベッドの裏くらいです。一斉に始末ってプランなら爆弾とかあっても不思議ではないですからね、この辺は調べておきませんと。


 しかし、どこにも不審なモノはありませんでした。


 薄い本もありませんでした。念のため。


「これだけでシロと言えちゃえば楽なんですけどねえ」


「それは無理ダヨー」


「ですよねえ」


「今はまず、みんなのところに向かいなヨ。一人で部屋にいたら、いかがわしいコトしてると思われちゃうカモヨー?」


「私は魔法少女なのでそのようなことはしませんから」


「たとえばどのようなコト?」


「おっさんみたいなこと言ってますよピンボケさん」


「たまにはアラサーらしさを出そうカト」


「そこに努力の必要ないでしょ」


「ボクちゃん常にアラサーらしさ出ちゃってるってワケ?」


「だいぶ若作りなアラサーですけどね」


 そう残した私は、玄関を開けて外へ向かいました。


「富裕層の休日みたいになってますね……」


 いい感じのキャンプみたいなことになってました。


 いつの間にか調理器具増えてます……。


 キャンプファイヤーしてますし、なんかメスティンっぽいモノでご飯炊いてますし、湯船になってるサカヅキさんに座って足湯みたいにしながら、湯におぼん浮かべて談笑しつつ、なにか食ってますし。


「あ、クウキもこっちこっち、早く来なよー!」


 シアノさんがニッコニコで手招きしてくるので、私も足湯に合流。


「なに食べてるんです?」


「ヨウカンって食べ物だって」


「ほほう、羊羹ですか」


 見た目的に全然羊羹に見えませんねー。だって色がヒョウ柄なんですもん。


「すっごい美味しいよ、クウキも食べなよ」


 ほら、と。シアノさんが私にヒョウ柄羊羹を渡して来ます。


 これが羊羹……どうしてヒョウ柄にしちゃったかなー。


 ですが受け取ってしまいましたし、ヒョウ柄ってことを除けば羊羹は大好物なので、パクリ。


「味がすごい羊羹です。というかこの羊羹、めちゃくちゃ高級な羊羹じゃないですか……っ?!」


「おや空姫さま。ひょっとして羊羹のお味に詳しかったりします?」


「私は羊羹にはうるさいですよー。羊羹と杏仁豆腐とマヨネーズにはうるさいですよー」


「もしや……空姫さまもマヨラーでしたの?」


「私も? つまり黒絵さんも?」


「はい……お恥ずかしい話なのですが、わたくしもマヨネーズには強いこだわりがありまして」


「カロリーハーフは許せない派ですか?」


「許せませんわね。あれはマヨネーズの名を語る不届きモノにございますわ」


「激しく同意します。カロリーと一緒にマヨネーズのプライドも捨てたと言っても過言ではないです」


「その通りですわ……ふふ、まさか空姫さまがマヨラーでしたなんて」


「私はご飯にマヨネーズ掛けて、毎日朝ごはんに食べていた魔法少女ですからね」


 これガチですからね。マヨご飯。白いご飯に白いマヨネーズ掛けて食べる背徳感たまんねえんですよ。その日の気分で、マヨネーズ丼にするか、マヨネーズ混ぜ込みご飯にするか、その二択を迫られてる時間が世界一幸せ。


「あんもー、わたくしもそれ大好き!」


 共感してくれただけじゃなく、くねくねして感情を表現してくれている。よしこれはもう黒絵さんはシロですね!


 マヨネーズ好きに悪い人はいません。悪い人は食べることを許しません。私が許しません。


「ところでマヨネーズも出せるんですか?」


「もちろん出せますわよ」


「ちなみに色は……?」


「ふふ、ふふふうふふ、マヨネーズは白が出せるのですわ!」


「なんとっ! なぜです!?」


「わたくしの能力は偽物を出せること——それはご存知いただけてますわね?」


「はい。偽物の判断基準が黒絵さん次第ってこともわかります」


「その通りですわ。わたくし基準——そのジャッジにわたくしは、二種類の法則を使っていますの」


「法則ですか?」


「ええ——簡単に言いますと、材質や色を変えることで偽物にするAパターン。そして、元々存在している類似品自体を本物とジャッジするBパターン」


「Aパターンはわかりますけど、Bパターンはわからないです」


「マヨネーズでご説明しますと、わたくしはカロリーハーフは偽物だと決めつけておりますが、泣く泣く本物と扱うのですわ」


「…………あ、なんとなくわかりました。カロリーハーフの偽物ってことにして、マヨネーズを出すってことですね?」


 つまり、カロリーハーフを偽物と決めつけているが本物とジャッジすることで、本物判定のカロリーハーフの偽物を出せば——純粋な本物のマヨネーズが偽物として出せる、ってことですね。


 カロリーハーフの偽物は、本物マヨネーズ。そういう解釈。


「さすがマヨラーですわ! 素晴らしい!」


 拍手喝采。雨のように拍手が降り注ぎます。


 一人からの拍手で表現盛り過ぎと思われるでしょうが、ところがどっこい、黒絵さんはわざわざ偽物の手を出して、大量の手で拍手してるのです。


 湯船の底から手だけ生えてる。普通に怖い。


「あっ、そろそろご飯いいんじゃない?」


 私と黒絵さんがマヨトークを楽しんでいたら、シアノさんが火にかけたメスティンの方を向いて言いました。


 同時に黒いパウチもお鍋でぐつぐつしていたようで、ご飯が炊ければ完成ですね。


「お……おおー、おおおー、すごい良い香り……」


 オープンザメスティンしたシアノさんは、炊き立ての香りを気に入ったようで、花の香りを嗅ぐみたいにメスティンを嗅いでます。


 ご飯の匂いはする……青いけど。


「こっちのパウチ? って袋の中身もすごい良い香り」


 ハッシュドビーフの匂いにも喜ぶシアノさん。


 確かに良い匂いしますね……紫だけど。


 メスティンをそのまま器にして、青いご飯に紫のハッシュドビーフを掛けますと……そそられねえです。


 色って大切ですね。またひとつ賢くなってしまいましたよ、私。


「おいおいおいおい、馬鹿美味そうな匂いに馬鹿美味そうな色してるじゃねえか、たまんねえな! ああぁん!?」


 馬鹿はあなたですよボロさん——という言葉は呑み込みました。


 匂いはともかくとして青いライスに紫のハッシュドビーフを掛けたモノを美味そうな色とか言ってる馬鹿に掛ける言葉を私は知りませんので。


「いただくぜおらあっ! うんめえ!!!!! 俺様毎日これ食いてえ!!!」


 馬鹿は食べ始めるのも早いってことが証明されました。


「本当に美味しい……はあ」


「どうしたんですか、シアノさん?」


「あ、うん……こんなに美味しい料理がお湯で袋を煮込むだけで出来ちゃうなんて……わたしって料理でも役立たずになったんだなあ、って落ち込んだだけだよ……死のうかな」


「シアノさんのお料理、私好きですけど」


 シアノさんが持ち歩いているのは調味料くらいのモノで、普段は現地調達した食材を即興調理しているわけですし、それで毎晩文句を言えないクオリティの高さの献立を提供してくれているのです。


「ほ、ほんと……? わたし役に立ててる?」


「シアノさんと出逢ってから、シアノさんが役に立っていないことの方が少ないですよ。戦闘以外ではずっと役に立ちまくりだと思ってますよ、私は」


「えへへ……へへへへへ、そう言われるの照れるなあえへへ」


「ほっぺにご飯粒ついてますよ」


 青いやつ。期待を裏切り申し訳ないと勝手に内心で謝罪しておきますけど、私が取ってあげてパクッとしたりはしませんからね。


 念のための謝罪。失礼しました。ペコリ。


 さて、私も食べるとしますか……ぱくり。


「うん……美味しいですね」


 色で減点がありまくりなので、味だけなら美味しいですし、味だけならボロさんみたく素直になれると思うのですが、いささかカラーリングでの減点が超デカい。


 目を閉じて、一気にかき込むことにしました。


 ちょっと舌を火傷しました。くそう。


 そのあと、デザートに赤い杏仁豆腐と汚い色になったカフェオレを飲んで、入浴して寝ました。


 いや、マジで色って大切なんですね……。杏仁豆腐世界一大好きなのに、赤いだけでここまでテンションが上がらないなんて思ってもみませんでしたよ……。

 

 そして、翌朝の目覚めは、天井から大声で私を呼ぶピンボケさんにより叩き起こされる、最悪の目覚めになったのです。


「空姫! 大変起キテ!! 黒絵が居ない! シアノも居なくなっタ!」


 ほら最悪の目覚めです。


 ピンボケさんの言うように、黒絵さんの姿がなくなり、シアノさんの姿も同じく消えていたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る