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「え……ちょっと最高過ぎません?」


 王都ハンバーグシチュー周辺にて。


 もう陽も落ち、月の主張が激しくなってきた時間帯。


 私は眼前の光景——今夜の野宿、あるいはこれからの野宿環境を目の前にしたことで、テンションが上がり過ぎて逆に冷めた人間みたいになってしまいました。


「うふふ、これくらいなら全然余裕ですのよ」


「黒絵さんえぐい」


 黒絵さんが『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』で出したのは、プレハブ。


 プレハブハウス。簡易的な造りの小屋——もしくは、被災地に設置される簡易住宅のようなおうち。素人の私にはどの辺が偽物なのかさっぱりわかりませんけれど、そのへんを黒絵さんに確認してみましたら、なにやら素材が違うらしいです。


 一般的なプレハブの素材とは違うらしいです。まあ一般的なプレハブの素材を知らない私には理解できませんでしたし、ぶっちゃけ何で出来ていようと、形が家ならそれはもう家なのです。


「おうちがパッと現れるの斬新でした」


 感覚的に、シャッターパシャリってしたら家が現れたって気分です。


「本格的な住宅になりますと、複雑な構造をしておりますので無理なのですが、このように簡易的な偽物でしたら、秒で出せますのよ」


 食材調達に向かったシアノさんとサカヅキさんとボロさんが戻ってきたら、どんな反応するのでしょうか……。余談ですがサカヅキさんはお水を入れる器としてボロさんが持っていきました。


「入っても良いですか?」


「ええ、もちろんですわ」


「ではお邪魔しまーす……おおっ!!!!!」


 ベッドあるー! テーブルあるー!


 キッチンなーい! お風呂なーい! おトイレなーい!


「ザ、ひと部屋! そして真っ暗ー!」


「申し訳ありません、わたくし、炎の偽物は出せるのですが、電気の偽物は出せませんの。ですから明かりがないのですわ」


「では、それは私がやりましょう。お任せくださいな」


 ピンボケさん——と、胸元の安全ピンに声を掛けると、ピンボケさんは覚えたての魔法、サイズを変更する魔法を使いました。


 大きくなったピンボケさんをテーブルに置きます。


「ピンボケさんさまをどうされますの?」


「まあまあ、見ててくださいな黒絵さん」


 ピンボケさんに少量の魔力を流し込みますと、


「ジャーン! 光るんです!」


 ピンボケさん発光。これは普段から周辺サーチをする際に微かに光っていることに目をつけた私が、ならもう少し魔力を込めたらもっと光るんじゃ……と、思い至ったことにより誕生したピンボケさん発光ライトなのです!


「ピンボケさんに流す魔力で光量の調整も可能なのですよ」


「ボクちゃんのカガヤキが留まるコトを忘れたミタイー!」


 最近、サカヅキさんの登場により、いまいち活躍の機会を失っていたピンボケさんは、ライトというポジションを手にしたのです。ライトって言っても右翼手って意味じゃありませんよ。


 ピンボケさん発光モードは燃費も最高なのです。


 私の相棒すごい! やったー! わーいわーい!


「ではわたくしが、ピンボケさんさまのスペースをご用意いたしますわ」


 そう言った黒絵さんは、天井にピンボケさんを引っ掛ける場所を完成させると、ピンボケさんは自力でフワッと浮遊してそこにシンデレラフィット。もはや完全にピンボケさんは蛍光灯みたいな存在になりました。


「うおい! なんだこりゃどうなってやがんだ、ああぁん!?」


「なにこれ!!?」


 お外から声が聞こえました。シアノさんとボロさんが食材調達から戻って来たみたいです。


「お帰りなさい、お二人とも」


 私は玄関を開けて、まずはシアノさんをご招待。ボロさんは巨大化して貰いお水をたっぷり汲んだサカヅキさんをお外に置いてから、改めて入室。


「ピンボケさんが光ってる……」


「ボクちゃんのカガヤキにシアノも驚きを隠せナイ」


「うん……光るんだね、ピンボケさん」


 ふとボロさんに目をやると、ボロさんはおうちに感動しすぎて普段見せない自然な笑みを浮かべています。


「あれ……?」


 食材調達のお二人が戻って来たのは良いのですけど、調達して来たはずの食材はどこに? シアノさんは手ぶらですし、ボロさんもサカヅキさんを両手で持って来ていたので手ぶらです。


「食材はどうされたのです? シアノさん?」


「あ、そうなんだよ……実は」


 なんと食材がどこにも見当たらなかったらしく、本日の晩御飯がピンチになりました。


「この辺りは草原地帯だから、食べられるモノがなくて……」


「困りましたね。どうしましょうか?」


「仕方ないからわたし、ちょっと王都まで買い物に行こうかなって。でも四人分の食料を一人だとキツいから、誰か一緒に来てくれないかな?」


 ボロさんは身分証がないので入れませんし、私かあるいは偽造身分証をお持ちの黒絵さんしか同行できないです。


「仕方ないですね、私が付き添いますよシアノさん」


「うん、ごめんね」


「いえいえ、構いませんよ」


 では夜の散歩がてら、王都までお買い物——と。プレハブから出ようとしたところで、


「ちょっと宜しいでしょうか?」


 と、黒絵さんがストップを掛けて来ました。


「どうしたんです、黒絵さん?」


「お夕飯の食材でお悩みでしたら、わたくしにお任せくださいませんか?」


「なにか持ってるんですか?」


 このプレハブにはもちろん冷蔵庫なんてありませんし、この世界に飛ばされたばかりの黒絵さんは手ぶらに等しい——が。


「『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』」


 黒絵さんは異能力を使って、私には懐かしいモノを次々と出現させました。


「こ、これは……」


 黒絵さんが出したモノを手に取り、私はちょっと固まる——だって……。


 青いつぶ。謎の真っ黒レトルトパウチ。ビン詰めの謎の白い粉……あとプリンの容器に入った赤いナニカ。


 ちょっと何か判別に苦労していると、黒絵さんが解説してくれました。


「青い粒はお米の偽物ですわ」


「これ……お米なんですか、食べて平気なのですか?」


 見た目のインパクトが凄くて毒ありそうなんですけど……?


「もちろん食べられますわ。お味に嘘はありませんもの」


「……………………」


 そう言われたら信じてみよう。まあ、目をつぶって食べれば色は気になりませんし、正直久しぶりのお米は食べたい。


「では、このミステリーレトルトパウチは一体?」


「そちらはハッシュドビーフですわ」


「おおっ! 素晴らしいですね!」


「うふふ。喜んでいただけて嬉しいですわ、中身の色は紫ですけれど」


 それもどうなんだろう……赤茶じゃないハッシュドビーフですか、うーん。


 まあ味が良ければ色なんてどうでも良いですね。青いお米よりマシだと思いましょう。


「じゃあこの……謎のビンの粉は?」


 持ち上げてみると、ビンだと思っていた容器はプラスチックのようです。


「それはコーヒーですわ」


「お砂糖とミルクはないんですか?」


「ではリクエストにお応えいたしますわね」


 追加でピンクのお砂糖と緑のミルクが登場しました。色がキツすぎて素直に喜べません!


 喜べませんけど、この最後の赤いナニカが怖い……。


「この赤いのなんです……?」


 赤いというか赤黒い。ぶっちゃけ血っぽい。


「デザートの杏仁豆腐ですわ」


「美味しくいただきましょう」


 杏仁豆腐なら食えます。色が血でも杏仁豆腐なら全然食べますとも。杏仁豆腐世界一大好きなので。


「わたくしが記憶している食べ物でしたら、それの色違いを偽物とすることで、このようにご用意出来ますのよ」


「すっごい優秀ですね黒絵さん」


 でも色がなあ……色がなあ……本当に色がなーっ!


「ねえねえ、これどうやって食べるのっ?」


 青いお米を手に取ったシアノさんが見たことない食材を前に、ちょっと嬉しそうです。この世界、麦はあるのにお米ないっぽいですからねえ。


「ではシアノさま、わたくしと一緒にお米を研ぎましょう」


「研ぐ? うん、わからないけどわたし研ぐ!」


「調理器具も出さねばなりませんわね、うふふキャンプみたいで楽しくなって来ましたわ」


 お二人は青いお米を持って外へ。残された私とボロさん。


「俺様たちはどうする?」


「ひとまず火を使うまで待機でいいんじゃないですかね?」


 火を使っても待機になりそうですけど。黒絵さん黒い炎出せますし。


「んじゃ丁度いい機会だし、お前に言っておきてえことがあんだわ」


「なんです?」


 シアノさんが不在のタイミングということは、黒ローブ関連でしょうか。とりあえずボロさんのお話を聞くとしましょう。


「アイツ……信用して良いんか?」


「アイツ?」


「黒絵の野郎だ」


「うーん、私としては疑う必要はないかと」


 そもそも疑うポイントがない。私と同じ日本からの転移者ですし。


「故郷が同じってだけで味方だと思わねえ方がいいぜ。生まれ方が同じ魔法なのに裏切ってる俺様がいるんだしよ」


「それもそうですけど、ボロさんは何を危惧しているんですか」


「野郎の能力……本当にニセモンか?」


「はい?」


 ニセモン——偽物。偽物の定義、ジャッジは黒絵さんが握っているので、彼女が偽物だと言えばそれは偽物。


 私が把握している能力の詳細は、ボロさんも含め、全員が同じだけ共有している情報だ。直接戦闘をしている私は、少し多く得ているとも言えますが。


 その能力になにか引っ掛かる部分でもあるのだろうか?


「何が言いたいんです、ボロさん」


「気づかねーか?」


 ボロさんは言いました。あの能力——と。


 そう言葉を紡ぎ、続けたのです。


ほとんど創造、、、、、、じゃねえか、、、、、


「……………………」


 言われて気づく。確かに——と、納得してしまう私がいる。


「で、でも魔力反応はありませんよ?」


 私もピンボケさんもサカヅキさんも、ボロさんだって黒絵さんから魔力反応がゼロなことは知っている。


「たぶん……俺様は母様かあさまから造られた存在だから、そう思うのかもしんねえけどよ、たとえば魔力を持たない自分を創造した——って考えたらどうだよ?」


「魔力を……持たない……」


 考える。果たしてそれが可能なのか、考える。


 不可能——と、否定できない。


「見た目はどうなんです? 創造の魔法少女と黒絵さん、同じ外見だったり、あるいは似ているところがあったりしますか?」


「見た目は……悪いが思い出せねえ。母様と会ったことはあるはずなんだが、なんだか急にところどころ記憶が抜けてるように思い出せねえんだわ」


「記憶が抜けている——ですか」


 術者権限ぶん取りの後遺症と見るべきか——いや、私とピンボケさんが後遺症を今の今まで見逃すはずがない。後遺症があるなら、それはもっと早く判明します。そもそも後遺症が残っている時点でぶん取り行為が失敗しているわけなので、ボロさんがこうして生き残っているわけがない。


 じゃあ考えられるのは——と。私が出した可能性と同じ可能性に至ったボロさんが先に言葉にしました。


「考えられるのはよ——俺様を造り直した可能性だわな」


 造り直した——あるいは創り直したと言うべきか。


 ボロさんをベースにして、ボロさんの記憶だけを別の記憶と入れ替えた可能性。


 同じモノは造れないし創れない。それが創造の魔法少女の弱点だと、サカヅキさんが言っていた——が。


 それはつまり、同じ記憶じゃなければ創れるということじゃあないですか。


 類似。類似品。贋作。つまり。


「……偽物」


 それこそまさに——偽物と呼ぶべきモノではありませんか。

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