BドリルあるいはSドリル
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過去から未来へ向けて——今はまだ可能性の未来でしかない時代に願いを込めて。
限りなく低確率、かつ不確定な未来への準備のため、ひたすらに作業をこなす女性の姿があった。
女性は記す——書き記す。それはこの世界『マデューリンド』の文字ではなく、使い慣れた故郷の文字で。
彼女は記す——これが必要になる未来に至る可能性は、お世辞にも高いとは言えない。しかし彼女は筆を休めることもなく、ひたすらに黙々と書き進める。
さながら辞典のように分厚くなっている紙束を書き進める。
魔法少女A子——元魔法少女A子。
本名——
元未来視の魔法少女である彼女は、小さな命を宿し大きくなったお腹をさすりながら、ひたすらに執筆を続けた。
「うっ……さすがにキツいな……このお腹で書き物は」
だがその表情は、痛みに顔を歪めるではなく、柔らかな微笑みを浮かべていた。
子を宿した母親として、お腹の子に最大の愛情を込めて微笑む。そして、
「頼んだよサカヅキ……僕の相棒。これを使える未来にどうか導いておくれよ」
今頃は美術館に展示されているであろう、唯一無二の相棒に願いを込め、お腹をさする。
「この子にも迷惑を掛けちゃうんだろうな、僕。この子のまたその子供にも——勇者を背負うことになる、僕の子孫にも」
まったく——と。彼女は笑った。
「僕の役目ってやつは、託すことしかできないし任せっきりだよね、本当にさ……ふう」
一度休憩を挟むことにして、彼女は、彼女が求める未来の可能性に至るまでの必要なフェイズを再確認した。
「第一フェイズ。空姫さんが僕のメッセージを受け取る」
魔法少女神殿にて。
「第二フェイズ。空姫さんがトンボコロシを本気で倒し、ナルボリッサ・ナルボロッソさんを巻き込んで殺さない」
トマトトナスにて。
「第三フェイズ。サカヅキを見つけ、気絶したユーシアノさんを背負ったまま襲撃を無力化し、さらにナルボリッサ・ナルボロッソさんを強奪する」
ファンブル美術館からその周辺にて。もしユーシアノさんを床に放置したら、ナルボリッサさんの不意打ちで即死する。
「第四フェイズ。本来の世界の守り手、あるいは世界の殺し屋であり異能力者——虞泥黒絵さんとのバトルで空姫さんが生き残る」
王都ハンバーグシチュー周辺にて——黒絵さんに恩を売ることが出来る展開になれば、辿り着く未来だ、と。彼女は呟いた。
「ここからが鬼門になってくるか……」
次のフェイズから難易度が高くなることから、彼女は眉間にシワを寄せた。
「第五フェイズ——虞泥黒絵さんを信じ抜く」
虞泥黒絵は味方だと信じ抜くこと。疑いを向けることはあれど、信じ抜くこと。
「第六フェイズ——ここまでくると、次は僕の相棒次第だけど、頼むぞーう、サカヅキ……」
第六フェイズ——それは……、
「……いや、確認はここまでにしよう。何度も確認していることだし、サカヅキを信じる以外に出来ることはないからねー。お腹も落ち着いて来たし、ぼちぼち作業に戻ろうか」
最終的には結局空姫さん次第だ——と。可能性の未来に至る途中の第六フェイズは、彼女の胸に秘めたまま、重たいお腹に幸せを感じながら作業へと戻る。
全て上手くいきますように。どうか空姫さん——きみの未来が、きみたちの未来が最高でありますように、と。
遠い未来の後輩に向けて、そしてその未来にて勇者と呼ばれる子孫に向けて——今はまだ届くことはないエールを贈る。
「頑張るんだぞ、ユーシアノさん。遠い未来に生きる僕の子孫」
最後まできちんと生き抜いておくれ——と。願いを込めて、彼女は彼女のやれることを全力で続けるのだった。
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