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「ということで、新しく仲間になってもらった黒絵さんです」


 服屋に戻り、私はシアノさんとボロさんに黒絵さんを紹介しました。もちろん黒絵さんには事前に、メンタルが弱過ぎるシアノさんが狙われていることを内緒にして欲しいと頼んであります。


 王都に再入場する際に黒絵さんの身分証がなかったのですが、黒絵さんは身分証をさくっと偽造して通して貰えました。


虞泥くどろ黒絵くろえと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 ペコリ——と、頭を下げた黒絵さん。


 ですがシアノさんとボロさんは、若干困惑しているような顔をしています。


「ねえ、クウキ……?」


「なんです? シアノさん」


「彼女の言葉が……その、わからないんだけど」


「なんとっ!」


 あー、そうですか。言われてみればそうですね。


 私がこの世界の言語を理解出来ているのは、ピンボケさんのアシストがあるからであり、魔法少女ではない黒絵さんには相棒によるアシストがないのだ。


 これは、いささかパーティメンバーとして赤信号か。


 せっかくマットレスとベッド製造スキル持ちなのに。


「ピンボケさん、なんとかなりませんか?」


「うーん、ボクちゃんは空姫のアシストで精一杯ダシ、ボクちゃんには無理ダヨー」


 そうなると頼みはサカヅキさんなのですが、


「儂も無理じゃ。儂の契約者はたとえ死んでおってもA子だけと決めておるし、そういうアシストはそもそも苦手じゃからのう」


 と、頼む前に無理と言われてしまう。


「言語アシストが苦手って言っても、A子さんのアシストしてたんですよね?」


「いんや、しとらん。あやつは自力で言語を学びよったぞい。たしか三日くらいでの」


「天才過ぎるでしょ、A子さん」


 三日で言語習得って。どこのラノベ主人公ですかそれ。


「でも困りましたね……」


 私は黒絵さんに言語が通じていないこと、そして私がピンボケさんのアシストにより言語を理解していることを伝えた。


「そういえばそうでしたわね。ですがご安心くださいませ空姫さま——ピンボケさんさまの存在を知った今なら、なんとかなりますわ」


「……そんな簡単になんとかなるって言えます? だって言語ですよ言語」


「問題ありませんわよ。要は空姫さまと同じことをすれば宜しいのですわよね」


 そう言った黒絵さんは、『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』で黒い安全ピンを出現させる。


「ピンボケさんの……偽物?」


「ええ、このピンボケさんさまは、魔法少女の相棒ではなく、翻訳機能を持つだけの偽物——これを身につければ……」


 セーラー服の胸元に黒い安全ピンを装着した黒絵さん。


 スーパーどうでも良いことですけど、ピンボケさんさま、という呼び方が指摘するほどじゃないにしろ、絶妙に気になる。でも指摘するほどじゃないし、そもそもスーパーどうでも良いと思っているから、わざわざ拾って話題に上げる気にはなれないという謎のもどかしさが否めず、ちょっぴり複雑です。


「改めまして、虞泥黒絵と申します。どうでしょうか? 伝わっていますか?」


 黒絵さんが言うと、シアノさんが反応。


「えっ……うん、凄い! なんで!?」


「うふふ、それはですね」


 シアノさんの食いつきの良さに気分を良くした黒絵さんは、にっこり微笑み、種明かし。ついでにシアノさんも自己紹介を済ませていました。


 なんでもアリかよ、その能力。


 万能すぎるでしょ、その能力。


 私なんて、変身もできないのに……魔法少女がショボくなっていく……悔しい。


「よお、てめえ……殺気はどこに隠した?」


 そう言葉を放ったのは、ボロさん。


「あれほどの殺気を感じたことなんざ、俺様の偉大な歴史を振り返っても一度もなかった……てめえ、ナニモンだこらあ」


 と、ボロさん。生まれたばかりでほぼ赤子同然のボロさん。


 振り返る歴史が浅すぎるのに、やたらと偉そうなボロさん。


「ああ、申し訳ありません。あれはほんのご挨拶なのですわ」


「挨拶だあ? ずいぶんと物騒な挨拶じゃねえか」


「はい。そう言われても仕方ありませんわね」


 言語をクリアしたのに、ボロさんの態度が赤信号。


 ですが、私も気になる。あの殺気は凄まじかった。


 ボロさんの言う通り、挨拶と呼ぶには物騒でした。


「わたくし、故郷では暗殺を生業なりわいとしていまして——とはいえ、無実の人を手当たり次第殺していたわけではありませんのよ。わたくしのターゲットは」


 法により裁けなかった悪人限定——と、黒絵さん。


「法により裁けなかった……ですか?」


「はい、空姫さま。同じ国出身である空姫さまならわかっていただけると思うのですが、たとえば殺人を実行した犯人が、しかし証拠不十分で不起訴になったり、あるいは証拠が十分でも口の達者な弁護士により無罪になったり——と、そういう事案があるのはご存知ですわよね?」


「詳しくはないですけども」


 まあ、なんとなく想像はできる。


 判決は時に平等とは言えない時だってあるでしょう。ジャッジをするのは人間なのですから。


「そのように罪を誤魔化し、逃げ延びた犯人——それがわたくしのターゲットなのですわ」


「なるほどです。悪い人を始末するってことですね」


 それが正解とは言えない。罪を償わせる方法だってあったはず——というのは、私が無知で甘い考えなだけなのかもしれませんが、黒絵さんのことを否定することもできません。


「で、そういう犯人のほとんどが国外そとに出て、新たな場所でも黒い仕事を重ねるのです。しかも群れて——ですね」


 仕事と呼ぶことさえ許されない行為ですわ——と、黒絵さんは続けた。


「群れた犯人——いわゆるアジトに潜伏しているやつらに対して、殺気はわたくしなりのご挨拶なのですわ。わたくしが来た、あなたたちの悪事を終わらせるぞ、と。殺気を振りまくことで、どのくらいの力量をお持ちなのか判断基準にもなりますのよ」


 反応するか否か——あるいは、反応できるか否か。


 少しでも反応する、出来れば悪人クロ。出来なければ雑魚シロ


 そうやって判断してきたのでしょうね、きっと。


 人間って案外、殺気には気づけませんからね。気づけるなら殺人事件の発生率はもっと低い。敵意とは違い、ガチの殺気なんて、一般人は受けたことないですもん普通。殺気を殺気と捉えられた時点で、一般とは違う道を生きていると判断しても問題ないでしょう。


「この街? に来て、わたくしが殺気をばら撒いて反応していただけたのは、空姫さま、そしてアナタさまだけ。つまりわたくしは反応があった場所に足を運んだだけなのですわ」


 つまり私が仮に極悪魔法少女と判定されていたら、今頃はお星さまになっていたかもしれない、ってことですね。ふう危ない危ない、キュートな私で助かりました。


 てか殺気に反応した人間をサーチする、その洞察力がえぐい。アサシンってそうなんです? アサシンすげーです。


「なるほどな、てめえの言い分は理解した。つか言われてみりゃ、てめえの立場に置かれたら、俺様も似たようなことをするかもしれねえ。よしわかった。納得したぜ」


 どうやら赤信号は青信号に変わったようで、ボロさんの表情が柔らかくなった。


「俺様はナルボリッサ・ナルボロッソだ。よろしく頼むぜ」


「はい、よろしくお願いいたしますわ、ナルボリッサさま」


「おう!」


 様付けで呼ばれたことが嬉しかったのか、ボロさんはにっこり。なんというか憎めないタイプの馬鹿なんですよねえ、ボロさん……。


 良く言えば純粋かー。馬鹿も言葉を選ぶだけで、ピュア属性になるのは不思議ですよねー。


「あ、そうだ! 忘れてましたけど、ボロさんのお洋服は? 具体的にはえちちなお洋服はどうなりました!?」


 バトルしててすっかり忘れていましたけど、私の最優先プランだったんでした!


「それなら、わたしが選んじゃった」


 言いながらシアノさんは、カウンターに置いてあった服を手に取って私に向けて来た。


 薄い赤茶のローブ。結局ローブになってしまったのですか……。


「ローブの下も着たぜ! ほら!」


 結構嬉しそうに、まだ着ていた自前の黒ローブをバサっと広げて、おニューの水色ワンピースを見せてきた。ローブの中身が結構えちちだったので、及第点としておきましょう。


「ナルボリッサも気に入ってくれたから、交換はなしだからね、クウキ」


 もうお金も払っちゃったんだから——と、シアノさん。


「わかりましたよーだ」


 次に私のことをちんちくりんと言って来たら、術者権限でローブ剥奪してやりますけどね。


「だいたい、ナルボリッサに変な格好させて連れ歩いたら目立っちゃうでしょ! ダメに決まってるじゃないの!」


「シアノさん、その台詞は自分の布巻き顔面を見てから言うべきですよ? スーパーどのツラ案件ですよ?」


「わたしは良いの!」


 ズルい言い分だ。でも確かに、シアノさんがツラ丸出しで街中を歩くのと、布巻き顔面で街中を歩くのでは、後者の方が目立たない。いや、どう考えても目立ってはいるんですけど、おそらくダサくてヤバい人だと勘違いされているのか人が寄ってこない。


「シアノさま、ナルボリッサさま。どちらか宜しければ、わたくしにこの世界の言語や文字を教えてくださりませんか?」


「え、わたしは良いけど、どうして?」


 俺様はパスだ——とボロさん。


「言葉を理解できても、書けなければいずれ不便かと思いまして。ならば少しずつでも、ゆっくりでも学ぶべきかと」


「うん……うん! 偉い偉いよクロエ!」


 それに比べて——みたいなシアノさんの視線を強く感じる。


 そんな目で見られても、私はパスしますけどね。


 お勉強? 嫌いに決まってるじゃないですか。当たり前です。


「じゃあついでにクロエの服も買っちゃおう」


「まあ、宜しいのですか?」


「うん、わたしからのパーティ加入祝いだよ」


「嬉しいですわ……ありがとうございます、シアノさま」


 ふむ。黒絵さんのお洋服。今はセーラー服ですし、この世界では誰も知らないコスプレみたいなもんですからねその格好。


 黒絵さん——ふうむ。私より胸ある。バストボリュームで腹部がセーラー服カーテンになっていますから、確実に私よりバスト大きい。ボロさんといい勝負ですね、スタイルの良さ。


 髪も茶色でツヤツヤですし。それはそれは、さぞ日本ではおモテになったことでしょう。ひがんでません。僻んでませんとも。私も特定性癖の男性(休み時間に二次元画像を眺めながら「幼女は俺に性欲をくれた」とかほざいてた系の男子グループのアイドルですよ私)からめちゃくちゃモテてましたから、そこは引き分けということで。


 別に僻んでませんけれど、一応率先して提案をしよう。


「黒絵さんのえちち衣装ってことですよね、わかりました私に任せてください、この件は私が責任を持って担当しますとも」


「クウキのことは無視して——バニカ、もう一回服見せてもらえるー?」


 私は無視されて「あいよー」という店裏で休憩中だったバニカさんからのお返事が聞こえました。


 私は無視されて、服選びがスタートしました。責任があるって言えば、じゃあ責任があるなら、って任せて貰えるかと思ったとに。やれやれ、計算が狂いましたね。上手くいかないものですよ、人生ってやつは。


 私は無視されているので、あくびとかしながら前髪でもいじくって、冷静に待っているとしますかね。今なら悲しみと切なさ、いっぺんにお友達になれそうです。ぐすん。


「これとかどうよ!? お前に似合うんじゃねえか!?」


 何気にボロさんがノリノリなのちょっと面白い。オススメしてるのは、やっぱりローブですけど。


 なにはともあれ、私たち勇者シアノパーティは、四人になりました。


 ピンボケさんとサカヅキさんもカウントしたら、六人ですね。


 結構増えたなあ——と。そんなことを思いながら、私はあくびを繰り返しつつ、今晩のディナーに思いを膨らませ、お腹を減らすのでした。


 あーあ。ハンバーグとシチュー食べたいなー。

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