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「三分すらも持ちませんでしたわね、弱々しい」


 そう言った黒絵さんは、およそ十秒で黒ローブを圧倒し、圧勝した。


 黒絵さんの異能力——およそ十秒の戦闘を観察してわかったことは、相手の攻撃と同じことが出来る、ということだ。


 細部に若干の違い(炎なら色が違うなど)はあるが、それ以外は同じだと思えた。威力さえも同じ。


 圧倒的に違ったのは数の差ですね。相手の一発に対してその倍以上の手数。黒ローブのひとつの攻撃に対して、黒絵さんの攻撃はその倍以上の手数、そして威力が同じなら数の多さは言わずもがなである。


 もし、黒絵さんが初めから私とのバトルに本気だったら——瞬殺されていても不思議ではなかった。


 場数もおそらく、黒絵さんの方が上ですね。動作のひとつひとつが攻撃への伏線だったりフェイクだったり、と。私のキャリアではまだまだ、その領域に踏み込めない。


 控え目に言って強すぎる。強すぎた。単純なパワーポテンシャルで戦う私が戦闘あいてをするには絶望的に相性が悪い戦術タイプ。あるいはそれがわかっていたから、黒絵さんは私とのバトルに本気を出さなかったのかもしれません——殺しは無し。そういうルールだったから。


 あー良かった。こんな人に本気出されていたら、お星さまになっていましたよ。


 ラッキーです。私とのバトルに黒絵さんが手を抜いてくれて、きっと日頃のおこないが良かったんですね。


 知らぬ間に徳を積んでいたのですね、私ってば。いえい。


「それにしてもまさか、本当に機械だとは思いませんでしたわ」


 呟き、黒絵さんは黒ローブを蹴り飛ばしました。黒絵さんが力の差を見せつけた黒ローブは機械仕掛けの人形——微量の魔力(魔物以下)で動く機械人形だったようです。


「私もまさかロボットだと思いませんでした……」


 機械人形の魔力が微弱過ぎて、戦闘中だったこともあり、私も含めピンボケさんサカヅキさんも気づくことが出来なかった。隕石を落とす魔法も、いま思えば相当魔力燃費が良かったが、あれはどういう仕組みなのだろうか。あとで年長タンブラーサカヅキさんあたりにでも聞いてみるとしましょう(後で聞いてみたら普通に、知らんわ、って言われました)。


「良かったですわ、空姫さま。痺れは取れましたのね?」


「おかげさまで、楽になってきまちた。身体の痺れがまだ残っていますが、口は動くようになぃました」


「でもちょっぴり噛みましたわ」


「ご愛嬌」


「言えましたわね——それよりも申し訳ありませんでした空姫さま。わたくしを守っていただき、本当にありがとうございます」


「いいえいいえ。私は人を守る魔法少女ですし、黒絵さんが居なかったら私は黒ローブに負けてましたよ」


「それこそわたくしが居なかったら、麻痺していませんわよ」


「あ、そうですね」


 とはいえボロさんを発動している私では、確実に勝てたと言い切れませんけど、素直に認めるのは悔しいので内緒にしておきましょう。


「ですから空姫さま。どうかわたくしに感謝をさせてくださいませ。本当にありがとうございます」


「いやあ……えへへ」


 そんな真っ直ぐに感謝されると照れますね。照れ照れです。


 動くことはまだ無理そうですが、お喋りすることは可能になりましたので、完全に痺れが取れるまで、しばしのガールズトークでも——と、思いましたけど、この麻痺弾どうなってるんですかね……すごい麻痺性能えぐ過ぎますでしょ……仮にも魔法で強化された私をここまで痺れさせるなんて。


 たぶんゾウさんとかでも死ぬんじゃないですかね……?


「ところで空姫さま、この機械人形は空姫さまの敵なのでしょうか?」


 私がこっそりゾウさんからの連想で、動物園とか久しぶりに行きたいなあ、ってほのぼの考えていたら、黒絵さんからの問いかけ。敵か否か——その問いに嘘を言うメリットは特に見当たらないと判断しましたので、素直にお答えしました。


「そうですね。この世界の勇者を狙っている不届き者ですよ」


「あらまあ、それは許せませんわね……ん?」


「どうしたんです?」


「いえ、空姫さまの言葉に引っかかってしまいまして。この世界……とは?」


「あー、そのご説明してませんでしたねー」


 私は麻痺った体を寝かせたまま、黒絵さんにお話をしました。


 この世界のこと。この惑星のこと。ここに飛ばされた理由。


 黒ローブを倒してくれたし、ひとまずは敵じゃないと判断。


 なら隠しても特に意味がありませんし、私が知っていることをそれなりに丁寧にご説明、そのついでにピンボケさんとサカヅキさんのご紹介をさせていただきまして、聞き終えた黒絵さんは、


「そうだったのですね。良かったですわ」


 と。安堵し胸を撫で下ろしてから、言葉を続けた。


「わたくしてっきり、自分がとんでもないミスをして敵に捕まった挙句、脳みそをいじくり回された結果、なにやらおかしな幻覚を見ているのかと思っていましたわ。わたくしの落ち度ではなかったのですね、うふふ」


「……確かにその想像よりは良かったと言えますね」


 笑って言えるメンタルがすごい。この人、ひょっとして本当にヤバい人なのでは?


 いや家業が暗殺とか言ってたし、紛れもなくヤバい人なのですが……その辺はデリケートそうな話題なので、率先して訊ねる気にはなりせんね。気にはなりますけれど、家庭の事情に踏み込むにはそれなりの覚悟と人間関係が必要ですしねえ。


 てか、日本では脳みそを弄り回してくるような敵が相手だったのか、黒絵さん……日本って怖い場所だったんですね、知りませんでした。


「よいしょっと」


 やっと痺れが消えてきたので、私は体を起こして立ち上がる。地べたに寝そべるのはいささか屈辱ですからね。


「もう平気ですの?」


「はい。にしてもすごい麻痺弾なんですね。それも異能力ってやつなのですか?」


「ええ……そうですわね——命の恩人であり、戦いを通じて空姫さまは信頼できると判断いたしましたわ。教えても問題なさそうなので、わたくしの能力をお教えしますわね」


 そう言った黒絵さんは、


「『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』」


 と。小さく呟き、さらに続けた。


「わたくしが『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』と言葉にしてから三十秒間、あらゆる偽物を出現させることができるのですわ」


 たとえば——と。黒絵さんは右手を私に向けた。


 右手には見たことのある形のモノクロな花束が現れる。


「これは彼岸花の偽物。このように、わたくしが記憶しているモノの細部を変更することで、偽物とすることが可能なのですわ」


 今回はわかりやすくカラーを白黒に変えましたの——と、黒絵さん。


「おお……なんか便利ですね、すごい」


「とは言え、家電やお金の偽物は無理ですのよ。家電は中身を把握しておりませんから無理ですし、お金は明らかに偽物になりますの」


「なるほど……ちょっとややこしいのですね」


「うーん、そうですわね……わかりやすく噛み砕きますと、わたくしという人間自体が、贋作専門の3Dプリンターと思ってくだされば」


「急にめっきゃわかりやすくなひました」


「噛みましたわね。しかも二回。うふふ、可愛いですわ」


「お恥ずかしい」


 麻痺とか関係なく噛んでしまった。可愛いですね私。えへへ。


 でも贋作専門の3Dプリンターというたとえはめっちゃわかりやすい。なるほど。たとえ、ってこういう風に使うのですね。私はまたひとつ賢くなってしまいました。


 可愛いだけじゃなく、賢くもなってしまう私。無敵ですね。


「あれ……でも瞬間移動はどういう原理なのです?」


 黒絵さんを拘束したと思ったのに、黒絵さんは私の背後に居た。あのカラクリは果たしてどうなっているのでしょうか。


「あれはまた別の使い方なのですわ」


 そう言った黒絵さんは、地面にお絵描きをして説明してくれました。ご丁寧にギャラクシー色の枝を筆代わりにして、地面を使って図説明タイム。


「……………………」


 だが、非常に残念なことに、黒絵さんは絵の才能が微塵もありませんでした。おそらく先程のシチュエーションを——私が黒絵さんを拘束した場面を——絵にしようとしたと思われるのですが、センスゼロ……棒人間すら棒人間と判断するのに時間を必要とする画力でした。


「やっぱり見せた方が早いですわね」


 図説明断念。賢明な判断と言わざるを得ない。激下手なハングル文字みたいな棒人間では説明がブレますもん。


「まずあちらをご覧下さいませ」


 そう言った黒絵さんは、三十メートルほど離れた岩を指差した。


「『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』」


 呟き、黒絵さんは指した岩のすぐ側に、黒絵さん人形を出現させた。


「あれはわたくしの偽物ですわ。わたくしの偽物はわたくしと同じ姿をした人形——わたくしがそうジャッジすれば、それは偽物として現れますのよ」


 偽物の判断基準は自分自身、ってことですか。


 それはつまり、本物の存在さえ判明していれば、いくらでも偽物を出現させることができるってことですね。


「なるほどです。オリジナルは無理でもフェイクならいくらでも出現させることが出来る——そういうことですか」


「その通りですわ——では、今から空姫さまがおっしゃった瞬間移動をお見せします。あちらの偽物のわたくしを見ていて下さいまし」


 黒絵さんの言葉通り、私は遠くにある黒絵さん人形を眺める——と。


「おお、わかりました!」


 見ればわかる。確かに見ればわかりました。


 向こうの黒絵さん人形だと思っていたモノが、こちらに向かって手を振っている。逆に私の眼前に居た黒絵さんが、一瞬で人形に変わっていた——いや。


 変わった——ではないですね。


 入れ替わった——ってことか。


「ご理解していただけましたか?」


 戻ってきた黒絵さんは、私にそう訊いてくる。


「ざっくり言えば、偽物と本物の位置交換って感じですよね?」


 A(本物)とB(偽物)の物体の位置を一瞬で入れ替える。


「その通りですわ。先程空姫さまに使用した際には、空姫さまの背後にわたくしの偽物を設置——そして入れ替えたのですわ」


「んで、私は爆発に巻き込まれた——と」


「空姫さまに拘束された人形には体内に爆弾を忍ばせておきましたの。無論偽物ですが、わたくしが忍ばせたのは時限爆弾の偽物」


「……ひょっとして、時限爆弾の偽物は、時限じゃない爆弾ってことですか?」


「ご名答ですわ」


 黒絵さんの解釈次第でなんでもアリじゃないですか、ズルい。


「でも起爆しましたけど……?」


 時限じゃない爆弾が私の腕の中でドカンしましたけど。


「体内に炎の偽物を——そう言えばおわかりなのでは?」


「ああ……なるほどです」


 シンプルに誘爆させたってことですか。にしてもいちいち偽物偽物言われるとややこしいですが、まあおおよそは理解が出来ました。偽物の判断基準が黒絵さんにあるみたいなので、すごく使いやすい能力なんでしょうねえ、いーなー。


「ちなみに、偽物を設置出来る範囲は目視出来る距離ですわ」


「見えてる場所には設置も出来るし、入れ替えによる移動も可能——めちゃくちゃ有能じゃないですか!」


 本当に羨ましいくらい、良いなあその能力。


 私なんて変身も出来ない。魔法少女なのに。


 いや——待てよ。落ち着くのです私。私は気づいてしまった。自分の気づきの恐ろしさに、戦慄さえ覚えてしまう。わなわなしちゃう。


「……ひょっとして黒絵さん、マットレスとかベッドとかも?」


「余裕ですわ。使い終われば消すことだって可能ですわよ」


「わーおアメイジング! 一緒に旅しません!?」


「えっ? 宜しいんですの?」


 快適な旅が約束された瞬間でした。わーいわーい。


「ではよろしくお願い致しますわ、空姫さま——んっ?」


「どうかしましたか?」


「……いえ、なんでもありませんわ——うふふ」


「?」


 よくわかりませんが、何もないなら服屋さんに戻るとしますか。

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