5


「うふふ、炎をぶつけ合うなんて初めてのことですので、いささか楽しいですわ」


「ちっ……!」


 舌打ちしたくもなる。私の放った炎弾に対して、黒絵さんも同じように黒い炎弾を放ち相殺。何発撃ち込んでも同じことの繰り返しだ。


「他にはございませんの? 空姫さま?」


「たくっ……後悔しないでくださいよ」


 そう言った私は、炎弾に僅かばかりの破壊の魔力を込めた。


 ボロさんを発動している分、手加減は完璧なはず。仮に直撃したとしても、服を破壊するくらいでしょう。


 ボロさんに七割ほどの魔力キャパを割いている現状では、ほぼ私の全力ではあるのですが。


「当たったら痛いですよ、これは」


 言いながら私は炎弾(破壊プラス)を発射。破壊の魔力を追加したぶん、速度が遅くなった——が。


 黒絵さんの黒い炎弾を破壊することは可能だ。


「あら? 先程とは違いますわね」


 相殺ではなく破壊。


 黒絵さんの黒い炎弾を破壊した私の炎弾は、そのまま黒絵さんに命中——


「今のはちょっとばかり危なかったですわ……うふふ」


 しなかった。黒絵さんに命中した——と。確かに私はその光景を見た。確実に目撃した。


 なのに彼女は、あろうことか私の背後に立っていたのだ。


「なにしやがったんです……?」


 サカヅキさんを被っているのに、予測すらも出来なかった。


 思考加速を使っていても、予測不能——能力の詳細が判明していない以上、予測なんて不可能に近い。厄介ですね異能力!


「わたしくの能力は偽物なのですわ」


「偽物……?」


「ヒントおしまい。では今度はこちらから行きますわよ」


 そう言った黒絵さんは、何もない場所から銃を取り出した。


 そんなこともできるのか。私の戦闘スタイルよりもよっぽど魔法っぽいじゃないですか。


「殺傷能力はありません。当たっても痺れるか眠くなるかくらいですわ」


 言いながら次々と撃ってくる。


「痺れたくないんで避けますよ、そりゃあ!」


 こんなところで寝たくもないですしね。銃弾の効果が二種類あるのは、いやはやなんとも性格が悪いですね、まったく。


「銃弾すらもお避けになるのですね、素晴らしいですわ」


「そりゃどーもですっ」


 思考加速がなければ危なかった。黒絵さんの構え——銃口の位置から弾道を予測できなければ喰らっていただろう。


 あとは黒絵さんの正確な射撃スキルがありがたい。狙っている場所にきちんと放たれる弾丸なら、今の私には避けるなんて容易い——が、めちゃくちゃ連射してくるので本音を言えばそこそこしんどい!


「なんと華麗な体捌たいさばき、とても美しい身のこなしですわ。空姫さま暗殺に向いていますわよ」


「誘われても御免ですよ、暗殺なんて」


 まずいですね。避けることに手一杯で、反撃する余裕がない——てかおい。


 リロードの必要がないのか、あの銃!? なんで弾丸が尽きないんですか!?


 魔力が全開ならやりようはあるのですが、使える魔力が三割ほどではなかなか厳しいですね……魔法障壁を展開しても良いですけど、攻撃に使う魔力は温存しておきたいというのが本音です——けれど。


 仕方ない——少し痛いかもしれないけれど、やるしかない。


 避けるのは辞めです。弾道が予測出来るので、避ける以外のことをしましょう。


「うおりゃっ!」


 私は、次々と撃ち込まれる弾丸を殴り返しました。拳に魔力を集中させ、防御力を強化し——全弾丸を殴り返す。


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあああっ!」


「あらあら、びっくりですわ」


 殴り返した弾丸を正確に黒絵さんに弾き返せるなら楽なのですが、残念ながらそんなコントロールは持っていません。


 ですが足止めくらいにはなります。


「いまっ!」


 弾いた弾丸が黒絵さんの足元に着弾した瞬間、私は踏み込んだ。


「取りましたよ!」


 黒絵さんの背後を取り、腕を拘束。銃を手放させ、動きを止めた。


 銃は念のため踏み潰しました。バッキバキです。


「私の勝ちです」


 確信——勝利を確信した瞬間だった。


「残念でした、空姫さま」


 背後を取った私——の、背後から聞こえた声。


 それは紛れもなく黒絵さんの声だった。


「そのわたくし、爆発しますのよ?」


「え」


 言葉通り——私が拘束していた黒絵さんは、爆発を巻き起こした。威力は大したことなかったが、普通の人間なら死んでる。


 魔法少女なので生きてる私ですが、ちょっと混乱しますね。


「あなた……瞬間移動でも出来るんですか……?」


「そんな大層な物ではございませんわ。仕掛けがありますのよ」


 空姫さまには見えないですけれど——と。


 そう言った彼女の声は、また私の背後から聞こえた。


 私が振り向くと、さっき壊したはずの銃を構えています。


 腹立たしい。からかわれてるみたいで腹立つ。いっそのこと、私を中心にして円を描くように破壊の炎ぶち撒けて焼き払ってやろうか——と。


 私がそう考えた瞬間でした。


 黒絵さんの背後——その上空に、黒ローブの姿を見つけた。いつから居た——っ!?


 気配はなかったはず。あるいは戦闘に集中していて気配を見落としたか——いや、それはない。私が見落としたとしても、ピンボケさんサカヅキさんが気づく。


 違う。目視してしまえば魔力反応は感じるが、目視していなければ気づかないほど、魔力反応が薄いのだ。海水に砂糖を一粒混ぜてもわからないように、見ていなければ気づけない。


 上空の黒ローブ——これはどう考えればいい?


 黒絵さんは黒ローブ側ということか? それとも偶然このタイミングで黒ローブが現れただけ?


 どちらにせよ、私にとって好ましくない状況ってことは疑いようもない——と。


 私が思考加速を使いそう考えていると、上空の黒ローブが動いた——って、それはダメでしょ黒ローブ!?


 黒ローブは黒絵さんに向かって、魔法でさらに上空から引き寄せた石——隕石を落としたのです。


 巨大な隕石が重力に引き寄せられ、黒絵さんに向かって落ちてくる。


「危ない!」


「えっ?」


 私は咄嗟に黒絵さんを狙った黒ローブの攻撃を、魔法障壁を使って防いだ。


 だが、その代わりに黒絵さんの攻撃——痺れる弾丸を喰らってしまった。


「いまの光は……? って、空姫さまっ!」


「……ビリビリします…………」


 正座で痺れた足の感覚が全身に広がってるみたいに痺れている。控えめに言ってしんどい!


 魔力も一気に使ってしまったので、魔法もしばらく使えない。


「黒絵……さん、逃げ……て、くだ、さ、い」


 口まで痺れてきた——これはいよいよまずいかもしれません。


 こんなことならボロさんを連れてくるべきだったか——と。


 若干の後悔をしていた私を置き去りに、黒絵さんは、


「わたくしを狙ったのはあなたですか?」


 と。黒ローブの存在に気づき、一瞥した。


「イレギュラー。排除失敗。残念」


 上空に浮いていた黒ローブは、ふわりと着陸。


「あらあなたは日本語が話せるのですわね。イレギュラーってわたくしのことですの?」


「そうだ。お前はイレギュラー。排除せねば」


「あなた、カーナビよりも喋るスキルが不足しているのではなくて?」


 逃げて——と。声に出すこともできないくらい、痺れが回っている。


「空姫さま——あなたさまは、わたくしを守ってくださったのですね。それですのに、わたくしは……弾を命中させてしまった。ああなんてことをっ!」


 いいから逃げろ、そう言いたい。


 が、黒絵さんは言った。


「許しませんわよ……そこの黒い人。わたくしと空姫さまの勝負に横槍を入れるだけじゃなく、よくもわたくしに恥をかかせてくれましたわね——無論、下すジャッジは死刑。生かしておく必要を感じませんわね……」


 黒絵さんの気配が変わった。一瞬で敵意のなかった殺意から変化した。


 殺意が消え、敵意が現れた。


 私にではなく、黒ローブに。


 だがなぜ殺意が消える——というより、このタイミングで敵意を出して殺意を消せる方が凄い。敵意と殺意を完璧にコントロールしていることが素直に凄い。


「イレギュラー。排除行動。続行」


「あなたの語彙力のように、あなたは死ぬのです——今から三分。それがあなたの最大寿命ですわ」


 有言実行と参りましょう——と。黒絵さんは言った。


 そして私は知った——彼女の本当の強さ、能力、その秘密を。


 三分——と。黒絵さんは言っていたが、残念ながら三分も必要としませんでした。およそ十秒。


 たった十秒で、黒ローブに死をギフトしたのです。


 えぐいくらい強い。全力の私でも勝てるかわからないくらい強かった。いや、素直に言うと絶対に勝てそうもない。


 たった十秒の攻防——もとい一方的な攻撃。


 その始まりは、黒絵さんの呟きから始まりました。


「『本物になるつもりドッペルのない偽物フェイカー』——うふふ」

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