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「いらっしゃいませー、本日はどのようなお召し物をお探しでしょうか?」
服屋さんに入店した私たちは、店員さんからニッコニコの笑顔と元気の良い挨拶で歓迎されました。
「……………………」
うーむ。バニーガールの衣装が売っていたら迷わず購入してボロさんに着せてやる——と、考えていた私なのですが、うむむ。
まさか店員さんがバニーガールだとは……。
店員さんの服をください——って言っても良いんですけど、でもよくよく考えてみたら、その格好のボロさんを連れ歩くことになっちゃうんですよね……。
目立っちゃいますよね……なぜ気づかなかったんだ私!
ま、まあ凡ミスに落ち込んでも仕方ないです。切り替えが肝心なのですよ、切り替えが。
「この店で一番えちちな服をください!」
えちち服でも目立ちますが、ウサ耳を装着しないことを考慮しまして、多少目立つことには目を瞑るとしましょう。仕方ないです。
「はあ!? てめえなに言ってやがんだこらあ!」
「私の権限なのですよ、ボロさん。うっへっへ」
「て、てめえ、さては俺様より貧相な体してるからって、逆恨みしてやがんな……!」
「店員さん、透明な布で仕立てた服とかありますか? あったらそれをください」
「おいっ!」
「ボロさん、あなたは言ってはいけないことを言ってしまったのです。私は傷つきました。償いをしてもらわねばなりません」
「気にしてんなら最初に言っとけよ!」
「察するのがマナーなのですよ」
「普段堂々としてるから、まさかてめえがちんちくりんで貧相な体つきを気にしてるなんて思えねえだろうが!?」
「それ以上言いましたら、周りの目を気にせずにあなたのファッションは全裸固定になりますよ、構いませんかボロさん?」
「構うに決まってんだろお!」
私とボロさんが言い合っていると、店員さんがものすごく申し訳なさそうに、
「あのう……店内で騒がないで……」
と、言いました。当然ですよね。
「二人とも静かにしてよ……もう、ごめんねバニカ」
と、シアノさん。ん?
「あ、やっぱりシアノだったんだ……」
「うん。気づいてなかったの?」
「だろうなーとは思ってたよ。そのダサい布グルグルしてるのなんてシアノくらいだもんね」
「機能性重視なの、わたしは!」
ん? んん? んんんん? んーーーんんんん?
「お二人はお知り合いなのですか?」
どう考えても知り合いのやりとりでした。これで初対面とか言われても困るレベルでした。
「うん、彼女はバニカ。わたしとは幼馴染なんだよ」
「シアノに仲間いたんだね、安心したよアタシ」
改めて——と。バニーガール店員バニカさんは、私とボロさんに向かって言いました。
「アタシはバニカ。ここで働いてる獣人だよ、よろしくね」
獣人——え? 待って待って。
この世界にそんな種族いらっしゃったんですか……?
「てかじゃあ、そのお耳って自前だったんですかっ!?」
「そだよー。アタシ体毛薄いから人間に見られがちなんだよね」
ぴょこぴょこと耳を動かすバニカさん。かわいい。
体毛が薄いって発言に結構食いつきたいんですけど、なんか触れたらセクハラになりそうで踏み込めない。今更初登場した獣人という種族よりも体毛うんぬんの方が気になって仕方がない。
とりあえず私も自己紹介をお返しして、ついでにボロさんの紹介もして、可能な限り踏み込んでみます。
「私お会いしたことなかったんですけど、獣人さんって珍しいんですか?」
踏み込めてもこれくらい。体毛はやむなくスルー。
「珍しいってほどでもないけど、人間の街で働いてるのはアタシくらいかも」
「それ十分珍しいと言えるのでは?」
「そかもー。うささ」
笑い声の癖が強い。うささ、って。笑顔は可愛いですけど。
「アタシたち獣人は人間と距離を置いてるから、仕方ないんだよ」
「なにやら重い過去がありそうですねえ」
「むかーし、人間の奴隷だった、ってだけだよー、うささ」
「重いでしょうそれ。重過ぎるでしょう……」
笑って話すことじゃないと思いますが。
しかし、むかーし、ですか。バニカさんが昔と言ってもこの惑星『マーデル』の年齢(五百歳)的に考えて、さほど昔でもなさそうです。
他の獣人の方は変わりきれていない、過去との切り替えがまだ追いつかない、って感じでしょうかね。
あまり深く聞いたところで、私にはなにもできませんし、ここはせっかくバニカさんとお知り合いになれたので、
「ではバニカさん、こちらのボロさんにこの店で一番えちちな服を見繕ってくれますか?」
と、話題をリターン。獣人さんの歴史よりも、ボロさんのえちちの方が重要……って言ったら獣人さんに悪いですけど、思うだけなら無実なので、遠慮なく思うことにします。
「バニカ……普通の服でいいからね……?」
「わかった。じゃあシアノが言う普通の服と、クウキが言うえちちな服、いくつかバニカセレクトでぴょんと持ってくるね」
そう残したバニカさんは、しばらく店の裏に消え、そして戻ってきたときには、大量の服をお持ちくださいました。
どーん、と、カウンターに服を積んだバニカさん。
「どれにするー?」
「多過ぎますって」
一体何着持ってきたんだ。数えるのも面倒なくらい持ってきてるじゃないですか。
ひとまずどんなデザインなのか確認確認——と。私が一着目の服を手に取った瞬間でした。
謎の気配——理解できない気配が私を刺激した。
「————————ッ!」
なんだ今の感覚——魔力反応じゃない。
なにかわからないが、とてつもなくデカい気配が近くにいる——いや、近くに現れた。
バニカさんがいるので、ここでピンボケさんやサカヅキさんと話すことはできるだけ避けたい。
「おい……っ」
「ボロさんもお気づきになりましたか……」
「ああ……なんかやべえのが近くに居るぞ……」
「みたいですね」
私とボロさんは気づいたが、シアノさんとバニカさんは気づいていない。魔力反応とは違った今の気配に気づけないのも無理はない。この気配はいささか異質すぎる。
敵意のない殺意——そう表現するのが一番しっくりきます。
「こっちに近づいてきやがるぜ……どうする?」
「様子を見ましょう。気配がデカいからといって、敵とは限りませんし。一応お聞きしますが、黒ローブでは?」
「それはねえな。魔力じゃねえ時点でねえ」
「ですよね」
存在が魔法である以上、黒ローブには魔力反応が必ずある。
どんなに隠しても、隠しきれない部分が出てくる。一般人や一般人レベル以下の魔力操作しか持たないシアノさんは気づきませんけれど、私やボロさん、そしてピンボケさんやサカヅキさんなら気づくことも簡単だ。
一歩。二歩。三歩——気配が近づいてくる。
四歩。五歩。六歩——気配の動きが止まる。
瞬間——店の扉が開いた。
私とボロさんは揃ってそちらを見る。この客こそが、私たちが気配を感じた人物に間違いない。
「……あ、あのう……ここって……服屋さまで間違いありませんわよね?」
そう言って入ってきた少女——馬鹿でかい殺気を隠そうともせず、恐る恐る扉を開けたくせに堂々を入ってきた少女。
その装い——服装に私は戦慄を覚える。
「わたくし、気づいたらここに居たのですが、ファッションで浮きまくりでして、お洋服を売っていただけますでしょうか?」
これで買えますでしょうか——と。丁寧な言葉で少女がセーラー服のポケットから取り出したのは、私がよく知っているものだった。
私がよく知っている紙幣——そう。
日本円のお札だったのです。
「あっ、言葉が通じないんでしたわね? 困りましたわ」
間違いない。今入店したこの少女は、疑いようもない。
私と同じ——
私はシアノさんとボロさんに一言残してから、彼女を連れて一度外へ。
そこで私は、自分も日本人であることを話した。
「あらあら良かったですわ、ではあなたも日本人なのですわね」
「ええ……ではやはりあなたも」
じゃあこの少女も魔法少女ということになる。
「あなたも魔法少女なんですよね?」
私の問いかけ——当然頷くものだと決めつけていたが、彼女は首を傾げ、言った。
「ふふ……魔法少女って、そんな夢のような存在に、わたくしは相応しくありませんわ」
「……………………え?」
「あなたも——と。あなたはそうおっしゃいましたが、その言い方ですとわたくしには、あなたは魔法少女だと言っているようなものになりますが、そうなのでしょうか?」
「え、うん、そうです」
「あらあら、夢があって素晴らしいですわね。見たところわたくしとそんなに年齢も変わらないと思いますのに、ふふ」
あれ。私バカにされてます?
いい年こいて魔法少女とか言ってるウケるーぷーくすくす、って感じのこと言われてません?
い、いや落ち着け私——バカにされてるとしても、落ち着くのです私。
敬語でキャラ被ってることも今は気にしてる場合じゃない。
「それにしても、どうしてわたくしはこんな訳の分からない場所にいるのでしょうか?」
さて——その原因、理由を私は持っている。
が、それを話していいものかがわからない。
この異様な殺気——この気配から察するに、十中八九私と同じ理由でここに飛ばされたはず。
つまり——世界を脅かすとジャッジされた側の人間。
気配は異様で殺気は凄まじい——けれど、敵意が欠けている分、会話を試みる価値はある。
「あの、とりあえず自己紹介でも交換しませんか?」
名前から判断できることは、特にない。魔法少女かどうか、それは名前では判断ができない。
でも、名前を知っているか否かで、話しやすさは変わる。
「ええ、そうですわね。では互いのお名前を名乗り合うと致しましょう」
「私は
「わたくしは、
「本名かどうか疑ってませんけど……」
私って、そんなに人を信じないような顔してるんでしょうか。
魔法少女として、それなりにお仕事をしてきたのに。切ない。
「あ、そうでしたわね。ごめんなさい、ちょっと家業で偽名を使うことが多くて、うふふ、本名を名乗るときは癖になってしまっているのですわね、お恥ずかしい」
「は、はあ……」
偽名を名乗る家業ってなんだ……?
女優とかならあり得る……か?
でも雰囲気的に女優とは思えない。殺し屋とかの方が納得できる気がする。
それよりも、どうしようか——本当にどうしよう。
自己紹介をしても何を話せばいいのかわからない。
「ねえ空姫さま。あなたが本当に魔法少女なのか否か、試させて頂いても宜しいですか?」
「どういう意味ですか?」
「わたくしとお手合わせ——しませんか?」
「お手合わせ? バトルってことです?」
「ええ、そのように言うことも間違いではありませんわね。命のやり取りは無し——そういうルールでどうでしょうか」
「負けたらどうなるんです?」
「わたくしが勝ちましたら情報をくださいませ。もちろんわたくしが負けましたら、空姫さまの言うことをなんでもお聞きいたしますわ」
この提案は好機かもしれない。黒絵さんの実力も知ることができますし。
私が負けることも考えるべきでしょうけれど、命のやり取りは無しというルールなら、情報くらいならタダで差し上げてもいいくらいなので負けても別にデメリットがない。メリットはある。なんでも言うことを聞いてくれるらしいので。
「わかりました。でも場所をさらに変えましょう」
さすがに街中で戦闘はよろしくないですからね。私ちゃっかり王都では広場破壊の前科ありますしねー(バレてませんけど)。
私と黒絵さんは一度王都ハンバーグシチューから出ました。
念のためそこから少し離れて、いざ手合わせです。
「さあさあ、わたくしを倒してみてくださいませ、空姫さま」
両手を広げて、私を誘っている。武器を隠している様子もなければ、魔力反応もやはり感じない。
凄まじい殺気を持っているだけの少女——にしか見えない。
が、その殺気が私の行動を悩ませる。
「そんなに余裕ぶっこいてますと、一撃で終わってしまいますよ、黒絵さん」
「これがわたくしの構えなのですわ」
「ずいぶんと余裕がある構えなんですねえ」
「うふふ、さあどうぞ、いらしてくださいまし」
どうあっても私から仕掛けさせたいようだ。ならその誘いに乗ってあげましょう。
「では、小手調べ」
そう言った私は、以前ボロさんがやった魔法——両手をピストルの形にして、人差し指に炎の弾丸を作る。
「あら、そんなことが可能なのですわね」
「信じてくれましたか、魔法少女だって」
「うふふ、でも残念ですわ。それくらいならわたくしも出来ますのよ」
そう言った黒絵さんは、私と同じ構えをして、私と同じことをした。炎の弾丸を人差し指に作った。
「ピンボケさん、魔力反応は?」
「一ミリすらもナイ」
「…………ですよね」
じゃああれはなんだ。なぜ私と同じことができる?
いや——完全に同じではない。炎の色が異なっている。
私の炎が赤に対して、黒絵さんの炎は黒。
「あなたは一体……何者なんですか? 黒絵さん」
「うふふ……あなたが魔法少女だというなら、わたくしは——
暗殺を
「あ、でも空姫さまを殺しませんわよ。わたくしが困ってしまいますものね?」
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