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「今日はここらで野宿しよっか」
「了解です、シアノさん」
シアノさんと旅を始めて、およそ一週間が経過しました。
およそ——と。明確に断言することが出来ないのは、この世界の時間が日本と同じなのか否か、そしてそもそも日本の時間経過スピードすらも現在だと知るすべがないからなのです。
まあ、時間なんてわかったところで意味をなさないのですけれど。だって、時間なんて知ったところで何か私の行動が変わるわけでもありませんし。
明るいうちに歩いて歩いて、暗くなったら野宿。
歩いて野宿。これしか今のところやることがありません。
「いや待って……歩いて歩いて野宿野宿……シアノさん勇者の旅ってこんなんでいいんですかっ!?」
「そ、そう言われても……」
「そもそもこの世界、勇者必要ですかっ!? 平和過ぎませんか!?」
平和過ぎる——とは言え、この一週間で魔物とは何度か手合わせしました。ですけれど、正直魔物が人類の脅威になるとは思えないレベルでした。弱過ぎます。まだ私が強い魔物と遭遇していないだけの可能性もありますけれど、人間が住んでいる近辺に脅威がないのであれば、そこまで敏感になる必要を感じません。
魔法だってあるんですし、この世界。
「勇者いらない……うん、わたし必要ないよね知ってる、生きてることが申し訳ないもんね……ごめんなさい」
「ああっ! 違うそうじゃなくってですね!」
弱過ぎます。勇者のメンタル。
「わたしいらない子……いらないのに生まれてごめんなさい」
「シアノさんは必要です! シアノさんがいなかったら空腹で私はとっくに屍になってますよ!」
「そ、そう……っ? わたし必要?」
「必要必要! なくてはならない存在です!」
「そ、そこまで言われたら……じ、じゃあわたしも生きてることにするね……はーあ安心しちゃった。じゃあわたし、食事の用意しちゃうね。お水持ってこなきゃ!」
クウキはゆっくりしてて——と。シアノさんは近くの水辺に走って行きました。
「勇者の子は必要だヨネー。おもに財布とシテ」
「うるさいですよピンボケさん。世の中には言っていいことと言ってはいけないことがあるのです」
「マァ、戦えない勇者の子からすれば、
その通りなのです。戦えない——と。ピンボケさんが言いましたけれど、シアノさんは本当に戦えないのです。
強いとか弱いとか関係なく、戦場で震えてるだけ。
旅に同行しておよそ一週間、魔物と遭遇するたびに震えるだけ。ビビり散らしてるシアノさんを護衛しながら、魔物を散らす私の労力は、評価されるべきだと思います。
少なくとも、ウィンウィンと呼ばれるくらいには、評価されても問題ないはずなのですよ。
ついでに、得体のしれない私のことを詮索したりして来ないシアノさんは、本当にありがたいですし。
言い換えれば、都合の良い——なのですけれど、これは言わなくてもいいことなので、心に秘めておくとしましょう。
「しかし私のことをいつまでも内緒にしておくのも心が痛みますね」
勇者旅二日目くらいにピンボケさんからの提案で内緒が決定したのですけれど、黙っているのもツラいものですねー。
「ある程度の情報が集まるマデ、黙っているのが吉ダヨ」
「なぜそう思うのです?」
私からすれば、別に内緒にしておくほどの情報とは思えないのですが。
しかし続けられたピンボケさんの言葉には、なるほどと頷けるものがありました。
「兵士の強さを平均的として考えるト、空姫のチカラはこの世界でも強い部類に含まれるミタイだからサ。チカラがあることをムヤミに見せびらかすのはキケンだヨ」
確かに——と、頷けます。可愛くて戦える、そんな美少女が存在しているとバレたら、そりゃあ人が寄って来ちゃいますよね。
なんて罪作りな女なのでしょうか。やれやれですよ私。
「だけどこんな時こそ、私に魔法少女の仲間でもいればなあ……って、思っちゃいますね」
「それは確かにソウだけれど、契約した時に言ったデショウ。無理なハナシだネ」
「聞きましたね、そんな話し」
魔法少女は時代に一人。それが世界に許される魔法少女の上限。
「圧倒的に強きチカラは、存在しているだけで世界のバランスを
「ウン、それダネ」
「そんなに世界とやらに警戒されるほど、私自身が強力ってイメージないんですけどね」
魔法少女として出来ることは、基本殴ること。護ること。
飛べないし。回復は出来る。攻撃力もそこそこある。
ざっくり言うと、壊せて治せる。それが私です。
幼少期に憧れた創作物の魔法少女と比べると、どう考えても出来ないことが多すぎますよね。もっと万能な感じですもんね、魔法少女ってジョブのイメージ。
「魔法少女は時代に一人というなら、じゃあ私の前任も居たってことですよね?」
今まで気にしたことはなかったですけど、一度気にしてしまうと、気になってしまいます。
「居た——と、思うヨ」
「歯切れの悪いお返事ですけど、ピンボケさんと契約していたのではないのですか?」
「いや、チガウヨ。ボクちゃんはまだまだ若者だからネ。生まれてから、せいぜい三十年くらいしか経っていない若輩者サ」
「三十路だったんですね、ピンボケさん」
ピンボケさんがアラサーだったことはさておき、そのお話を聞く限りですと、ならば私の前任が存在していたのは最低でも三十年以上も昔になる。それじゃあ魔法おばちゃんですし、年齢も初老を過ぎているはずなので、身体の節々が痛かったりするかもしれないです。
バトルはちょっと厳しそうですね……。
知識としては頼れたかもですが。お婆ちゃんの知恵袋。
「前任との引き継ぎとかもありませんでしたし、なかなかの行き当たりばったりですよね、魔法少女って」
「創作物の魔法少女もだいたいソウじゃないカ」
「確かにそうですけど」
創作物はそれでも物語が進むように工夫されているけれど、私の人生は創作物語ではありません。魔法少女というジョブは私の現実であり、ファンタジーではないのです。
前任が居るのなら、お会いしてみたかったですけど。
まあ、世界——もとい惑星から異なっているらしい場所に来てしまった現状の私の願いは、とても叶いそうにありませんね、残念ですが。
「そろそろボクちゃんは安全ピンに戻るヨ」
「ずっと安全ピンですけどね」
喋るときのフォームチェンジなんてしていないくせに、何言ってんだこの安全ピン。
ピンボケさんが黙り込むと、数十秒後にはシアノさんが戻って来ました。人センサーは有能な安全ピンはその後も黙り込み、私はシアノさんが用意してくれた夕食を頂き、シアノさんが設置したテントで夜を迎えます。
「起きたらまた歩く——ですか……」
テントで寝付けず、私は小さく呟きました。
「ん……、クウキまだ起きてるの……?」
「あ、起こしてしまいましたか、すいませんシアノさん」
「ううん、大丈夫だよ。クウキはタフだね……昼間あれだけ歩いて、魔物とも戦ってるのに、眠くならないの?」
「歩くのは疲れますけれど、シアノさんがテントや食事を用意してくれるので、私のコンディション的には比較的に楽ですよ」
魔物との戦闘を私に丸投げする代わりの食事やテントの用意。それが私たちの家事分担的な役割分担なのです。夜はピンボケさんがセンサー使って見張りしてくれているので、魔物が来たらその都度起きれば間に合いますし、普通に寝れますからね。
「でも、魔物と戦って疲れないの……?」
「疲労するほどの魔物と対峙していませんからね」
強がりではなく本音です。この世界の魔物は、本当に弱い。私が日本で戦っていた組織——
魔物は楽でいい。殴れば解決しますもん。
わざわざ人間の夢を取り戻したりしなくて良い分、戦闘難易度としてはイージーと言わざるを得ない。
気がかりなのは、私が不在の日本の状況ですが、まあ私が不在になったことで新しい魔法少女が誕生しているでしょう、たぶん。
残念ながら、今の私にそこまで気にかける余裕はありません。
日本よりも自分。我が身こそ一番可愛い。
魔法少女として平和を守っていましたけれど、守っていたのは私の日常と言っても差し支えはありませんからね。
我が身可愛さのついでに日本も守っていた。ぶっちゃけるとそんなスタンスなのですよ、私は。
「凄いなあ……クウキ。わたしなんて魔物を見るだけで震えちゃって、何もできないのに……勇者の剣なんて持っていても、持ってるだけなんだもん、わたし……はあ……役に立ちたいけど立ち向かう勇気なんてひとつもない……勇者って与えられた称号に押しつぶされる毎日でごめんなさい」
「まあまあ、適材適所というやつですよ。バトルは私に任せてくださいな」
その代わりに食事と寝床を提供してもらっているのですからね。これでバトルに参戦させたら、いよいよ私は勇者のヒモになってしまいます。
頼みますよシアノさん。私をヒモ魔法少女にしないために、そのビビリ症は克服しないでくださいませ——と、勝手な願いを胸中に秘めた私は、話題を変えるように言葉を紡ぎました。
「そういえば、お聞きしていませんでしたけどシアノさん。目的地はあるのですか?」
およそ一週間歩いて野宿を繰り返していますけれど、目的地の話はしたことがありませんでした。いやだって、まさか歩いて野宿ライフになるとは思ってもみませんでしたからね……。
「うん、あるよ」
シアノさんは言いました。迷いなくハッキリと。
しかし私は耳を疑わざるを得ない発言を続けたのです。
わたしたちが向かっているのは——と。あくびを噛み殺した声で枕を置いたシアノさんは、こう続けました。
「
先代勇者の眠る聖地——と。シアノさんは言ったのでした。
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