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 ひとまず、シアノさんのお話しをお聞きしました。長くなる、と本人は仰っていましたけれど、割と短時間で終わってくれて、満足したシアノさんは、


「はあ……話したら少し楽になった」


 と、表情を明るくしました。


「それは良かったです。ならもう自殺をしようなんて思わないでくださいね」


「それは……約束できないかな」


「困った人ですね」


「情け無いよね……ごめんね……本当に困ってそうなのは、クウキの方なのにね」


 そう思うなら、衣服のひとつでも調達して来て欲しいですけどね。贅沢言うなら衣服と食料とお水をフルセットで。


「私の方が困っているというのは、確かに見た目で判断したらそうなのですけれど、でもお話しを聞いた限りではシアノさんも困っていると言えますが」


「困っているというか、わたしは弱っているんだよ……期待しんどい……勇者になんてなりたく無かった」


「じゃあやらなきゃ良いじゃないですか」


 勇者なんて。そんなもの、聞いた感じだとただの称号でしかない。たまたま与えられた称号で生き方を強制されることもない——と、私は思います。


「なりたくてなったなら、責任はあります。けれど、なりたくもないけどやらされているのなら、拒否する権利があります」


 たとえば、世界を救う力があるからと言って、必ずしも世界を救わなければいけない——ってわけじゃありません。


「世界を救える力があっても、救わなくてもいい。その役目を負わされる必要はないですよ」


 たった一度の人生。周りから強制的に与えられた称号で無駄にしてしまうなんて、愚かな選択でしょう。


「……む、無責任なこと言うねえ……クウキ」


「あなたに言われたくないです」


 全て丸投げして自殺しようとしていた人間には言われたくない。どのツラ案件ですよ、その台詞。


「そもそも勇者ってなんなんです? 魔王とか倒すんですか?」


「……さあ? わたしもよくわかってないんだよ……たまたまわたしに勇者の剣が抜けちゃって、それで勇者って呼ばれるようになっただけだから」


「魔王いないんですか?」


「わかんない」


 勇者にそう言われちゃあ、私は何も言えない。


 魔王が健在か不在かも不明って。なんですかそれ。


「じゃあ勇者なんて必要ないじゃないですか」


「……わたし、必要ない……うん、知ってる、知ってた。クソ雑魚わたしに生きてる価値なんてあるわけないもんね……知ってた知ってたよ……ごめんなさい後日死ぬから許してください」


 面倒くさい人ですね。ここが日本なら完全に私がシカトしてるタイプの性格しているじゃないですか。


 良かったですねシアノさん。ここが日本じゃなくて。


「とりあえずシアノさん、世界なんて救わなくても良いので、私を救ってください。私に服を買ってください」


 こんな厚かましい要求、生まれて初めてしました。


 でも仕方ないのです。予定では門番を騙してあわよくば服などを恵んでもらうつもりでしたけれど、さすがに魔法少女としてのプライドがあるので、この勇者らしくない勇者に私を救ってもらうとしましょう。


「服……それは良いけど、クウキ、今更だけどきみは何者なの?」


「おや、人類に見えませんか?」


「あ、いやそうじゃなくて……わたしのこと本当に知らなかったし、どうして下水道から出て来たの? そんな格好で……」


「実は……私は捨て子で……下水道暮らしをしていたのですが……お腹が空いてしまって…………」


 まずい。雑に嘘を言い出してみたけれど、雑すぎて着地点が見えない。


「……そう、捨て子なんだ……ごめんね、嫌なこと聞いちゃって」


「い、いいえ、全然!」


 なんか騙せたー。騙せちゃったー。


 うわー、心痛むー。


「ちょっと待ってて、わたしが街まで行って服買って来てあげるから」


「あ、はい」


 思いのほかいい人。シアノさん優しい。さすが勇者!


 シアノさんが街の方へ走って行くと、右腰の安全ピンが私に声を掛けてきました。


「いい子だネー」


「ピンボケさん、空気読んでずっと黙ってたんですか?」


「ソダヨー。異世界とはいえ、安全ピンが軽快なトークかましたら警戒されちゃうと思ってネ」


「シアノさん、本当に勇者なんです?」


 黙っていたということは、どうせ黙って分析解析をしていたはずです。ピンボケさんは抜け目ないので。ガチで目がないですけど。


「サァ。でも彼女の魔力は、ちょっと異質だったカモ」


「異質とは?」


「魔力って、周囲から体内に取り込んで、肉体を通して魔法を発動させるんだけど、あの勇者の子は、自らの体内で魔力を作れるミタイ」


 魔力とはなにか、簡単言うと、酸素みたいな感じですね。酸素と違うのは、吸わなくても死なないってことくらいです。


「この世界の人間だから、ってわけじゃなく?」


「チガうネ。広場に集まってきた兵士と勇者の子を照合して分析解析したから、それは違うと言えるヨー」


 地味に有能ですね、私の安全ピン。役に立つときは役に立ってくれるんですね、やるときはやる安全ピンです。


 にしても、魔力を作れる——ですか。


「……無限に?」


「おそらくネー。不思議な魔力反応だったから、ボクちゃんのセンサーがあの子を人間だと判断しなかったミタイ。ぶっちゃけマモノだと思ってたクライ」


「なるほど。だから出口に人が倒れてると教えてくれなかったのですね」


 魔物だと思ってたから、直前に魔物が存在してる——なんてフラグみたいなこと言ってたんですね、この安全ピンめ。


 しかし無限に——か。魔力を無限に。


 それが本当なら、シアノさんのポテンシャルは核兵器に等しい。無限に魔力を作れる原子炉と言っても過言ではない。


 魔力切れにならないってことは、無限に戦えるスタミナを持っているということ。


 たしかに、ピンボケさんの解析が正しければ、勇者と呼ばれていることにも納得する。


「だけドあの勇者の子は、自分の魔力をコントロールできていないんだろうネー」


「それで自称クソ雑魚ってことですか」


 まあ、そんなことはどうでもいいのです。シアノさんが最強だろうと最弱だろうと、私には関係ありません。


「今は私の服を買って来てくれる女神ってだけで十分です」


「酷いウソに騙されてくれたヨネー」


「それは掘り起こさないでください」


 あの嘘は、心に秘めて反省しましょう。つまり一生封印するつもりですね私。


「お待たせー! 服買って来たー!」


 そんな話をピンボケさんとしていたら、シアノさんが戻って来てくれました。両手に荷物を持って走って来ました。


「はい、服!」


「あ、ありがとうございます……」


 服を渡されました。なぜか五着も。


 リクエストしていないのに靴まで。


 あとカバンもセット。フルセット。


「あの……なぜ五着も……?」


「え? だって一着だけじゃ不便でしょ。カバンはオマケね。持ち歩くなら必要だもんね、カバン。靴もオマケね」


「まあ……はい」


 ありがたいですけれど、嘘ついた私を追い込むその優しさがツラい……。


 ツラさに堪え、渡された服を着てみる。肌触りは少しざらついているけれど、品質に文句言える立場ではない。


 ブラも燃えたので欲しいところでしたが、ブラ代わりのタンクトップっぽいインナーがありましたので、なんとかなりました。


「どう? サイズ平気かな? 合わなかったら急いで交換してくるけど、大丈夫そう???」


「大丈夫です。いやシアノさん優し過ぎません?」


「そんなことないよ。困ったときはお互いさまだし、話聞いてくれたお礼だもん。あ、お腹空いてるんだよね? わたし、パン買って来たの。お水も買って来たから食べよう?」


「いただきます!」


 性格が勇者過ぎます。メンタルのコンディションが今の状態をキープ出来れば、誰がどう見てもシアノさんは勇者だと認めざるを得ない完璧な勇者対応。


 貰ったパンはカチカチで、味も少ししょっぱいだけ。日本だったら絶対売れないレベルのパンでしたけれど、朝から何も口にしていない私は、がっつくように食べて、水で流し込みました。


「ふう……ごちそうさまでした」


「凄い食べっぷりだったね。そんなにお腹空いてたんだね、足りた?」


「足りました足りました、十分です」


 これ以上優しくされたら、良心が死んでしまう。


 服のお金と食事代は、返せるようになったら返そう——と、私は密かに誓いました。


「シアノさんはこれからどうするのですか?」


「わたしは……どうしよう……救われた日に自殺するのも気が引けるし、とりあえずどこかで野宿かなあ」


「明日以降も自殺するのは勘弁して欲しいですが、野宿なのですか?」


 私に五着も服を買って来てくれるくらいだから、金銭で困っている様子ではない。まさか全財産をはたいて私の服を買って来たなんてないはず——と信じたい。


 そんなことをされたら、私の罪が重過ぎます。


 シアノさんの親切もいささか重過ぎます——などと考えていたら、シアノさんは言いにくそうに口を開きました。


「野宿じゃないと、なんというか……ほら、勇者ってことがバレてるからさ……宿屋さんでサービスとかされちゃうと困っちゃって……死にたくなる」


「あー……勇者バレしてるんですか」


 だからちょいちょい自意識過剰みたいなこと言ってたんですね。繋がりました繋がりました。


 勇者バレするほどに、この世界は情報共有できるシステムがあるんですね。異世界版のSNSでもあるんでしょうか。


「うん、バレてるんだ……だからわたしのことを勇者だと知らなかったクウキみたいな人と話せたの嬉しかったよ」


「いやあ、下水道暮らしには情報が届かなかったので、単なる世間知らずってだけですけどね……」


 この嘘、私はいつまで吐けば良いのでしょうか……自業自得と言われたらその通りなのですが、お洋服(しかもオマケ付き)と食事までご馳走になっちゃったから、そろそろ心の痛みでちょっぴり泣きそうなんですけど。


「クウキはどうするの? お金あるの?」


「お金は……ちょっとだけ」


 嘘です一文無しです。でも言えない!


 だって一文無しをカミングアウトしたら、たぶんシアノさん、お金くれちゃう!


「その様子じゃ、食事だって満足にできないんでしょ。わたし野宿だし、お金使わないから数日分くらいならあげるよ?」


「いただけませんっ!」


 ほらやっぱり! ここでお金を貰ったら、私こそ自殺したくなるっ!


「遠慮しないで、ほら」


「だめですしまってください! 私にお金を与えないでください!」


「でも心配だし」


「ぐぬぬ……っ!」


 お金をしまってくれない。私に渡そう渡そうとしてくる。


「じ、じゃあ、そんなに私が心配なら、私を雇いませんか!?」


「え……っ、それってどういう」


「勇者の旅、お付き合いします」


「いやでも……結構ハードだよ、戦闘とかするかもだよ?」


「構いません。これでも私、そこそこ戦えますから」


「凄いなあ……わたしなんて戦闘になったらビビって震えてるのに、わたしと同じくらいの歳で戦えるんだ凄い」


 戦えるのは本当ですがこの勇者、少しは他人を疑うことを覚えた方が良いのでは?


 語弊を恐れずに言っちゃいますけど、チョロ過ぎません?


 とはいえ、口に出してチョロいとは言えませんので、ここはあえて強気に押し売りしましょう。


「さあどうです? お買い得ですよ。私を戦闘員としてパーティに加えてみませんか?」


「……本当にいいの?」


「それを決めるのはあなたですよ、シアノさん」


「じ、じゃあ……うん、雇う!」


「成立ですね、これからよろしくお願いします」


「よろしくクウキ。お給料はどのくらい払えばいいのかな?」


「ご飯食べれれば、正直それだけで良いです」


「ええ……でも」


「構いません」


 なにせ勇者と旅をすれば、こちらにとってはメリットだらけなのだ。


 日本に帰る手掛かりを見つけるため、結局はこの世界を見て回る必要があった。魔法少女ではあるけれど、飛行能力はありませんし、この世界の地理も無知。


 なら地理知識を持っていそうなシアノさんに同行して、しかも食事が約束されるのであれば、完全に私にはメリットしかありません。


 なんだか私、セコいなあ……と、そんなことを思った。


 思っただけですがね。

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