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空姫くうきが異世界でも言葉の理解ができるのは、ボクちゃんと契約しているからダヨー。日本でも空姫は英語を書けなくても、聞き取りと伝達が出来たでショ、あれもボクちゃんのアシストなのサってワケ」


 そう言えば異世界なのに言語の理解できましたね——という私の質問に対してのピンボケさんのお返事です。思いのほか優秀ですね、私の安全ピン。


 なら私の言葉も、この世界の人間に通じるってことでしょう。それはありがたい。


「あと、この世界ダト魔法は一般的なモノみたいダネ」


「門の上に居た兵士の矢に、魔法付与されてましたもんね」


 確実に私に当たるように、矢をラジコンみたいに操ったのでしょう。チリにしたのでノーダメでしたけども。


 それくらいはわかります。それくらいしかわかりませんけど。


「ねえピンボケさん、これからどうしよう?」


 下水道に身を隠して、どれくらい時間が経過したのでしょうか。時計はありませんし、スマホは元から未所持ガールなので、手元に時間を確認できるものがありません。


 スクールバックの中身は、一度も使ってないヘアゴムと念のためストックしているシャーペンの芯と消しゴム。私の中学は給食なのでお弁当は持っていません。


 ついでにお金もありませんね。ここから脱出して、街に紛れ込んだとしても、お買い物出来ないです。


「とりあえず、元の世界——日本に帰る方法を探そうヨ」


「私は最終目的の話をしてるんじゃなくて、もっと近々な状況をテーマにしているんですよ、ピンボケさん。まず水分補給がしたいです」


「下水ならあるヨー。タップリ」


「下水に沈めますよ。どっぷり」


 ダメだこの安全ピン、役に立ってくれません。


 下水道の悪臭は、私の周辺だけを魔法で消臭しました。消臭というか吹っ飛ばしに等しいのですが、やってみれば出来るものなんですね。


 つまりやってみれば、下水道の下水をろ過して飲み水として活用出来そう——な、気もしますけれど、女の子としてそれはNGで。


 誰得なんですか。下水を自力でろ過して愛飲する魔法少女なんて需要が見当たりません。たとえ需要があったとしても率先して供給する立場にはなりたくありませんね。辞退しますとも。


 これでも私、きちんと平和を守る魔法少女なので。


 まあ、さっき広場ぶっ壊しましたけれど。ご愛嬌。


「にしても、いつまでここに居ればいいのでしょうか」


 身を隠すためとはいえ、ほとんど勢いで下水道に潜伏しちゃいましたけれど、誰も来る気配がありませんので、出るに出れなくなってしまいました。


 出たら追われるでしょうし、捕まりたくないです。


 まずもって、追われずに溶け込める服装が欲しいですね。日本ではある意味迷彩服みたいな黒セーラー服ですが、日本以外では目立ち過ぎます。


「ピンボケさん。この逆迷彩服みたいな格好からお着替え出来れば、たぶん私が思うに、周りに溶け込めると思うんですよ」


「逆迷彩服ってどういうことサ?」


「都内でガチの迷彩服は逆に目立つでしょう、ってこと」


「つまり着替えたいと言いたいんダネ?」


「そうなのです。魔法でお着替えとか出来ますかね?」


「サァ? やったことないからネー」


「ですよね」


 魔法少女とはいえ、私の魔法ってなんでも出来る万能的な力ではなくって、可愛い女の子が戦えるようになるパワーアップって感じですからねえ。


「下水道の消臭が出来たんだし、やってみればやれるんじゃないカイ」


 そう言われたので、さっそくトライ。


「……どうやるんですか、お着替えって」


 むりでしたー。やり方がわかりません。だって魔法でお着替えなんてしたことないですもん。消臭は周囲の異臭を遠ざけることで可能でしたけれど、お着替えは衣服をゼロから出現させなければならないですし、なかなか難しいです。


「変身するとスカートの下にスパッツ穿くんだし、そんな感じでやってみナヨ」


「スパッツは私が意識して自発的に穿いてるんじゃなくて、勝手に現れるんですよピンボケさん」


 そして問題がある。


「そもそも私、外に溶け込める服装がどんなデザインなのかわかってないんですよね」


 これは大問題だ。この世界の一般的で怪しまれなくて、ある程度の場所に馴染める格好——日本でいうなら上下ジャージ的な服装がどのようなデザインなのかわかっていないのだ。


「鎧着た人しか見てないんですよ私」


「じゃあ鎧をイメージしてみタラ?」


「知らない人が鎧着てたら、すぐバレると思います。そんなバレ方したくないです。知らない生徒が同じ制服着て教室に紛れ込んでるけどアレ誰? みたいなバレ方したくないです」


「へんなたとえダネー」


「伝われば良いんですよ、たとえなんて」


「わかりやすく伝える手段がたとえなんだけれどネ」


「わかりやすいじゃないですか。ねえピンボケさん、お洋服買って来てー!」


「ボクちゃんがお買い物出来る容姿に見えるカイ?」


「緊急事態なので、適当にフワフワ飛んでその辺の服屋さんから一着くすねて来てくださいよー」


「魔法少女とは思えないことを言い出しちゃったネエ」


「魔法少女とは言っても少女ですもん。魔法でどうにか出来ないなら、人間として少女として、最善の対応をせざるを得ないのです」


「人間として少女として最善の対応が安全ピンに窃盗をさせることに行き着いちゃダメでショ」


「うるさいですねー。じゃあピンボケさんならどうするんですか?」


「ボクちゃんなら、下水道を進んで一度外に出るカナ。外で服と情報を得て、出直すカナ」


「どうして広場に跳び込む前にその提案をしてくれなかったのですか!?」


「勢いでいけるカナって思っテ」


「一度じっくり思い直してから提案してくださいよ!」


 ピンボケさんの考えを天才的な案だと思って跳び込んだ私のことはひとまず棚上げにしておきましょう。たぶん一生棚に上げて放置しておくとして。


「はあ……じゃあ下水道散歩ですか……」


 どう考えても気乗りしませんが、下水道を歩くとしますか。


「ピンボケさん。どっちに行けば、街の外に出れますか?」


「真っ直ぐ進んで、突き当たりを右ダネ。その方向には密集した人の気配が感じられないから、外に出られると思うヨ」


 人センサー搭載した方角だけを教えてくれるナビ。デザインが安全ピンだから、最先端テクノロジーっぽさはある。単体でふわふわ飛べますし、喋りますし。


「そういえば空姫。サッキ矢を放ちまくってキタ鎧兵士が言っていたけれど、この世界は魔物が存在しているっぽいヨネ」


「確かに言ってたけど、やめてよピンボケさん。そんなこと言い出したらフラグになっちゃいますよ」


「でもサ、魔物を倒せばアイテムドロップとかあるカモヨ?」


「そんなゲーム的な世界なんですか? ここ?」


「ボクちゃんは知らないけレド」


「知らないことを希望的な楽観思考で言わないでください」


「現実思考だネエ。魔法少女なのニ」


「魔法少女なので魔法も現実なんですよ。魔法少女である私が魔法少女や魔法はファンタジーだ——なんてどのツラで言うんですか、って話ですよ」


 てくてくてくてく。腹ペコガールは下水道をてくてく進んでいきます。


 しばらく歩き進めると、


「なんですこれ?」


 なにやら通路に光るラインが引かれていました。


 流れる下水の方に視線をやると、水底もぼんやりと光っているので、通路にだけ引かれたラインではなさそうです。


「ちょっと待ってネ」


 そう言ったピンボケさんは、ラインの解析を始めたようです。有能ではあるのですけれど、役に立つ場面が本当に限定的ですね、私の安全ピン。


「うん、わかったヨ。侵入者を察知するセンサーかと疑ったけレド、どうやらこの線は違うみたいダヨ」


「じゃあなんなのです?」


「結界に近いネ。おそらく先ほど話題にした魔物の侵入を防ぐための魔法防御結界と思われるヨ」


「私が夏にやる虫除けみたいな?」


「空姫の虫除けは魔法というより物理的だけド、効果は似たようなものカナ」


 ふむ。まあ私の虫除け魔法は、虫が近づけないように熱気を放つ感じですからね。接近すると虫はチリになりますから、物理的と言えば物理的でしょう。細かいことをいうなら、発火しないギリギリの温度をキープしてるんですけど、細かく説明しても物理的感が拭えませんね……。


 今はそんなことよりも、光るラインを通過して平気かどうか、その心配が最優先です。


「これを私が通過したら、死んだりしないですよね?」


「正直わからナイ」


「ええ……」


「仕方ないでショ。作動のきっかけ——通過することが発動のトリガーなのか、はたまた魔物だけに反応するのか、殺傷能力はあるのか否か、そこまで解析するのは優秀なボクちゃんにもムリダヨ〜」


「困りましたね……」


「まあ、でもたぶん大丈夫だと思うヨ」


「それを信じて通って、私が死んだらどうするんですか。一応お聞きしますけど、大丈夫だと言える根拠はなんなのです?」


「だって門を跳び超えたといっても、侵入は出来たでショ」


「確かに。灯台下暗しってことですね」


「全然違うヨ」


 単に観察力不足ダヨ——と。安全ピンがやかましいので、私はスルーしまして、光るラインを通過しました。


 そして後悔しました。安全ピンを信じた自分に。


 観察力不足と言うなら、そもそも門の上にまで兵士を配置していたことに注目すべきだったのです。


 門の下に配置された門番は、開門閉門を担当すると考えれば妥当です——この光るラインが魔物の侵入を封じているとして、じゃあどうして門の上に兵士が必要だったのか?


 そこまで考える必要があったのです。


 後悔先に立たずとはまさにこのこと。


 光るラインが上空にまで影響があると決めつけた私のミス。いえ、私と言いますか、さも上空にまで影響があって当然、みたいな言い方をしたピンボケさんのせいです。


 結果だけをお伝えしますと、ラインを通過した私は燃えました。一瞬で発火して、それはもうボーボーに燃えました。


「……………………けほ」


 でも生きてます。発火はしましたし、燃えましたけれど、私の肉体は無事です。肉体は魔法で守られました。


 肉体は——ですが……。


「ピ ン ボ ケ さ ん っ !?」


「燃えたネー」


 捨てちゃおうかな、この安全ピン。下水に投げようかな。


「まあまあ空姫、落ち着きナヨ。生き残っているんだから、誰が見ても空姫の勝ちダヨ」


「この格好を見てそう言えますかっ!?」


 黒セーラー服死亡、インナー死亡、スクールバック死亡。


 焦げたけどくるぶしソックスとローファーかろうじて存命。スパッツだけ無傷で存命——つまり私のファッションが黒セーラー服から、上半身すっぽんぽんローファースパッツになったのです。


「衣装チェンジだと思えば余裕でショ?」


「衣装チェンジがワイルド過ぎますって! どこの世界に衣服燃やして衣装チェンジする魔法少女が居るんですか!?」


「ヤダなー、この下水道に居るじゃないカー」


「……捨てますよ? 下水にリリースしますよ?」


「じょーダンじょーダン。災難だったネ……ボクちゃん凄く凄く胸が痛むヨ」


 嘘つけ。安全ピンのビジュアルのくせに、どこに痛む胸があるんだ。ちゃっかり黒セーラー服の胸元から避難して、スパッツの右腰に移動しやがって。


「これじゃ、お嫁に行けないっ……!」


「むしろ貰い手が爆増してそうだケド」


「ローファースパッツ手ブラ中学生カワイイヤッター! って寄ってくる人は嫌ですお断りですっ!!」


「隙あらば露出してファンサを欠かさない魔法少女のカガミだネ!」


「うっさい!」


 本当にうるさい安全ピンです。今更ですけど、魔法少女のマスコット的な存在のくせに、見た目が安全ピンって意味わかんない!


 もっと可愛いリボンとか、可愛くデフォルメされたアニマルモチーフが良かった!


「……これじゃお嫁はさておき、余計に外に行けない格好になったじゃないですかあ……」


「いや待つんだ空姫。プラスに考えヨウ?」


「ここまで羞恥ファッションでプラスに考えられる脳みそをお持ちの人類、存在しませんからね」


「ボクちゃんが空姫だったら、いまの状況を有効に活用するヨ」


「どうやって?」


「その格好なら、その格好になった言い訳が出来ル! つまり、その格好になった言い訳をいくらでも偽造捏造することが出来ル!」


「……なに、ひょっとしてピンボケさん、私に外に出て役者やれって言いたいの?」


「イエスオフコース!」


 ピンボケさんが言っているのは、この変態ファンサファッションであえて外に出て、今度は門から堂々と街に向かい、魔物とか盗賊とか——なんでもいいけどとりあえず被害者を演じろ、ってことなのです。


「どこの世界でも少女がそんな格好していたら、手を差し伸べるはずサ!」


「確かに」


 懸念すべき点は、差し伸べられた手の人物が性癖中学生の魔手だった場合だが——その時は殴って逃げるとして、服くらいは恵んでくれるかもしれない。


 あわよくば、お水もご飯も恵んでくれるかもしれない。


「ピンボケさんの提案ってことが一番不安材料だけれど、このままだとお水もご飯もなくて死んじゃうし……」


 この世界に来てから、ピンボケさんへの信頼はなくなりました。なぜ信頼していたのか不思議なくらいに完全消滅しましたね、ピンボケさんへの信頼。


「お水もとい汚水ならあるけどネー」


「黙るか捨てられるか、どっちか選んでピンボケさん」


「……………………」


 こういう判断は賢いのか、安全ピンのくせに生意気な。


「仕方ない……仕方ありませんね。緊急事態の演技とはいえ人を騙すのは気が引けますが、私の小さな嘘でひとつの命が救えるのですから、仕方ないと納得せざるを得ません」


「その救えるヒトツの命が、嘘をつく加害者本人ってのが、救えないハナシだよネー」


「安全ピンを下水にリリース!」


「ウソウソーユルシテー!」


 ポチャン——と。虚しい謝罪を受け入れなかった私は、ピンボケさんを下水に投げ捨てました。投げたというか、下水に叩きつけました。


「投げるなんて酷いジャないかー、あんまりダヨ」


 すぐ戻って来ましたけれど……。


「ピンボケさん……バッチィから綺麗になるまで、自力で浮遊しててください」


「加害者がリクエストできることじゃないとボクちゃん思うワケ」


「被害者ヅラするなら、もっと本格的な被害を与えますよ?」


「たとえバ?」


「安全ピンの形を保てないくらい、真っ直ぐに伸ばします」


「美しいボクちゃんの曲線美になんてことするんダ」


「うるさくすると本当に伸ばしますよ」


「……………………」


 さて。安全ピンが黙ったので、服は燃えましたけれどラインは超えられましたから、ではでは外を目指して歩きましょう——と。歩き出して、数分。


 出口が見えて来ました——が。


 出口に誰か倒れていました。


「だ、大丈夫ですか!?」


 私は即座に駆け寄り、倒れていた人物の元へ。


「う、う…………失敗……したっ」


 息はあるようでひと安心です。


 倒れていたのは、私と同じ年くらいの女の子。長い金髪。


 背中には良い感じの剣。私と違ってきちんと服も着ていますが、荷物は見当たりません。


「だ、誰かに襲われたのでしょうか……?」


 小さく私が呟くと、女の子はぼんやりしながら返してくれました。


「いえ……違くて……ちょっとなにもかもツラくて自殺しようかと……そしたらわたしよりも困ってそうなあなたに見つかってしまって……ごめんなさい」


「なるほど……」


 どうやら私は、自殺の邪魔をしてしまったらしいです。


 だから開口一番の言葉が『失敗した』だったのですね。


「あなたこそ大丈夫……? ほぼ全裸だけど……」


「私のコンディションは腹ペコです。ファッションのことは聞かないでください」


「ご、ごめんね……わたし食べるもの持ってないの」


「食料持参で自殺を計画する人、居ませんもんね」


「…………うん」


「なんで自殺なんてしようとしたのですか? もったいない」


 良ければお話し聞きますよ——と。軽い気持ちで言ってしまったことで、彼女は目を輝かせて、起き上がった。


「聞いてくれるっ!? 長くなるよお、わたしの自殺願望トーク!」


「…………なるべく短めにお願いしますね」


 こんな格好で長話なんて付き合いたくない——って本音はありますが、これでも平和を守ってきた魔法少女として、彼女のお悩みくらい聞いてあげなければ、という責任感があるのです。


「お話しを聞く前に、まずお名前を伺っても?」


 この世界の人間の名前がどのような感じなのか知っておきたい。せっかくなので情報は集めておきましょう。


「え……わたしのこと……知らない?」


「知りませんよ、誰なんですかあなた」


 知っててたまるかってレベルで知りませんよ。


「そっか……そうなんだ……えへへ。わたしはユーシアノ・ケンヌ・ケェル。長いからシアノって呼んで」


 思いのほか長いお名前で、イントネーション的に私の耳には『勇者の剣抜ける』って聞こえましたが、名前をイジるのは褒められた行為ではないのでスルーしまして、自己紹介には自己紹介をお返しします。


「わかりましたシアノさん。私は空姫とお呼びください」


 フルネームですと、この世界では浮きそうなので。


 空姫ならば、そこまで浮かないでしょう。たぶん。


 軽く自己紹介を交換しましたので、とりあえずシアノさんの自殺未遂の動機をお伺いするとしましょうかね。


「実はわたし勇者なんだけど、戦闘はクソ雑魚だし、メンタルもクソ雑魚だし、ビビりだし、なのに勇者勇者って周りには期待されるし……もうどうしたらいいかわからなくって、死んじゃえば次の勇者が現れるかなあって、じゃあ責任を丸投げしようと思って……責任と命を丸投げしちゃおうって思って……ごめんなさい」


「私に謝罪する必要はありませんよ」


 シアノさんの自殺の動機。責任感無しの動機。てか。


 こんなにも雑な勇者発表って許されるんです?


 さらっと発表され過ぎて、さらっと聞き流しちゃったんですけど……。

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