ふりすくん

レッツゴー異世界


「深淵からのいざないは、今貴様をほふる光を放つ。常闇とこやみを噛み砕き牙を砥ぎし汝の名を解放せよ——シーザットサチノールトアーザックアーザイドグレゴルノックバルカ」

 

空姫くうき、それ以上の魔力を込めるのはボクちゃんマズイと思うワケ」


「了解ですよ、ピンボケさん。なーに私はこれでも平和を守るタイプの魔法少女なのですから、周辺被害にも気を配りますとも」


「ホントに気を配ってるカイ……?」


「ええもちろん。それはもう宿題プリントのごとく」


 さあ——今朝の敵をさっさと片付けてしまいましょう。


 わざわざ通学中に現れやがって……今朝の私は朝ごはんを食べ損ねた系の魔法少女なので、ご機嫌斜めなのですよ。遅刻したらどうしてくれるんですか、本当にまったく。


夢喰いナイトメア機関——これで消えてくださいな」


 私は眼前の敵に向けて、魔法を放つ。


「喰らえ——『儚き墓なき孤独の監獄ラスト・リ・ターミナル』!」


 こうして私は、魔法少女としての今朝のお勤めを終了させたのでした。


 そして——新たなる世界への扉を開けてしまったのです。


 無自覚に。無意識に。理不尽に。



 1



 翅无つばさなし空姫くうきは日本人である。


 翅无空姫は女の子である。


 翅无空姫は十四歳である。


 翅无空姫は可もなく不可もなく——強いて言うならば可愛い方だと思います。いえやっぱり絶対可愛いです。


 翅无空姫は小さいです。なんと百三十六センチです。


 翅无空姫は胸も小さいです。かろうじて膨らんでます。


 そんな私——翅无空姫は魔法少女なのですよ。いえい。


 魔法少女の魔法が特に役に立つことなく、今現在めちゃくちゃ困っているのですけれどね。


「はてさて、困りました。困り果てました」


 困り果てました——というほど、長時間困り続けたかと問われれば、どうですかね……としか言えませんけれど、かれこれ三十分くらい(体感ですけど)は困り続けています。


「どこなんですかね、ここ……?」


 どこかわからない場所。場所は不明ですが、名称はおそらく草原ですかね。草たくさん生えています。ウケるって意味じゃあなくて、本物の草がたくさん生えてます。


「ピンボケさん。まだ場所はわからないの?」


 胸元の安全ピンに声を掛けます。途方に暮れていよいよ安全ピンに話しかけたわけではないのですよ。


「全然さっぱり不明ダヨ〜、どこだろうネ〜、ココ」


 胸元の安全ピン、ピンボケさんからのお返事。流行りの人工知能というわけではなく、私を魔法少女にした喋る安全ピンです。雑に言ってしまえばマスコット的な存在ですね。


 目も口も耳もありませんが(ビジュアルがガチの安全ピンなので)、基本的に問い掛けにお返事をくれるだけの安全ピンです。


 名前は私が付けました。可愛いと思って。


「困り果てましたね……」


 お腹も空きました。寝坊して、学校の支度をして、朝ごはんを食べ損ねて、通学路で魔法少女らしく敵と戦い勝利して——気づけばここに。


 通学中だったので、当然ながら制服ですしローファーですし、草原を歩く格好とはとても言えませんね。日中の草原と言えばそよ風にふわりとなびく白いワンピースに麦わら帽子が私の理想的なファッションなのですが、黒セーラー服って。


「とりあえず移動してミル〜?」


「どこに移動するというのですか……?」


 右も左も前も後ろも草草草。


 見渡す限り草しか見えない。


「この状況で歩き回るって、迷子の法則として正しいとは言えませんよね。あと靴下がくるぶしソックスなので、草の中歩きたくないです」


 私飛べないんですよね……魔法少女なのに。箒とか乗れませんし、箒なんて持ってないです。ほとんど空っぽのスクールバックしか持ってません。


 教科書は学校の机に放置系魔法少女なのです。合理的。


「助けが来るなら動かない方がイイかもネ。でも助けが来ると思えるカイ?」


「思えません」


「ダヨネ〜」


 誰が来ると言うのだ。魔法少女は私一人だし。


「移動するにしても、どっちに向かうのがベストだと思うのですか。移動をアドバイスして来たのですから、当然向かうべき方向を示してくれるのですよね?」


「ちょっと待ってネ」


 そう言ったピンボケさんは、少し光を放ちました。


「半径二十五キロを魔力スキャンしたけれど、南東の方角に集落みたいな場所があるカモ」


 ちょっぴり発光するだけでそんなことできたんだ……。


 かれこれ一年くらいピンボケさんと魔法少女やってるけど、知りませんでした……なにその機能初耳です。


「そんなこと出来るなら最初からしてくださいよ。どうして無駄に三十分間、私を困らせたのですか」


「だってー。困り顔の空姫が可愛かったんだモン」


「じゃあ仕方ないです。にへへ」


 可愛かったのなら仕方ありません。魔法少女は、それなりに可愛くなければ務まりませんからね。


 魔法少女だから可愛いのではなく、可愛いから魔法少女なのです。自論です。自論ですが正論です。


「てか南東ってどっちです?」


 方角を言われても理解できないタイプの魔法少女が可愛いと思ってるわけじゃなくて、本当にわからないのです。


 仮にここがよく知っている場所だとしてもわかりません。


 もっとこう具体的に、右とか左とかで言ってくれないとちんぷんかんなのです。魔法少女は少女なのでカーナビじゃあないんですから。


「前方に斜め右ダヨ」


「斜め右ですね、わかりました」


 仕方ありませんね、歩きますか。


 踝ソックスにローファーというコンディションで草原を歩くとしましょうかね。嫌だなあ……。


 嫌ですけど、ここにずっと居てもお腹空いて死んでしまいます。草でちくちくするのを我慢して、斜め右に歩き出しました。


 しばらく歩くこと数十分。遠目にですが、ピンボケさんが言っていた集落(?)がうっすらと見えてきました。


 遠目に見えた集落。成績は悪いけれど目は良いので、うっすらシルエットが見えれば、ほとんど見えているに等しいのですけれど、果たして私から見えているあれは、集落と呼ぶべきモノなのでしょうか?


「ねえねえ、ピンボケさん」


「なんダイ? 空姫」


「あれさ、お城じゃない?」


 どこからどう見ても城。だってそこそこ遠い距離からボーッと眺めても城なのだ。シルエットが城ならそれはもう城。


 キャッスル過ぎた。いささか外観がキャッスル過ぎた。


「城だネ。ココ絶対日本じゃないネ」


「うん、ですね」


 将軍が居そうなお城じゃない。キングが居るタイプのお城です。日本にある夢の国のお城よりもリアルでファンタジー感満載のお城。


「城下町……って感じなのかな、あれ……?」


 城下の外側を囲むように川が流れていて、内側は高い壁に覆われている。


 川を渡る橋がひとつ。橋の向こうに大きなトビラ。


「なにここ、ひょっとして異世界って感じなんです?」


 草原だらけですし。お城ありますし。


 そんな使い古されたテンプレート的状況に、現在の私は直面していると?


「ちょっと待ってネ」


 ピンボケさんがまたしても発光。発光がショボいので、日光に照らされてるだけに見えちゃいますね。


「空姫。日本じゃないことはわかってたと思うケド、どうやらココ、地球でもないミタイ」


「そんなことってある?」


 なにその発表。知らない外国とかじゃなくて、惑星から違うってなんですそれ。


「どうしてわかるんです?」


「地球より小さいからネ。地球の大きさと比べてミタけれど、地球よりもひとまわり小型だと判明したヨ」


「地球の大きさからさっぱりわからないので、ひとまわり小さいって言われてもパッとしません」


 さておき。地球じゃない。


 いや、そんな発表された場合の正しいリアクションもといベストな反応、私が知っているわけないじゃないですか。学校で習ってないことは出来ません。学校で習っていても出来ないんですもん。


「そっかあ、地球じゃないのかあ」


 これが精一杯。これでも慌ててますし、焦ってますし、不安に胸がいっぱいです。お腹は減ってます。


「どうすル? あのお城行ってミル〜?」


「通してもらえると思います?」


 黒セーラーにローファーの可愛いだけの女の子が、果たして異世界の門を素通り出来るのでしょうか?


 うん、絶対できない。無理です無理無理。


 だってチラッと見えるんですけど、鎧着た門番っぽい人居ますし、鎧着た門番っぽい人、みなさんもれなく槍持ってるんですよ。


 とてもじゃないですけれど、こんな可愛いだけの女の子を顔パスさせてくれる格好には見えません。


 たぶん刺されますよ。槍で。グサっとやられます。


「空姫は槍なんかで殺されたりしないと思うけれどネ」


「そりゃあ、反撃するもん。正当防衛しますもん」


 刺される前にきちんと対処しますとも。


 あ、でもそれじゃ正当防衛になりませんね。じゃあ軽く相手を泳がせて、先制攻撃させねばなりませんね。


「顔パスがムリで、空を飛べない空姫があの門をくぐるにはどうすればイイのか。ボクちゃんにたったひとつの冴えたやり方があるんだケド、どうすル〜?」


「そのたったひとつの冴えたやり方とは?」


「門なんてジャンプして跳び越えちゃえばイイんだヨ」


「やれやれピンボケさん、さては天才ですね」


 それしかない。それしかあるまい。


 善は急げ。お腹は空いてるけれど、それよりも今は地味に歩いて疲れたから水が飲みたい。


 ピンボケさんの天才過ぎた提案を即採用した私は、変身しました。


 変身というより装着なのですが。


 スカートの下にパンチラ防止のスパッツが一瞬で現れるだけの変身です。それ以外——髪色も身長も黒セーラー服もローファーも、どこにも変化ありません。


 言ってしまえば、スパッツ穿いただけです。


 変化がなさ過ぎて変身ポーズも取れません。虚しいだけですもん。


「とーうっ!」


 私は——変身しても飛行出来ない私は、それでも跳躍は出来るので、大ジャンプ。


 綺麗な放物線を描き、お城の門をひとっ跳び。


 あとは着地するだけ——だったのですが。


「なんだアレは!? 魔物の襲撃だ——っ!」


 て射て——と。門の下に居た門番には気づかれませんでしたが、門の上に居た門番には気づかれちゃいまして、大量の矢が放たれました。このままですと、私は空中で蜂の巣になってしまいます。


 ものすごい精度で私目掛けて放たれた矢——それをさえぎるように両手を突き出し広げて、私は魔法を発動。


「『魔法障壁展開コッチきちゃダメー!』」


 仕方なく矢を撃ち消します。だって刺さったら大変です。


 撃ち落としても良かったのですが、落としたら下に被害が出ると思いましたので、放たれた矢は展開した魔法障壁でチリにしました。チリにしちゃえば風に飛ばされるので、下に被害はありませんからね。私ナイス。


 ですが問題があります。


 今気づいたんですけれど、着地ってどうすれば良いと思います? 私、身長は小さいですし膨らみも小さいですし、体重も三十五キロなんですけれど、めちゃくちゃ高い門トビラを跳び越えるのにおよそ三百メートルくらい跳んでるんですよ。


 着地——と言いますか、このままだと落下になるんですよね。


 下の被害を気にして矢を撃ち落とさないことを失念しなかった私は、自身の落下で下に被害を与えそうなんですけど、どうしましょう——ズドーンっ!!!


 考えていたら、落ちちゃいました。無傷です。


 幸運なことに、私に下敷きにされた人は居ませんでしたけれど、広場(?)に落下してしまいました。


 落下した衝撃で舞い上がる土埃。


 異変に気づいた兵士たちが、広場(?)に集まってくる。


 仕方ないので逃げました。土埃で姿を隠して、路地裏っぽい路地に逃げました。


「消えた……っ!? 探せえええ! 敵はまだ近くに居るぞ、探せ探せえええっ!」


 兵士が叫ぶ声を背中で聞き流した私は、割とあっさり逃げることに成功。


 無能な兵士で助かりました。あとで広場はたぶん直しますので今は見逃してください——と、胸中で呟きながら、私はひとまず下水道に身を隠すことにしました。


「……臭い」


 下水道は臭いです。世界共通なんですね下水道の臭さ。

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