可哀想な私のママ
ミスイエスタデイ
大丈夫
「唯ちゃんはさ、全然不幸じゃないよ。だって支えてくれる人がたくさんいるじゃない。だから全然不幸じゃない。」
身支度をしながらママはそう言った。その通りよ。私の周りには私を支えてくれる人がたくさんいた。
でも、確かに不幸ではないけど幸せに思えないのはなぜかしら。
ねぇ、ママ。ビューラーで大きく見開かれたママの瞳に映ってる景色は子どもの私の小さな瞳が見ている景色とはまるで違うんだね。親子で同じ遺伝子を分けても見えている景色がこんなにも違うだなんて。でもこれを不幸と呼んではいけないのね、きっと。だってそんなこと言ったらママは悲しむもの。一緒にいる時間にママを困らせるようなことは言いたくない。
ママはたまに帰ってきて何日かすると遠くへいく。それがどこなのかは誰も知らない。聞いても教えてくれない。
いつもそうなんだけど離れるときにはやっぱり寂しい。でも前に一度私が泣いたときおじいちゃんとおばあちゃんは「そんなに寂しいならママと一緒に暮らしたらいいじゃない。」と絶対に叶わないことを言われてしまうので寂しい素振りは見せられない。
「唯ちゃん、また来るね。また電話するね」
身支度を終え口紅塗りたての真っ赤な唇でママはそう言い大げさにハグをする。
ママの髪の匂いと香水の匂い、化粧品の匂い…もちろん体臭も。いろんな匂いが混じった《ママの匂い》がたまらなく好きだ。この瞬間しか嗅げない最高の匂い。
ぐっと頬に力を入れて奥歯を噛む。自分の顔が不安に悲しそうに寂しそうに見えないように。
「大丈夫、また電話してね。ママ、体に気を付けてね。」
と言葉を振り絞る。
私は何が大丈夫なんだ。何に大丈夫って答えたんだ。
玄関にはすでに妙に馴れ馴れしい口を利く知らない男がママを迎えに来ている。この前迎えに男とは違う男だが興味はない。
おじいちゃんとおばあちゃんは早々に家の中に入ってしまったが、私は去っていく車が小さくなって角を曲がって見えなくなるまで手を振った。「ママさ、やっぱ唯ちゃんと暮らすことにしたよ!」って戻ってきてくれないかな。そんなことあるはずないのは分かってるんだけど。
「早く家に入りなさい」
玄関先からおばあちゃんの声がした。早く家に入らないとまた嫌味を言われる。
大丈夫。またママは会いに来てくれる。
可哀想な私のママ ミスイエスタデイ @chanmana
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