第11話
「その【
テオドールの口から出てきた【
人の神聖力を盗むことができる?
その【
テオドールの問いに、アンリエッタは言葉を詰まらせている。涙もいつの間にか引っ込んでいた。
「……これは、家族からの贈り物ですわ。まさか【
美しい顔を歪ませながら小さな声で言ったアンリエッタに、テオドールはやはり仮面のような笑顔を向けていた。
「本当にそうでしょうか。それにしては先程、隠すような反応をされていましたが」
「突然のことで驚いただけですわ。そもそも人の神聖力を奪う【
「確かに、そんな【
「っ、あなた、わたくしに何を言っているのかわかっているの!?」
テオドールの言葉に、アンリエッタの顔が怒りでみるみる赤くなる。
「シーウェル伯爵家を侮辱するつもりですか!?」
非合法な【
レベッカも話の内容を聞いて震えた。証拠もないのに貴族相手にそんなことを言って、大魔法使いという立場とはいえ大丈夫なんだろうか。
「では、まずはその指輪を見せていただけませんか? もし僕の勘違いでしたら、誠心誠意謝罪させていただきます」
「それはっ」
応接間にいる全員の視線が、彼女に注がれているのに、アンリエッタはぐっと奥歯を噛み締めてテオドールの手を凝視するだけで、指輪を渡そうとはしなかった。
それがほぼ答えだった。
「アンリエッタ様……」
呻くように思わずアンリエッタの名前を呼んでしまう。彼女が人の神聖力を盗んだりしていないことを信じたいのにそれができない。
キッと、水晶のような水色の瞳ににらまれる。
「……あなたのせいなのよ」
「……ッ」
「わたくしは伯爵家の娘で、両親からも愛されて育ったの。それなのに五歳の神聖力検査で一番目立っていたのはあなただった。ただの平民だというのに、わたくしよりも目立つのは許せなかったのよ。あなたのせいでわたくしはお父様に怒られたわ。平民に負けるなんてみっともないって――」
彼女の美しい桜色の唇から吐き出される言葉は、泥のようだった。
「だから私はあなたの神聖力を奪ったの。お父様にもそうしろと言われたもの」
神聖力が多ければ、位の高い魔法使いの最愛に選ばれる可能性がある。
貴族としてふさわしい相手を見つけろと――そう伯爵に言われたらしい。
「神聖力を奪うだけとはいえ、平民のあなたと一緒に過ごすのは気分が悪かったわ。メイドみたいな扱いをしてもヘラヘラと笑っていて、わたくしが内心馬鹿にしていたのも知らないでしょ?」
いままでのアンリエッタとの思い出が、ガラガラと音を立て崩れていく。あの時手を差し伸べてくれたのも、これまでの日々も、すべて偽りだったとしても彼女との時間はとても楽しかったのに。
それすら泥で塗りつぶされて、レベッカは胸に重りをのせられたような気分だった。
アンリエッタから視線を逸らすのと、テオドールに手を掴まれるのはほぼ同時だった。
その暖かな温もりに、胸がほんの少し軽くなる。
テオドールはレベッカの手を取りながらも、笑顔の仮面をアンリエッタに向けていた。
「人の神聖力を奪っていたのを、認めるのですね?」
「ええ、そうよ。でも、だからってどうしたっていうのかしら。【
神官が額に手を当てて、大きなため息を吐いていた。
「貴族でしょうが、平民でしょうが、聖女に体罰を与えることはありません。ですが、【
顔を青ざめるアンリエッタに、テオドールがなおも追い打ちをかける言葉を口にする。
「シーウェル伯爵家にも調査が入るでしょう。非合法の【
魔法使いの魔力と聖女の神聖力は比例する。だから神聖力が極端に少ないレベッカはテオドールが訪問してきた時、一度も呼ばれたことはなかったのだ。それが大魔法使いの最愛探しを難航させてしまった。
運良くレベッカが庭で犬を拾うことがなかったら、獣化したテオドールはそのまま人間に戻ることができずに身も心も獣になってしまっていただろう。
大魔法使いの損失は、王国にとっても損失だ。
だからアンリエッタとシーウェル伯爵家の企みは、より悪質なものとして捉えられることになるだろう。
◇◆◇
憔悴したアンリエッタを、メイドたちが連れて行く。
その後ろ姿を見て、レベッカは思わず隣にいるテオドールに訊ねていた。
「……アンリエッタ様は、どうなるのですか?」
「神聖力を奪うのは重罪です。ですが、彼女も聖女ですから。魔法使いの最愛に選ばれれば、神殿を出てそれなりに暮らしていくことはできると思いますよ」
ただこれまでのように生活するのは難しいだろう。
今回の件が露呈すれば、彼女は人の神聖力を奪っていたのだと、後ろ指をさされて生活をすることになるはず。これまでのレベッカのように。
アンリエッタがそんな生活をすることになると考えるとゾッとするが、ついさきほど彼女が見せたレベッカに対する怨嗟は相当なものだった。今更彼女を庇うようなことは、できそうにない。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
テオドールの心配そうな顔を見て、レベッカは消え入りそうな声で頷く。
今日は朝からいろいろなことがありすぎた。
テオが大魔法使いだったこと。その大魔法使いの最愛に選ばれたこと。それからアンリエッタの自分に対する憎悪。
そのすべてを背負うには、レベッカはまだ未熟だった。
「レベッカさん」
テオドールが優しくレベッカの名前を呼ぶ。
彼の笑顔を見ているだけで心に温かさが染みてきて、胸の重しとなっていた泥が少しずつ取り払われるように感じる。
「今日はゆっくり休まれてください。明日には迎えに来ます」
「明日……」
「ええ、あなたは僕の最愛なのですから」
そう言うと、テオドールはレベッカの手の甲にそっと口づけをした。
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