第6話
「あ、ありました!」
その声が響いた瞬間、レベッカは全身から血の気が引いていく思いがした。
メイドが手に持っているのは、アンリエッタの亡き祖母の形見である、大きなルビーの付いたブローチだ。
それが、レベッカの部屋にあるタンスの引き出しから出てきた。
「そんな……」
口を押えたアンリエッタが、青ざめた目を向けてくる。
「まさか、あなたが盗んでいたなんて……」
「ち、違います。私では、ありません!」
「なにが違うというの!? こうして、あなたの部屋から出てきたのよ」
なんとか絞り出した声に、アンリエッタの大きな声が重なる。
本当に違うのだ。レベッカはアンリエッタの部屋からブローチなんて盗んでいない。だから引き出しから出てくるわけがないのに……。
でも、いくら目を凝らしてみてもメイドが掲げているものは、前に見せてもらったアンリエッタの祖母のブローチだった。
(どうしてこんなものが私の部屋に)
わけがわからずに混乱するレベッカに、アンリエッタの懐疑的な視線が突き刺さる。その表情はいつもみたいな美しい笑顔ではなく、他の聖女たちから向けられるような、蔑みに満ちていた。
「親友だと、あなたを信じたわたくしが愚かだったわ」
「……違う」
言い訳をしたくても、レベッカの部屋から彼女の祖母のブローチが出てきたのは事実だ。誰よりも自分が犯人ではないということがわかっているのに、どう弁明すればいいのかがわからない。
「レベッカ。アナタも所詮は他の人と同じだったのね。……もう明日から、わたくしのところに来なくてもいいわ」
「アンリエッタ様……。でも、私は」
盗んでなんかいないのに。言葉が絡まってうまく言えない。
「ごきげんよう、レベッカ。あなたみたいな人がわたくしの親友なんて、最初から間違いだったのよ」
一瞥もくれることなく、アンリエッタは部屋から出て行ってしまった。
アンリエッタがいる間、ずっとおとなしかったテオが近づいてくる。
しゃがみこんだレベッカに体をすりつけてくる。
「テオぉ……」
銀色の毛に顔をうずめる。ふんわりと包み込むような温かさがあった。
ひっくひっくとすすり泣くレベッカのことを、テオは抵抗することなくずっと寄り添ってくれていた。
その日の夕食を食べそびれたことに気づいたのは、自身のお腹の音が鳴ったからだった。
ぐーきゅるるる――と虚しい音が部屋の中に響き渡る。時計を見るともう夜中の零時を回っていた。どおりでお腹が空くはずだ。いまから食堂に行っても開いていないし、夜中は基本的に外出禁止。
どうしようかなと泣き腫らした目でボーとしていると、「くぅん」とテオの鳴き声が聞こえた。
レベッカの服の裾を噛み、引っ張ってくるので大人しくついて行く。
テオの導く先にあったのは、彼がいつも食べているビスケットの袋だった。
「テオ、お腹空いたの?」
不満そうにテオが鳴く。違うと首を振っているようだ。
(やっぱりテオは人間の言葉を理解しているのかな。どうせならテオの言葉がわかったらいいのに)
テオの言葉はわからなかったけれど、レベッカの服の裾を引っ張り続けるので、なんとなく察することができた。
「もしかして、私に食べろって言っているの?」
テオの頭が勢いよく上下する。
犬用のビスケットだと思ったけれど、人間も食べられるのだろうか。
思考は、自分のお腹の音で打ち消された。
「お腹空いているし、とりあえず食べてから考えよう!」
ビスケットの袋を開けると、その一枚を口のなかに入れる。柔らかい触感で、ほのかに甘みがあった。
「美味しい」
思わずもう一枚食べる。もう一枚、もう一枚と食べ続けると――袋の中身が無くなってしまった。
「あ、テオのご飯が」
クッキーとポーションはまだ残っているけれど、これだと三日しか持たない。ベンジャミンさんが次いつ来るかもわからないのに。
「ごめんね、テオ。明日厨房でなにか貰ってくるから」
謝るレベッカに、テオは鼻を鳴らす。どこか呆れたような人間臭い様子に、ふふっとレベッカの口から笑い声が漏れた。
その日の夜は、テオの温もりを感じながら、レベッカは眠りに落ちた。
◇◆◇
平民出身の聖女であり、寄生虫と呼ばれているレベッカが、アンリエッタの大切なブローチを盗んだ――という噂は、翌日には神殿内に広まっていた。
他の聖女たちはもちろん、神官たちや神殿に努めるメイドたちの間でも囁かれているようで、レベッカに向けられる視線はさらに冷ややかなものになっていた。
それでもレベッカはテオにえさを与えて、散歩をした。
散歩をするときのテオは前みたいに聖女に突進していくことはなかったものの、レベッカに直接暴言を吐いてくる聖女たちに向かって低く唸ることにより追い返してくれた。そこで初めてレベッカは、テオが聖女に飛びかかるのはレベッカの悪口を言っていた時だということに気づいたのだ。
そのまま三日が過ぎた。
神殿内の各所から向けられる視線が怖くて食事とテオの散歩以外で部屋から出られないレベッカを心配したのか、テオは毎日のように一緒の布団で寝てくれた。その温もりが、唯一レベッカを癒してくれる。
そうしていつものようにテオの銀色の毛に顔をうずめて眠った翌日――。
テオの銀色の毛が鼻先をくすぐり目を覚ましたレベッカは、寝起きの目を擦り、パチパチと瞬きをする。
「顔、洗ってこようかな」
寝起きだからきっと見間違えているのだろう。
顔を洗って再び部屋に戻ってきたレベッカは、起きた時とあまり変わらない光景に、小さな悲鳴を上げた。
「て、テオが……大きくなってる!?」
昨夜まで中型犬ぐらいのサイズだったのに、いまのテオはレベッカと同じぐらいのサイズだ。
やっぱり見間違えじゃなかったんだ。
さすがに成長期とは思えない成長のスピードに、レベッカは混乱していた。
「べ、ベンジャミンさんに報告した方がいいかな」
なにかの病気かもしれないとレベッカが狼狽えていると、テオが目を覚ました。伸びをしてから顔を巡らしてレベッカを見つけると近づいてくる。
「テオ、おはよう。それにしても……成長したんだね」
レベッカの言葉に、テオが首を傾げる。ハッとなにかに気がつくと、部屋の中にある鏡に向かい、それから「ワオン」と喜ぶように吠えた。
それからすっかり浮かれたテオは、部屋の中をくるくるくるくる回り始める。
「え、テオ、どうしたの?」
突然のことに戸惑っていると、テオの姿がぼんやりとかすんでいく。
そして、その後に現れたのは――。
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