30:次は逃さない


「立ち向かうなクラヴィス君!コイツは二人で敵う相手じゃない!」


一旦引いて体勢を立て直さねば──




『何処ヘ、行ク?』




「……は?」


誰だ?

いや、分かっている。喋ったのが誰かは分かる。なぜ喋ったのかは分からない。


『俺ヲ見ロ。コレカラ……オ前ヲ切リ裂ク、爪ト牙ダ。ソノ姿ヲ見ロ』


空から降ってきた例に漏れず、鳥のように強靭な翼。刺々しさのあまりに殺意の昂る形をした、嘴に似た近接武装をも備えている。


カラスのような造形に、ドス黒い羽。漆黒の尾羽が揺らめく度に、空気がひりつくのを感じる。生物には決してあり得ないボディカラー。濡羽色なんて生優しいものではない。鉄臭いのはシングそのものの臭いではなく、こびりついた血液の臭いだろうか。刃を交えずとも、コイツのヤバさは一級品だと実感できる。


「……わざわざ殺害予告かい?そりゃご丁寧にどうも」


シングには知性と独自の言語がある。だから人の言葉を使う意味がない。逆に言えばそれだけで、話そうと思えば話せるのか……。


仮に彼らが人間社会に紛れて欺瞞や讒言を蔓延らせたならば、一瞬で種が絶滅しかねないほどに危険な特性だ。やはり人類が生きているのは偶然にすぎない。


「人間が嫌いなのに人間の言葉を使うのかい?なぜ?」


『戦ノ前ニ語リ合ウ。死ニユク者ヘノ手向ケカ?人間ノ文化ハ、興味深イ。ダガ、オ前タチハ、俺ヲ貶メタ……。許シハシナイ』


人間に貶められた……?シングは基本的に彼ら自身の手で生産される。シンギュラリティとはそういうものだ。大戦から時が流れ、人間の手によって作られたオリジナルはまったく残っていないから、コイツもシング製のはずだが……。


「人間と、既に関わりが?ぜひ話を聞きたいね……」


モノローグ独白ハ、非合理的行為ダ。人間トハ、相容レナイ。理由ハ、コレデ十分』


「やけに人間に詳しいな。ひょっとして人工シングってオチかい?企業連なら考えそうなことだ」


『フム。死者ヘノ手向ケ話ハ、初メテダ。シカシ存外、面白イモノダ。教エテヤル。……俺ハ、マダ生マレテ間モナイ。人間ガ俺ヲ生ンダ』


「人を憎んでるのかい?仮にも親だぞ?」


『人ハ傲慢。ソレ故ニ。俺ヲ製造シタ奴ラハ、俺ニ知性ガ有ルト、微塵モ考エナカッタ』


ヤツをつぶさに観察すると、MP社のロゴが刻印されているのが見えた。これまでに経験してきた戦闘の影響か、それは焦げて消えかかっているが、紛れもなく、人間の手によって生み出されたシングであるという証明だ。


シングを兵器転用しようとしたMP社だが……成功していたのか?いや、こいつの話ぶりを聞く限り、完全に制御不能と化しているから計画は頓挫したんだろうけど。何にせよ、早いとこどうにか無力化しないとまずい!




『サア……オ前ノ罪ヲ数エロ!』




「おや。ドラマが好きかい?ボクもさ。旧時代の娯楽は名作揃いだからね」


今のセリフは極東発の有名なテレビドラマシリーズから引用したのだろうか。このシングの知性、実に興味深い。




「ところでクラヴィス君、呆気に取られてないで早く手伝っておくれよ!」


「はっ?……ああ、分かってる!クソッ、結局デルタとやり合うのかよ!流暢に喋るってのがまた……やりにくいな!」




『人間ハ、己ト同ジ形ヲシタ、同ジ言葉ヲ使ウ相手モ、殺ス。言葉ガ違ウナラ、尚更殺ス』




敵は着地の際に潰れた他のシングを放り投げて攻撃してきた。牽制が狙いか?


「いいピッチングだ!だが角度が甘いね!」


とにかく距離を詰めるため、最低限の動きで避けつつ前へ、前へと進む。クラヴィス君は残骸を斬り裂きながら迫っていく。相変わらず化け物じみた脳筋スタイルだな。


「追いついたぜ。たっぷり喰らえってんだ、クソ野郎!」


果敢な袈裟斬りは惜しくも躱される。バックステップで退いたシングは、ボクの方を見据えておもむろに口を開けた。


「避けられたか!……んなッ!?アラン、備えろ!」




『──出力50%。コレデ終ワラセヨウ』




尾羽から嘴までが直線上に並ぶ。


……いや、尾羽や嘴のように見えるだけで、アレはあくまでも機械のパーツだ。ゆえに、その形でなければいけない機能を有しているのだ。


直線上で長い距離を確保し、二股に分かれた尾羽がピンと伸びる。


辺りの風が変わり、痺れるような空気で頭からつま先までが覆い尽くされる。


次の瞬間、身体の芯を掴まれ、グンと引き寄せられるような感覚がボクを襲う。




『──撃チ貫イテヤル』




理解はできた。だが、それを行動に移すには神経回路の伝達速度が遅すぎた。


その兵器は、古くから構想自体は存在していたそうだ。発端は世界を壊した大戦のさらに前、最初の世界大戦まで遡ることができる。


強い電磁力で、弾丸を音速の数倍まで加速させる兵器。原理はシンプルながらも、威力は火薬を用いたあらゆる大砲を凌駕する。


レールガンだ。


まずい、避けなければ……!避けなきゃやられる!避ける?どこへ?音速を容易く越える弾丸を?


無我夢中で横っ飛びをかましてみるも、彼奴のプラズマを発する口蓋は、変わらずボクを真正面に捉えていた。




……終わり、なのか。




「間に合わな──」


「うおおおおおおおあっ!?」


多分、弾丸の加速が始まっていたと思う。


ボクの金属製ボディは磁力に敏感らしく、発射に伴い生じた磁力の乱れをモロに体感してしまった。まるで背骨を直接掴まれたような感覚だ。


だが助かった。





「──死なせてたまるか。アンタがやられちゃ義理を通せねぇんだよ!」


「あぁ?その……。感謝する。クラヴィス君」


自分の脳がまだ身体に収まっているのが信じられず、頓狂な声を出してしまった。


弾丸は我々のすぐ側を掠め、後方で轟音を立てる。地面が深く抉れたのだろう。着弾点は砂塵に覆われた。


直撃は避けた、が……。




「ぐ、ぅっ!おぇッ……!?」


「まったくキミは!何をやってるんだ……!」


ボクを庇って傷を負うだなんて、まったくどうしようもないバカだ。


「少し休んでいろ、あとはボクが」


「すま、ん……」


音速の数倍で飛翔する物体が真横を通ったわけだから、ボクたちの損傷はかなり酷い。弾丸によって切り裂かれた空気の余波だけでも、人間の肉体は容易く崩壊する。


ボクのボディはそれなりに頑丈だから、衝撃の影響は少なかった。がむしゃらにボクを突き飛ばしてくれたクラヴィス君は、我が無機質な金属製ボディの陰に隠れていたものの、深手を負ってしまった。鼓膜と三半規管をやられたのだろう、命に別状はないが戦うことはできない。




「はぁ……。随分とやってくれたね」


『生キテイタカ。運ガ良イ。誇レ』


「いや、誇るのはそっちの大バカ野郎のほうさ。彼のおかげで生きているんだし」


『倒レタノニ、誇ルノカ?』


「ああ、誇るべきさ。自分の身も顧みず咄嗟に行動できる人間てのは恐ろしい。ましてや、ボクは彼の数倍頑丈なのに……。よくもまあ庇ったものだ」


『確カニ、弾ノ衝撃ヲ受ケテ尚、損傷ガ見ラレナイ……。義体、ナルホド』


あれほどの高威力弾を放ったあとだが、消耗している様子はない。彼奴の構造を解析したいところだが、まず無力化に成功しなければ命がいくつあっても足りない。


ああ、最近は一人でピンチを乗り切ることが少なかったものだから、勘が鈍っているな。だが、ボクはたとえ腐ってもスラムの生まれだ。……もともと腐ってるか。とにかく、生き汚さには一家言ある。


やるしかない。一瞬の隙を手繰り寄せるだけでいい。それで終わる。


ここに来た目的を忘れるな。今、真の敵は目の前のシングではない。ヴィーヴィーだ。ヤツを打倒するための偵察戦力を確保しに来たんだ。やるしかないんだ。


そう、こちらには対シング用のマルウェアがある。ヤツの外殻を突き破って直接内線に触れさえすればボクは生き延びて、その上目的も達成することができる。二つに一つ、やるしかないぞ、覚悟はいいか?




『エネルギーチャージ、出力60……。次ハ逃ガサナイ』


仕切り直しだ。

次で仕留めてやる。

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Vの響宴〜個人による評決と非合理的復讐の同義性、または我儘少女と復讐者の交錯〜 百々鞦韆 @DoDoB717

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