29:デルタ

「クラヴィス君!……表か裏か」


「コイン遊びか?オレは賭け事に興味ないんだが……」


「なに、負けたら一杯出すだけさ。ちょっとした暇つぶしだ、付き合ってくれよ」


「じゃあ、表」


「キミはこういう時いつも表だよな。よし、それじゃあ……。イカサマを疑われても困るから、キミにコインを弾いてもらおう」


「オレがイカサマするかもしれないぞ?」


「イカサマは技術だ。バカにはできんよ」


「……ちょっと傷ついたぞ」


「ハッタリや虚勢のひとつでも張ればよかったものを、バカ正直に告白してる時点でねぇ」


「言ってろ。今日はオレが勝つからな」


小気味良い音を立てコインが弾かれる。

天井近くまで舞い、やがてクラヴィス君の手に収まる。




「……おお、表だ!」


「なかなかやるじゃないか。ふむ、何が飲みたい?」


「これから出かけるんだ、酒はいい。……その代わり、アンタがどんなイカサマをするつもりだったのか聞かせてくれよ?」


「イカサマなんかしないよ?今回ばかりは、運を試してみたかった」


「こないだのサイト2の件で、運を使い切ったのかもしれないな」


「かもね。ただし、この勝負は決して公平なものではなかった」


「……?」


「キミは、コインが表を上にして落ちる確率はどれくらいだと思う?」


「二分の一だろ。オレでもそれくらいは知ってるぞ」


「うむ。それが机上の理論だ」


これから話すことはボクお得意の詐欺師論法だが、それはつまり真実を脚色したものである、ということ。人を騙す時は適度に真実を混ぜるのが効くんだ。




「実際に二分の一になるかと問われれば、そううまく行くわけでもない。コインを10回投げて、5回だけ表になる、なんて都合よく事が回るはずはない」


「はあ……」


「運勢には波がある、なんて言うが、実際は本来あるべき理論上の値に近づいているだけなんだよ。コイントスの場合は……何万回かやれば誤差は小数点以下になるだろうか」


だから、運というのはつくづく恐ろしい。

9割方成功する作戦を立てたとして、何度も何度も試行したが一度もうまくいかなかった、なんてことが平気で起こりうる。


「アンタの言いたいことはよく分からんが……。今度の戦い、チャンスは一度きり。確率の話なんかされなくっても、オレは全力で自分の使命を果たすだけだ。ずっとそうやって生きてきた」




「……この話のオチは『コインは模様の関係で重心がズレてるから、裏が出る確率が若干高い』ってコトだね」


クラヴィス君はいつも表を選ぶから、他に小細工は弄さずに賭けを持ちかけてみたが……。ボクの運が悪かったようだ。


「つまりキミは単純な運で、不利な勝負に勝った。オカルトを否定するような話をした矢先だが、オカルト的に言えば今のキミは運の波に乗ってるわけだよ。次の作戦はとびきりスリリングだからちょうどよかった!」


運が悪いと死ぬより酷い目に遭うからな。

クラヴィス君が不安な顔をしているが、まあいつも彼は危ない橋を渡っているから大丈夫だろう。









「……で、なんで壁の外に来たんだ?」


ここは壁外。シングの跋扈する荒れ地である。


「MP社の残した負の遺産……。シングをコントロールし兵器転用するなどというぶっ飛んだアイデアがあったろう?アレを再利用してヴィーヴィーに挑む」


シングのコントロールは荒唐無稽なアイデアだが、発想は悪くない。彼らの複雑怪奇なコードに介入できる技師と、シングを捕縛できるだけの解体屋がいれば、理論上は可能。


「シングを捕まえてこいって言ってんのか?アンタで…バカだな」


「えへへぇ」


「下手くそな照れ笑いだな。つか褒めてねぇし。シングなんて斬るだけでも一苦労だってのに、生け捕りだと?無茶言うなよ」


「できれば飛行型のシングがいい。視野が広くて偵察向きのヤツ。我々が確保できる数少ない航空戦力になるからね」


シングを誘き寄せるために、誘引器を用いる。シングは狩りに特化した高度な知性を持っているため、人間の発する救難信号の電波をキャッチして襲ってくる習性がある。それを逆手に取るのだ。


「こうしてわざと暗号化してない救難信号を出せば、シングが寄ってくるわけさ」


「最近はそれをシング解体に使う奴らも増えてるらしい。大規模なチームならわざと誘き寄せたとしても安全に戦闘できるってんで、企業の息がかかってる解体屋なんかがよくやる手法なんだってよ」


誘引器、匂い袋などと呼ばれるコレは、いつぞやの違反MOD使用者が持っていたように入手法は闇市で仕入れるのが主だった。


しかし、MP社の崩壊により企業連が独占していた戦力が一部民間や他企業に流出するとシング解体の効率が上がり、誘引器の需要が増加。それに伴い、闇市に行かずとも手に入るようになったのだ。


「シングにはある種の群知能が備わっている。誘引器のように無防備な救難信号を発する信号源に対し無警戒に突撃してくるシングはおそらくほとんどいなくなっただろう。だからこそ、だよクラヴィス君」


「……えーっと?」


「敵をコイツで誘い出してやると、奴らはまず斥候を放ってくるはずだ。ここがミソ。なぜならボクたちの目的はその斥候、偵察用の飛行型シングなのだからね」


ボクが語り終える前に、砂塵の向こうから飛翔する影がやってくる。十体ほどの群れだ。


まず数を減らし、それから鹵獲する。

奴らは生き物に限りなく近い無機物……いや、もはや無機生命体と呼ぶべきか。歪だが、その挙動は確かに生命の形をしている。プログラムを書き換えるだけで「洗脳」が可能になるのか不安を抱くほどに。




「そうら来た。さて、もう慣れっこだろう?いつものカタパルトでキミをシングのとこまで飛ばす。準備は?」


「早くやってくれ。もう慣れっこだ!」


奴らの鳴き声と息遣い……実際は機械が軋む音、排気や駆動部の音なのだが、間近に感じると心臓がゾワゾワしてくる。


斥候の役を担うシングたちは、こちらが二人だけなのを見て、そのまま襲うことに決めたらしい。陣形が変わり、ボクらを取り囲み始める。


「それじゃあ、蹴散らしてくれ!」


「了解ッ!っと!あっぶねェ……」


今にもボクに飛びかからんとするシングに取り付いたクラヴィス君は、刀を突き刺して強引に飛行軌道を変えた。他のシングに接近すると素早くトドメを刺し、飛び移る。何度かこれを繰り返すうちに、残る敵は半分になった。相変わらず手際が良い。




「そのまま押し切れ!援護は任せ──」




首筋にじわりと嫌な汗が浮かぶ。ような気がした。久しぶりの感覚だ。義体じゃ汗はかけないから。


……何か、来る。何だ?

知りたくない。そう願いたくなるほどに不吉な予兆が背を伝うが、無情にも願いは叶わない。


空を仰ぎ見る。

偵察機の数倍は大きい影が太陽を覆い隠す。いや、影が大きくなっている。


こちらに迫っているのだ。




「クラヴィス君!構えろ!」


機械獣よりも生々しい獣の荒ぶりを体現する男は、その素早い身のこなしで間一髪難を逃れる。難、というのは……たった今上空から隕石の如く落ちてきた化け物のことだ。


「新たなシングだ。等級は……」


雑兵の偵察機たちはアルファ。慣れた解体屋なら絶縁機を使わずとも制圧可能。トドメは刺せないが……。とにかく、弱い。


次点はベータ、その次がガンマだが……。


「等級は……?」




「……ボクは以前デルタと交戦したことがあるから、その脅威はよく知っている。コイツは……それと同じか、それ以上だ」




デルタ。数年に一度の大災害だ。

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