28:儚さ

この街は、肉の要塞である。

言葉の意味は二つ。


ひとつは、もしもシングの襲撃が起こった際に、サイト5内の上層民や他サイトのために時間を稼げる造りになっていることを示している。


もうひとつの意味。サイト5が要塞たる所以。

この街では、他人の縄張りにズカズカと踏み込む無頼漢は例外なく悲惨な末路を辿る。本物の要塞のように重厚な城壁はなくとも、入り組んだスラムと住民たちによる高速の情報伝達網は、侵入者を許さない。




「数日は持ち堪えられる。だが、こちらから攻めない限り勝ち目はない。数の不利を覆すような一手でもって……」


「オレじゃ力になれない、済まん……。どうもこういうのには向かないんだ」


「頭脳労働は期待してない。期待してないんだが……そうだなぁ。キミィ、それならば何かこう、思いもよらぬ閃きとか、そういうのないかい?」


「はぁ?」


脳筋キャラの閃きが思いもよらぬ打開策となる展開はある種の決まり事なのだ。


サルベージされた旧時代の娯楽作品の中には、アニメーション・ムービーも多い。特に極東の島国で製作されたものは、そういったストーリーの王道仕掛けが多く施されており、見ていて退屈しない。


「オレにアイデア出せってか?つっても、アンタでさえ打開策が思いつかないなら、もうどうしようもないだろ。シングに殺されるよか、アイツらの言いなりになるってのが一番マシな気すらするぜ」


「……うーん、あまり良いアイデアではないな。だが、ボクもその程度の策しか考えつかない」


ヴィーヴィーの居場所を突き止める手段がないのだ。昔の仕事のツテを辿って裏情報を集めたり、先日のMP社騒動で得た知己に協力を要請したり、やれることは全てやった。


分かったことは、少なくともサイト5にヴィーヴィーの本拠地がないということだけ。他は一切不明。


「それに、アイツらのやり口は気に食わないが……。いまいち実感がないんだ。アイツら、悪い奴らじゃない気がして。こんな風に考えるオレ自身が少し恐ろしくなるが……。こないだの襲撃で死んだギャングたちは、決して善人じゃなかっただろ?」


「ヴィーヴィーは善人ではないが悪人でもない。まあ、全人類に言える事だが。善悪を決めるのは時代と社会であって、絶対的な正義など存在しない。……彼には、その言葉が特に似合う、といったところか」


死は哀しい。殺しは悪行。

普遍的な価値観だが、今の世界ではこの言葉の重みが増す。シングという共通の敵がいてなお、人類は未だ手を取り合えていない。


ヴィーヴィーは革命家だ。つまり、大罪人の英雄だ。


統治システムの転換を狙った革命で、血を流さないことは難しい。いや、不可能だ。


限りなく無血に近かったとしても、武力をちらつかせることは必須。大抵の場合、結局は殺すしかなくなる。


「人殺しは良くないから、ボクは彼を否定している……わけではない。実のところ、目的のために切り捨てるべきものを素早く見極められる彼のような男は、指導者向きだ」


歴史上、賢王と呼ばれるような奴らは、人間的に何かしら欠落しているものだ。偏見かな?あながち間違ってない気もするんだが。


「ボクが彼の下に付きたくない数少ない理由のひとつでもある。……これ以上、何かを捨てるのは御免被りたい。ただそれだけだ」




はじめ、ボクは捨て子だった。


残飯を漁って暮らして、ある日ふともっと上手く生きられる方法に気付いた。

道徳心と信頼を捨てた。

本音を捨てた。


企業にちょっかいを出し、こっぴどく報復されて、命を捨てかけた。スミシィにはこのあたりで拾われた。命の代わりに左腕だけで済んだ。


ボクにとっての本物の家族は、思えばあの瞬間にしか存在しなかったのかもしれない。いずれにせよ、好いた人に捨てられた……多分。彼女が、スミシィが何を考えているのかはまだ分からないが、ボクに黙ってどこかへ消えてしまったのは確かだ。


「人の命と人の繋がりは儚い。だが無くなると困る。だから……それにみっともなくしがみついても誰も責められはしない、だろう?」




「……アラン、桜ってあるだろ?」


「……突然、なんの話だい?桜ってアレだろう?チェリー。鑑賞用のは昔から極東圏で人気だったらしいね。今じゃ見る影もないが」


スミシィが復元した木を見たことがある。サイズは小さかったが。造花かもしれないが、企業連系列の接待室に置かれているのも見たことがある。


「ああ。うちのルーツは極東だから、桜の話をいくつか聞いたことがある」


「何かアイデアのとっかかりになりそうな思い出話でもあるのかい?」


「いや……。ただ、アンタの意見を聞きたくてな」


ボクの怪訝な、というより間抜けな表情は、クラヴィス君の目にどう映っただろうか。予想だにしない彼の行動に、とにかく思考が一瞬遅れたのである。




「桜の花は、咲いた後に幾許もせず散ってしまう。その儚さゆえに人々に好まれたんだと。時には死の象徴として見做されるほど、桜は生死と繋がりが深く、人の心を動かす力を持っていたんだ」


「スミシィはその花を気に入ってたけど、ボクはそれほどだったな。少しの間しか咲かない気まぐれな儚さが、嫌いなわけじゃないけど……好きにもなれない」


「捻くれてるなぁ?」


「ボクは、どちらかというと儚さに惹かれる人間の方が嫌いなんだ。すぐに散る桜の花に美しさを見出すのは人のエゴ。それはまだいい。だが、まるで桜の魅力がそれしかないとでもいったふうに語る奴が気に食わない」


終わりがあるから美しいんじゃなく、終わりがあるから飽きないだけなんじゃないのか。桜が美しいのは、ただ美しいからで……。




「物事の終わりを否定するわけじゃないが、それを尊ぶつもりもない。桜が散って哀れに思う人は大勢いるだろうが、それを美しさの一部と捉えるのは……言い訳がましくないか?」


「アンタやっぱり捻くれてるなあ……」


「そうかな?」


桜は好きだ。スミシィが寒桜のような人だから。聡明で、美麗で、けど少しズレてる。


けど、儚かった。




「アンタがヴィーヴィーについていかない理由、何となく分かった気がするよ。オレも同じ道を行く、改めてそれを言いたかった」


「キミのことは頼りにしてるんだ。ボクが素直に信頼する数少ない相手だぞ?誇っておきたまえ。財布君……じゃない、クラヴィス君」


「都合の良い財布だから大事にしてるわけじゃねぇよな?とりあえず、今はオレたちが桜みたいに四散しかねない状況だ。何とかしないと……」


あ、そういえば、特に何の対策も講じないまま時間を浪費していた。




「……いや、待て。ホントにどうするよ?」




「一旦……飲んでから考えよう。マレィ!何か注いでおくれ!」

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