27:賭け
「取引とは不公平なものだ。分かるか?」
「……うん。今のところ、ボクとしては、キミの良心に頼らざるを得ないかな」
「そうだ。お前の仲間は我々の手中にある。残念なことにな」
「ああ、本当に。どうしてそんなすぐに捕まってしまったんだクラヴィス君」
冗談めかして言ってみるが、内心、ボクは焦っていた。クラヴィス君がこうも短時間で捕えられた事実は、敵の技量の高さを示しているに他ならない。
「実に……不公平だ。我々にとってこの男は、スラムの住人でも買える額の炭素の塊にすぎない。だがお前にとっては計り知れない価値がある。ああ、天秤が釣り合わない……」
「ほう、そればかりは訂正させてもらおうか。キミの目が曇っているから分からないのだろうが、クラヴィス君は誰にとっても、同じ重さの金以上の価値をもたらしてくれる有能な人材だぞ?」
ここで彼が連れ去られでもしたら困る。ヴィーヴィーの目的は知らないが、どうやら思った以上に深い闇を秘めていそうな人間だ。違反MODはもちろんのこと、他に何を隠しているのか……。
「取引、と言ったが、お前が持っているものの中で、私の目に留まるものは一つしかない。……お前自身だ」
「ボクをバラしてスクラップにでもするのかい?シングをバラす方がいくらかマシだよ」
「いや、そうではない。私が求めているのは、まあ……お堅い企業連の連中に倣って言うならば、雇用契約だ」
「ふぅん……?」
今日の立ち回りが、ヴィーヴィーのお眼鏡にかなった、ということだろうか。
「単刀直入に言う。私の組織に来てはくれないか。もちろん、刀使い君と共に」
「いくつか質問しても?」
「何かね?」
「DDというのは……。キミの組織名?」
彼は当然だ、と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「お前が今持つ情報を精査すれば、考えずとも分かるだろう?」
「今日、ここを襲撃した理由は?」
「……我々の活動に必要な行為だった。今はそれだけ言っておこう」
「違反MODの販路拡大?」
すると、ヴィーヴィーは案の定……やれやれと言った様子で肩をすくめた。そうだろうな。ヤツがそんなシンプルな理由でこれほど大胆な行動をするはずがない。何かが裏にある。
「……そもそも、ボクに執着する理由は?」
「執着?私が、お前に?なぜそう思う」
ふと、思いついたことを喋ってみる。
「お前が提示した条件は、クラヴィス君の助命と、我々の労働力の交換だ。仮にボクが短略的な行動に出れば、クラヴィス君はサクッと殺されてしまうわけだが……」
わざわざクラヴィス君を捕縛しただけでは飽き足らず、ボクのもとへ来るあたり、目的はボク自身なのだろう。
「認めよう。私はお前という個人が欲しい。……なぜか分かるかね?」
「いや、見当もつかない。理由を教えてくれるつもりは……」
男は黙って首を振る。
以前会った時と同じで、フードを目深に被った彼の表情を窺い知ることは難しいが、それでも、口角がほんの少し歪んでいるように思う。
雲が空を覆い、ヤツの纏っている秘密主義的雰囲気のヴェールがより一層濃くなる。
「ヒントをあげよう。私の進む道、その足掛かりとなるものは……ヴァーディクト。お前の過去に関係している」
「は?」
「知りたくはないか?お前のかつての家族の行方を」
「……わけが分からないな。出鱈目もほどほどにしたまえよ」
「お前が私を信じられないのであれば、それでいい。むしろ、お前のような者が無策のまま私の軍門に下る方が興醒めするというものだ」
スミシィのことを知ってるのか?この男。
いや、まだそう断定するには早い。ボクの過去はあまり褒められた生き方ではないから、どこかで誰かの恨みを買っていてもおかしくはない。いつだったかに、適当に吹っかけて金を毟った相手がボクの面を忘れておらず、それがたまたまヴィーヴィーだった、というだけの話かもしれない。
……だが、ヤツとヤツの組織「DD」が、違反MODに関するほぼ唯一の手掛かりであるのもまた事実。それを考えるたび、ボクの脳に冷たいナイフの切先が突き付けられているような感覚を抱く。
MODはスミシィの研究成果だ。
彼女の発明が人を傷つけるのを黙って見ていたくない。
「キミの指揮下に入ったら、ボクはどうなる?」
「今までと同じところに住み、同じ飯、同じ酒を味わうといい。ただし、企業連とドンパチやったり、シングを解体しに出張っていいのは、私から指示が降りた時のみだ。もちろん報酬を出す」
「まぁ、悪かない、かもね……。キミの目的がよく分からないから、不安なんだけど」
「私とお前で、同じ場所を目指したい。私は……企業連の統治から人々を解放したいのだ」
さすがは反体制勢力の頭目。
カリスマ性を宿した一声が、その場にいたDD構成員たちを身震いさせる。かくいうボクも少し震えた。覚悟の念が直接伝わってくるようだった。
だが……。
「嘘だね」
「ほう……?」
「キミが本気でそう思ってるなら、ここにいたギャングたちともなんとかして和平の道を探ったはずだ。今回の襲撃、あまりにも殺意にブレがなさすぎる。部下の血の気が多いだけ……なんて言い訳はさせないよ?」
「……ふむ、そうだな。残念ながら、キミの想像した最もつまらない理由が、この襲撃を引き起こした、と言っておこう」
ヴィーヴィーにはカリスマがある。
彼はリーダーだ。リーダーとは、大義のため、何かを捨てることができる人だ。
彼に一歩、二歩と歩み寄る。
「言い訳は聞きたくないね。キミは目的のためなら手段を選ばない。そりゃあ、素晴らしいことだよ。キミのことを尊敬したくなってきた。ボクの気持ちを変えたくはないだろう?」
「……認めよう。確かに、我々には最初から彼らと和平交渉をするつもりなどなかった。妥協点を探りつつ慎重に行動していては、我々の目的に支障が及んだのでね」
「ギャングを掃除したのは、MODに関係する何かがあるから?」
「そうだ」
「具体的に、それって何かな?」
「お前が我々の一員になれば教えよう」
……今ここで組織に忠誠を誓ったところで、すぐにボクが欲しい情報を手に入れられるとは思えない。ヴィーヴィーのような男が、それを許すはずはない。ボクが反抗の気力を失うまで使い潰すことは間違いないのだ。
それに何より……。
ボクはヴィーヴィーのようにはなれない。
これ以上、何かを切り捨てたくないんだ。
「……じゃ、今日はもう帰らせてもらう」
「──お前、何をッ」
閃光弾はまだ一発残っている。
ピンはもう抜いてある。コンマ数秒後、地上に雷が迸ることになる。
ヴィーヴィーにはすぐ気付かれたが、ここにいる面子の中じゃボクの義体が一番速い。
敵はヴィーヴィー以下数名。彼の側に4人の分隊が付いており、そのうち二人がクラヴィス君を見張って、他二人がヴィーヴィーを守るように立っている。以前に戦った全身義体の姉妹ほどではないが、身体の一部を優良な義体に換装しているようで、武装も
これからボクがやってみせるのは逃避行だ。
手強い相手から以下に射線を切って距離を取るか、それだけを考えればいい。だからこそ、護衛と見張りに人員が割かれているのは好機だ。
「はっ?えっちょ、おいアンタ──」
マヌケ面を晒しているクラヴィスくんに思いっきり抱きついて、彼の目と耳を防護する。
人口の雷鳴。
義体のセンサーは生身のそれよりも格段に早く見当識が回復する。閃光弾を訓練された兵士に使う場合、生身でもわずか数秒の足止めにしかならないが、義体の場合は文字通り瞬き一回分の隙が作れれば万々歳。
そう、それでいい。瞬き一回してくれれば。
それだけあれば、クラヴィス君の愛刀を見張りから取り返し、銃を避けられる距離まで退避することは容易い。
「走るぞ、クラヴィス君!」
「……すまん、アラン!」
「まったく!向こう二年は酒を奢ってもらおうか!」
屋根から飛び降り、近くの路地に走り込む。ちらりと後ろを確認すると、少し意外な光景があった。
追手の先頭にはヴィーヴィーがいる。
リーダー自ら現場を引っ張るタイプか。カリスマと実力の双方を併せ持っているのは厄介だ──
「──伏せろクラヴィス君ッ!」
ヴィーヴィーが飛び上がったかと思えば、突如壁を走った。刹那、彼の姿がブレる。
「……ほう、なかなかやるな」
ヤツは壁を走ってコチラに近づき、二つの力学的エネルギーを最高効率で活用した一撃を叩き込んできた。
ヤツの得物は脇差のような小さい刀で、カーボン技術が用いられた実用的かつ無骨なデザイン。暗い刀身がボクの心臓を抉ろうとする瞬間、ほぼ反射的に仕込み銃で反撃することができた。だが刀で全て弾かれ、勢いを殺しきれず、鍔迫り合いの形になってしまう。僕の方は素手で応戦しているから、もし銃が不発で勢いを減衰させられなければ代わりの義手を用意するハメになっていた。
「驚くべき反応速度だ……。さすがはサイボーグ」
「そっちこそ……!義体化率が高い風には見えないが、何のカラクリかな?」
「タネは隠していないから、教えてやろう。パワードスーツだよ」
「そんなもので……!?」
強化スーツとかパワードスーツとか、とにかくそう呼ばれる類のものは、もれなく戦闘用ではない。大戦よりさらに前の時代には、工業用から発展したパワードスーツが軍事目的で研究されたが、シンプルな理由が普及に歯止めをかけた。サイボーグの方がより高い能力を持っていた。ただそれだけのことだが、軍事兵器としては廃れた技術だ。
近くで向き合って分かった。ヴィーヴィーのヤツはほとんど生身だ。パワードスーツを着ていても、義体の関節可動領域の高さや肉体負荷を考えていない動きには勝てるはずがない。普通はそのはずだ!
「久々に殺り甲斐のある相手に出会えた。このままお前と私、二人きりで戦いたい……そんな思いすら抱く」
「縁があればまたやろうか。ボクは勘弁願いたいけど!」
こいつ、笑って……。
……この男、義体を殺し慣れている。
真面目に相対するなら、手も足も出ずに負ける……といったふうにはならないが、この状況で足を止めるのはまずい。
だが光明は見える。ヴィーヴィーが他の者より頭一つ抜けた機動力でこちらに追い縋ったことだ。
撤退戦の数少ないメリットは、戦力の分断が可能であること。大規模な軍隊の場合はこうも上手くはいかないが、数十人規模の相手、そして市街地というロケーションがそれを叶えてくれる。つまり、敵の行軍速度の違いを活かし、先に追い付いた者から各個撃破すれば良い。
まあ目の前にいる男のような手強い敵を速攻で打倒するのは難しい。……ボク一人であればの話だが。
「──うらぁああッ!今だッ!」
横槍……まあ彼の得物は刀だが、クラヴィス君の助力でジリ貧の膠着状態が解消される。すかさず中段蹴りを叩き込むが、脇差の柄で防がれる。しかしそれでも、与えられるはずの苦痛が斥力へと変換され、ヴィーヴィーの身体はラグドールのように後ろへ飛ばされる。増援の敵を数人巻き込んだものの、すかさず受け身を取る。
追撃を潰すために、今度は拳銃で牽制射撃を行う。狭い路地では跳弾の危険性が高まる。相手が射撃を躊躇っているのもそれが理由だろう。
……つまり、ここで発砲するとボクの方に弾が返ってくる可能性もあるので、ある意味賭けになるが、普通に撃つよりも足止めになる。
「さあ、回り込まれる前にずらかるぞ。遅れるなよ!」
「ああ、もちろんだ!アンタに奢る予定が残ってるんでな!」
「さっきの援護はなかなかだった。奢りは一年分にしてあげよう!」
雨を必死に掻き分け走って、走って、走り抜いてようやっと、追手の姿は見えなくなった。
◆
折よく雨が降り始めた。ツイてるな。
人々が我先にと雨を避け早足になり混雑するので、逃げやすくなる。
「裏通りの出来事とはいえ、あそこまで騒ぎが大きくなると……。そろそろ治安維持部隊が来る頃だ。追手も諦めるだろう」
「間一髪だな……。それとアラン、済まなかった。アンタがいなけりゃあ……」
「謝罪より先に感謝だろう、ん?その次は酒。これで全部水に流せる。後腐れなく」
「アンタらしい。……このまま店に帰っても大丈夫か?もし見張られてんなら、やべぇぞ」
マレィたちに危害が及ぶのはいただけない。だが、ひとまずは問題ないはずだ。
「サイト5裏社会の勢力関係上、マレィの店近辺にはDDも手を出しにくいはず。ただしヤツは手段を選ばないから、早めに先手を打つ必要がある」
「なるほど……。だが、そりゃ厳しいぞ」
まったくその通り。癪だがね。
「ボクはヤツらの居場所を知らないし手掛かりも持っていないが、向こうはすぐに気づく。ヤツらがボクたちを捕まえられずとも、頸動脈を握ることはできる。……現状は芳しくない」
マレィたちを巻き込むわけにいかない。
「どうしようもなくマズい状況だな。四面楚歌、五里霧中、八方塞がり……。あとなんかあったか?」
「背水の陣」
「……何か打つ手でもあるのか?それとも死ぬ気で頑張れってか?」
「賭けに出るのさ。そして賭けとは科学、科学とは論理のことだ」
「……詐欺師みたいな論法だな」
「元詐欺師で悪かったね。だが、それしか打開策はない。八方塞がりなら第九の方角に向かえばいい。その道を99.9%研究し、残り0.1%の賭けに勝つことを祈るだけさ」
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