26:弱肉強食


「いくぞぉクラヴィス君!フォーメーションαだ!」


「了解!……なんだそれ?」


「今考えた。キミが……なんかこう、雰囲気でうまいこと突撃して、解決する。シンプルイズベストを体現したフォーメーションだ」


「雑だな。ま、どっちにしろオレが一番得意なことをやるだけだ。支援は任せたぞ!」


刀を前方に構え、地を這うように動く彼の向かう先には、案の定増援の敵兵たちがいた。その後ろに追従し走りながら、考える。



これまでの傾向からして、敵は4、5名からなる分隊に分かれ行動していると想定できる。この建物を制圧するのに必要な人数は、多く見積もっても二十数人。それ以上は肉壁過多でむしろ邪魔だ。


屋内には10人近くの敵がいたから、エントリーポイントの監視に二分隊が割かれていると仮定する。ボク自身、建物の構造を把握しているわけではないから、信憑性の低い仮定^_^ではあるが。


確実に言えるのは、目の前の敵を倒してもこの戦闘は終わらない、ということ。




「温存しておくか……」


右手の仕込み銃は弾数が少ない。弾薬というのは嵩張るものだ。携行弾数は二桁以下。


切り札は最後まで取っておくから切り札と言う。そして、切り札は多ければ多いほどいい。


さて、ボクの火力支援を受けたクラヴィス君は、ものの見事に敵を壊滅させた。おそらく全員息の根は止まっていない。彼の技量がなせる技だな。




「地上は任せろ!アラン、アンタは上を!」


「随分と一丁前に指示してくれるじゃないか!だが、まあ、的確な状況判断だ」


「何様だよアンタは!早く行けッ!」


待ち伏せが警戒される建物入り口付近での戦闘を終えた以上、残りの制圧はクラヴィス君一人でも問題はないだろう。等級の高いシングが群れで押し寄せでもしないかぎり、彼が敵の手に落ちるとは思えない。むしろ今から援護が欲しいのはボクの方だ。現在位置からは屋根の様子を伺いにくい。相手の土俵に無策で突っ込むのはいただけないが……。


「クラヴィス君。ソイツら、何か目眩しに使えそうなものを持ってないかい?」


先ほど倒した敵は閃光弾を使っていた。資源はそれを上手く扱える者の手に渡るべきだし、貰っておこう。


「死体……というか、気絶体漁りか。待ってろ」


二人で手分けして探す。5秒足らずで目的は達成した。


クラヴィス君だけが閃光弾を二つ見つけたのが少し癪だが、ひとまずこれで準備は整った。




「後でまた会おう!大ポカやらかして、くたばってくれるなよ!」


「ああ。生死の境なら、実家よりも通い慣れてる」


「キミィ……ちょっと笑いにくいんじゃないか?そのネタは。まあボクは笑うけど。アッハハハッ!」


これに関しちゃ、ボクも似たようなものだ。生死の境……天国、地獄、三途の川。宗教がたくさん流行った前時代と比べると、近頃はあまり聞かなくなった言葉だ。


終末思想を軸とするドグマは、実際に終末世界が訪れたことで大きく揺らいだ。別に、皆が宗教に失望したわけではない……。人間が大勢死んだ。神父も枢機卿も教皇も、皆。普通の信者も大勢死んだ。残された人間は、日々生まれては消えていく新たな教えに縋ったり、そもそも神に救いを求めることをやめた。


身も蓋もないことを言うと、死後の世界のビジョンなんて、人それぞれだろう。


ボクの命が終わった先に見える景色は……。




「……考えても仕方ないか」


路地の向こうに消えていったクラヴィス君に届かない声で独りごちる。


ボクは聖人じゃない。人間の死に関わったこともある。天国行きのチケットは購入期限切れだ。できるなら手元の地獄行き特急券を手放したいところだが、どこのダフ屋もお断りだろう。


月並みな言い方をするなら、今を輝いて生きようとする心意気があれば、どんなヤツだってこの世界に居場所はある。


この閃光弾のように。




「さ、喰らってくれ!」


閃光弾。その概念自体は古いものだが、未来永劫現役を引退することはないだろう。人間の拳が歴史のいついかなるときも武器として扱われてきたのと同様に。


屋外、昼間。これらの条件があってなお、フラッシュを見た者が一瞬の隙も晒さないのは困難だ。


遮蔽物を挟んでも、鼓膜をつんざく強烈な爆発音はボクの脳を震わせる。


投擲とほぼ同時に屋根に登り、速やかに索敵を開始する。……全部で四人。ここは平らで遮蔽物が少ない。つまり速攻だ!


1秒。


に二人。残る他二人のうち、片方は目眩しの効果が切れたらすぐにでもボクを撃てる位置にいる。もう片方はこっちを見ていない。


「ぜやああああッ!!」


2秒。


近くにいる敵は素早く倒したい。気合いを入れて左手で電撃を浴びせつつラリアットを放つ。義体のフィジカルを存分に活かし、強引に70kgの肉塊を二つ分転がしてやった。


3秒。


残る敵のうち、こちらを向いている方へ距離を詰める。


4秒。


「クソッ、一体何が……!?敵だッ、撃てェ!」



おや、もう効果切れか。まあ仕方ない。むしろよく5秒も持ったな。


さすがは強襲部隊、武装がそれなりにしっかりしている。屋内の制圧に役立つサブマシンガンだが、それはすなわちCQB近接戦闘における最適解の武器である、ということ。そして、拳はCQC近接格闘における最適解だ。


反復横跳びの要領で連射を躱す。

左へ大きく踏み込む。次いで獣の如く姿勢を低くし、右へと転換する。


彼らが使っている銃は型落ち品。企業連の使う最新型とは違い、反動制御アシストや手ブレ防止機能といったハイテクが備わっていない。つまり、動くボクを正確に捉え、銃口を下に向ける動きを取るのは難しい。


「おやすみッ、と!」


「うごっ……!?」


低姿勢のまま、左手の機構を作動させ飛び上がりハイキック。真下から顎に強烈なのが入った。しばらくは起き上がれないだろう。


ボクの身体は逆立ちのような体勢のまま浮かび上がっている。地面とハグする前に姿勢を戻し、ついでに相手が落とした銃を鹵獲する。


残るは一人。

散々騒ぎ立てたから、既に気付かれている。


今まさにこちらへ銃を向けようとする相手に、同じ型の銃を向ける。お互いに睨み合ったまま。だが、位置はボクの方が有利だ。


このままこいつを尋問するか。


屋根は平らで、遮蔽物はほとんどない。空調用か何かの設備が点在するのみだが、お互いから遠すぎる。


さっきボクが登った場所とは反対側の屋根の縁にソイツは立っている。逃げ場は下にしかないが、ボクはヤツが飛び降りる瞬間に引き金を引けるし、銃撃戦における位置取りは高い方が有利だ。




「やあ、キミ、閃光弾のお味はどうだった?もう耳は聞こえるかい?」


「……銃を捨て、膝をつけ!両手を上げ、惨めったらしく命乞いをしろ!」


「おや、聞こえていない上に脳みそもやられてしまったようだ。どうしたものか……」


「黙れ!今すぐ撃ち殺してやってもいいんだぞ!?」


「お互いさまだ、少しは頭を使いたまえ!」


「自分の立場を分かっていないようだな。数的有利はこちらが確保している。……見たところ貴様、ここの一員ではないだろう?アウトローどもと同じ墓に入りたいか?」


「ボクが欲しい情報を進んで話してくれるとは、キミは優しいね。だが、少し勘違いをしている。市街戦において、兵力の差は当てにならない」


ここが壁の外の広大な荒野ならまだしも、建造物が入り乱れる市街のど真ん中である以上、戦力の分断は容易である。そもそも、生身のくせにサイボーグ数人と渡り合えるクラヴィス君とかいうヒューマノイドウェポンのおかげで、ボクは随分楽をさせてもらっている。


「屋内はボクらが制圧した。ここへ来る道中

、入り口付近にいた部隊も、今頃は宿題を忘れて先生に叱られる夢でも見てるに違いない」


「……ッ!」




……この反応。

ビンゴ、かもな。


相手が強い感情を示したのは、味方がやられたからじゃない。それとは別に、ボクの気の利かない皮肉がヤツの心で何かに触れた。




「……キミら、サイト2の出身じゃないな?ここのギャングたちと同じ、サイト5あたりのスラムで育ったんだろう」


「だったらどうした!俺を撃つか!撃たれるか!貧民の命なんざ屁でもねぇってか?」


「いや……ふぅむ。やはり全貌は掴めないが、少しづつ分かってきたぞ」


構成員はスラム出身。

武装は闇市場で流通するものより少し等級の高い企業連の型落ち品。

これだけなら、よくある反体制勢力の一派に過ぎないが……それにしては練度が高い。


この感じ、どこかで……。




「……ヴィーヴィー?」


ふと呟いた名は、いつか出会った男のもの。

「貧者の友」と自らを称する、裏社会の大物だ。




「貴様、一体何者だ……?」


銃口はブレないが、相手の顔が一層険しくなった。


妙な予感、というか、シックスセンスというのも時には当てになるらしい。


「そういうことか。じゃ、『DD』とかいうのも、彼に関係ある話なんだね?」


「……」


「何か言ったらどうなんだい?」




「──えぇ、はい。……可能です。はい、承知しました」


無線連絡か?会話の相手の声は聞こえなかったが……。




「──この戦況。やはり、有利なのは我々のようだ」


「うん……?」


訝しむボクの背後から、何者かが声を掛けてきた。




「ッ……。随分なザマじゃないか、クラヴィス君。おい、彼に何をした?」


「アラン!オレは無事だ、心配はいらねぇ……。ッチィ、テメェら、後で覚悟しろよ!」


敵なしと思われた荒野の侍も、どうやら数の暴力には敵わなかったと見える。軽い傷を負っている上、後ろ手にキツく縛られている。


おそらく先ほどの襲撃とは関係のない増援部隊だろうか。企業連にも引けを取らない、質の良い装備を付けた部隊が、の後ろで控えている。




「アラン・ヴァーディクト。私はお前のことを気に入っているんだ。再び取引といこう」


「ヴィーヴィー……」


サイト5で出会った賊の頭目……。


いや、単なる賊じゃない。確信がある。コイツは間違いなく違反MODに関わっている。


ポカをやらかしたクラヴィス君に危害が及ばぬよう、武器を仕舞い降参の意思を示す。


「それで?ボクらはたまたまここに居合わせただけの善良な市民なんだけど……」


「ほう?では『DD』に興味はないのか?」


「知ってるのかい?なら良い取引ができそうだ。キミたちからはボクの求める情報を、ボクからは……その顔だけはムダに良い脳筋野郎を手放す権利を。互いに贈り合おう」


「フッ、悪くない。手放し方は我々が決めるが、それで異存はないんだな?」


クラヴィス君の頭に銃口が向く。




「悲しいかな、この世界では今も昔も、弱肉強食の摂理が伴う。単に我々の望みを叶えるだけならば、お前たちの魂の灯火を貪り喰らうことも十分に可能だ、しかし……。私は人間性を重んじたくてね。取引をしたい。無論、お前たちには多少譲歩をしてもらうが」


……侮れない相手だ。

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