25:蕾


「まずは武器を取り返そう。預けたままだったろう?」


「ああ。だが対人用のMODは持ってきてない。絶縁機を手に入れても使えな……」


「それなら予備がある。ほら、とっておきたまえ」


義体は便利だぞ。筋肉や骨格のちょっとした隙間に収納スペースを設けることができる。


「おいアンタ、なんつー場所から出して……。いや、気にしている暇はないか」


「ふふふ、胸部は排熱の兼ね合いなんかでスペースが余っているのさ。わかりやすく言うとおっぱいが──」


「その話は後だ。……いや、後にも先にもするな!とにかくここから脱出するぞ!」


ギャングたちに没収された武器があるとするなら、この部屋のすぐ外か。走破すべき距離が短いとはいえ油断できない。弾丸は雨あられのように降り注ぎ続ける。その隙間を縫うように進まねば。




「見つけたぞ、オレたちのだ!今渡す!」


クラヴィス君が投げて寄越した銃を受け取りつつ、敵のエントリーポイントを探る。ほとんどの部屋が同時に侵攻されたのだろうか、セルゲイ以下ならず者たちは息も絶え絶えと行った様子で散り散りだ。そうだ、まずは肝心のセルゲイ本人を探しに……。




「……ふむ、そうか、彼は少々疲れているようだ。逃げるぞクラヴィス君」


「は?何が……って、なるほどな」


目的の人物は見つけた。膝下が吹き飛んでいることを除けばいたって健康だ。興味深いことに、これだけ騒々しいパーティの最中だというのにぐっすり眠っている。


「うん、ぐっすりだねぇ。起こすのは無粋かな」


「死体漁りの方が無粋だろ」


「使えるものは使うべきだよ。幹部だけあってなかなかいい銃を持っている。どうかなぁ、似合うかい?」


いわゆるアキンボと呼ばれる、二丁拳銃の構えをとってみる。


「アンタの場合、左は徒手空拳の方が強いんじゃないか?」


「それもそうだね。じゃあホラ、キミが使うといい」


さっきクラヴィス君がボクにしたように投げ渡す。ただし上手投げで。


「おわっ、危ねぇ!今オレの脳天狙っただろ!暴発したらどうすんだよ!」


「それだけツイてない死に方をする運の無さなら、むしろボクに殺されて幸せだ。絶対にもっと酷い死に方を迎えそうなものだよ」


「そりゃ笑えないな……。残念だが、オレは死ぬつもりなんかねぇぞ」


「知ってるよ。ボクとしてもキミに死なれちゃ困る。……それじゃ、ちょっと頑張ろうか」


今この瞬間より、ボクたちは狩られる側ではなくなった。襲撃者たちの正体を突き止めるために、奴らを狩る。それを可能とするためには、少し骨を折る必要がありそうだ。


現在、ボクは会合の部屋から出た廊下にいる。敵は建物のほぼ全てを制圧中だが、いずれは完全に掌握されるはず。


ここからの逃亡に成功した者はいないと見てよさそうだ。出口付近は、血溜まりが沸騰したような地獄の様相を呈している。




「調整した腕部の調子を試してみよう。クラヴィス君!ボクが援護するから、キミは突っ込め!」


「相変わらず人使いが荒いな……ッと!」


先日の大立ち回りで欠損し、新たに得た我が右腕の初公演。これにはとある機能が備わっており、間違いなく役に立つはずだ。特に、クラヴィス君にとって。


敵のうち数人の他は、ほぼ全員が高所に陣取っている。ボクの得意な白兵戦を挑むのは一苦労だ。であれば、わざわざ苦労する道理もない。


銃は構える。人間の身体と違い、利き手などという煩わしい概念が、義体には存在しない。どちらの手であってもボクは、弾倉を撃ち切った時点でマトに一つだけ風穴を開ける、といったような芸当ができる。


空いた右手はどうするか?


答えは……すぐに分かる。




外へ続く扉に陣取る敵が二人。倒す必要があるが、屋外からの援護射撃も予想される。クラヴィス君が策もなしに突貫すれば、おそらく無傷では済まないだろう。




「隙はボクが作ろう……!巻き込まれるなよ、クラヴィス君!」


右腕がガコンと音を立てて変形する。




人間の腕は2本の太い骨から成る。


人体の基本的構造を模したボクの義体は、腕部も例に漏れず人体に似た骨格で形作られている。決定的に違うのは可動域。


蕾が開花するように、2本の義骨が外皮と共に外側へ展開していき、隠されていた内部構造が露わになる。数瞬のうちに、ボクの右腕は無骨な兵器に変貌を遂げていた。




大砲のような太い銃身は、既にターゲットへと狙いを定めている。




「一発だ、一発で決める──ッ!」


指が2、3本は入りそうな銃口から放たれる弾丸は、当然ながら大口径。スラグ弾と呼ばれるショットガン用の弾だ。


散弾と違って散らばりはしない、他の銃と同じような単発の弾丸である。まあサイズがケタ違いなため、威力もケタ違いだが。しかしそのサイズゆえ、受ける空気抵抗も大きい。近中距離での運用が基本である。


人体に当たれば、ほとんどの場合、被弾箇所が粉砕され消し飛ぶだろう。弾が体内に残ったら悲惨極まりない。




「ぐっ!?小癪な……!?ぬああぁッ!?」


さて、ボクが撃った弾は扉の型枠付近に着弾した。狙いを外したわけではない。敵は扉の向こうに身を隠しているため、直接狙い撃つことが難しかった。コンクリートをも破壊可能なスラグ弾により破壊された建物の断片が、敵に着実にダメージを与えている。


「隙はできた!キミは右!ボクは左だ!行くぞ!」


「応ッ!」


弾丸で舞い上がる砂塵を掻き分け、ボクは銃をしまってから駆け出した。今度は左手を振りかぶり、隙を晒している相手の懐に潜り込んで渾身の拳を叩き込む!


「がぶぉっ……」


まあ、運が良ければ死んではいないだろう。




「1匹沈めたよ。そっちは?」


「片付いた。……ひとまず外には出られたみたいだな」


「残りを片付けよう。ああ、尋問の必要があるから、殺さないでおくれよ?まあ、キミには無用の心配か」


彼の戦闘スタイルはいわば活人剣。絶縁機を繊細に操作し、決して相手を死なせることなく、しかし戦闘継続が不可能になる程度の一撃を加える。彼の腕があって初めて、偽痛MODの効果が最大限発揮される。物理的な衝撃と偽の痛みによるショックで、敵が確実に無力化されるのだ。


殺さずに敵を無力化するのは、殺すことの何倍も難しい。実力差があって初めて可能になる芸当だ。そしてこの状況、ボクたちにはそれを可能にするだけの実力がある。


右手の内蔵銃……何か良い呼び名が欲しいな。まあそのうち考えるとしよう。とにかく、内蔵銃の弾をスラグ弾から低致死性のゴム弾に切り替える。弾のコストが高いので、できれば節約したいが、備えておくに越したことはない。




「勝利条件は当地点からの脱出ではなく、この場所の制圧だ。なんとしても襲撃者の正体を知る必要がある」




セルゲイが生前に残した言葉『DD』。

未だにその謎は解けていない。


襲撃者たちと関係のあるワードであればいいが。尋問で聞き出せるかはわからないし、上手く事が運ぶ保証もない。だが手掛かりはこれしかない。


どちらにせよ、ボクたちの敵は、ボクたちに残された数少ない命綱でもあるということなのだ。

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