24:襲撃者

「おい、ソイツらは誰だ?」


「セルゲイさんの客だ。通してくれ」


警備に止められる。ボディチェックを受けるが、ボクは銃だけ預けて通過。クラヴィス君は絶縁機を持っているから、違反MODを持っていないか厳重に確認された。




「……いかにもギャングの溜まり場、って感じだな」


「クライム映画をアーカイブで見るといい。この店はもはや伝統芸能レベルでギャングの慣習に倣っているよ」


先の大戦で変わってしまったものは数知れない。

皮肉なことだ。数少ない、大戦前から変わらず形を保ったもののひとつが、社会から不利益の皺寄せを喰らう底辺層とは。


「これから会うのはセルゲイさん、お前らが探してる幹部だ。言っておくが、バカなマネはするなよ?あの人を怒らせると店が吹き飛ぶ」


「肝に命じるよ」


肝機能強化のために、完全に機械に置き換わっている肝でよければ命じておこう。


薄暗い廊下の奥、唯一頼りになる妖艶な青紫のライトの下を潜り部屋に入ると、男が一人、足を組んで座っていた。


「セルゲイさん。客人です」


酒や煙草が乗ったテーブルを挟んで、蛇のような目でこちらを睨んでいる。




「人を呼んだ覚えはねェが……。誰だ?テメェら」


「ふむ……なるほど、ボクらの探し人はキミのようだ」


「誰だって聞いてンだよ。あぁ?」


「遠路はるばる尋ねたんだ。招待は受けていないが、茶くらいは出してほしいね。……ま、時間をムダにする道理もないし、手短に本題を話そう」


茶はないが、テーブルの上にある酒は飲んでもいいだろうか?まあ、いいか。気になるし。


パンチの効いた香りを醸すグラスを軽く一口呷りながら、セルゲイと呼ばれた男にブリッジ端末の画面を見せる。そこにはフレイ君の店で撮影されたセルゲイ本人が写っている。




「ボクはアラン・ヴァーディクト。よろしく。初めに言っておくと、キミには一切の敵意を抱いていないよ、セルゲイ君」


「……何の用だ?『DD』の手先じゃなさそうだが、カタギにも見えねぇ。テメェは何モンだ、ヴァーディクト」


「違反MODに懸念を抱く、善良な一市民さ。……ところで、DDって?」


聞き慣れない言葉だ。




「それについて話す前に、テメェらを信用するには足りないものがいくらかある。時間、コネ、そして態度……。ここでバラされたくなければ、俺にテメェを信用させてみろ」


やれやれ、こうなったか。


部屋の周りに武装したギャングスタたちが待機しているのには気付いていた。会談が始まった直後から怪しい動きをしていたので、何らかのアプローチはあるだろうと予想はしていた。


「……なんのつもりだ、お前ら」


クラヴィス君が素早く立ち上がる。


刀がなくても、彼は強い。ボクと連携すれば、武装した荒くれ者数人だろうがなんなく伸してしまうだろう。しかし今、暴力に訴えるのは悪手。


「落ち着けクラヴィス君。そう身構えるものでもない。彼らも本気で殺すつもりはないだろう。ボクらがミスを犯さなければいいだけの話だ。そうだろう?」


クラヴィス君は、端的に言うなれば、まあ、ギャングが嫌いだ。イアナさんがならず者連中に襲撃を受けた事件も、実行犯はニール・カガミの指示を受けたMP社の秘密部隊だったが、彼らがギャングを装っていたことに変わりはない。古い記憶はひどく脳裏にこびりつく。ギャングに対する悪印象はなかなか拭えないだろう。


だが、今は冷静に。頼むぞ。


「ああ。まずはこっちから聞きたいことがある。……座れ」


クールに行こう。幸い、ここには酒がある。銃口を向けられながら飲む酒もまた格別だねぇ。


「どこから来た?サイト2の出身じゃないだろ」


「ボクはサイト5。ここの構成員もそうなのかい?つまり、サイト2外から入ってきた人間?」


「そうだ。俺らも下層出身だ。上層の金持ち連中には散々な目に遭わされてきた。女やガキは飢え、男は身体がボロボロになって家族の顔も分からなくなるまで働かせられる。だから、俺らを食いもんにしてる野郎どもを、今度は逆に喰ってやるのよ」


「実に反体制的だ。企業連に聞かれちゃマズイねぇ」


「ハッ!ヤツらももう終わりさ!MP社が潰れたおかげで、この街は俺らの手中に収まりつつある」


富める者と、貧しい者。

虐げる者と、虐げられる者。

持てる者、持たざる者。


弱者が立ち上がり、持てる者たちを打倒すれば世は平和になるか?答えはノーだ。虐げる側が入れ替わるだけの話。結局、社会という生き物は常に何かを傷つけないといけない。


ノブレスオブリージュとは、単に弱者を救済し社会に貢献するためだけでなく、嫉妬や羨望の念から逃れるための、富める者たちによる自衛という意味もある。企業連の連中はその精神を忘れてしまっている。故に、こうしてじわじわと反抗勢力が集い始めているのだろう。


「それで?まだ尋ねたいことはあるかい?」


「いや、同郷のヤツに銃を向けるのは気分が悪い。いいぜ。知りたいことがあるなら教えてやる」


「話が早くて助かる。それで、DDとは?」




「それは、当のいは──」




刹那、世界が白に包まれる。


……いうのは冗談だ。最近こういう目に遭うことが多いもんでね。目が慣れるのも早くなってきた。


どうやら建物の外から奇襲をかけられたらしい。塵埃の向こうから銃声や怒号が聞こえてくる。つまり、ターゲットはボクたちではない。このギャングだ。


この部屋の天井にも敵の侵入口が作られたらしく、たった今爆破された穴から閃光弾を投げ入れたヤツがいる。そのせいで少し出遅れたが、義体の視覚聴覚はリカバリーが素早い。右も左も分からぬといったふうな素振りを見せ、降りてきた輩の顔面に左拳で掌底を叩き込む。




「ゲホッ、ゲホッ!アランッ!?セルゲイ!無事か!?」


「ボクは珍しく怪我ひとつない。だが彼は……」


「何?やられたか?」


「いや、察して逃げ出した。かなり熟達した動きだったな。ボクが反応するより早く、ボクがスタングレネードで怯んでいた1秒足らずの時間に逃げ出した」


「オレらが恨まれるかも分からねえな……。だってよ、怪しいだろ?状況証拠的に。命を狙われないか?」


「確かに。ひとまずここを乗り切ろう。襲撃者の撃退に手を貸せば、彼らに今すぐ殺されることはなくなるだろう」




早急に部屋を脱出し、ギャングたちと協力して襲撃者を退けねば。


DD。


……おそらくは組織名だ。襲撃者たちに関係があるかもしれない。


詳しくは聞き損ねたが、ロクなものじゃなさそうだ。

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