23:尻拭い
企業連統治下の街はサイト1〜5まであり、いずれの都市にも管理局が置かれている。企業たちが共同で出資している……という名目だが、実際、各都市はそれぞれの企業によって牛耳られていると言ってもいい。
サイト2はMP社の街だったし、サイト1はブリッジオーダー社のお膝元。サイト管理局は担当地区を支配する企業の思惑によって運営方針が左右される。MP社が潰えた今、サイト2はまとまりのない無法の街になってしまった。
「おや、カラスが飛んでいる」
「人間以外の生き物は、てっきりコオロギ意外全滅かと思ったぜ」
「野良の犬猫も、いないわけではない。見かけることは少ないが。ただ鳥は……。彼らは外壁を自力で越えられるから、外のシングにやられてしまうのだよ」
「へぇ。じゃあアイツはツイてたみたいだな」
「カラスは吉兆を示すという言い伝えがあったそうだ。世界各地でね」
「へぇ。良い運?悪い運?」
「どっちだったかな……。まあ多分ツイてるだろう。今じゃ鳥を見ることも稀なんだし」
貴重生物は一部の企業が確保していることをふと思い出した。さっきのカラスも、もしかしたらMP社で飼われていたものかもしれない。
◆
「フレイ君が言っていたギャングは、この辺りを根城にし始めたらしい。……サイト5よりかはいくらかキレイだな」
ボクたちはサイト2の捜査中である。
ビル群の隙間の裏路地に入ると、景色は紙芝居のように一瞬で切り替わった。排気ダクトから漏れる独特の重い空気や、打ち捨てられたジャンク食品の容器が醸す臭い。サイト5よりはマシだが、ここいらの住人にとっては慣れないものだろう。
「この場所、何年も前からあったような雰囲気だな」
「実際そうなんじゃないか?最近MP社が消えたから表面化しただけで、昔から細々とこのあたりに拠点を構えるギャングはいたんだと思う」
あるいはこの街以外のギャングが支部を建てたのかも。どちらにせよ、今までは「経営」がうまくいかなかったようだな。だが、目の前には明らかにカタギではない人間が4、5人、路地裏の看板もない店のドアを守るように立っている。警備に人を回せる程度には儲かっているようだ。
「路頭に迷った元MP社従業員がここに流れてしまっているかもしれない。元より給料は良くなるだろうし。……初めのうちは」
一度味を覚えると、そう簡単には忘れられない。
初めは些細なことだ。落ちている財布を懐に仕舞うとか、その程度。どんどん深みにハマっていき、雁字搦めになってから気付くのだ。取り返しのつかないことをしてしまった、と。裏社会の常套手段だ。
「職にあぶれた彼らを、イアナさんは拾ってやろうとしている。彼女自身、大変な目に遭ったのに……。まあ、目的があるのは良いことだね。実際効果も出ているようだし」
急ピッチで始まった新生MP社改めカガミ社計画。彼女曰く「長年父の仕事を見てきたことでノウハウは蓄積されているのと、コンピュータから解放された際にちゃっかりデータベースから様々な資料をぶっこ抜いた」らしい。まあ、今の世界で新たに企業するものがそもそも稀だし、ましてや一ヶ月もしないうちに企業連に手が届きそうなほど成長するヤツなど見たことがない。
「ここで探すのはフレイゼルのとこに来た客なんだろ?」
「ああ。人相は割れてるし、違反MODとも確実に関わりがある。一番見つけやすい」
「話を聞く限り、ギャングってのは一枚岩じゃないらしいじゃねえか。……例えばいくつか派閥があるとして、どれかと手を組んだりはするのか?」
「場合によってはね。これから接触する相手が違反MODの製造販売に関与しているようなら、パーティの始まりだ。そうじゃなかったら、踊る前に自己紹介くらいはしてもいいだろう」
違反MODはその威力も問題だが、携行しやすいことがより危険だ。解体屋の多いサイト5では特に。何せ絶縁機を本来の用途で使う者たちに紛れれば、自ずと景色に溶け込める。
「サイト2、前に来た時は解体屋を見てなかったが、今日は多いな」
「良い仕事だろう?働けば働いた分だけの金を得られる。ここの住人もようやく気付いたか」
「他と違って命の危険が段違いだからな。普通は選ばないだろ、こんな道」
「そうだね。……人の死を看取ることもある」
「オレはそれが一番キツいな。どんなクズであっても、目の前で死ねれちゃ寝覚めが悪い」
「同感だ。何より仲間が死んだら手続きが面倒くさい。管理局が遺産の相続先を照会するのを待ってたら一億年はかかるからね。ボクはマレィに頼むことにしてるんだ。彼女はああ見えて人伝があるから」
任務中に誰か死んだら、その遺産は大概持ち逃げされるものだ。管理局も黙認している。ボクはそこまでして金が欲しいわけじゃないのでね。まあツケは溜まってるが。
「無口な印象だったが……。そうなのか」
「サイト5じゃ無駄口を叩かない方が好かれる場合もままある」
「なら、アンタは爪弾き者だろうな」
「今のキミみたいなことを言うヤツから殺されていく」
「お互い様だ……っと、アラン。アレを見ろ」
ドアから誰か出てくる。幸運なことに一人だけだ。警備の人間に頭を下げているから、下っ端だろう。
「ヤツを追うぞ。一人になった瞬間に近づいて問い詰める」
尾行は滞りなく進んだ。
何か大事な用があって、目的地がバレたくないのならば、過剰なまでに警戒した方が効果を発揮するのだが、ヤツは呑気に歩いていた。裏道を使うこともない。
ボクたちは目的地を突き止めたいというより、ヤツを問い詰めたいだけなので、かえって困ったが。なかなか一人にならない。
だが、ようやくその瞬間が訪れた。
「……おい、クラヴィス君」
「……なんだよ」
「行ってこい」
「今か?まあ確かにチャンスだけど……」
「ならボクが行こうか?」
「い、いやっ、それはやめといた方が……」
「じゃ、君が行け!」
「……わーった、行く!行くよ!」
……数分後。
「ちゃんとケツは拭かせたか?」
「あー……。個室に入ったら逃げようとしたんで、そのまま……」
◆
「さて、クソ野郎。キミに聞きたいことがある。とはいえいきなり拉致られて混乱しているだろう?まあ、危害を加える気はないから安心してくれ。ケツを拭く気もないが」
それほど臭くないな。キレの良いブツだったのかもしれない。
「いやぁ、ホントに。タイミングが悪かった。キミをクソッタレにする気はなかったんだ、すまないねぇ」
捉えた男は不機嫌さを隠そうともしない。まあそりゃあそうだろう。誰だってプライバシーの侵害は不愉快だ。
「チッ、クソが……!」
「それはすまなかった。本気でそう思ってるんだ。かぶれ薬代くらいなら払うよ」
「そういう意味じゃねぇ!クソはテメェだ!」
一般的な人類の構造を鑑みるに、ボクやクラヴィス君がケツから生まれてきたとは考えにくいので、これは比喩表現だろう。まったく、モノホンを垂れ流しておいてなんたる言い草だ。
「ほら、言われてるぞキミィ。せめて拭いて手を洗う時間くらいやればよかったんだ……」
「逃げようとしたから仕方なかったんだよ!それに、他のヤツがいつ入ってくるかも分からねぇし……!」
それはそうだな。仕方なかった。
ならとっとと始めよう。尋問を。
「ケツがかぶれる前に済ませよう。単刀直入に聞くが、キミは違反MODについて何か知っているかい?」
「……」
「あぁ、言い忘れたが、ボクらはギャングじゃない。キミらの抗争相手でもなければ、チームの裏切り者でもない。もちろん、管理局や企業とも関係はない」
「は、はぁ?だが……」
「上の口はダンマリだが、下の口は随分お喋りだったよな?そっちに聞いてみようか、ん?」
「ッやめろ!分かった、話す!話すよ!つうか、俺ぁ下っ端でよぉ、そもそも知らねぇことの方が多いんだ……」
「案外素直だね。ありがたいよ。この調子ならケツを拭いてやってもいい」
「それは要らん。……とにかく、俺らのチームは違反MODを捌いたりはしてねぇはずだ。アンタらが何者かは見当もつかねぇが、もし違反MODの販路を潰すなら、俺たちは案外仲良くやれそうだぜ」
「ほう?」
「ボスの方針でな。解体屋の経験があるってんで、絶縁機は仕事道具なんだと。それで人の血を流させるのが気に食わないって話だ」
「ボクたちの目的と合致している。だからこの件も水に流してくれるかな。それと、もう少しだけ聞きたいことがある。……この男を知っているかい?」
そう言って、ボクはフレイ君の店にある監視カメラから抜きとった画像データを見せる。例の客だ。
「この人は……。うちの幹部だ。まさにこないだ、違反MOD持ちに斬られたって話だぜ」
「彼に会うには?」
「チームが溜まり場にしてる店があるんだ。俺が案内すれば、通してもらえるはずだぜ。……ま、貰うもんは貰うけどなァ?」
「クラヴィスくぅん、お金〜」
ボクは今すっからかんだ。腕の修復なんかで出費が嵩んだもので。
「はいはい。ったく、いつもオレが尻拭いしてると言っても過言じゃないぜ……」
「クラヴィス君。彼は自分で拭きたがってるから、放っておいてやりなさい」
「そういう意味じゃねぇよ!」
そういうわけで、改めて先ほどの店へ行くことに。
「……ボクは全身義体だからトイレには行かないぞ」
「どーでもいいわっ!?なんで今その情報を言うんだよ!?」
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