富は踊る

22:新章開幕


「ボクは技師を名乗れる程度のスキルなら持っている。シングを狩るだけじゃ暇な時間もあるから、副業で整備の仕事なんかもしたことがあるんだ」


「……だからといって、義体ひとつを作っちまえるのはおかしいだろ。何なんだアンタ」


「ボクがやったのは内装だけだよ。外装は、ほら、フレイ君に仕事を回してやった」


「へぇ。なかなかやるもんだ。生身の頃と変わらない見た目だぜ」


サイト2を脱出し、しばらく潜伏したのち、ようやく自室で一休み……とはいかなかった。


の身体を作る必要があったのだ。見た目は本人とクラヴィス君の意見を参考に、骨格はボクが担当し、フレイ君が外側を作り込んでくれた。彼にはボクの身体の修復も手伝ってもらったし、感謝してもしきれないな。


「ボクの新たな右腕も、イアナさんの新たな義体も、既製品を改造しているだけだ。だけどそのおかげでメンテナンスは楽になるし、何より企業努力ってのはいつだってハイクオリティなものさ」


使ったパーツは「オールド・カスタム」製。


会社の名前だ。オールドは旧言語で「古い」を示す言葉だが、社名の由来は創業者の名前らしい。だが、オールド、という響きはなかなか良い。こだわりが強い技術者が揃っているらしく、ハイコストハイクオリティの品を細々と生産している規模の小さいメーカーだ。


「MP社の規格に合わせた脳接続デバイスを作るのには骨が折れたよ。こういうのはボクじゃなく、あのひとの……。ま、甘ったれたことも言ってられないから作ったけどね」


「……アンタのおかげで、姉貴がまた日の下を歩ける」


「灰に塗れた空だがね。それよかボクは、酒場の薄暗い照明の下を歩きたい。だが義体の性能は保証しよう。灰塗れの空だろうが、荒れ果てた砂漠だろうが、火の中水の中だろうが、どこへ行くにしたって抜群の耐久性を発揮するぞ」


改造の際は、例のキラー・マシンの外殻をいくつか流用した。耐久性に優れた素材だったので、スクラップにしてサイト5に流すのは勿体無い。それに危険だ。スラムのギャングたちがそんな素材を手にしてしまうと、パワーバランスの崩壊に繋がる。




「……それじゃ、調整も終わった。イアナさんを義体に繋げよう」


長らく囚われだった令嬢は、ようやく自由を手にできたのだった。









「オレの姉貴がヤバすぎる」


「藪から棒にどうしたクラヴィス君。……ああマレィ、これ今までのツケ分。あと今日の分はツケといてくれ」


「アラン……。足りない……」


「そうか。じゃあツケといてくれ。で、イアナさんがどうしたって?」


「ああ、姉貴が──」




ヤバすぎる、とは?

そう尋ねようとした瞬間、酒場のドアが勢いよく開かれた!




「クラヴィス!ウチの会社来ない!?」


「……姉貴がこうやってしつこく勧誘してくるんだ」


イアナさんだ。

ボクが作った義体はよく馴染んでいるようでよかった。彼女の外見は生身の人間とそう変わらない。触り心地などはボクよりも人体そっくりだ。生体パーツの専門家は一味違うね。


彼女の言う「会社」とは、MP社が瓦解したのちに、社の黒い部分に関わっていない末端の社員や、いつぞやの姉妹が紹介した人手を集めて作られた新生MP社のことだ。


「そんなに人手が足りないのか?」


「今の『カガミ社』は信用がドン底なのよ。もちろん、わたしの件については事実が公表されたから、そこまでひどくはないんだけど……。やっぱりアレだけの大事件、サイト2以外にも影響が波及しているの。詳しい事情を知らない企業からは鼻つまみ者よ」


元CEOのニール氏の狂気が明かされたことで、企業連は支柱を一本失った。新生「カガミ社」も、その代わりにはならない。


「それと……。あの一件から、サイト2の治安が悪化しているみたい。パワーバランスが崩れたのよ。MP社のシェアの後釜に入ったのが、厄介なことに裏社会の密売人だった」


「ふむ。クラヴィス君。手を貸してやるべきじゃないか?」


「……姉貴のためなら喜んで引き受ける。だが社員にはならないぜ」


「取締役がよかった?」


「そういう話じゃないっての、姉貴!……オレは、こうやって酒場の端っこで飲んでる方が性に合ってるみたいなんだ」


「ここの端の席はボクの指定席だよ。マレィが一番美しく見えるからな」


「マレィさんはいつ見ても綺麗だろ。そんなことより……。姉貴、サイト2の話、詳しく聞かせてくれないか?」


「ええ。……そのために、今日は彼を連れてきたの」


「彼?」




またもや入口のドアが開く。あの気弱な開き方、姿を見ずとも誰か分かる。


「おや、フレイ君!調子はどうかな?腕と義体の件じゃ世話になったよ。今日はボクの奢りで飲むといい!」


「アラン……。お金持ってないでしょ……」


現れたのは、何かと仕事ができる男フレイゼル。とりあえず何かあったら彼に頼めばいい、と、ボクの中ではもっぱらの評判だ。


「アランさん。い、いえ、報酬は十分過ぎるほど頂いてますから。それより、今日はサイト2の治安について、お伝えしたいことが……」


彼とサイト2の関わりはなんだろうか。

仕事関係?


「イアナさんの義体の仕事以来、サイト2からの依頼もよく来るようになったんです……。そ、それで、気付いたことがあって」


「ほう?」




「私にくる仕事は、ほとんどが義体の皮膚修復や生体パーツの取り替え、そういったものです。ある時、サイト2から来るお客様の依頼を受けると……。違反MODにやられた傷を見たんです」


「っ……!」


クラヴィス君の顔が強張る。


MP社を片付けても、MODの流出は止まらなかったのだ。


違反MODの傷はすぐに分かる。

アレは威力が高すぎるので、斬られた側もしばらく斬られたことが理解できないほど。傷口の断面は綺麗になるか、ひき肉になるかのどちらかだ。


「イアナさんに相談したところ、どうやら近頃、サイト2で違反MODを売り捌いている何者かが裏社会に潜んでいるに違いない、という結論に至りました」


「どうして?」


「私のところに来たお客様は、ど、どうやらその、カタギの人じゃあないらしく……。おそらくアシが付きにくい修理場として、私の店を利用しているのでしょうね。彼が絶縁機に斬られたような傷を負ったということは、裏社会の何者かが違反MODを使っているということ」


「やれやれ……。まだまだボクらの縁は切れなさそうだぞ、クラヴィス君?」


ボクの生きる意味……そんなものあってもなくても関係ないが、強いて言うなら、スミシィの足取りを追うこと。そのためには違反MODを追うのが手っ取り早い。


「またサイト2に行くのか。今度はもっとコソコソせずに歩きたいが」


「あなたたちを追っていたのはMP社の連中だけだから、今のサイト2は安全よ。……あなたたちにとっては、ね」


「どういう意味だ?」


「さっき言った通りよ。今は治安が悪いの」


それならボク向きの街になった、ということだ。スラムには慣れている。




「これがもし小説の中の出来事なら、新章開幕といったところか。ちょうど調整した右腕の調子も確かめたかったんだ。サイト2のならず者とダンスでもしようか、クラヴィス君」

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