20:可能性

咄嗟のことでほとんど無意識に近かったが、ボクは爆発から二人を庇うように動けていたらしい。おかげで全身に爆風を浴びて黒焦げだ。あとで修復は可能だろうが、皮膚パーツの張り替えに必要な費用を考えると目が回る。


それと、爆発の際に飛んだ破片が刺さって回路が破損したのか、痛覚抑制の効きがイマイチだ。さっきから、義体化して長らく味わってこなかった痛みを感じている。


「ア、アランッ!?無事か!?」




「ぶ──事──見え──か?」


「お、おい……?」


ああ、こりゃ声帯も吹っ飛んだかな。




「すま──い。喉──がイカれ──ようだ」


「……すまない、オレが呆けていたせいで」


「──あ──死には──ない。だが──少し──休──てもらう」


あの野郎、今度地獄であったら絶対に一発殴ってやる。ボクを舐め腐りやがって……!




……おっと、少し頭に血が上りすぎているようだ。今は冷静になろう。




『……お母さんを助けてあげたい、けど。この状況じゃ……』


そうだ。脱出よりも先にやることがある。

母君を……。


「姉貴。母さんはその扉の奥にいるんだな?」


『ええ、そうよ……』


「ならオレが行ってくる。アラン、黒焦げになってるとこ悪いが、脱出の準備を頼む」


「──了解。そっちは頼──よ」


親指を立ててクラヴィス君を送り出す。今のボクにできることはこれくらいだ。脱出の準備とは言っても、やることは窓を開けるだけ。


研究室の扉の奥へと向かっていった彼の顔には、隠しきれない陰があった。


ニール・カガミは死んだ。

クラヴィス君にとっては宿敵だが、父親でもあった。


血の繋がった他人同士は再会を果たし、片や親子の影を見る。ニール氏の言う家族愛はどうしようもなく歪んでいたが、それでも父親であることをやめなかった。


『……どうして』




どうして、彼は自ら死を選んだのか?

……ボクたちの目的は社の解体。


トップであるヤツが死んでも、会社は残るのだろう。企業とはそういう生き物だ。


だが、それにしても、狂っている。




「──あ、あ、あー。よし、少し調子が戻っ──きた。ノイズは混じるが──会話はなんとかできる」


『……大丈夫?』


「あぁ、問題ない。──ヤツの遺産を破壊する。──それくらいの仕事はできるさ。そっちこそ、大丈夫かい?」


『……ええ。こんな結末になるのは、なんとなくわかってたから』


「まだ終わりじゃない。──ヤツの言った通り、ヤツの遺伝子はまだ残っている。──第三の子どもであるMP社を無力化しないと」




社の命運を賭けたプロジェクトを台無しにしてやれば、十分な打撃を与えられるだろう。そして、クラヴィス君がそのうちのひとつを破壊しに向かっている。


「そういえば──Project UとVについては確認していなかった。──どんなものなんだい?」


『その二つは秘匿性が高くて、仔細は父さんの頭の中だけにあったの。つまり、今その内容を確認することは……』




ごう。




風が吹いた。……って、この流れさっきもやったな。


今度の風は、クラヴィス君が入っていった扉の奥からだ。……何かマズったか?




「どわぁぁぁぁぁぁぁあッ!?アランッ、扉から離れろぉーーッ!」


『一体何が……?』


クラヴィス君が、ついさっきの飛行型シング並みの速度で部屋から飛び出してきた。




「……敵だ!備えろ!」


「──は?」


警備にでも見つかったのか?

いや、さっきの爆発で厳戒態勢になっているとはいえ、この慌てようは……。


刹那、クラヴィス君の背後に妖光が煌めく。

シングのアイカメラにそっくりな光だ。敵は機械だな。警備ロボットか……?




『脅威レベル、測定中──結果算出。脅威レベル5。高出力電磁砲の使用を開始します』




無機質な声が、脳の奥に冷たい切先を押し付けるように響き渡る。


全貌は人の形に似ている。サイズは4mほどあるし、頭部のカメラはモノアイだが。脚部はホバー飛行のようだ。関節部が少なく流線的な形状。腕は、3対ある。五指がしっかりある第一の腕にはブレードのような武装がある。それから第二の腕には大口径のガトリング砲。


第三の腕には……。多分、あれが高出力電磁砲とやらだ。撃たれるとまずい。


「──クラヴィス君──今すぐ逃げ──」




「姉貴……。研究室の最奥に、あいつはいた。中はあらかた探したが、そこにはヤツしかいなかった」


『……え、っ?』




「母さんがどんな状態になっているのか分からなかったが、ようやく合点がいったよ……。あれはProject Uの産物。Uの意味はUnllimited無限。……多分、母さんの脳をコアにした執行機体だ」


『……そんな』



ニール氏は人の無限の可能性を追い求めていた。

人型なのはそれも理由か。


人間の脳はあらゆる状況に対応可能な処理能力を持っている。であれば、汎用性に優れた人型兵器に脳を搭載するのは理に適っている、と言えなくもない。


わざわざ旧言語を使って計画名などを考えちゃって、ひょっとして自分に酔ってたのか?そんな気がする。


「──あんなものを作った連中の気が──知れない。だが武装から察するに──対シング戦闘も可能な──超高性能機体!」


『……なぜ、あなたたちを狙ってるの?』


「さあ?さしずめ、企業に対する危険因子と見做されたか。──こうなった以上、やられる前にやるしかない」



そして、アレが母君だとするならば。

我々はあの化け物を必ず破壊しなければならない。


「──ところで、母君の名を聞いてなかった」


『ルキナ。……母の名はルキナです』


「ふむ。──呼びかければ意識が戻ったりは──期待しない方がいいか」


そんなロマンチックな展開は訪れない。生憎、この世界はそう甘くない。砂糖はそれなりに貴重品だからね。




「──アレを兵器だと考えるなら、まず──排熱機構を探ろう。あのバカげた数の腕を見るに──かなり無茶な設計のようだ」


デカい機械は、大概関節か排熱が弱いと相場が決まっている。シングの外殻を複数枚用いているのか、ただ杭を撃ち込むだけじゃあの装甲は剥がせないだろうし。


……ふむ。腕の武装には独立性があるようで、あの高出力電磁砲すらも、本体の排熱には影響を与えないと思われる。


だったら、狙うべきはホバー機構か?




「──クラヴィス君。さっきの爆発でボクの行動は制限されている。──絶縁機を使えるのは一回までだ。それ以上は左腕が限界だ。エネルギーが暴走し──おそらくボクのボディは吹き飛ぶ」


「……オレが引きつけて隙を作る。アンタは弱点にパイルをぶち込んでやれ」




一回きりの大勝負。

後がないからこそ、外せない。

いや、外さない。




「──ヤツの間合いから外れるんだ!懐に入り込めクラヴィス君!」


懐に入れば、注意するべき武装はブレードのみ。クラヴィス君なら躱せるだろう……。


「──っと!?こっちにも飛んでくるのか!?」


機銃掃射だ。弾幕がノコギリの刃のようにジリジリ迫ってくる。もし当たれば解体用チェンソーに斬られるよりも酷い目に遭うだろう。一度、鹵獲したシングの残骸を解体中にそういう事故を見たことがあるが、ああはなりたくない。


ヤツの弾幕はこちらの逃げ道を潰すように放たれている。イアナさんに万が一があっては困るので、彼女から離れた場所に陣取ったはいいものの、回避に使えるスペースが少ない。どうしたものか。


やっぱり……ボクも近づくしかないか。


「ちょっと失礼するよ──クラヴィス君!」


「はっ、ちょっ、アラッ……!わーったよ、ちくしょうっ!とりあえず排熱部は見つけた!背部の腰あたりだ!オレが注意を引く!そのままやっちまえ!」


機銃の射角が狭まる前に突進し、スライディングで相手の懐を潜り抜ける。機体下部から噴出するホバーの熱風に一瞬たじろぐが、文字通り一瞬だ。さっきの爆風に比べたらなんてことはない。


勢いを殺さぬまま身体を捻り、それから脚で床をしっかり掴む。先ほどの運動エネルギーがボクの身体をバネの要領で圧縮する。それを、ヤツがクラヴィス君に気を取られている今のうちに解放し飛びかかる。




「さあ、喰らってく……ッ何!?」




マズッ──




「ッ伏せろォ!クラヴィス──」




ごう。




爆音。というより、電磁砲の発射音。


……レパートリーがないな。予測外の事態に対するリアクションの。


はあ。こうも痛めつけられると、逆に冷静になれるってものだ。




「──アランッ!?無事か!?」


「ああ、一応ね」


「あ、アンタ、その、右腕……!」




「……手ひどくやられた。──が、ヤツも痛手を負っている」


ボクの右肩から先は電磁砲で消し飛んだ。

ヤツの腕の可動範囲を舐めていた。背部かつ超至近距離でもお構いなしだ。


「ま、左ならともかく、──こっちなら直すのは簡単だ。──そう暗い目をするなクラヴィス君」


ただ、ボクの方も攻撃は命中した。杭は無事にブッ刺さったし、ヤツが無茶な角度で砲撃したおかげで、脚部が一部破損している。




「くそっ、なんだって母さんがこんな目に……!」


「……クラヴィス君。──それは危機を完全に脱してから──考えよう。まずはこのバカみたいな機械を──止めなければ」


ボクが一撃を叩き込んだおかげで動きは止まったが、まだアイカメラの光は消えていない。なまじ人に近い形のせいで、恐ろしさがより増している。




『待って!何か様子が……?』


彼女の言う通り、何かがおかしい。




目の前の機体から、殺気が抜けていく。その情動の奔流が目に映るような錯覚さえ感じた。


何が起こったのかは分からない。

だが、この状況に説明を付けるなら、もっともシンプルな答えがひとつある。


だが、まさか。

既に機械に置き換えられた脳が。そんなこと。


……いや、これこそが人間の可能性か?




『お母さん……?』




母君が……ルキナ・カガミの意思が、現れた。

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