19:爆風
「お前ッ……!どの面下げて──」
「息子よ。積もる話はあるが、まずは言わせてくれ。……よく帰ってきてくれた」
「は……?」
コイツは、なんだ……?
ボクも企業の重役や裏社会の者たちとそれなりに渡り合ってきた経験はある。だが、この男は今まで出会ったどの相手とも違う雰囲気を感じる。ひたすらに不気味だ。
「……そちらの、君。確かアラン・ヴァーディクトといったね。いろいろ調べさせてもらったよ。随分と興味深い経歴をお持ちのようだ」
「あなたに言われたくはないな、ニール・カガミ。随分と黒い経歴をお持ちのようだ」
「黒いかどうかを決めるのは君ではない。私でもない。審判者はいつの時代もただ一人のみ。……時代そのものだ」
「だとしたら、やはりあなたは真っ黒だ。人間の命が問答無用で希少資源と見做されるこの時代に、無意味な殺人を繰り返すなんて」
「スラムの住人の命と上層民の命には価値の差がある。私自身、この現状を憂いてはいるが、納得はしている。巨大な山を削ってダイヤモンドの原石を見つけ出すより、宝石店に行ってショーケースのダイヤに大枚を叩く方が楽だ」
「……」
反論はできる。れっきとした理論がある。
だが、ボクはその理論を心から信奉していない。つまり、スラムの住人を間引く行為を絶対的な否定する理論を、信じきれていないのだ。
「君も察しているだろう。我々の行う間引きによって、サイト5は存命している。確かに、シングからの肉壁としての役割を担う彼らを殺せば、人類の動脈に傷を付けることと同義となる。だが……」
彼の言葉に続き、ボクは口を開く。
「スラムではしょっちゅう血栓が作られる。そして、血管が全身に張り巡らされているように、スラムの影響もまた各サイトに及びやすい」
サイト5は飢えが跋扈するスラムだが、対シング戦争の最前線でもある。スラムの動向は他のサイトから見ても重要なのだ。
「それでもボクはこの会社を潰す。正直言うと、スラムの間引きを真っ向から否定するわけじゃない。ボクが気に食わないのは、そうして得たリソースを無駄に喰らう富裕層たちだ。だからまずは、サイト5で最も死人を出しているあなたの会社を潰させてもらう」
ニール氏の顔面に銃を突き付ける。
ボクの場合、銃よりも有効な攻撃手段を持っているので、コイツはただの脅しだ。
「……私を終了する前に、少し、家族と話をさせてもらいたい」
「構わないよ。まあ、彼らはあなたのことを家族だとは思っていないだろうが」
ニール氏がクラヴィス君を一瞥する。父親らしさを十二分に感じる微笑みを浮かべたあと、同じ表情のままブリッジの端末を見やった。なんて異様な光景だ。
「ニール……!」
「少し、寂しいな、クラヴィス。君はこれまで私のことを父と呼ぶことはなかった」
「当たり前だろう?姉貴をこんなにしておいて、今更……!」
「仕方なかったのだ」
「戯言を!」
「仕方なかったのだ。10年前、人間をさらなる高みへと押しやる技術を見つけ出した我々は、実地試験の機会を求めていた。そのためには、誰かが犠牲になる必要があったのだ」
「だからって、姉貴を……!アンタ、そんなに実験したいんなら、自分が実験台になりゃあいいだろ!」
「私が死ねば、誰が会社をまとめる?」
「代わりはいくらだっているだろう!」
「この技術は多くの人を救う。人間の寿命を伸ばし、消えるはずの命を救う。……君も心当たりがあるだろう、アラン・ヴァーディクト」
確かに、ボクの命を繋いだのはサイバネ技術だ。義体化しなければ、今頃は骨だけになっていただろう。
「だから、姉貴を……?どうしてっ、どうして実の家族を平気であんな目に遭わせられるッ!?」
「では、他人なら良かったのか?」
「……っ」
「私にはそちらの方が心苦しい。見ず知らずの誰かを実験台に用いるなど……」
ニール氏の言動はある種のパラドックスのようだ。スラムを蹂躙しておきながら、見ず知らずの誰かが割を食うことを良しとしない。歪んだ功利主義のような考え。
だが……。
「あなたは、娘を改造する行為に対し、背信的な感情を覚えた。そうでなければ、わざわざ強盗事件を偽装したりしない」
「む……」
「あなたは世間から見れば悲劇のヒーロー。妻と娘を失い、息子は家出。さぞかし良いイメージが付いたことだろう」
コイツの態度からして、家族を愛しているのは本当かもしれない。
だが、その愛はあまりにも酷く歪んでいる。
「ニール・カガミ。……お前は自分の評判を守った。そして、ニューラルネットワーク技術を用いた脳改造による『永遠の命』に夢を見過ぎたんだ!違うか?」
「……惜しいな」
「ほう……?」
「夢を見過ぎた、と君は言ったが……。私が抱いていた期待は非常に現実的かつ、既に達成されているんだよ。私の妻は放っておけば病気で死んでいた。義体化で救うこともできたが、私はあえて彼女を至高の存在へと押し上げた」
project S。
よくもまあ、こんな気色の悪い発想ができるものだ。
「妻の人格や記憶は、もはや私たちの思い出の中にしか存在しない。だが、これでいいのだ。本来死ぬはずだった妻をまだこの世に留め置く理由は、親としての勤めを果たすためだけに他ならない」
「親としての……?」
「子を守ることだ。彼女の脳で実験して得られたデータは、多くの兵器開発に役立った。それらの力が我が子らを守ってくれる」
「戯言を!」
『お父さん……』
まだ彼を父と呼ぶか。
イアナ・カガミ。
彼女は今や、側から見ればアシスタントAIに設定された人格のようにしか見えない。ニール氏専用のブリッジ端末に囚われていたところを見るに、この男は自らの娘に秘書の真似事をさせていたのだろうか。反吐が出る。
いくら歪んでいようとも、男は家族を愛している。たったそれだけの理由で、愛を返すことができる彼女の高潔な精神には惚れ惚れする。まあ、今は惚れる暇があったら行動するべきか。
「イアナは聡明な子だ。私が彼女をより完璧な存在に近づけたんだ」
「ではイアナさんを自由にしてやれ!彼女から聞いたぞ。安全装置という名の首輪を取り付けているんだろ?彼女に」
例の機密保護プログラムのことだ。
彼女がここに囚われているのは、紛れもなくこの男のせいなのだ。
彼は家族を愛しているのだろう。だが、その愛の形は決して世界に適合しない。適合させてはいけない。自由は、他者の自由を踏み躙るものであってはならない。
「私は娘を愛している。父として。この会社もだ。我がMP社は3人目の子どもだ。姉弟喧嘩はさせたくない。だから、機密保護プログラムを設けた」
「結局、お前は自分のことしか考えてないじゃないか……?」
「果たして、そうかな?」
彼が突然、上品に着こなしたスーツの胸元を自らひん剥いた。
胸の辺りが、何かおかしい。
拳大の機械が取り付けられている。無骨で不気味なデザインだが……見ていると嫌な予感がする。
「これも機密保護プログラムだ。私の身に何かあった際、MP社の重要な秘密を守るため、私の肉体を粉微塵に粉砕する小型爆弾だよ」
「何ッ……!?」
クラヴィス君が早くも行動を開始した。
だが、まずい。この男は本気だ!今彼を拘束すれば、間違いなく自爆する!ヤツにはその覚悟がある!
「やめろクラヴィス君!ソイツから離れるんだ!」
「……私の命を助けようとしたのかい?どんな理由であれ、息子に身を案じられるのは悪くない心地だ」
「テメェ……!」
この男は何を考えているんだ?
……怖い。人間相手に恐怖を感じることはなかなかない。大抵の相手は肉弾戦で制圧できるし、自分で言うのもなんだが、ボクはそれなりに化かし合いが得意な方だ。
だがこの男は別格だ。見ている世界が違う。
「ニール……。テメェ一体何考えてやがる?」
「家族と、人類を守るためだ。……息子よ、君も人類種としての新たな一歩を──」
「断る!オレはオレのまま、最後まで足掻いてやるぜ!」
ヤツはおそらく、悍ましい支配欲からくる歪んだ家族愛の持ち主だ。イアナを手中に収めているのがその最たる例。そして、ニューラルネットワーク技術による脳と電子回路の接続をやたらと持て囃すのは、彼がその歪んだ愛を無意識のうちに言い訳しているからだ。
細かい事情は分からない。だが一つだけ確かなことがある。
この男は、自己中だ!
◆
男は、窓側まで静かに歩き、そして言った。
「私にはもう選択肢は残されていないようだ。……私の愛に君たちが苦しんだことも理解している。だが、いつか必ず私に感謝する日がくるだろう」
「ボクはそうは思わない。クラヴィス君もイアナさんも、お前に感謝なんかせずとも自分の足で立てる強い者たちだ。それに二人とも、他の自分の足だけでは立てない者に手を差し伸べることができる。いずれにせよ、ニール・カガミ。お前に残された道は──」
「──投降し、妻と娘を解放すること。そう言うつもりだろう?」
「ああ。自爆すればお前の愛する家族も巻き込むぞ。お前が死のうがボクはどうでもいいが、まだお前のことを父と思っているイアナさんに申し訳が立たない。分かったら大人しく──」
「……爆薬は、そこまで強力じゃない」
「何……?」
「吹き飛ばせるのは私だけ。この部屋にいるものは、少なくとも死にはしないだろう」
「妙な考えを起こしたら──」
「──愛してるよ、君たちを」
ごう。
「あっ──?」
風が吹いた。いや、違う。熱い。
爆風か。
そうか、爆風。
……は?爆風?
「ッぁ゛あ゛あああああああ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます