15:一刃二鳥

現在、この地域にはサイト1からサイト5の居住可能区域がある。対シング用の防壁や対空設備が整えられた土地が、それぞれ整備されているのだ。サイト間の道路は整備されており、シングに脅かされることなく移動ができる。


「……まあ、今回ボクらが使うのは、監視の目を避けた遠回りルートだ。外壁をぐるりと回って行くから、検問に引っかかることはないが、シングには追われるぞ。気を付けろよ」


「アンタがいりゃあ何とかなりそうだが……。いや、慢心はいけないな。警戒しておく」


「良い心がけだ。じゃ、運転と見張りはキミに任せる。目的地に着いたら起こしてくれ」


「なんでそうなるんだよ」


「キミが目を光らせているから、ボクは遠慮なく慢心しようと思ってね。じゃ、おやすみ」




「……寝るの早いな」


クラヴィス君が何やら言っているが、心地の良い微睡に囚われたボクには聞こえないなぁ。トラックは揺籠のように揺れる。今日は曇り空で、車窓から刺す淡い光が丁度いい。


ちなみに、他にやることがないから眠るのであって、寝る必要性があるわけではない。潜入任務に貴重な紙の本を持っていくわけにもいかないし、外の景色を眺めようにもずっと荒地なので面白くない。


そんなわけで、しばらく夢を見て暇を潰す。




「んむにゃ──」




「ッ!?おい起きろアラン!つーかッ……掴まれェェェェッ!」


「ふぁっ、なんっ、何──!?」


なんだか既視感があるぞ、この流れ。


クラヴィス君の言葉通り、手近なものに掴まりながら窓の外を見ると、そこにはメタリックな飛行体が上空を埋め尽くす光景が見えた。




「……あれは、偵察スカウト型か」


シングの中でも厄介な部類だ。というのも、ヤツらは攻撃性能こそ最低クラスだが、カラスのような見た目で、飛行能力を持っている。その上群れで行動し、索敵範囲が広いのだ。


「ヤツらは他のシングを呼ぶ。早いとこ逃げなければ……」


「いいや、アラン。もう手遅れのようだ」


「……チッ」


トラックの前方、ほんの30m付近。


ベータの突撃アサルト型が一体、ボクらを待ち構えていた。四足獣のような風貌だが、残虐性を隠しきれないスクリュー状の開口部が、犬や猫でいう口の部分に存在している。


そして、ベータならではの特徴だが、尾にあたる部分には伸縮性の高いチューブ状のパーツがあり、先端に丸鋸のような回転刃が複数付いている。




上空の偵察型シングは幸いにもほとんどがアルファだ。まあ、何体かベータらしき影も見えるが、ヤツらはもともと大した敵ではない。




シングの脅威度は一般に六段階に分けられる。


アルファから順に、ベータ。それからガンマにデルタにイプシロン。最後はゼータ、と等級分けがされているシングの脅威度だが、一般的にはガンマ以上のシングを見かけることはない。アルファは雑兵、ベータは部隊長、ガンマは将校、といった位置付けだ。


ボクはデルタ級のシングまでなら交戦したことがある。稀に「スタンピード」と呼ばれるシングの大規模な侵攻が発生することがあり、その際にデルタやイプシロンが出現する。緊急事態であるから、全てのサイトが協力して解決にあたる。数年に一度の災害だが、ボクが義体化してから一度起こっている。


……ゼータは未だ民間での討伐報告が上がっていない。そもそも出現が稀であり、解体屋の中にはゼータが空想の存在だと言う者もいる。ボクも正直疑わしく思っている。


一度、企業連が「秘密兵器」とやらで討伐した、との報告が上がっているが、そもそもシングの装甲は核戦争を前提として設計された強固なもの。特殊兵器である絶縁機でもなければ、それこそ核爆弾を撃ち込まない限りは倒せない。……仮に、ゼータに核を撃ったとして、その残骸が見つかっていないのはどういうことなのだろうか。


まあ、考えても仕方がない。

今は目の前の脅威を排除しなければ。




「……キミ、鳥になりたいと思ったことはあるかい?」


「いきなり何だよ……ってまさか」


「ああ、そのまさかだ!行ってこいクラヴィス君!鳥になってこぉい!」


ガっと掴んでポーイ。である。


「どおわぁぁぁぁぁぁあッ!?」


全身義体の膂力は人間一人をぶん投げるくらい造作もない。クラヴィス君は少し重かったが、200kgまでは誤差だ。




「ちっ、ちくしょう!?やってやらぁ!?」


随分やる気だな、クラヴィス君。よほど鳥になりたかったのか。空にはロマンがあるからね、気持ちは分かる。


「でりぃやぁぁぁぁあッ!?」


おお、やるなぁクラヴィス君。偵察型シングを足場にして滞空している。生身のくせによくやるよ。というかアレは本当に人間か?


なんだかうまいこといったので、よし。




「……さて、ボクはこっちを相手しよう」


地上にベータが一体。ボク一人でも事足りるが、アルファより手強いことは確かだ。少なくともベータ複数体を相手に千切っては投げ、千切っては投げ、という戦い方はできない。幸い、今回はタイマンである。




「先手は譲ろう。……さあ、来い!」


ベータともなると、その素早い動きを人の目で捉えることが難しい。ボクのアイカメラは肉眼より高性能なのでギリギリ動きを追える、が、注視を怠ると危険だ。


それに、相手の動きを把握しても、それより素早く動けるわけじゃない。人間よりも耐G能力が高いベータ級の動作は緩急が激しく、場数を踏んでいない解体屋が出くわせば確実にやられると思われる。


もちろん、ボクにその心配はない。

慢心ではなく事実だ。冷静に対処すべく、ボクは迎撃の構えを取る。


素早く隙がない敵の対処法は、カウンター攻撃であると相場が決まっている。相手の行動が確定する瞬間、すなわちこちらを攻撃する瞬間を狙って穿つ。


ヤツがジリジリと詰め寄ってくる。

20m、15m、10、7、5……。

左に、いや、右に……。なかなか焦らしてくれるな。




睨み合いを続ける最中、突如空気がブレた。

鎌鼬が吹き荒び、ボクの全身を斬りつけるような錯覚をもたらす。だが慌てるな。これしきの風圧に怖気付いていたら、1秒後には本物の刃がもっとエゲつない軌道で飛んでくる。


砂が舞い散るよりも早くに、ヤツの攻撃が眼前に迫る。最古のアーカイブに残っているウエスタン映画よろしく、カウボーイが投げ縄を投げるように尾の回転刃を振り回してきた。


まだだ、まだ引き付けろ!




「……見切ったッ!」


回転刃がボクのまつ毛を刈り取る直前、左腕で刃を上から押さえ付ける。回転方向とは垂直に押さえたため、腕が吹っ飛ぶことはなく、少しばかり火花が散るだけで済んだ。


そのまま押さえた腕を起点に飛び上がり、側転の要領で敵の上を取る。勢いよく飛び上がったおかげで身体は宙に浮く。左腕がフリーになったので、改めてシングの首筋付近に手を置く。




「なかなか楽しかったよ。それじゃ喰らってくれ!」


ボクの中枢から、生身の身体を動かしているうちは決して発せられることのない電気信号が左腕に伝わる。刹那、空中ゆえ一切の支えがないにも関わらず、放った杭はシングの首元を貫いた。


「ッふぅ〜ッ!さすがはボク特製……。威力は十二分にあるな」


機械とはいえ、シングの構造は生物に近い。アイカメラから得た情報は頭部の思考回路で処理され、そこから各部位に命令が下される。であれば、首の回路を破壊すれば動作は停止する。


ベータの沈黙を確認。

それなりに上手くいったな。




「さて、それで……。例の如く、クラヴィス君は大丈夫だろうか」


そういえばぶん投げたままだったので、天を仰いでみる。




「うおおおおおおッ!?減ってきたッ!減っ……足場が減ってる!?なんでだよ!?」


そりゃあ、キミがたくさん倒したからね。


「アラン!そっち片付いたか!?手ぇ貸してくれ!」


「そう言われても、そこまで高く飛べないしな……」


「だったら石ころでも砂粒でも投げてりゃいいだろ!っていうか、オレもそろそろっ、限界……っうおおあああ!?」


おお、見事なバランス感覚。


飛行する敵性存在の上を舞うように移動している。鳥になれとはいったが、どちらかというと蝶のようだ。




「……どうしようか。あ、そうだ。ちょうどいいのがある」


彼の援護をしてやろうと思い立ったものの、本当に砂粒を投げたところでダメージは期待できない。少し悩んで、それから丁度いいものを見つけた。




「よぉし、援護だ!いくぞぉクラヴィス君!」


「おおっ、ナイスだアラ……ンンンッ!?」


「さっき倒しただ!そぉいッ!」


ヤツの尾に付いていた回転刃を取り外し、助走を付けて投擲する。


シングは装甲が分厚く、通常兵器では傷をつけられないが、同じシングのパーツ、ましてやアルファよりも硬いベータの残骸をぶち当てればかなり効くだろう。完全に停止させることは難しくとも、地上に叩き落とすことはできる。


クラヴィス君の周りには5体の偵察型が飛んでいたが、投げた刃はそのうち一体にヒット。小気味良い音を立てながら跳ねた刃は、もう一体にも当たった。


「一石二鳥。いや、一刃二鳥かね?」


「どーでもいいんだよんなこたぁ!アンタなあッ!オレに当たったらどうすんだよ!?」


「そこまでコントロールは悪くないさ。多分」


「多分っ!?」


地上に落ちた2体に追撃する。

杭の発射機構を使わずとも、思い切り殴りつけるだけで彼らは沈黙した。


「残りは3体か」


クラヴィス君に任せてもいいが、せっかく目の前に新たな残骸があるのだし、楽しくやろう。


「……クラヴィス君!第二射よーい!」


「はっ、って、またかよ!?」


「そいやッ!」


「危なッ!?うおっ、オレの足場がっ!」


今回はダブルヒットとはいかなかったか。まあ、1体には当たった。トドメ、トドメっと。


ボクがシングを黙らせたところで、クラヴィス君が鳥公を掴みながら上から降って来た。


「ハァッ、ハァ……。これで全部か?」


「お疲れ様、クラヴィス君。キミの勇姿はしかと見届けたよ」


周囲の安全を確認。

シングの脅威は排除された。









「アンタ、途中から楽しんでたろ……」


「キミが慌てふためく様を見て楽しんでいたわけじゃない……と言うとウソになるが、ボクはコントロールには自信がある。というか、慣れたヤツが使う全身義体は、生身より精密動作に長けているからね」


「……ホントかぁ?」


「試してみるかい?」


疑いの目を向けるクラヴィス君を横目にボクは石ころを二つ拾い、片方を彼に手渡す。




「キミは好きなタイミングで石ころを投げろ。とにかく上へ、高く飛ぶようにな」


「何するつもりだ?」


「とにかく、投げてみてくれ。それから、石ころから目を離すなよ」


困惑を隠さないままに、クラヴィス君はその強肩を存分に発揮した。なかなかやるな。つくづく、彼はフィジカルに恵まれている。


「……この辺かな。そりゃッ!」


ボクも負けていられない、と言わんばかりに石を投げる。次の瞬間、ボクらの頭上で、コツンと硬いもの同士が衝突する音がした。




「ま、こんなものだね。どうかな?」


「……おお。やるなアンタ」


「生身でもできないことはないだろうけど。ボクの場合は九分九厘確実に当てられる」


生物の身体は無意識のうちにかなり余分な動作が入る。呼吸の動きや、手足の微細な震え。義体にはそれがない。


それだけ聞くと無機質さが剥き出しだが、一応、ボクは生きている。むしろ、死にかけでボロボロの生身に魂を仕舞っていた時の方が死に近かった。




「……とりあえず、先を急ごうじゃないか。キミのお姉さんを長く待たせるわけにもいかない」


「そうだな……。姉貴。生きていようが死んでいようが、絶対に助けてやるからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る