14:共同名義
「ニール氏のオフィスはサイト2にあるMP本社の最上階にある。先日奪った二人分の社員データを使って潜入できる。……ただ、問題は建物に入った後だ」
「というと?」
「データは誤魔化せても、見た目は誤魔化せない。何か手を打たなければ。例の姉妹と顔見知りのヤツに遭遇したらマズいことになる」
変装の方法はいくつか思いついたが、成功しそうなものは一つしかない。
「……フレイ君に頼んで、あの姉妹そっくりのマスクを作ってもらおう」
◆
結論から言うと、フレイ君は凄かった。
マスクを依頼してから一週間と経たないうちに、二人分の完璧な変装道具をタダで用意してくれた。「お代はこの間助けていただいた分で結構です」とは本人の談。ありがたい限りだ。
「どうだ、クラヴィス君。似合うかい?」
「他人の顔の皮を丸々被るようなもんなんだから、似合うもへったくれもないと思うが……。まあ、不自然さは一切ないな」
「ボクは背格好の近い妹ちゃんの顔。キミは姉の方。……とはいえ、さすがにキミのガタイが良すぎて、場合によってはすぐにバレそうだねぇ」
ボクは美少女だから、ボディは流線的な美しいフォルムをしているが、クラヴィス君は普通にムキムキ。女にしては背格好も高いし、肩幅デカいし。
「身体のラインが見えにくい服を着て、縮こまって歩け。どうせ人の目につきにくい場所を通る。多少の不自然さは誤魔化すしかない」
「分かった。……こ、こんな感じか?」
クラヴィス君は若干前屈みになる。フードを被り、手をモジモジと弄んでいるだけでも、パッと見では男だと分からないだろう。フレイのマスクが高性能、かつカーラがもともと美人なため、俯きながら儚気な瞳を上目遣いにしているのがなんともあざとい。あざといのだが、魅力的である。
総評、意外とカワイイ。
「いいねぇ、実にいいよクラヴィス君!もっと視線ちょーだい!」
「視線……。マスク越しだと難しいな」
「それは気のせいだぞ。このマスクは眼球の動きを100%反映できる。表情変化用の補助AIまで搭載されてるんだぞ?」
「……いや、なんというか、気分的に」
「さっさと慣れたまえ。変装マスクを被るだけなんだから。義体に乗り換えるよりは楽だぞ」
そんなこんなで、しばらくマスクの動作確認をしたのち、素顔に戻ったクラヴィス君がふと言った。
「……アンタも、苦労したのか?」
「ん、何が?」
「全身義体化したときだよ。違和感がすごそうだから、気になったんだ」
「ふぅむ、そうだなァ……」
五年前のあの日を思い出す。
ボクが義体に乗り換えた日。
天気がどうだったかは記憶にない。というより知らない。義体化手術よりも数日前から、ボクは既に無菌室にいた。死にかけたネズミよりも貧弱な身体をベッドに横たえながら。
……義体化の理由は、生身の肉体がボロボロだったからだ。ボクのかつての身体は、五臓六腑の隅々まで壊れていた。
そんなボクの命を繋ぎ止めたのが彼女だ。
「ボクの義体を作った人が腕の良い技師でねぇ。身体操作の違和感はそれほどなかった。……もともと男だったせいで、女性型の義体には戸惑ったがね」
「その割には、随分馴染んでるが」
「五年も経てば馴染むさ。それに、義体化してからの方ができることが増えたおかげで、人生の記憶も色濃い」
「そういうもんか……」
「なあ、クラヴィス君。こないだ話した彼女のこと、覚えてるかい?」
「ああ。結局、アンタは名前を教えてくれなかったが」
「悪気はなかったんだよ。ただ、その名を聞くとどうも昔を思い出して、ね……。っと、すまない、辛気臭い雰囲気を醸してしまった。彼女のこと、話そうか」
「……いいのか?」
「キミが知りたそうだったし。それで……。彼女はボクにとっての唯一の家族で、先生でもあった。路上で死にかけていたボクを生に連れ戻し、いろいろなことを教えてくれた」
「……アンタ、スラム出身なんだろ?その彼女とやらも、スラムの人間か?」
「いや。ボクは昔から金を毟り取るのが得意でね。ロクでもない闇商人なんかとやり合ってそこそこ稼いだんだ。それを元手にサイト2まで行って、富裕層どもにいろいろと
スラムの人間にはマヌケなヤツが多いので、ボクの企みは基本的に成功した。だが上層民ともなると一味違う。相手に一杯喰わせてやろうと思っていたらこちらがやられていた。
それだけならよかったが、ヤツらの報復は尋常じゃなかった。
ドジを踏んでから数日と経たないうちに襲われ、ボクは殴られ踏まれ蹴られと特上の接待を受けたのち、路上に捨てられた。
「企業連系列の組織にちょっかいを出したら報復されて死にかけていたボクを、先生が助けてくれた、というわけさ」
「随分無謀なことをしてたんだな。企業連か……。それこそ、MP社にでも手を出したのか?」
「いや。むしろ逆。別の企業から盗んだデータをMP社に売りつけたんだ。キミのお父上から何か盗もうと企んでいたら、今頃ボクは生きていないだろうね」
企業連はその名の通り連合であり、一見固い結束で結ばれた組織に思える。その実態は企業同士の序列争いに塗れており、常にどの企業も虎視眈々と権力の座を狙っている。
「とにかく、ボクが一度死にかけたのは10年前。先生に助けられて、それから5年の間はまだ生身だった」
「長い付き合いだったんだな。家族同然ってのも頷ける」
「うん。……ボクが5年前に義体化した理由は、さっき言った10年前の怪我で壊れた身体に誤魔化しが効かなくなったからなんだ。その時の負傷は内臓にも響いたみたいでね。負った傷は消えないし、内臓もダメだし……。だったらいっそ、全身を義体化してしまおう、といった感じだった」
「義体化を担当したのも先生か?」
「うん。そう、それで、彼女の名前だけど。名は……《b》スミシィ・バガリー《/b》だ」
「……スミシー?」
「そうだよ。ボクがアランで、彼女はスミシー」
「待て、じゃあ、アンタがこの間話してたら、ブリッジに記載のある『アラン・スミシー』ってのは……」
「共同名義。ボクが彼女に拾われてからの間、二人で色々な研究に従事したんだ」
「なるほどな……」
ボクは彼女に拾われてから、義体化するまでの5年の間で、数えきれないほど多くのことを学んだ。彼女は紛れもなく天才だったが、人にモノを教えるのも上手かった。
「彼女はボクより少しだけ歳上だった。拾われた当時、彼女は17、8歳だったにも関わらず、既に企業連お抱えの筆頭研究者だった」
企業連を構成する会社はいくつかある。
まず、件のMP社。かなり影響力が大きい。
他にもいくつか。例えばニュードーン・エレクトロニクス。サイト内のインフラを管理している。企業連では中堅。
スミシィが居たのは、ブリッジオーダーという企業。名前から想像できる通り、ブリッジ関連のテクノロジーを有している。そして、企業連内では最大の力を持っている。
「当時ブリッジオーダーに雇われていた彼女はボクに様々な技術を仕込んでくれた。絶縁機の発明はおよそ10年前だが、ボクはその開発過程を間近で見ていたよ」
拾われた直後のことだ。彼女は他にも、ブリッジのネットワークの改良だったり、農作物栽培設備の開発だったり、とにかくあらゆる分野で頭角を表していた。
「……キミに以前貸した偽痛MOD。アレの開発者はアラン・スミシーだ」
「それはアンタとスミシィ・バガリーの共同名義なんだよな?てことは……」
「ああ。開発者はボクであってボクではない。アレは二人で作った作品だからね。ボクが義体化してから二年ほど経った時に制作した」
「……アラン。つまりアンタはMODの開発に直接携わってたんだな?なぜ隠してた」
「隠していたわけじゃない。ただ……。ボク自身、違反MODが蔓延るこの世界が、少し、怖いんだよ」
「怖い……?」
違反MODが市場に出回り始めたのは約一年前から。それまで、絶縁機はシングを倒すためだけの武器だった。
「なぜボクが今スミシィと共にいないか、その理由はシンプルだ。二年半前、彼女は突然ボクのもとを去ったんだ」
別れの挨拶も、書き置きもなかった。
ある日、目を覚ますとボクは一人だった。
「絶縁機にMODを取り付けられる理由は、偽痛MODを取り付けるためなんだ。彼女はもともと、絶縁機に機能拡張の余地を残していた。そして、偽痛MODがその余地を埋めるはずだった。絶縁機はシングのみを打ち倒し、人間に対しては完全な非殺傷の兵器として稼働するはずだった……」
「だが、オレは今まで偽痛MODを他に見たことがないぞ」
「そりゃあそうさ。コレは試作品にして唯一の偽痛MOD。量産化に向けた研究の直前に、彼女は失踪したんだ」
行き先は分からない。立ち去った理由も。彼女に何か事情があったのか。それともボクに愛想を尽かしたのか。……後者はあり得ない。少し傲慢かもしれないが、ボクが彼女を愛するように、彼女もボクのことを好いてくれていた。一人の人間として。
「彼女がいなくなってしばらくの間は、ボクもそれなりに落ち着いていた。何というか、雛が巣立つような感覚だった。スミシィはボクの先生であり、愛する人でもあり、母でもあった。二年半前、技師として一人前以上の力を身につけたボクが独りにされるのも、まあ、納得できないわけじゃなかった」
だが、それからしばらくして。
「……問題は、一年前から流通し始めた違反MODだ。アレを作れるのはスミシィしかいない。彼女が間違いなく関わっているんだ。コレに気付いているのはボクだけじゃない。企業連、特にブリッジオーダーは早期の段階で対策を講じた。その上、スミシィに関するブリッジデータを削除し、社の汚点を世間から隠した」
「そんなことが……」
「ちなみに、スラム出身のボクに関するデータはもともと存在しない。ま、そのおかげでこうして自由に行動できているのだがね」
階層社会と化したサイト内の秩序は、あらゆる不条理を下層民に押し付けた。それと同時に、上層民の思考も鈍らせてしまった。彼らは「下層民が反逆など考えられるはずがない」と思い込んでいる。ボクのことをスラム出身という理由だけで舐めてかかったおかげで、今、こうしてMP社に潜入しようと企むことができているのだから。
「結局のところ、ボクは確かにMODの開発には携わった。だがそれは偽痛MOD限定の話でね。違反MODに関してはキミと同じくらい無知なんだ」
偽痛MODのプログラムにしてもほとんどスミシィが作った。ボクはハードウェアの方を主に担当しただけだ。
「……しばらくは、アンタとオレの利害は一致しそうだな」
「その通り。MODをバラ撒くMP社CEOにあれこれ尋ねれば、ボクたちは二人とも目的達成に近づけるということだ」
彼女がボクのもとを去ってまで、社会に混乱をもたらした理由。
それを知るため、ボクはサイト2にあるニールのオフィスへと歩みを進めた。
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