12:メインディッシュ
「チッ!だがキミにはどのみちそこを退けてもらう!」
「フフフフフッ、黙りなさい!スラムのネズミ風情が、わたくしを退かすですって?フフッ、脳みそもユーモアのセンスも空っぽね、アナタ」
小手調べに放った数発の攻撃は難なく防がれる。ヤツは腕でボクの攻撃をガードしたが、その際にガキンという音と共に火花が散った。その腐った思想並みに凝り固まった外殻だな。
「チッ、上層民のくせにケンカ慣れしてるなぁ?MP社ってのはそれほど物騒な会社なのかい?」
「あら、MP社のこと知ってるのね。ええ、ウチの会社は実力主義なの。こうして極秘の取引を担当するわたくしがどれだけ強いか、お分かり?スラムのネズミさん」
足払い。
ジャンプで避けられた。
そのままサマーソルト。
むしろボクの脚を踏み台にしてさらに高く飛ばれた。
腕で地面を押してボクも飛び上がり追撃。
おっと、脚をキャッチされた。ボクは宙に浮いたまま逆さ吊りだ。
「フフッ、つかまえた!ウフフフフッ!」
「……それは、こっちのッ、セリフだ!」
だが、これでいい。近づくだけでいい。
ボクは左手の仕込みを解放し、女の右脚を思い切り掴んだ。
「グッ!?お前ェッ、わたくしに何を──」
ボクの腕から放たれた杭が、女の強化外骨格を突き破る。
「ッ!?」
痛覚抑制のおかげだろうが、彼女は己の脚が崩壊するのを顔色ひとつ変えずに見ていた。
痛みは与えられなかったが、その衝撃で拘束が解けた。ボクは自由になった下半身を思い切り振り回す。ヤツのムダに整った顔面に蹴りをかまし、勢いを乗せたまま地上に叩きつけた。
それじゃあ、お待ちかねのメインディッシュといこうか。
バッテリーのリミッターを解除!
「ヴッ!?アアアアッ、あづッ、あづぁぁぁぁぁッ!?」
おいおい、嘘だろう?
生身の人間なら即死する威力の電流だぞ!?
だから全身義体とやり合うのはイヤなんだ!
ヤツの脚に刺した左手のみを支点に逆立ちの体勢をとったまま、5秒ほど電流を流し続けた。体内の回路に直接電気を流し込んだから、痛覚抑制は関係ない。神経を焼かれるような心地を味わってもらおう。
「フヴヴヴヴヴッ!?ァ、ゥ……」
「……ようやく寝たか。これでも死なないのが恐ろしいな。相変わらずイカれてるねぇ、企業連の財力は」
女は気絶した。つまり、まだ生きている。
とりあえず、さっき潰した右脚以外の四肢も壊しておく。強化皮膚の義体とはいえ、無抵抗であれば簡単に壊せる。
ボクは先ほどの攻撃で心臓を止めた。それで生きている、というのは矛盾した発言のようにも思えるが、企業連の幹部が使うような全身義体には大抵強化心臓が用いられる。ダメージを与えたとて、2分も経たぬうちに再起動し意識を取り戻す。
その前に、社員データを奪わなければ。
倒れた女の首筋に携帯のブリッジ端末を近づける。個人識別チップから情報を抜き取るためだ。
「ふむ……。カーラ・ヴァルキュリア、ね。やっぱりお偉いさんじゃないか」
読み取ったデータは、彼女が幹部クラスの地位に就いていることを示していた。
「……あ、そういえばクラヴィス君は無事だろうか」
隣がやけにうるさかったので見てみると、クラヴィス君が必死に刀を振り回していた。相手の女は目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出している。どうやら脛のあたりが強化金属製らしく、荒々しい蹴りを瞬きする間に何発も放っている。
「クソッ、疾すぎるッ……!?ってオイ!アラン!ボーっとしてないで早く手を貸せ!」
「おいおい。せっかくボクが不意打ちをしてやろうと思ったのに……。まったくキミは愚直なやつだな」
彼が相対する女は、ボクの横で寝ているヤツと違い、恐ろしく静かで、冷徹な空気を纏っていた。だがその蹴り技は情熱的だ。まるでダンスのように幻惑的でしなやかな脚の運び。
「硬すぎるだろ……!」
「私の足は鋼鉄製の強化外骨格を装備しています。……大人しく負けを認めることをお勧めします」
さすがのクラヴィス君も全身義体相手じゃ分が悪い。彼の義体化率は精々10%。それも絶縁機やブリッジの接続に使う端子部分のみ。……つまり、実質生身で全身義体と渡り合っているわけだ。物理法則くんが仕事をサボっている可能性がある。
「ぐあっ!?」
クラヴィス君の刀が宙を舞う。
「……その首、貰い受けます」
そろそろ潮時だろう。さすがのクラヴィス君も肉体の疲労には逆らえない。生身の人間が、エネルギーが枯渇しない限り常に最大出力を発揮できる全身義体との長期戦に挑むのは厳しい。
だから手を貸してやることにする。
「……なんだ?」
「はっ、何っ、何が起こって……!?」
女の身体が突如ギクシャクと動き、次の瞬間浮かび上がった。当惑を隠せないその視線の先には、リフマグ付ショベルが。
「周囲の確認は大事だよ、キミ。ここはサイト5だ。あるもの全てが武器になる」
「……ッ!」
「ッやめなさい、自分が何をしているのか分かって……!」
「ヒルド・ヴァルキュリア。ふむ、向こうで倒れている女……。カーラ、といったか。彼女とは姉妹なのかい?」
「貴様、姉さんに何を……!」
自ら家族という弱点を晒してくれるのは助かる。おかげで尋問が簡単になるな。
「さて、ヒルド君。取引といこうか。キミが知ってるMP社の後ろめたい秘密を渡してくれれば、命を助けてあげよう。もちろん、殉職をお望みならそのまま破砕機まで運んであげるとも」
身動きを封じられながらも、彼女は強気な目でボクを見る。
「ああ、安心してくれ。姉さんも一緒に向こうへ送ってやるから。そうだな、確実に信じてもらえるよう、まず姉さんの方から殺すよ」
「……ッ」
「そもそも、ボクたちの目的はキミたちの社員データだ。もう既に入手したよ。だからねぇ、本当なら今すぐ片付けてしまっても問題ないんだ。しかし、可哀想だろう?ここの掃除をする人が」
女……ヒルドは黙りこくっている。
「頼むよぉ。ボクだって人を殺すのなんかイヤなんだ。キミが何か喋ってくれればそれでいい。些細なことで構わないんだよ。MP社にとって、知られると不都合がある事実なら」
美少女のお願い事を聞かない人間なんかいない。彼女も時間の問題だ。
「……クラヴィス君。姉さんの方、もうそろそろ起きるだろうから、見張っててくれ」
刀を拾い直していた彼に声をかける。
「了解」
「クラヴィス?クラヴィス・カガミ?そんな、CEOの血を引く貴方がなぜここに……ッ!いや、まさか、そんなこと!」
「ああ。おめでとう、と言うべきか、残念だったと言うべきか。キミの推理は正解だよお嬢さん。ここにいる男は紛れもなくMP社CEOの息子だ」
戦っている最中は他人の空似だとでも思っていたのだろうか。ボクが名を呼んだ途端、彼女は目を見開いた。
「ッ、クラヴィス様!なぜ貴方がそちら側に!?お父上がどれだけ貴方のことを探しているか……!」
「黙れ。……あいつを親父だと思ったことはない」
「なぜです!?MP社にいれば、この穢らわしい街でゴミ漁りなどせずに済みます!安全で清潔な暮らしが確約されているというのに!」
「アンタらが上等な服を着てたらふく飯を食ってる間に何人死んだ!?アンタらのために何人が死んだ!?」
「優れた者の能力を最大限活かすために下層民がその身を捧げるのは当然の務めです!それに、我々が統制しなければ、下層民はネズミよりも素早く社会を食い尽くしてしまう……!」
「言い訳はよせ。己が贅沢のために弱者の命を貪り食うなど、外道極まりない……!」
ヒルドは本気で困惑している。
裕福な生まれで、優れた能力を持つものは、その時点で弱者とは分かり合えない。仮に、歩み寄る努力を重ねたとて、だ。まして彼女は上層民特有の選民思想を植え付けられている。
そう考えると、クラヴィス君がむしろおかしいのだ。姉を殺されたとはいえ、ここまで愚直に正義の信念を貫ける者はなかなかいない。
「オレの姉……!イアナ・カガミはあの男に殺されたんだ!血の繋がった家族だぞ!?それをああも簡単に……!そんなヤツが存在していいはずがない!ソイツの企業もだ!」
「CEOが、実の娘を……?」
「知らなかったのか?まあいい。ヤツの側にいながら、ヤツがそういう人間だと見抜けないお前には、オレの心など分からないだろう」
クラヴィス君、随分キレてるな。
と、そういえば彼に見張りを頼みたかったのだが、いかんせん熱くなりすぎて周りが見えていないようなので、結局ボクがカーラを監視している。そして、彼女が意識を取り戻したようだ。
「……ハッ!わたくし、どうなってッ!?」
「やあ、おはよう。今、妹さんに少し尋ねているところだ。キミには万が一のことがないよう人質になってもらってる」
「クソッ……!ヒルド!わたくしの事など放っておきなさい!何も答えなくていい!」
「ああ、勘違いしないでくれ。もう欲しい情報はあらかた貰った。キミの妹に尋ねている件は、キミら二人の生死についてだ」
ボクの心は案外脆くてね。美麗な姉妹を殺したりなんかしたら、一ヶ月は酒しか喉を通らなくなるだろう。
「……クラヴィス様。貴方に伝えたいことが」
ふと、ヒルドの雰囲気が変わった。
何かを決意したような。
「何だ?」
「私は……。姉が大事です。唯一の家族である姉のことを、何より愛し、彼女のために生きています。ですから、その、不躾ですが……。貴方の心が少し分かる、と思います」
「同情を誘うつもりか?何か企んでいるようなら、今すぐ斬るぞ」
「……MP社の秘密事項をお伝えします。貴方の姉、イアナ様にも関係がある話です」
「なんだって……ッ!?」
最近は当たりが続くなあ。MP社に潜入してから調べようと思っていたイアナ・カガミの事件の情報がもう手に入りそうだ。ツキが向きすぎている。少し寒気がしてきたな。明日、タンスの角に小指をぶつけるなりしないと釣り合いが取れないぞ。
「イアナ様の例の件における実行犯とされた者は、全員が事件後に捕えられ、刑が執行されました。世間に公表された話では、イアナ様は死亡したものとして周知されました。ですが……」
その場にいた全員の目線がヒルドに注がれる。ボク自身、彼女の語り口が急に興味深いものになったため、目が離せなかった。
「クラヴィス様。貴方のお姉様は、生きています」
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